俺とあの子と意地悪と我慢の話し




これがいい!絶対にこれがいい!
そう結衣が目を爛々と輝かせて言ったのは一月前ぐらいのこと。毛足の長いふわふわとしたラグは2LDKの部屋のリビングの真ん中に敷かれて落ち着いたグレーの色に合わせて置いたソファーと小さなテーブルも白にした。春から俺と結衣が2人で暮らすことになるオートロックがありセキュリティーにそれなりの心配がないマンションの一室は先日両家族と共に家具や日用品の買い出しを済ませていつでも住めるようになってる。
現に今日もこっちで過ごしてるしね。
日当たりの良い角部屋。カーテンの向こう側から部屋にもたらされる明るさと陽射しの暖かさにもう春なのだと、読んでいた求人情報誌から顔を上げた。もう大分暖かい。


「結衣」
「ん……やだぁ」
「まだ何も言ってないだろ」
「ベッド…やだ。冷たい。1人。亮介、いない……」
「………」


一応、未成年だしまだお互い何があっても責任の取れない学生という身分。部屋は俺たちなんかが暮らすには高すぎるぐらいだと思う。それでも節度の持てる距離が出来るほどの広さを俺たちに親が求めたのは最大限の譲歩だ。本当だったらなかなか許してもらえることじゃない。金銭的にも世話になりっぱなしになるわけだし、いくら感謝してもし足りない。


「猫みたいだな」


小さく零した俺の声に結衣がついに身動ぎもしなくなった。お気に入りのラグの上でさっきまで目を落としていたスコアブックや野球雑誌や新聞が周りに広がりその寝顔はとても幸せそう。あーぁ、多分一緒に暮らしだしたら結衣がこんな風に散らかすのを咎めなきゃならないんだろう。今は、思いっきり甘やかすけど。

求人情報誌から手を離し結衣の髪の毛を撫でる。入学当時から切っていない髪の毛はより結衣を女の子らしく見せるようになった。くるくるのくせっ毛で赤毛ってとこがまたそれを何割にも増して見せてる。
結衣。
俺はもうすぐ卒業するよ。結衣と同じ制服を着るのも人生於いてこれで最後。ちゃんとやっていけるかは心配していないけど、やっぱり傍にいられないのはつまんないかな。こんな風に言ったらまたお前は見てないとこで泣いて、周りにいる誰かに慰められちゃうんだろうから言わないけど。

親に我が儘を通しても手に入れたかった安心。それと引き替えに常時向き合うだろう、俺のいない青道野球部に関わり変わっていく結衣を見ることになる焦燥感。時々、本当に全てを結衣に受け止めさせたくなる。幼い頃に春市と並んでお前は俺をヒーローだなんて言ったけど、そんなんじゃないってさ。そんな風に。


「風邪引くぞ」
「ん、……ん」


今はどうせ聞かれやしないから溜め息を遠慮なくついて眠っている結衣を抱き上げて結衣の部屋へと運ぶ。ドアが開きっぱなしになってるのはそれだけ結衣がこの部屋に執着のない証拠だ。

2人でこの家で過ごすのはそう何度もあったわけじゃない。今日だって野球部がオフになったから、だし。けど結衣は決まって1人になるこの部屋で過ごすのを嫌がった。嫌、と言って粘って粘って…結局あのリビングのラグの上で丸まって眠る結衣を俺がこの部屋に運ぶ。そして朝に一緒に高校へ向かうんだ。
でもいい加減、こうして運ぶ時に感じる身体の温さや柔らかさとか…抱き上げる時に少しだけ反る白い首が目に毒。っていうか耐える精神に毒。


「りょ、…すけ?」
「うん?」
「…冷たい」
「すぐに温まるよ」


ベッドに下ろされぼんやりとした結衣の開いた目に見つめられながら交わすこんな会話もいつものこと。ゆっくりと頭を撫でれば、ふふっ、と嬉しそうに笑って目を閉じる。うん。じりじりと胸を焦がすような、そんな俺の欲情をお前はまだ知らなくていいよ。


「おやすみ、結衣」
「や……しない」
「寝てるじゃん」


目を瞑ったままゆるゆると首を振る結衣にくすりと笑う。本当、我が儘。どうせ昨日も遅くまでビデオ観たり雑誌を読んだりしてたんだろ?この前はクリスの親父さんの書いたリハビリの本を読んでたし。一体どこを目指していくのか、結衣を見てると野球に真っ直ぐすぎて少し心配になるな。俺が引退を暫く受け入れなかったように、容赦ない虚無感が襲ってくる日は絶対にくるから。


「亮介は、センバツ応援に来る?」
「行くよ。父さん達も行くって言ってるし、おじさん達も行くだろ?」
「うん」


目を閉じたままの結衣の最後の睡魔への抵抗。若干舌足らずの声を聞きながら俺は目を伏せて結衣の頭を撫で続ける。


「部屋ね、ホテルの」
「うん」
「春乃ちゃんと一緒なの」
「良かったじゃん」
「誰かと一緒とか…すごく緊張するけど、嬉しい。わくわくする」
「寝坊したりして迷惑かけんなよ」
「しないよ。それに御幸ちゃんに頼まれてることもあって」
「!……御幸?なに?」
「毎朝起こしてほしいって。寝起きが悪いから頼みたい、って」
「…ふうん」
「高島先生が同室の人にさせるから問題ないって言ってくれた」
「へぇ、さすが」
「うん?」
「こっちの話し」


アイツ…本当に油断も隙もない。結衣に本意じゃないことをさせたり求めないだろうって信じられるぐらいの信頼はあるけど実質夏まであと4ヶ月ちょっと。何があるか分かったもんじゃない。

倉持に釘を刺しておこう。
そんならしくもない余裕のなさを内心苦笑して、ほら寝な、と結衣の額に手を当てる。


「亮介…バイトするの?」
「短期のね。少しでも足しになればと思ってる」
「どんな?」
「さあ?まだ決めてないけど。短期だから宅配の仕分けとか、配達とか多いね。免許取ったけど乗る機会あんまりないしいいかもね」
「……女の人、いる?」
「そりゃあいるんじゃない?」
「綺麗?」
「知るわけないだろ」
「そっか……」
「なに?ヤキモチ?まだ何も決まってないじゃん」
「そうだけど…亮介は、優しいからきっと好かれちゃうもん」
「そんなのお前にだけだけど」
「!……本当?」
「本当」


分かんないかな、……まぁ、分かんないか。お前以外の女なんて正直どうでもいいよ。好きだ、付き合ってほしいと俺にお前がいるのに言ってきた子がいなかったわけじゃない。けど、本当にどうでも良かった。酷いって言われたってそれが本心なのだからどうしようもないし、今更改心する気もない。


「結衣は子供だからなぁ」


気付けばそんな言葉が口を突いて出た。馬鹿にした……と、とってもらった方が気が楽だからわざとらしく嘲笑も混ぜた。
早く大人になってよ。俺が大人ぶっていられる内に。


「子供じゃないよ」
「!……」
「子供じゃない。亮介」
「……寝な」
「はぐらかさないで?」
「っ……だから、そういうところが…」
「亮介」
「……馬鹿。知らないからな」


本当は前から気付いてたんだ。気付かないふりをしないと色々キツいから気持ちを逸らしてただけ。
子供子供だと馬鹿に出来る歳じゃもうない。時々漂う色香みたいなものは俺が望むからこそ敏感に感じてた。

今も眠気や少しの意地や本気でそう訴えたいという真剣さが結衣の瞳から伝わりもう限界だ。
初めて一緒に乗ったベッドは重さの違和感にギシリとスプリングを鳴らした。
まだ触れたことのない唇に指を這わせ俺の名前を呼びたげに、りょ…、と動いたそれがすべてを紡ぐ前に俺のそれで重ね塞いだ。


「ん…っ、ん…ふ」
「っ………」


1度触れたらそんな簡単には離してやれない。俺の欲求は優しいもんじゃないから。

結衣を下に敷き重ねた唇の角度を変えて何度も触れる。その度に苦しげに漏れる吐息の切なく甘い響きに頭の隅から痺れていく。頭の下に背を差し入れてするりと首裏を撫でると結衣の身体が小さく震える。苦しさに逃げたそうにする顔は顎に手を当てて固定した。

ぺろり、と下唇を舐めれば、ふあっ、と言葉にならない声が上がりまんまと舌を差し入れた。くちゅ、と舌を通じて感じた音がずくりと身体の芯を熱くさせる。


「りょ、すけ…っふ、う…」
「なに…?今更、やめれないよ」
「んんっ…」


逃げさせたりするわけないじゃん。やっと捕まえたんだ。ずっとずっと俺だけの大切な女の子だったお前はいつの間にか勝手に他の男の想いを受けるようになったけど。

小さく感じる舌を絡めて逃げようとすれば吸い上げて甘く噛み付く。びくんと跳ねた身体は俺に抱き締められて逃げられはしないし、さっきまで肩を押していた手も今は俺の肩を掴んでる。


「ははっ、すごい顔……」
「ん……」
「…そんな顔してたら悪い男に簡単に食べられるよ」
「亮介は…悪い男じゃないからいい」
「!……またお前は」


必死に息を継いで真っ赤な顔でとろりと俺を見つめる。
悪い男だよ。お前の身体はまだこんなに純粋で真っ白だ。けど、跡を刻みたくてしょうがない。濡れた唇を指で拭ってやって白い首筋に唇を押し当てる。ひゃっ、と結衣の声が初めて震えたのを感じながらぺろりと舐めて服のボタンを外す。……不思議なもので頭の中の沸騰しそうなほど興奮している部分と、これから結衣をどう求めようかと思案している冷静な部分がある。

初めて触れた舌も肌も、全部愛おしくて頭がおかしくなる。ハッ…、と思わず漏れた息が熱く無意識に吸い付き白い肌に残した跡が赤くてそれがかえって頭を冷やした。
ふうー…、と長く息をつく。
こんなはずじゃなかった、とは言い訳としては最低だな。


「…怖い?」


顔を上げれば結衣は目をギュッと瞑っていて予想だにしていなかったというのは一目瞭然。なるだけ声を優しく語りかければ結衣はゆっくり開いた目から涙を零す。あぁーぁ泣いちゃって、なんて軽口を叩いて早くいつもの調子に戻りたくてくすりと笑い涙を拭ってやる。

小さな結衣の手がその俺の手を握るのは、それこそ…そんなはずじゃなかった。


「怖くない。から、大丈夫」
「…言ってる意味分かってないなら止め…」
「わ、分かってるから!」
「!…へぇ。どんな風に?」
「え、栄純が貸してくれた少女漫画…とかで色々読んだから」


沢村次会った時無言で手刀。


「なら尚更駄目」
「なん、で?」


ゆっくり頬を撫でる俺の手に気持ち良さげにする結衣がいつもの俺のペースに流されまいとブンブン顔を振るのが可愛くてくすりと笑い、それはさ、と結衣の横に身体を横たえながら続ける。
離れられると思ったのか結衣の手が俺の服を掴んで離さない。


「少女漫画じゃ追い付かないほど俺が結衣をめちゃくちゃにしたいと思ってるから」
「めちゃ……くちゃ?」
「そう。想像もつかないだろ?少女漫画って良くも悪くも、綺麗に描いてるから」
「亮介、少女漫画なんか読まないでしょ」


むう、と剥れるこの女の子がさっきまで眩暈がするほどの色気を放ってたとか俺が信じられない。
読むよ?、と返し結衣の鼻を摘んで息苦しさに、ふはっ、と開いた唇を食べるようにキスをする。1度してしまえば際限なく欲しくなる。唇を離せば真っ赤になった結衣に思わず眉が下がる。こんなんで先になって進めるわけない。それが例え周りから見て、子供扱い、だとか、過保護すぎ、だということを思われたのだとしてもこれが俺の想い方だって何年も前にケリをつけてる。


「純が読めってうるさくて」
「そうなの?」
「うん」
「面白い?好き?」
「あんまり」
「私も栄純ほどは。野球雑誌見てる方が楽しい。それに、」
「うん?」
「ドキドキは亮介と一緒にいる時に出来るから他からはいらない」
「!……本当、苦労するよ」
「え?」
「お前みたいな子が恋人だと、我慢が大変」
「しなくていいのに」
「馬鹿だね。なにも分かってない」
「分かってます」
「でも駄目。今日ゴムないし」
「ゴム?」
「そう、ゴム」
「………」
「………」
「………」
「ほら、分かんない」
「え………え、……あ…っ!」


真っ赤になって俺の胸元に潜り込んできた辺り、それがなんであって何に必要とするかぐらいは理解出来たらしくホッとする半面少し焦るかな。俺の我慢も相当限界なんだけど。


「ねぇ、分かったの?」
「わ、分かんない!」
「やっぱり子供じゃん」
「違う!わ、………分かる」
「へぇ。ならなに?」
「っ………」
「ほら。早く」
「い…意地悪!!」
「何が?」
「もう…!」


意地悪ぐらい許してよ。まだまだ俺は自分に我慢させなきゃいけないんだからさ。
真っ赤になって甘い反応をしているお前を見てなんとかこの劣情がごまかせている内は。



俺とあの子と意地悪と我慢の話し
「…って、ことでいいよな」
「あぁ、異論はねェぜ」
「せやな。ほんならお開きに…」
「結衣」
「は、はい!なんですか?御幸ちゃん」
「いや、なんかぼうっとしてっから。どうかしたか?」
「あの…皆さんに1つ聞いてもいいですか?」
「あ?なんだよ、改まって」
「またどうせバッティングとかピッチングのことだろ?」
「ええで!!先輩になんでも聞けや!!」
「本当ですか!?なら、男の人がみんなゴムを財布に入れてるっていうのは本当ですか!?」
「「「!!?」」」
「亮介がそういう奴の近くには寄っちゃ駄目って……あれ?皆さんどこに行くんですか?」
「あー…降谷と沢村待たせてっから」
「俺も春市と自主練」
「んな…!お、お前ら狡いで!?こんな目、キラッキラさせて答え待っとる小嶋を置いてくなや!!」
「結衣ー、ゾノがなんでも答えてくれるってよー」
「ヒャハハッ!!頼れる先輩頼んだぜー?」
「お前らー!!」
「?」


―了―
2015/12/04




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