危なげなアイツとそれを気に掛ける俺の話し




弱くねェとは思うが、かと言ってそれが強いかっつーとそれも違う。
紙一重ってわけでもなく、そうであったなら俺はこんなにコイツを気にかけることはねェんだろうと思う。
つまりは普段野球に全身全霊を傾けてるあの姿が"強い"と言い切れるぐれェにはコイツが見えているわけなんだが。その一方で野球に傾けた分だけ欠如しちまってる部分があんのも事実。
コイツの場合それがコミュニケーションに大きく影響してるわけで。


「あちィ。あんまくっつくな」
「暑いなんて嘘です。冬です。寒いはずです」
「ほー?お前も言うようになったじゃねェか。俺は、あちィんだよ」
「いたたたっ!ごめ、ごめんなさい!」


昼休みになるとコイツが教室に来て一緒に飯を食うのがすっかり定番になった。
たまに生意気を言う後輩に、ふぅ、と息をついてこめかみをぐりぐりと刺激していた両手を離してやる。
それと同時に、はっはっはー、と聞き慣れた笑い声が近くで上がった。


「なーにやってんだよ、結衣」
「御幸ちゃん!」
「ん?…ははっ、で?何事?」


今日は?、と俺に問い掛けながら目を細めて不機嫌顕わにすんじゃねェよこのクソ眼鏡。背中の後ろに回ってきた結衣には気色悪いほど緩んだ顔向けてる自覚あんのかよ?お前。
と、色々思わねェわけじゃねェが俺はコイツのバカ正直なカミングアウトでその想いを知らねェわけじゃねェ。自覚があろうがなかろうが指摘してわざわざ気付かせてやるのも厄介なことになる。

はぁ、と溜め息をつく俺を昼飯のパンを買って戻ってきた御幸の背中から顔を出して不安げに見る結衣に、ちょい、と手招きをしてやる。


「別に怒ってねェから。ほら、食うぞ」
「はい!!お詫びにこれあげます!」
「またジョロキアだろうが!いらねェ!!」
「え、なに?俺除け者半端ねェんだけど」


そう言いながらも隣の不在の席から椅子を寄せてやる結衣が、ありがとうございます、と毎度のことだってのに律儀に礼を言うのを嬉しそうに、いえいえ、なんつって受け取る御幸。
少し前は本当にこのまま何も喋らねェで野球部引退そして卒業になっちまうんじゃねェかと思ったがそれが嘘みてェに2人はいつも通り机の上に広げたスコアブックを見ながら普通だ。
そうだ。
俺たちは結衣より早く卒業する。それを今ひしひしと感じる。スコアから小難しい分析をする2人の声を聞きながら昼食のパンを開けて窓の外を眺め食べる。夏にはこの席から見えていた木に茂る葉も今はすっかり枯れ落ち丸裸の樹皮を晒してる。
寒々しい光景があと1ヶ月もすれば春らしく葉をつけ、卒業生たちの目に触れるとは実感がなかなか伴わねェもんがある。
結衣より先に。
そんな俺たちより先に亮さんは卒業する。少し前に亮さんが卒業する時には結衣は泣くだろうと春市と話したが、その結衣を置いて卒業する亮さんは今どんな心情なんだろうか。

俺だったら、……と考えるだけ無駄か。
結局は亮さんの気持ちなんて分かりゃしねェし同じ立場であることもねェんだからよ。


「で?結衣はなんで倉持の背中にぴったりくっついてたんだよ?」
「あー、別になんでもねェよ。新種の遊びだ、遊び」
「そ、そうです。遊びです」
「ふうん」


あぁ納得してねェな、コイツ。

食べますか?、と結衣にジョロキア入りのスナックを差し出されて、サンキュー、と受け取る御幸はジッと探るように俺を見てやがる。チッ、本当にコイツは結衣の事になると面倒臭せェ。お前がそんな態度だから本当のことを話せねェんだろうが。

御幸には話すなよ?
結衣に"ある事"を相談されそう言った俺に訳が分からないとばかりに首を傾けたが、はい、と返事はした。この辺りがマネとして野球部の副主将である俺の言葉をも尊重してると感じさせる。


「それじゃ今度俺にもその遊びやってもらっちゃおうかなー」
「倉持先輩は暑いって言ってましたよ」
「いやいや。俺、寒がりだし?」
「本当ですか!?初耳です!ならこれはどうでしょう!?」
「へ?いや何嬉しそうに……新作のネックウォーマー?」
「はい!!」
「ぶはっ!ヒャハハッ!良かったなー、御幸ィ?結衣に良いもん教えてもらえてよォ」
「なんかちげェ」
「え、ミズノじゃ駄目ですか?ならナイキですか?」
「そうじゃねェから」


目をキラッキラ輝かせ昼飯食う時にスコアブックやら自作の分析ノートやらを入れたトートバッグから取り出したスポーツ用品のカタログを、バンッ、と机の上に広げた結衣。御幸が面白くなさそうにしてんのはどうでもいいとしてお前のパン、カタログに潰れてっけどいいのか?

まぁ…しかし。


「近い内にお前も出来るんじゃねェの?新しい遊びを」
「は?」
「ま、多分な」
「………」


昼飯で賑わう教室の入口に目を向ければまぁそりゃ2年のフロアだから同じ学年の、1度は目にしたことのある奴らが見えるわけなんだが、問題の人物は1年にも関わらずすっかり馴染みこのB組の奴らにも、こんにちはー、と迎えられるほど馴染んだ結衣とは違い見慣れずその姿を確認する眉を顰める。
ムカつくほど長身の、いかにもバスケ部のそいつが結衣に告白したどうこうってことがあったのは結構前に感じるな。


「結衣」
「なんですか?倉持先輩。先輩も防寒具欲しいですか?」
「それは間に合ってっけどよ、ほれ」
「え…あー!!パ、パン!私のメロンパンがぺちゃんこに!倉持先輩がやったんですか!?」
「お前だろ。カタログの下から引っ張り出してやったのによ。いらねェんじゃもらうぜ」
「いる!いります!!」
「んな煎餅みてェなメロンパンよりこっち食…」
「ふあ?なんれふか?(なんですか?)」
「………」
「ヒャハハッ!!間が悪ィ奴!!」
「うっせ」


これはこれで美味しいです。
ちっこいくせになかなか食べる結衣がもしゃもしゃとメロンパンを食べる。
結衣の髪の毛、結構伸びたな。元々がかなりのくせっ毛だから伸びても毛先はくるくるしてっけどそれが可愛いと梅本と夏川に髪の毛弄られてたっけな。あの時戸惑いながらも嬉しそうに笑ってた結衣は選手だけじゃなくマネとも馴染めてきたと思う。それもやっとだ。
だからこそ、結衣みてェな奴にはアピールの仕方を考えなきゃならねェ。野球のこと以外はわりかし自分本意な御幸だって気ィ使ってんのが所々垣間見えるってのに少しの間だけっつっても同じ部活にいたあの野郎は結衣の何を見てやがんだ。って…こんな構っちまう俺も大概なんだろうが。

放っておけねェだろ。
尊敬する先輩の幼馴染みで彼女。加えて野球部のマネージャーなんだからよ。
だからこそ御幸やゾノにこの問題を話すのも近い内になんだろうな。

そこはいい。
俺が周りを見ながら話せばいいことだ。話さなきゃいいと判断するならそれで済ませりゃいい。けど問題は彼氏である亮さんに話すか、だ。


「あ?……おい梅本」
「んー?」
「結衣、まだ来てねェの?」
「あ、結衣ちゃんね。なに?倉持くんも結衣ちゃんの姿見えないと気になっちゃう?」
「ちげェよ!いつもちょろちょろしてっから姿が見えねェと……って、待て。も、ってことは他に誰か聞いてきたのか?」
「うん、御幸くん」
「!……で、御幸は?」
「え?…あぁ、えっと…たぶんピッチャーミーティングしてるんじゃないかな?結衣ちゃんにも参加してほしかったらしいけど、なんか学校で用があるから遅れるって。あの子のことだからすぐに来ると思うけど」


校舎で用、か。
眉を顰める俺は部活中で今は抜けられるタイミングじゃねェ。だがおそらく、結衣の用ってのはあの野郎絡みだろ。


「監督、今日は遅くなるらしいよ。職員会議で」
「!」
「行くなら今じゃない?」
「ヒャハハッ!だな、んじゃ行ってくるわ」
「はいよー」


さすがはマネ。気遣いの上、手を振り御幸には言わないと俺を送り出す辺り御幸の想いなんてのは見通せてるらしい。
上がる口角はしばらくそのままだったが練習用ユニフォームのまま校舎に向かい下駄箱で結衣の上履きがねェのを確認すれば嫌な予感がして眉を寄せた。
中に入ればもう人気の感じねェ校内。3年はほぼ自由登校だし1、2年は部活するか下校するかあるいは委員会の仕事をしてるかだ。生徒がいねェと余計に寒ィ。結衣にはああ言ったが後でカタログ見せてもらうか。

そんなことを考えながら向かった1年のフロア。教室の中から聞こえてくる話し声はC組。ビンゴ、だな。

『ちゃんと断ったつもりだったんですけど……』

結衣がたまたま御幸の外していた席に座り困ったように切り出してきたのは数日前。前に告ってきたバスケ部の野郎が自分を諦めきれないんだと言ってきたらしい。それに関しちゃきっぱり自分には彼氏がいるからと否定したらしいんだが。


「なぁやっぱり駄目かな」


それがそいつはなかなか厄介な野郎だった。何を言っても諦めねェしそれどころか自分の好きにするとまで、結衣に、言ってきたらしい。この根性なしが。根性の使い方間違ってんだよ。それを言うなら結衣に言うんじゃなく、彼氏である亮さんに言えっての。攻めやすい結衣を攻めんのは確かに定石っちゃ定石かもしんねェが男としては褒められたもんじゃねェ。


さて…どうすっかな。
教室にはおそらくその野郎と結衣が2人きり。その一方で今此処に居んのは彼氏じゃねェ俺。口を出してあの場から助けてやんのは簡単だ。けど本当にそれでいいかは微妙なとこだ。
もうじき亮さんが卒業して、俺だっていずれは卒業する。こうして助けてやって、あとで苦労すんのは結衣。
過干渉と結衣を大事にしてやんのは同義じゃねェと、亮さんはおそらくそう思ってる。だからこそ御幸と結衣の関係がぎくしゃくした時口をださなかったもんな……。本当、あの人にはまだまだ敵わねェとこだらけだ。


「本当にごめんなさい。私、野球に集中したいから」
「まるで自分が選手みたいな言い方するじゃん」
「っ……」


隣の教室の戸に寄り掛かり座る俺の耳にもきっちり聞こえる話し声は胸糞悪すぎて手を固く握り、落ち着かせるためにふぅと息をつき天井を仰ぐ。

随分な言い方するじゃねェか。つかお前は部活どうしたんだよ。医者の息子だかなんだか知らねェけど調子乗ってんなシメるぞオラ。

……なんて具合ですぐに介入したくなっちまうのは持ち前の兄貴気質なのかやんちゃやってた頃の名残りのかどうか。
とにかく亮さん、俺はまだ亮さんみてェな懐の広い男にはなれそうもねェです。


「マネなんだかもっと気楽にさ、もっと遊んだりしようぜ。勿体ねェって高校生活」


不遜な物言い。きっぱり断ってんのに聞く耳に持たねェ自分勝手な態度。教室の外からだって結衣が戸惑い空いた間が言い淀んでんのだと分かる。
うちのマネにあんな態度されて、選手じゃねェんだからと馬鹿にしてるも同然の態度を取られ黙ってるわけにはいかねェ。

スッと腰を上げた時だった。


「ごめんなさい」
「そうじゃなくて、」
「私は野球以外は亮介しかいらないから」
「!」


おぉー……言うじゃねェか。

聞こえてきた毅然としたその言葉に俺は中腰のままにやりと笑う。俺が考えていたよりずっと結衣の芯が強ェんだと驚きも混じる。
って…向こう側から誰か…いや、誰かっつーか…あの髪色はこの校内に2人しか見ねェ。
1人は今二遊間のコンビを組んでる小湊春市。もう1人はさっきからあの教室で話題に上がってる……。


「亮さん」


小さく呟く俺に亮さんがひらりと手を振り俺とは反対側の、D組の教室の戸に寄り掛かる。にこりと笑みを口元に湛えてはいるがその表情に真意が伺えねェのはよく知ってる。
ただ俺が今飛び込んで行くのはよしとしねェんだろうな。
にしても俺今ユニフォーム…。サボりだと思われる…よな、やっぱ。


「っ…なんだよそれ。ろくに構ってもらっちゃいねェんだろ?聞いたぜ」
「私がいいんだからいいの」
「それは結衣が何も知らねェからだ」
「だから!私がいいからいいんだってば!!もう部活に行きたいの行くから!!」
「ちょ、待てって!!」
「嫌!!…触らないで。触ったら、」
「……なんだよ?」
「りょ、亮ちゃん呼ぶから!!」


ぶはっ!!、と思わず噴き出しちまって、亮介さんからはきつい一瞥をくらい教室の中は明らかに静まり返った。

らしいっちゃらしい発言。さっきまでなかなかの修羅場だったはずなのに結衣の発言で全部ひっくり返ったような感じだ。
亮さんは、はぁ、と溜め息をつきながらもう身を潜めることは諦めたらしく教室の方へ向かう。


「倉持、後で話しあるから」
「は……はい」


あぁ今日の俺終わった。
教室の中で驚きの声が上がるのを聞きながら、はぁ、と溜め息をついた。

亮さんの入った教室から野郎の謝る声が上がるまで後数秒。


「すすすっ、すみませんでしたぁぁ!!」



危なげなアイツとそれを気に掛ける俺の話し
(な、なんで亮さんはあそこに来たんスか?)
(結衣に連絡貰ったからだけど。アイツが黙ってると思った?俺という彼氏がいるのに?それを教えられない俺だと倉持は思うわけだ)
(う……!)
(まぁいいや。それより今すぐ忘れろ)
(へ?あの…?あ。あぁ、あの…呼び方)
(そうそれ)
(亮さんが言うなら…はい。そうします)
(さすが倉持。沢村じゃこうはいかないよ。じゃあよろしく)
(あ。そういえばあの野郎になんて言ったんスか?)
(何も)
(は?)
(ただ見ただけ)
(さすが亮さん)


―了―
2015/08/13




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