隠す俺と見せるあの子とのバランスの話し




すぅ、と聞こえたかと思えば、あぁやっぱり。本当コイツ、俺と一緒にいる時ばかり寝てない?普通彼氏と過ごせる貴重なオフは、映画行きたい、とか、服を一緒に選んで欲しい、とか。女の子ってそうなのだとばかり思ってたけどそういえばクラスの女子がそんな風に話すのを、アイツならそんな事言わないよね、と1人含み笑いしながら聞いてたのを思い出したらとっくに俺たちの付き合い方に答えは出てたわけだ。


「こら。問題集曲がってるだろ」
「ん……あ、ごめんね」
「いいけど。また夜遅くまで起きてた?」
「うー…覚えてない」


まったく…俺の彼女は将来を野球と添い遂げる気なんだろうか。

一緒にやる!、って俺は無理だと思うけどと言ったにも関わらず頑として譲らず俺の隣に陣取った図書室。最初はスコアブックやら春の選抜出場校を纏めた雑誌を読んでいたみたいだけど俺がトイレに立った隙に問題集の1冊を手に取り開いていた結衣はものの30分も持たずに船を漕ぎ出した。
もう自由登校の俺たち3年がやることといえば最後の思い出作りと教習所通いだ。哲のようにすでに大学の練習に参加させてもらうことも出来るけど残り1ヶ月もない結衣と同じ高校生でいられるこの時間。だったら迷いなく教習所通いを優先させた俺は周りが見るよりずっと結衣を甘やかしてるし想ってるんじゃないかな。
にも関わらず、結衣がマネージャーとして所属する青道野球部は春に選抜出場と今からが忙しい。

これからもきっと、こうしていくらでも噛み合わない生活を…一緒に暮らしているだけに感じていくんだろうね。

さて。俺の彼女はそれを想定出来ているんだろうか?まだ朝晩は寒いけど、昼間は窓から入る陽射しが十分に暖かく感じるようになった。


「亮介、車の免許取ったら車乗る?」
「どうだろう。マンションの駐車場代金勿体ないし、大学まではそう不便もないから今は考えてないよ。車も安いものじゃないし」
「そっかぁ…」
「なに?」
「んー。乗ってみたいなぁって」
「ふうん。免許取ったら父さんが車乗っていいって言ってたよ」
「本当!?」
「でも駄目」
「えぇぇー……」
「そんな声出すな」


そう厳しく窘めるつもりだったのに言ってることが可愛くてつい手が結衣の頭を撫でる。おっと。


「どうして?なんで?」


結衣も俺が駄目だと言い出したら曲げないことは分かっているんだろう。不服そうではあるけどもう言い募ってこない。
けど表情に感情が隠せてない。
むぅっと頬を膨らましながら唇を尖らせて、問題集の前に突っ伏し視線が俺には向けない。全身から溢れる不満げな態度にふと思い出してしまう。小さい頃からこういうところはまったく変わらない。一見気弱そうなのに、人に構わない意志を曲げない強情さと強さがある。そういうところが俺はいつも春市と似ているなぁだなんて思ってたんだ。

可愛くない、だなんて嘘をついて結衣の膨れた頬を指で突いて潰せばむくれたままで俺を見る。


「そんな顔で見ても駄目」


可愛いからうっかり緩んでしまいそうな口元を引き締めながら結衣の手から問題集を奪い目を通す、ふりをする。この標識が示す意味は?なんて今考えられるわけない。


「ねぇどうして?彼女を最初に助手席に乗せるのは彼氏の務め」
「なにそれ。誰からの受け売り?」
「栄純」
「ふうん。あぁ、少女漫画?」
「うん」


いい加減彼氏の前で躊躇いなく他の男の名前を出すな。一体いつになったら学習するんだが。……と、思うものの俺もずっと結衣に対して余裕を保っていただけに今更それを晒せないのも事実で。こうもなるともうお互い様なのかな、なんて触れられる距離にいるだけで満足して。
無欲すぎない?俺。なんて自答しながら結衣の鼻を摘む。


「ふぐっ」
「あはは、可愛くない声」
「女の子がみんながみんな少女漫画みたいに可愛いと思ったら大間違いです」
「そう?」
「え……」


そうそう。俺の意地悪い冗談に少しでも不安を覗かせてくれないと割に合わない。
眉を下げて放っておけば泣いてしまいそうな結衣をしばらく放置。もちろん向き合う普通運転免許の問題集なんて頭には入らないけど。

図書室は時期が時期だけにそれほど人はいない。期末にもまだ余裕があるし大体の3年は来てない。それゆえの特有の静けさが校内に漂い、あぁもうじき卒業だ、とそれを改めて実感する。母さんから学校に行かない日と続いて土日に制服をクリーニングに出すようにと言われたけど、どうせ春市が使えるものは渡すつもりだし必要ないと電話で返したのは数日前。アイツ、生意気にも俺より背が伸びてるからセーターなんかは結衣に渡すことになってるけど。

部活で野球をしている時はこんな風に色んなことを考える間さえ惜しかったし、思案に沈み迷うことも悔しかったから新鮮だ。


そんなことを思っていれば横から、キュッ、と袖を握られた。
ハッとして結衣の小さな手から辿り見ればギュッと唇を窄ませて、けどやっぱり俺は見ない。あーぁ。こんなところ、本当に変わらない。俺に冷たくされたってこうやって俺の腕を引いたから俺は結衣を捕まえることが出来たんだ。
だから今、とびっきり甘やかしたいんだよ。


「嘘だよ」
「………」
「可愛い子なんて結衣しかいない」
「あからさますぎて信じられない」
「じゃあ、好きだよ」
「!」
「……ぷっ」
「笑った!?」
「だって真っ赤になるから」
「……っもう!……私だって大好きだもん」
「うん、知ってる」


そんな全身で語られたら愛おしくて堪らないよ。
顔真っ赤。心なしかプルプル身体震えてる。嘘じゃないって訴えるみたいに目をギュッと瞑っちゃったりして。ついつい頬杖ついて眺める俺に気付いて、意地悪!、と小さな拳を作り軽く俺の二の腕辺りを小突く結衣が、ところで、とじとり俺を見てくる。あ、まだ続いてた。


「…なんで乗せてくれないの?」
「秘密」
「どうして!?」
「だから、秘密って言ってるだろ。しつこい」
「春市?」
「違うよ」
「おじさん?おばさん?」
「違うと思う」
「じゃあ誰が最初に乗るの?」
「随分こだわるじゃん」
「彼女だもん」
「!…へぇ、お前そんなにそういうことにこだわる方だった?」
「?…どういう意味?…あ!亮介!!待って!」
「うるさいわんこ」
「わんこじゃない!!」


元々答えを焦らされて、それも彼女じゃなきゃ他に誰を…?という不安も煽っているから図書室だろうとなんだろうと大きな声を出してくるし席を立てばきゃんきゃん言いながらついて来る。本棚に向かいながら擦れ違ったのがたまたまクラスの女子で結衣を無視して、なにしてるの?、なんて大して関心もないのに会話を始めれば結衣は俺の背中でセーターを引き寄せ握ってくる。それに気付いたクラスメイトがくすりと笑い、いいなー、なんて言いながらまたねと手を振り勉強なのだと手にした本を持ち去っていく。リア充爆発しろ、と低い声で言われたのは鼻で笑って返した。


「ねぇなんの本探してるの?」
「さー?なにかな」
「ねぇ亮介」
「んー?」
「今日のご飯はなに?」
「寮のご飯だけど」
「亮介」
「うるさい」
「亮介」
「………」
「あの、亮介…えっと…」


この感じ、なんだか久し振りだなぁ。青道に結衣が入学してから色んな想いもあって結衣を遠ざけていたから昔のように俺を追い掛けることもなくなって。自業自得と言われればそれまでだけど生意気にも結衣は自分の居場所を作り俺の背中は追い掛けなくなった。御幸に必要以上に構われて倉持に可愛がられてる。元々がわんこ気質だから馴染んでしまえば人懐こさに一切の警戒が混じらないから困るのは俺の方だ。

こんなみっともないことをしてでもいいから結衣の気を引き付けたくてしょうがないんだから。あぁーぁ、格好悪いよ。さっきのクラスメイトにも見破られたように笑われたし、本当にさ。

だから早く自覚しなよ。
そんな風にしてでもお前の気を引きたいくらいに俺はちゃんとお前のこと想ってるって。お前が俺が彼氏で自分が彼女なんだからとこだわる姿勢を見せたことがこれほど嬉しいことを、いい加減察しろ。
俺が隣にいるのにスコアブックや雑誌の中の、他の男なんて見てるなよ。今はちゃんと傍にいるんだから。


「りょ、亮介…えっと…ひゃっ!!」
「捕まえた」
「お…!追い掛けてたのは私だもん!」
「追い掛けさせたのは俺」


結衣の手を引いて本棚の列へと引き込み結衣の身体を棚に押し付ける。驚き目を見開いたかと思えば悔しそうにキッと俺を睨む。全然怖くないけど。だってその目に涙が溜まってるじゃん。


「結衣が彼氏彼女だとかそういうものにこだわりがあるなんて思わなかった」
「あ……あるよ。私だって、ヤキモチ妬くし亮介の1番がいい……」
「!……まったく」


こんな時ばかり素直。敵わないよ、本当に。何度も何度も……きっとこれからも重ねていくんだ、俺は。

結衣が逃げないようにと棚についた腕で結衣の頬に触れてゆっくり顔を寄せればまだ初々しくギュッと目を瞑り構える仕草。しょうがないな、だなんて心中で偉そうに呟きながら頬に触れたその手で結衣の前髪を掻き上げてそっと額に口づけをした。


「っ……」
「真っ赤じゃん」
「じゃない…」
「ははっ、あぁもう……」
「亮介?」


あんまりらしくもない、そんな小さな溜め息混じりの声に結衣が丸くする目を不安げに揺らす。眉を下げ笑った俺が頭を撫でれば結衣はビクッと身体を揺らしてから嬉しそうに首を窄めて、えへへっ、と笑う。


「やっぱりもういい」
「助手席がどうこうってやつ?」
「うん。亮介、ちゃんと振り向いてくれたから」
「なにそれ。無欲すぎ」
「だって」
「まぁ…分かるけど」
「本当?」
「うん」
「…ふへへ」
「気持ち悪い笑い方するな」
「冷たい!」
「ちゃんと振り向いたからいいって言ってたくせに」
「すぐに揚げ足取る…!」
「隙だらけなのが悪いんじゃない?」
「む…!これから頑張るから」
「やってみれば。無駄だと思うけど」
「今に参っちゃうからね」
「楽しみにしてる」


車の助手席に、運転免許取ってすぐに最初に乗せるなんて出来るわけないだろ。
運転失敗してクラクション鳴らされたり、駐車場上手く停められなくて何度も切り返すとか、絶対にお前に見せたくない。それに下手くそな運転でもし事故にでもあったら……なんて思ったら怖くて仕方がないよ。言ってはやらないけど。

結衣の手を取り握って力を込める。すると何かを感じ取ったのか結衣はジッと俺を見つめてから結衣にしては強い力で俺の手を握り返した。
生意気、と笑いその手を引き再び席に戻った時に結衣は野球の雑誌を開かずずっと俺と話していたから、あぁ俺もまだまだだなぁ、だなんて思ったりして。やっぱり俺は結衣に弱いと今更知らされるまでもない現実を突き付けられた。


「ねぇ結衣」
「うん?」
「本なんて探してない」
「え?」
「今日の夕飯はオムライスだって倉持が朝、食堂で喜んでたの聞こえた」
「うん」
「結衣は今日夕飯なに?」
「知りたい?」
「うん」
「ふふふー、もう少し内緒」
「ははっ、少し?」
「うん。少しだけ」


ほら。こんな会話も楽しくてしょうがない。


「私のご飯もオムライス!!」
「へぇ、同じじゃん」
「うん!!だって寮の食堂で食べるもん!」
「食堂で?なんで?」
「御幸ちゃんがそうしろって」
「へぇ」
「食堂で食べたらビデオ観て色々気付けたこと意見交換したいんだって言ってたから」
「そう。頑張って」


まぁ締めるところは締めさせてもらうけど。



隠す俺と見せるあの子とのバランスの話し
「ゲホォッ!!」
「うお!!なにやっとんのや御幸!!」
「ゴホッ!ゲホッ…!こ、これケチャップじゃねェんだけど……結衣!まさかお前……」
「いいなぁ。御幸ちゃん、ケチャップの代わりにジョロキアペーストかかってる…」
「へ?お前じゃないってことは……」
「俺だけど」
「亮さん……!」
「ほら。食べなよ。残したら駄目だよね?」
「………」
「詰んだな、御幸」
「なんや最近気の毒にさえ思えてきたわ。アイツもアイツなりに結衣に関わっとんのやし」
「そうか?俺は、」
「はっはっはー、ほれ。結衣、食うか?」
「はい!!」
「あーん…痛っ…!!」
「ふざけてんの?もっと入れる?あ、もう入れたけど」
「アイツの自業自得だと思うけどな」
「……せやな」


―了―
2015/01/04




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