あの人達が構うアイツの話し




彼女にするならやっぱり野球に理解がある子がいい。
そんな事をある日部室で部活終わりに話したことがある。その時は1年しかおらず誰もまだ彼女持ちじゃない奴らばっかで、先輩たちはどうしてるんだろうな、とか、マネさんはどうなんだろうな、とか。男が集まればお決まりの会話にどんどん流れていって練習後の気が休まる貴重な時間だった。

『でも野球に理解があるっていうよりも自分が野球をやるということについてちゃんと理解してくれる子が俺はいいな』

そう言ったのは東条だった。
ああそうな。分かるそれ。
あちこちで上がる同意の声は少なからず同じような経験をしたことがある事を意味していて、隣にいる東条と顔を見合わせ苦笑いを零した。
自分には野球しかないとそう信じて、名門青道の一軍に入りたいその一心でこの高校に入ってきた奴らだからまずは1に野球。2にも野球で3、4も当然野球。そんな生活を理解してくれる子がいい。俺もつくづくそう思う。
ただ現状は自分のことさえ未熟すぎて目も当てられず、こんな自分が目を野球から振ることさえ恐ろしい。

彼女3年間出来なさそうだな、と零した俺に、俺も、と請け合ったのは東条だったがそれはない。お前は昔っからモテたしな。


そんな俺だが入学して間もなく気になる奴が出来た。惚れた腫れたなんていう色っぽい話ではないがどうにも気になる。
隣の席の赤毛で天パ、ちっこい見た目大人しそうな女子、それが俺の気になる奴。


「………」


入学してもう半年以上経つ。それにも関わらず隣のコイツは休み時間を友達と楽しく談笑したりするわけでもなく、ずっと席に座り雑誌を開き煎餅を食べている。真っ赤な煎餅……隣の席に座る俺にまでプーンと鼻をつくような唐辛子の匂いが届く。……どんだけ辛いんだよ…つーか眉1つ動かさず食ってるし。

あ……ていうか開いて目を落としてる雑誌もそうだが全部野球に関するもんだ。高校野球、センバツ、その他諸々。新聞も机の横に下げる鞄の中から見えていて今朝ニュースで見た、イチロー1打点1安打!、という見出しが僅かに見えている。
俺はまだ1年だから詳しいことは知らねェ。けどこの隣の席の小嶋結衣という女子は野球部の引退した先輩方と仲が良く、時々廊下で御幸先輩や倉持先輩とも話しているのを見かけたこともある。沢村はあの通りだから誰と喋っていても不思議じゃねェが俺の中ですっかり"大人しい"という印象のついたこの女子が見せる2面性が気になってしょうがない。

つーか……。
雨降ってっからって教室の中でサッカーやんなよ…。さっきからあちこちにぶつかってんじゃねェか。
……で、コイツはこの騒ぎをまったく不快ともせずひたすら雑誌を読んでいる。お……今のとこ、稲実の成宮さんじゃねェか。


「……なぁ、お前…」
「え?」
「っ……」


つい話しかけちまったけど、ぐりん、と驚きこっちを向いた目がでかくて言葉に詰まる。あー…そういやコイツ告白されてたよな。バスケ部の…。なんか、分からねェでも……。


「危ねェ!!」
「!」


詰まった言葉を継ぐことも忘れて固まっていた俺に飛び入ってきたでかい声。ハッと息を呑んだままほぼ反射的に身体が動いた。球が動いてると反応しちまうとか、犬じゃねェんだからな俺は、と小嶋に目掛けて飛んできたサッカーボールを手で弾きながら思う。


「いって…」
「すまん!大丈夫か?」
「あぁ、こんなもんなんでもねェけど。ていうかお前ら危ねェから教室でサッカーは…」
「だ、大丈夫!?」
「!」


やめろ。と、続けるはずだったのにまた俺の言葉は詰まった。サッカーボールを弾いた手を振り呆れながらクラスメイトと話していたのに、その手に飛びついてきた隣の席の小嶋の赤毛がすぐ目の前にあった。


「ど、どうしよう…!右手…!保健室に行こう!?」
「あ、ちょ…!おい!」


おいおいなんでこんな事になってんだよ。
動揺するも小嶋が俺の手を引き教室を出るそれを止められなかった。俺の右手を握り締め真っ青になる小嶋を見たら言葉を失ったっつーか、何を言ったら分からねェっつーか……。


「先生ー!助けてください!!」
「いや大袈裟…」
「いない!!私がやっちゃお!金丸くん、座って」
「どこも悪くねェって…」
「シップ、シップー」
「いやだから、」
「あった!」


……早っ!ちっこいせいか細々と保健室を歩き回る姿を目で追っているとその速さに言葉を失う。小嶋に対してこんなイメージがなかった俺は大して痛くもねェ右手で頭を掻いてただ突っ立ったまま。
やがて、座って、と促され回転丸椅子に座らされ小嶋は保健教諭の座るだろう椅子に座り、スー、と俺の方まで転がした。やっぱちっこいからか、そんな動きさえ軽々してるな…。


「少し触るね」
「な……!」
「……痛い?」
「い、痛くねェ」
「ここも平気?」
「だから大丈夫だって」
「駄目だよ。大事な右手、用心しすぎるに越したことないんだから」
「……ちっさ」
「え?」
「いや……なんでもねェ」


俺の右手を注意深く観察する小嶋の小さい手がこそばゆく、直視していたらいけねェような気がして目を逸らす。


「なぁ」
「うん?」
「俺が右投げって知ってんだな」
「え……」
「あ、いや。お前野球好きなんだろ?あんなに雑誌読んで」


新聞も、と続けながら顔を小嶋の方へと戻せばカチと視線がかち合いグッと息が詰まる。ち、近くねェか?この距離……。つか、睫毛長げェ……。


「あ…ごめん。金丸くんが何投げ何打ちかは分からないんだけど…」
「……は?」
「大抵はそうかな、って……」
「っ……そ、そうだよな。いや……っ」
「合ってた?」
「あ、合ってた」
「良かった」


う、わ…!俺今すげェ痛い奴じゃねェか…!!そりゃそうだ、左投げの方が少ねェ方なのに俺の事知ってるみてェな発言して自意識過剰にもほどがある……!
もう見れねェ…!カァッと勝手に顔は熱くなるし小嶋は気にした素振り1つねェし…!


「痛くないなら大丈夫だと思うんだけど、一応シップ貼っておくね。お風呂の前に確認して、腫れてたりしたらまたシップ貼ってね」
「お、おー。悪い」
「んーん。私こそありがとう」
「いや…うん。ありがとう」


礼を言われてハッとして礼を返せば小嶋は人懐こく笑い、どういたしまして、と言う。
それからは一気にくだけてここが保健室だということも忘れて話した。なんと小嶋はリトルまで野球をやっていたらしく今でも野球が大好きらしい。出来れば男に生まれたかったなー、と言う小嶋には、そのままがいい、とは言わなかった。男と女の体格や体力の違いで泣く泣くリトルを辞めていった女を俺は他にも見たことがある。ただやはりそれも多くはなく、こうして屈託なく笑う小嶋のような女子は珍しい。
プロ野球選手は誰が好きか、メジャーリーガーは?今年のペナントレースがどうなるか、野球部の戦力事情など、始まればキリがないほどの話題が次々と上がりこれまで話したことがないのが嘘みてェなほど自然に話していたことに、昼休みが終わる予鈴が鳴って気付く。


「あ…もうこんな時間。行かなきゃね」
「だな。その、なんだ。練習見に来いよ。そんなに野球が好きならマネでも…」
「ううん、それはない」
「!」
「私も私だけのものを見つけて、早く追い付くの」
「え、は?追い付くって…」


急に凜と強い眼差しで保健室から外を見つめられて焦燥感に襲われた理由はまったく分からねェが俺がこれ以上聞いちゃならねェのだと、シップの匂いを感じながら思った。


行こう、とシップや鋏を片付け保健室を出る小嶋に続き保健室を出れば、あ!、とよく知った声が掛かる。


「信二、大丈夫なのか!?」
「東条…。あぁ、大袈裟なことになっちまったけどなんでもねェよ」
「な、そ…そっかぁ。驚いた。沢村の奴が、金丸が負傷した!、とかって騒いでっから」
「あんの馬鹿…!」
「あ、シップ貼ったのな」
「いやこれは俺じゃなくて……って、いねェ」


さっきまで確かにいたのにここにいたはずの俺を手際よく手当てした小嶋がいない。
きょろきょろとあちこち見回す俺に、もしかして、と東条。


「信二の前に出てきた女子?……まさか、信二…」
「な…!別になんもねェよ!!」
「ははっ、分かってるよ。信二がそんな事しないってことぐらい」


ふーん、と笑いながら思案げにする東条に些か居心地が悪くなって、行こうぜ、と先を歩く。同じクラス?、と聞かれれば、そう、と頷けたが、どんな子?、という質問には即答が難しかった。
二面性があるのは間違いじゃなく、野球のことになるとああも目を輝かせるのに積極的に人と関わろうとしない。
なんていうか、難しい奴。


「人見知り、なのか?たぶん」
「へえー。ならそんな子と仲良くなった信二チャンスじゃん」
「バッ…!だからそんなんじゃねェって!」
「ははっ」


俺が小嶋に関して分かってることはあんまねェ。今のところ、野球好きなクラスメイト、ぐらいにしか言えねェけど。
日が経つごとに少しずつ知っていく。
辛いもんが好きなこと。ちっこいくせによく食うこと。野球が好きなこと。人懐こさを見せれば、あぁなんか先輩が構うのも分かる、という気分にさせられること。


「お!結衣、何食ってんだ?」
「栄純。食べる?」
「サンキュー!…ブッ、ゲボォッ!!ゲホゴホッ!か、辛ェ!!なんてもん食ってんだお前!死ぬぞ!!こっち食え!」
「ふぐっ!」
「沢村!お前それ食いかけ…!」
「メロンパン、美味いだろ?わーっははは!購買のおばちゃんに感謝しろよ!?」
「なんでお前が偉そうなんだよ!!つか購買のおばちゃんが作ったんじゃねェよ!」
「なに?じゃあ誰が作ってんだよ?」
「知らねェし俺もさほど興味もねェ!それより……!」
「?、なんだよ?」


分かんねェのかよ!!しかも小嶋も沢村にメロンパンをぐいぐい押し付けられてそのままパクパク食ってるしよ!なんなんだこの天然、つか馬鹿なのか!?


「はははっ!面白れェ!どこまで入るんだ?おい、金丸。食いもん!」
「ねェよ!」


小嶋が雑誌を真剣に読んでるのを良いことに女子から貰った菓子を次々と小嶋の口の中に入れていく。次第に膨れていく頬に周りも面白がって、なになに?、と集まってくる。
小嶋気付いてねェのか?…にしても本当によく入る。小学校の飼育小屋のうさぎに人参やってるの思い出すな、これ……。

机の上にはポッキーとチョコ、ビスケット……。他にも女子や男子が集まってきて沢村が小嶋に餌付け…じゃなく、食べさせてんのを見てる。
お、俺もやってみるか……?


「だぁぁコラァァー!!沢村てめェ何やってんだ、あぁ!?」
「純、ここグラウンドじゃないから声控え目にね」
「あぁ!伊佐敷先輩!!何故此処に!?」
「結衣に用があってきたんだよ。つーか誰に断って結衣に餌付けしてんだコラ」


教室に響き渡った怒号とずかずかと入ってくるその3年の伊佐敷先輩や小湊先輩、結城先輩の姿にクラスの連中は引いていく。思わず立ち上がり、こんにちは!、と挨拶する俺に、おう、と返す伊佐敷先輩は、よう、と小嶋に声を掛けた。


「んぐっ…純さん!こんにちは。哲さんも!」
「おう。3年は今日はもう下校だからよ、話してた漫画持ってきたぜ」
「わあっ!ありがとうございます!わざわざすみません。あ!哲さん、これこの間話してた雑誌です。どうぞ!」
「あぁ、悪いな。今度焼きそばパンを買ってやろう」
「ありがとうございます!」
「じゃ、明日お昼一緒ね」
「え!?……亮介とは食べたくな……」


ビシッ!


「いたっ!」
「なに?よく聞こえなかった」


だ、黙らせた…!手刀で無理矢理黙らせた!!俺はまだ受けたことがないがあれはかなり痛いのだという小湊先輩のチョップ……。頭抱えてっけど…大丈夫か?小嶋。
なんて思って小嶋の様子を伺っていれば不意に小湊先輩に顔を向けられて姿勢を正す。


「金丸」
「は、はい!」
「この間コイツに告白した奴知りたいんだけど」
「え!?」
「教えてよ」
「あ……いや、」


そろり、と目線を流せば小嶋は伊佐敷先輩と話し中。こっちのことには気付いてねェ。でもこういうのをペラペラ喋るような沢村の馬鹿みてェにはなりたくな……


「早くしてよ俺も暇じゃないんだから」


無理だ!!小湊先輩の纏う空気がめちゃくちゃ重くなってる!笑みも深くなってるし悪い小嶋!


「お、教えます」
「早くね」


立ち上がり小嶋に告白した男子のいるクラスへと案内する。と、言っても隣だからすぐに教えることが出来て、ふーん、の一言。
その小湊先輩はもうすでに男子なんか見てなくて、教室で伊佐敷先輩たちと楽しく話す小嶋を見遣り笑っていた。

もしかしてあの男子を見に来たのは口実でそれより何より小湊先輩は小嶋に会いたかったんじゃないかと思わされて、まさかそんな剥き出しの好意を見せられると思ってなかった俺は休み時間が終わるまでそわそわと落ち着かなかったのだった。



あの人達が構うアイツの話し
(あ、あの結城先輩)
(なんだ?)
(いや…なにしてんすか?もう伊佐敷先輩たち帰りましたよ?)
(むぐっ…)
(む、そうか。どうしてか結衣を見ていると小学生の時構いすぎて人を怖がるようになってしまったハムスターを思い出してな)
(ふぐっむぐぐっ…!)
(はあ…。とりあえず結衣苦しそうなんで、その、やめてやった方が…)


―了―
2015/04/14




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