あの人が好きなアイツの話し




誰にも漏れなく人懐こい奴だから、きっとあんな顔を見たのも俺が初めてじゃないんだろうけど。
例えば黒の中に白がぽっかり浮き上がるみてェに。あるいは逆に白の中に打たれた黒い点みてェな。コイツのあんな顔は、そういうもんに似てる。


「で?なんでいんだよ、お前」
「昼休みなので」
「いやそういう事を聞いてんじゃねェよ俺は」
「あれ?結衣じゃん。なになに?俺に会いたかったとか?」
「ない」
「ないわ。本当ないわお前」
「2人して俺のその扱いがないわ」


ったくよォ、と言いながらも御幸の奴はそれほど気にした素振りもなく俺の座る席…となぜか1年である結衣を挟み自分の席に座る。そしてお決まりみてェに机の上に乗せられたスコアブックを結衣がジュースのストローくわえながら覗き込む。
机の上に置かれたメロンパンとカレーパン。飴玉が3つ。よく食うなコイツちっこいくせに、なんて思ってると、しょうがないなぁ、と俺と御幸に飴を1つずつ渡してきた。別に食いたいとは言ってねェ。食うけど。


「ブッ…!ゲホッ、な、なんだこれ!!」
「あはは。倉持先輩の顔!」
「てめ…!なに食わせてんだよ!?」
「どしたー?…なになに……お、激辛飴」
「世界で最も辛いと言われる唐辛子をふんだんに練り込んだ贅沢な飴です」
「くそっ、お前から食い物貰う時は気をつけなきゃならねェことすっかり忘れてたぜ」
「む。なんですかそれは。せっかくの人の好意を。ティッシュに出しちゃって」
「ただの悪意だろ!?」
「こんなもん食った後にそれだけ声が出るんだから喉強ェな倉持!はっはっは!」
「この…!食わせてやる!!」
「はっはっは!食わねェ絶対ェ」
「2人共酷いなぁ。美味しいのに」
「………」
「………」


だからお前なんで此処にいるんだ。
何食わぬ顔で飴を口に入れて片頬を僅かに膨らませた後輩を見て俺が思ってることは口を噤んだ御幸もそう変わらねェだろう。いけ好かねェ眼鏡の向こうで思案げに目を細めてやがる。
1年C組だったか確か。沢村と同じクラスらしい小嶋結衣というこのちっこくよくキャンキャン鳴くチワワみてェな後輩は俺ら野球部2年よりも3年の先輩と付き合いが長いらしいのだと知ったのは2年の春、コイツが入学してきた日だった。入学式も終わり下校する1年の中で3年に囲まれていたコイツはそれはそれは目立った。
哲さんに頭を撫でられ純さんにやっぱり撫でられ増子さんにもしつこいほど撫でられる。そんな輪から1歩離れてそれを見ていたあの人の想いを俺はまだあの時知らなかったわけだけど、妙に焼き付いて忘れられないもんになった。

亮さんとその弟、2人の小湊兄弟と幼馴染みなのだと知るのは小湊に結衣が練習の合間に差し入れした時だった。


「なぁ、結衣」
「なんですか?御幸ちゃん。メロンパンはあげませんよ?」
「半分」
「えぇ…嫌です」
「んじゃ2分の1」
「それならいいですよ。じゃ御幸ちゃんが分けてください」
「サンキュー」


馬鹿だ。コイツ馬鹿だ。
半分と2分の1って同じだろーが。


「あー!なんでそんなに!?」
「なんで、って2分の1」
「半分ですよそれじゃ!」
「はっはっは、お前本当面白れェわ」
「酷いー!!」
「痛くねェ痛くねェ」
「御幸ちゃんの馬鹿ー!!」
「はっはっはー!」


キャンキャン喚く結衣が御幸の意地悪さにぴったり嵌まるらしくよくこうして遊ばれている結衣が今日も半泣きで御幸の胸元を叩いている。すでに食っちまったメロンパンが戻るわけもなく、キッ、と半分になったメロンパンを睨む結衣。おい、メロンパンには罪はねェぞ。


「っ…もう!購買でもう1個パン買ってきます!」
「おーありがとう」
「御幸ちゃんのじゃないです!」


勢いよく立ち上がった結衣が御幸の机に置かれた飴を仕返しとばかりに引ったくってパタパタと教室を走り出ていった。

かと思えば、


「お。戻ってきたぞ」
「戻ってきたな」
「こっちすげェ睨んでんぞ」
「謝っとけ倉持」
「どう考えてもお前だろ」
「御幸ちゃんの変態眼鏡ー!!」


なんて捨て台詞を吐いてまた走り去る。教室では、変態…?、と御幸を訝しげに見る目線が御幸に集まる。はっはっは、と愉快げに笑う御幸はさして気にもせずまたスコアブックに目を落とした。お前……、と口の端を引き攣らせる俺に、しょうがないだろ、と御幸は思いがけない言葉で一蹴してくる。


「あ?」
「教室に居辛いのかもしんねェけど、それでも甘やかして構ってたら現状は良くなるどころか悪くなるんだからな」
「お前……」
「それにうるさくされなくて済むしな!はっはっは!」
「絶対そっちが本音だろお前……。……チッ」
「お」


結衣とはクラスの女子よりも近い存在かもしれねェ。事あるごとに寄ってきては人懐こく笑う。沢村と並ぶと本当にうるせェから、いい気味、とは思っても2人して御幸に噛み付くその煩さは自分では味わいたくはない。
亮さんの幼馴染みであるし、先輩たちも可愛がっていて今更遠慮なんてねェ俺がある日不用意に聞いちまった言葉に御幸がさっきああ言った理由がある。あの時は教室ではなく帰り支度をして部活に向かう廊下だった。

とぼとぼと歩く結衣が廊下を横切り、おーい、と御幸が声を掛けた。いつもとは違う、元気さの欠片も感じられず眉を顰める俺の前で結衣は、おーい、と近付いてきた。

なんだよ元気ねェな。
腹痛か?
あの日か?
おま……!マジで引くわ普通そういうこと聞くか?

そんな俺と御幸の会話にも乗ってこず顔を伏せてる結衣にああいえばいつものように噛み付いてくるんじゃねェかと思っていたんだ。

ヒャハハ!ぼっちか?まだ友達出来ねェのかよ!?


その瞬間俺は横にいる御幸から頭を無言で叩かれ結衣はぴたりと固まって俺たちの足元を見つめ、はらはらと涙を流した。


「行ってやんの?」
「……焼きそばパン食いてェだけだ」
「へえーえ」


優しいねェ、と立ち上がった俺を見上げにやりと笑う御幸の顔に腹立ち、うるせェ!、と頭を叩く。俺の扱いが雑だのなんだのとぶつぶつ文句を言う御幸に構わず教室を足早に出る。優しいとか、そういうもんじゃねェ。ただあんなん見せられたらそりゃ、無関係ではいられねェだろうが。


「ったく…沢村たちは何してんだ」


別に沢村たちのせいじゃねェ。どうしようもねェこともある。結衣に問題打開のために変われと言うわけじゃねェ。
ただどうしてもやりきれなさを感じちまうのはあの時に結衣が泣いたのを見ちまったからで。

『教室にいると休み時間ごと誰かしら私を見に来たりするんです。そのせいもあって女子たちからも敬遠されてしまって。少し息詰まってます』


俺たちと同じ2年のマネ、夏川や梅本にそれとなくそういうことがあったかと聞いてみれば今はなくとも入部当初はあったらしく、なかなか苦労したのだと知った時は絶句した。
名門野球部でマネージャーをやることにある程度そういうことを覚悟はしていたものの、理解してくれる友達が出来るまでなかなか大変だったらしい。
入部したばかりで毎日厳しい練習量に身体を慣らすことでいっぱいいっぱいだった俺はそんなことに気付かずここまできたわけで、ますますマネージャーには感謝しねェとな、とその日は思ったっけな。


お……いたいた。購買はピークが落ち着いたとはいえ今も混雑状態。その中最前列に行けるアイツはバスケ部。独特の足捌きか?それともちっこいから簡単にすり抜けられたのか?
ヒャハハッ、と1人笑いながら俺も最前列へ向かう。


「おばちゃーん!焼きそばパンくださいなー!」
「あ、てめ…!」
「あれ?倉持先輩だ」
「それは俺が食おうと思ったんだよ」
「買えばいいじゃないですか」
「もうねェだろうが。先輩に譲れや」
「嫌です横暴です圧力反対です」
「屈しといた方が可愛いげあんぜ」
「可愛いげよりお腹満たしたい」
「諦めろ。もう背は伸びねェから」
「まだまだ育ち盛りです。育てます。背も胸も」
「おま……!」
「隙ありー!!おばちゃん!お金置いておいたからね!!」
「あいよ!!」
「っ……こ、んのヤロー!!」


思いがけない言葉に一瞬放心したのちカァッと赤面しちまって、その隙をついて素早く身を翻し逃げる結衣を追い掛ける。

俺から逃げるとはいい度胸じゃねェか…!

その場で屈伸をし背中が見えなくなったところで俺も駆け出す。ちっこさはさすがといえばいいのか昼休みの生徒で賑わう廊下をするすると避けながら逃げる結衣は、待ちやがれコラァァー!、と追い掛ける俺に気付き、ヒィ…!、と声を上げた。


「な、なんで追い掛けてくるんですかー!?」
「焼きそばパン寄越しやがれ!!」
「嫌ですー!絶対に私が食べる!!」
「ヒャハハ!なかなか速いじゃねェか!」
「バスケ部の次期エースをナメんなよー!」
「先輩にタメ口利いてんじゃねェ!!」
「だ、誰か助けてぇぇー!!」


あの日泣いた結衣が亮さんを想ってんのはなんとなく分かってる。はっきりと聞いたことはねェけど、たぶん。口にされず野球部の中でも、ましてや幼馴染みにも関わらず頑なに接触を持ちたがらねェんだからそれは尚更だ。

あんな顔を見せられちゃ世話焼かねェわけにもいかねェだろ。ましてや亮さんが大事にしてる後輩だもんよ。亮さんも結衣と接触しねェのはつまりそういうことじゃねェかと俺は思ってる。あの人は顔に想いが出ねェけど、ちゃんと優しい人だ。


「も、もうこうなったら純さんに助けを……!」
「あぁ!?てめ、それは……!」
「それは、なに?」
「!っ、りょ…亮さん!」
「静かに。わんこに気付かれると煩いし」


いやだってそりゃ驚くっすよ……。駆け降りた3年の教室の並ぶ廊下へと繋がる階段のゴールにまさか亮さんがいるとは思わない。

足を止めて口を噤む俺を横に、純さーん!あ!いない!!、と声を上げる結衣の方へと顔を向けていた亮さんは、馬鹿すぎ、と笑いながら俺に顔を向けた。


「なにやってんの?」
「いや、アイツが焼きそばパンを持って逃げるもんで」
「あぁ、そっか。じゃあ見逃してやってよ。アイツ昔から焼きそばパンが惣菜パンの中で1番好きなんだ」
「はあ…。亮さんがそう言うなら…」


毎日グラウンドで顔を見合わせていたから、こうして校内でばったりと会うだけでひどく久し振りなような気がする。それもユニフォームではなく制服。移ろう季節がこの人とグラウンドで汗を流したことも何ヶ月も前のような感覚を与えて俺は亮さんが、最近どう?、と話し出すのを聞きながらひっそりと手を握り締めた。
ちらほらと長袖を着る生徒も増えてきて、気温も落ち着いてきた。あれだけ校舎を走り回ったというのにそういえば汗もそれほど掻いていない。

それだけ俺たちが前を向いているということなのか。
それともただの錯覚なのか。


ビシッ!!


「つッ…!」
「なにぼうっとしてんの。先輩の話しを聞かないなんて倉持も偉くなったじゃん」
「す、すんません」
「……まぁでもさ」


そこで言葉を切って亮さんは俺に落とした手刀をズボンのポケットに手を突っ込んで遠くを見つめるように結衣が走っていた方へ目を向けた。


「頼むよ、アイツのこと。どうしたって俺は先に卒業するんだから」
「亮さん…」
「ま、これからそんな必要もなくするつもりだけど」


じゃあ、と背を向けて教室に向かう亮さんは俺に手を振り間もなく教室の中へと見えなくなった。


「…ヒャハっ、やっぱ亮さんはそうじゃなきゃな」


"必要もなくするつもりだけど"
そう言った口調と顔が自信に満ちていて、俺は自分の教室へ向かいながら出来れば早い内にそうなりゃいいと思うのだった。



あの人が好きなアイツの話し
(はあ?上目遣いィ?)
(はい。どんな感じがドキッとするんですか?私にもその技身につけられますか?教えてください倉持先輩!)
(俺が教えてあげよーか?結衣チャン)
(絶対に嫌。御幸ちゃんなんか危ない)
(そうだなアイツだけはやめとけ。危ない)
(オイひでェなー。つーかお前いつも上目遣いだから)
(……どんな?)
((そんな))
(?)


―了―
2015/04/13




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