業の深いアイツとお気に入りらしいあの子の話し




「稲城実業選抜予選敗退!甲子園準優勝校に見えた課題…だってよ」
「あ?…あぁ、それか。俺も読んだぜ」
「ハッ!課題のないチームなんてねェだろうが」


まったくだ。書きたいように書かせときゃいい。俺たちにゃ結局グラウンドで結果を出すことでしか否定できやしねェ。さも俺は今からそんな世界に飛び込むんだ。いずれやってくるあの器がまだ小せェ野郎も、それは分かってんだろう。
バサッと乱雑に吉沢が投げた雑誌に一瞥を投げ、走ってくる、と手にしていたタオルを首に掛けて立ち上がる。プロに入団が決まった俺がこの稲城実業野球部の寮に居られるのはあと少し。脳裏に残った雑誌の紙面が、稲城実業全国制覇、の文字で上書きされんのを願うばかりだ。


「あー!雅さんじゃん!」
「あ?…鳴か」
「奇遇だね。今から走るの?俺もなんだけど」
「そうか。じゃあな」
「ちょ、冷たいなぁー!そんな素っ気ない調子で大丈夫なの?」
「あ?何が?」
「ファンサービス!雅さんただでさえ強面なんだからさ、優しくしないと駄目なんじゃない?」


コイツ…!口を開きゃピーチクパーチク口のデカさだけは入学した頃からまったく変わってねェな。

ヒク、とこめかみの血管が膨張するのを感じるもそれ以上にこれからコイツのバッテリーを組む樹が気がかりだ。大丈夫か…?と眉を顰めると鳴は、ちょっと聞いてんの!?と地団駄を踏みやがる。うるせェ。

こういう時の鳴は真正面から相手にするだけ無駄だ。はぁ、と溜息をつき準備運動をする。まったくー、じゃねェよそりゃこっちの台詞だ!


「ねーねー、雅さん。された?」
「あ?喋ってねェでちゃんと身体解せ」
「分かってるって!だから、コ・ク・ハ・ク!」
「…あ?」


意味深に、なんなら語尾に音符のマークでも付きそうな物言いにまたこめかみがぴくりと反応する。コイツが可愛いとか言われる世界でされる評価は気にしねェと随分前に踏ん切りをつけた。

分っかんないかなー!と屈伸する鳴の頭を取り敢えず立ち上がれねェように上から押さえつけてやるか。


「いたたたたっ!ちょ、雅さんの馬鹿力!」
「うるせェ言いたいことがあるなら早く言いやがれ」
「だぁーからぁー!告白された!?って聞いてんだけど!卒業も近いし、ずっと好きでした、なんてよくあるじゃん」
「どこの少女漫画だ」
「プププー、残念でした!翼くんはこの間されてたもんねー!」
「あーそーかよ。じゃあな」
「もー自分がないからって怒らない、怒らない」
「ついてくんじゃねェ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし!」
「俺の中の何かが確実に減る。なんならてめェとバッテリー組んで減りっぱなしだ」
「なにそれ!増えたの間違いでしょ!」
「増えたってんなら何が増えたんだってんだ」


眉間の皺か?気苦労か?見た目年齢か?この前ついに、ワインの試飲いかがですか?、と言われちまった。


「"経験"でしょ」
「!」
「王者の球を捕る経験なんてそうそうできないしね」
「……そういうことは頂点獲ってから言いやがれ」
「ハイ言うと思った!じゃあ見ててよ。夏、獲るからさ」
「見られるような選手になるんだな」
「言うねー。お互い様じゃない?」
「うるせェ。前見て走れ。糞踏むぞ」
「踏まないし!こんなところにないし!」
「ったく、うるせェうるせェ」
「そんなこと言ってー」


しししっと笑う鳴を横目にここを走るのも、まぁ…確かに最後になるか。
思えや色々あったもんだが、人間が覚えてられる大抵のことは印象深いもののみ。それが野球に関することしかあり得ねェってんだから神様がどうだかと言う柄でもないが、感謝もしたくなる。

夕暮れが近いと傾いた太陽に感じ空を見上げていれば、日が長くなったなぁ、と鳴も同調する。


「たくさん野球ができる!」
「そういやお前、梅雨の時期にも空に向かって怒鳴ってやがったな」
「あぁ、そんなこともあったね」


懐っつかしいー!とにやり笑いながら走る鳴を横目に俺も口が緩む。自分も相当だと自覚はあるが、コイツほどの野球バカに会ったことがねェ。そう遠くない未来にまた同じ舞台に立つだろう、確実に。その時、バッターボックスでクソ生意気なこの後輩に笑われねェようにしねェとな…。


そんなことを考えていると隣で、前髪伸びたなぁ、と色素の薄い髪の毛を摘んで見せた鳴は、でもさ、と続ける。


「俺以上に野球に固執する子、知ってんだよね」
「あ?…そんなもんここには山ほど…」
「あー違う違う。野球部じゃないんだ」


だったら誰だってんだ。鳴はどこか遠い目で前を向き苦笑いを零す。謎掛けみてェで眉を顰める俺もらしくもねェコイツの表情に、ふぅ、と息をつき思案してやる。

コイツの交友関係なんざ知りゃしねェが、野球関連での人間関係といえばチアやブラバンか…。やれチアの女子に告られただブラバンの子に迫られただ、野球での活躍はもちろんのことコイツの派手な容姿も手伝って納得はしたくないがコイツはモテる。テレビのインタビューで見せる外面にみんな騙されてやがる。何が都のプリンスだ。おっと、脱線しちまった。


「それこそてるてる坊主とか作ってそー」
「……」
「あーでも違うかな。あの子なら雨だって前向きに練習メニューを考えられそう」
「?…誰のことだかさっぱり分かんねェな」


練習メニュー?マネージャーか?っつってもうちにゃマネージャーはいねェ。
グラウンドを何周走ったかちょうどベンチ辺りで、ふぅ、と足を止め腰に手を当て空を仰ぐ鳴を置き俺はもう少し走ることにする。頑張るねー!と腕を伸ばす鳴を一瞥し疑問の答えが返って来ねぇ気持ち悪さに舌打ちをする。
キャチャーというポジション柄なのかは分からねェが球が返って来ねェのは釈然としねェ。そこをいくとなるほど鳴の投げっぱなしはピッチャーという人間柄か。まぁアイツの奔放かつ我儘っぷりには慣れたが。

いや…待てよ。
少し前に樹が風呂で、憂慮事案ですよ…と零してたことがあったか。
確か…青道の1年マネージャー。
いたくお気に入りなのだというその子に関して鳴が心を砕きすぎねェか。それがピッチングに影響しねェかと樹が酷く狼狽しながら吐き出すように言ってたな…。まったくあれほど苦心するから樹はあの歳にあっちゃいけねェほどの哀愁を時々漂わせるようになっちまったじゃねェか。
鳴のこと。いつものことだ、その内飽きんだろ。放っておけ。アイツは女を振り回しはするが、振る舞わされるような性分じゃねェだろ。
そんなようなことを鳴が過去に聞いてもいねェのに話してきた女関係のことを踏まえて話してやったが、まさかその時の…?

まさか、というのも樹から最初にそれを聞いたのはかなり前だった。年が明ける前だ。
自分の中に沸いた答えが自身で納得いかずちょうど反対側で鳴が入念に身体を解すのを見遣りどうしたものかと眉根を寄せる。また吉沢に眉間の皺が深くなったと言われちまうな、こりゃ。

ただ、手遅れになる前に釘だけは刺しておかねェとな…。糠床に釘にならなきゃいいけどな。


「そりゃ青道のマネージャーのことか?」
「!」
「樹が心配してたぜ」


どうやら図星だな。

鳴の元で足を止め汗を腕で拭う俺に、柔軟手伝おうか?と座った俺の背中を押す鳴に指摘すりゃ後ろからは小さく息を呑む音が返ってくる。
よくも悪くも分かりやすい奴だ。
生意気!と樹のことを言う前にてめェはどうなんだってんだ。


「同じ西東京地区として対戦相手になり得る相手だ。ましてや…」
「なーに言ってんのさ、雅さん」
「…あ?」


ぷぷぷーと笑う鳴を振り返れば俺の怪訝とした目線には取り合わず、ふぅ、と腰に手を当て息をつく鳴は、俺はね、とにやり笑う。


「結衣のことをすっげェ認めてんだよね」
「!」
「今は交わらないけどさ、プロになった俺の専属トレーナーにしてみせるよ。だから今は我慢だね。今度は一也に持ってかせやしない自信あるし!」


聞きてェことは山ほどある。
その"結衣"ってのは野球の知識がそれほど深いのか。何をきっかけにその子はお前に認められたのか。ある意味じゃ恋愛よりも枠のデカい想いを見せつけられたようで、唖然としちまう俺からはついには言葉が出ねェが。

腹の中に自分の気持ちを抱えておけず、言わなくてもいいようなことを言っちまう器の小ささを毎回指摘してきた後輩の意外な一面に思わず伸ばしていた腕をだらんと下げちまう。阿呆面してどうしたの?、と俺を見下ろしケラケラ笑う鳴にすぐに肩を竦めたが。


「意外だな」
「なにが?」
「てめェのことだから敵だどうだなんてのは関係なく手を伸ばすんだろうと思ったんだよ」


樹もそう思ったからこそ心配してたんだろ、と続けながら立ち上がると、ふうん、と目を細める鳴が、樹め、と吐き捨てるように言い顔を顰める。


「まぁね。伸ばしてもいいんだけど。あの子の場合はちょっと違うんだよ。伸ばしても俺が伸ばした先にはいないっていうか…捕まえようとしても違う意味でこっちが捕まっちゃうっていうか。だからあっちから俺の側にいたくなるように俺がなるしかないね」


…ま、相手ありきのことだからそんな上手くいかねェのは分かるがそれにしても鳴の様子がらしくなさすぎて寒気がするぐれェだ。実際鳥肌も
立ってる。こうまで言う相手を側に今すぐ置きたくなっちまうのがお前だろうが。なんなら、稲実に転校して!、ぐらいのことを言うだろ。だっつーのにこの言い様は…あ?まさか…。


「その子、彼氏がいんのか?」
「!…まあね」
「チッ、御幸か」


どいつもこいつも顔が良いとモテやがる。

舌打ちした俺に鳴が目を丸くしてから、プッ!と噴き出す。あ?
違う違う!と大袈裟かってぐれェに鳴が腕を左右に振る。


「どうしてそうなんのさ」
「さっきてめェが御幸がどうとか言ってたからだろうが」


違うのかとかムカつく笑い方をしてやがる鳴の頭をまたグッと下へと押してやる。馬鹿力!!ゴリラ!!と抗議するが知るか。


「まぁだからなんて言うか、ちょ!痛っ!」
「心配して損したぜ」
「どうも!だからさ、俺宛のラブレター、もう受け取れねェから」
「!」
「雅さんも受け取らなくていいよ」


ニッと笑うコイツはどんだけ自信家なんだよ。ただその顔がマウンドでフルカウントを受けてもまだ失わない目の光を宿していやがるから俺はフンと鼻を鳴らして、そうかよ、と請け合ってやった。事実、コイツへの手紙を預かるのは1度や2度じゃねェ。それは俺に限らず野球部の多くが経験してることだ。ったく、どこまでも業の深けェ野郎だ。


「オイラってば格好いいでしょ?」
「自分で言うんじゃねェよ。本当に小せェ野郎だなてめェは」
「今に日本背負えるぐらいに大きくなるから問題なし!ほら、終わった?俺は準備万端なんだけど!」
「あ?」
「受けてよ!球」


…ったく。受けてよ、というわりには挑戦的な目に謙虚さが微塵も伺えねェ。このクソ生意気な後輩はいずれライバルになる日も来るかもしれねェ。はてまた、最強の相棒か。
そうなる日に今日この日を思い出し、聞いてやるとするか。あの時のお気に入りの子はお前の専属トレーナーにできるほどてめェは器がデカくなったかよ?と。




業の深いアイツとお気に入りらしいあの子の話し
「あと1球な」
「えぇ!?あと10!」
「甘えんじゃねェ。受けてほしきゃ樹引っ張って来い」
「ちぇー」
「ところでその子の彼氏ってのは誰なんだ?」
「あぁ、結衣?」
「あぁ」
「小湊さん」
「!…小湊か」
「そーそー。まぁ関係ないね!」
「どんだけ自分勝手だてめェは。まぁ小湊が相手じゃ詰んでんな」
「どういう意味!?」



ー了ー
2020/07/08




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