無垢なあの子と無謀な俺の挑戦の話し




実家に帰省って言ったってさ、俺そんな遠くねェし。やれ新幹線やれ飛行機やれ片道2時間半だとか、この時期そんな会話が溢れるようになってちょっと面白くない。
大体さ、なんで強制的に一斉帰省なわけ?どうせ休みっつったって野球のことなんか頭から離れないんだし、そりゃあいつもうんざりするぐらい顔を合わせてる連中と顔を見合わせなくていい貴重な機会だからそれは嬉しいけどさ。
けどさけどさ!だったら寮は自由に使っていいですよー、って!そんな風に解放してくれた方が俺は嬉しいね!好きな物だけ食べて好きな時に好きなテレビを見て好きな時に風呂入って!!実家で出来ることとか、そういう問題じゃねーの!!寮でやるからいいんじゃん!!


「もー樹って本当に分かってない!!」
「はあ…?まぁそれはいいんで、鳴さん早く荷物詰めてくださいよ」
「なにィー!?その口の利き方なってない!ブブゥー!!」
「ブブゥーって…小学生じゃないんですから」
「なにそれ!!小学生じゃなきゃ、ブブゥー、って言っちゃいけねェわけ!?あー!やだやだ!!こんな固定観念を押し付けようとするような奴にはなりたくねェなァー!!」
「あーもう!分かりましたから!俺が悪かったですから早く帰省の支度を…」
「はあ!?なんで俺が窘められてるみてェになってんの!?生意気だぞ樹ィィー!!」


ガチャッ。


「なーに喚いてんだよ、鳴」


廊下まで響いてんぞ、と続けて眉を顰め樹に、お疲れ、と声を掛けたのはカルロスで今から帰省するのかバックが肩に下がってる。
どうせいつもの我が儘でしょ、と白河も一緒だ。


「なんで端から俺が悪ィわけ!?納得いかねェ!!」
「樹が悪いことがあるわけないじゃん…」
「言えてるな。で?樹、なんだっつーんだよ?この坊やは」
「坊やじゃねェし!!エース様だし!!樹の先輩だし!!」
「だったら先輩らしいことしなよ」
「してんじゃん。ほら、荷造りさせてる」
「……はぁ。樹も断っていいんだぜ?甘やかしてるとためにならねェからな」


そう言って人の部屋にズカズカ入ってきて、ははは、と苦笑いする樹の肩を、な?、と慰めるように叩くカルロ。
なんでオイラが悪者!?

樹をキッと睨むものの白河の、毛逆立てた猫みたい、という言葉にカルロと樹は、ぶふっ!、と噴き出す始末。
いよいよ機嫌の悪さも沸点に達したのを感じた俺は、ふん!、と3人に身体ごと背けてやる。出ていってなんかやるもんか。此処はエースの部屋なの!


「鳴さん、青道の小嶋さんにメールをして初詣に誘ったんですけど」
「……まだ諦めてなかったんだ」
「まだってなに!?」
「それで?完膚なきまでに断られたのか?」
「違うから!!…なんだよその顔は!樹!!」
「気にしなくていいから話しなよ、面倒だから」
「面倒ってなにさ!?だったら早く帰れよお呼びじゃねェーの!!」
「まぁまぁ話してみろって。丁度電車までの時間が暇になっちまうと思ってたとこなんだよ」
「完璧暇潰しじゃん!!」


あぁもういい!俺がやる!樹遅すぎ!、と樹から鞄を奪って適当に荷物を入れていく。着替えとかそんなもん、家にあるし入れるものはグローブとかバッテとかボールとかそういうもんだけ。
俺よりも先に寮を出るわけにはいかないとかなんとか言っちゃってカッコつける樹に、適当に詰めて、と言ったところでまとまるわけがねェ。だって荷物なんてあってないよーなもんだし。

おーわり、と早々と支度を終わらせた俺に絶句した様子の樹。……お前、そんなんだから良いように使われんだ。俺にラブレター渡してほしいとかメアド教えてほしいとかさ。別に俺はいーの。エースだし……まぁ、バッテリーだしね。

ふぅ、と溜め息をついて手にしていたボールに回転をつけて天井に向けて投げる。3人の視線がそのボールにあるのを感じながら落ちてきたそれを手て受け止めると微かに肌を擦るボールの回転に、あー試合したい、なんて思う。
春になって、都大会や関東大会が待ってる。俺の高校野球の終わりはどんなに長くても1年もなく刻々と近付く終わりに余計焦れる。

この季節には思い出すのも難しいはずの夏の、あの暑さが恋しい。
あの子が真っ直ぐ俺を見つめて、うちが獲りますから、と言い切ったその強い瞳を思い出して無意識に口が開いた。
悪いけど、本当にこれだけは譲れねェ。


「……今年は獲るからね」
「「「!」」」
「てっぺん!!」
「いきなり何を言うかと思えば…」
「ししっ」
「当たり前のこと言うんじゃねェよ」
「なんていうかー、抱負?宣言?したくなった!」
「は、はい!!必ず鳴さんがマウンドで誰より輝けるように自分はそのための努力を惜しみませんから!!」


ここぞとばかりに気合いを真っ直ぐ伝えてくる樹に俺だけじゃなく、カルロも白河だって口元を緩めてる。
甲子園を経験してる主力が俺たちの代に多いこのチーム。引退したその後、実際引っ張っていくのは樹になんだろうね。今はそんな姿想像出来ねェけど!!

大口叩きすぎっ、と樹にその辺にあったティッシュの箱を投げればさすがなのか見事キャッチする樹がムカつく!!


「まぁそれはそれとして。で?樹」
「な、なんですか?」
「鳴はなんて断られちまったんだ?」


樹の肩に手を回してにやりと面白そうに笑うカルロに、余計なお世話!、と抗議するも樹が溜め息をつきながらも話し出す。樹、てめェー!!


「小嶋さんは小湊家と毎年初詣するらしいんです。だから一緒には行けない、って」
「…こりゃ、決まりだな鳴」
「何が?」
「家族ぐるみの付き合いとくればもう詰んでるじゃん」
「はあ!?意味分かんねェし!!俺だって家族ぐるみの付き合いある近所の家あるもんねー」
「それが向こうの場合は小湊さんだから白河は詰んでるっつってんだろ」
「分かんねェ分かんねェ!!もう帰る!!バイバーイ!良いお年をー!!」
「ハッ!どんだけ勝手なんだよ」


言い捨てて笑うカルロと律儀に、良いお年を、と返してくる白河。気をつけて!!、と一丁前に心配してくる樹に後ろ手で手を振って……、って!


「ここ俺の部屋なんだけど!?」
「気付くの早かったね」
「そのまま鍵掛けねェで行くのかと思ったぜ」
「鳴さん、戸締まりには気をつけないと…」
「うーるーさーい!!早く出てけよ!ほら散った散った!!早く帰んなよ!!」


手早く3人を追い出してぽつりと1人部屋に残り鍵を手にしてドアの前で振り返る。
過ぎた時間を振り返るのは人間ぐらいなもんだって、いつだか生物の教師が言ってた。人間は思考と記憶と自然界においても取り分け寿命が長いからなんとかかんとか、詳しいことはもう忘れたけど。
今はその時じゃないから、振り返ったりしねェよ。


「じゃ、また来年」


がちゃりと鍵を締めて俺はやっぱり気乗りしねェ帰省の家路へと着いたのだった。
っつっても、稲実の最寄り駅からそんなに時間掛かんねェから行き掛けにスポーツ店にでも寄ってこ。


「っっあー!!」
「きゃあ!!」
「結衣!?なんで此処に!?ねぇどうして!?実家神奈川だったよね!?なになにどうして!?」
「な、成宮先輩。こんにちは」
「う、うん!こんにちは!!」


うわぁっマジで!?結衣じゃん本物の!!今日もマフラーから手袋から耳当てからコートから全部ふわふわもこもこしてて、わぁ…、と思わぬ偶然にしみじみしながらジッと見つめる。
髪の毛、伸びた。癖のある髪の毛がマフラーの上でやっぱりふわふわしてる。
俺が出しちゃったでっけェ声にちょっとビクビクしてたけど次第に落ち着いてきたのか胸元に手を当ててふわりと笑ったりする。あー…もう。本当に。
顔が緩んじゃってしょうがないから巻いてるマフラーを口元に引き上げて隠す。


「成宮先輩は今から帰省ですか?」
「そー。結衣は?」
「私は昨日帰省したんですけどまだこっちに用があったので」
「もしかして今1人!?」
「え、あの…」
「飯食お!!」
「でも……」
「シニア時代の話し、ゆっくりしようよ!聞きたがってたじゃん!」
「いいんですか?」


あ、目がキラキラしてる。我ながら狡いかもなんて思ったけどこうまで単純だと俺だけが悪いんじゃないような気がしてくる。まったく彼氏、どうなってんの?


「じゃ、じゃあ少しだけなら」
「そうこなくっちゃね!あ、ちなみに俺の家に寄ればシニア時代のビデオが……」


って、それはさすがに無理か。結衣は目をギュッと瞑って首をブンブンと横に振ってる。
しょうがないなぁ、と溜め息をつく俺に、すみません、としゅんと謝ったり、いいよ、と言えばニパッと安心したように笑ってくれたり。大分、近くなったような気がするんだけどなぁ。


「何食べたい?」
「成宮先輩が食べたいものが優先でい…」
「良くないー!!」
「え!?」
「結衣が食いたいもんじゃなきゃ意味ねェし。言ってみてよ。俺遠慮なんてしねェから嫌だったら嫌って言うしさ」
「!」
「ね?」


ズィッと顔を近付けてみたけど先にもたなくなったのは俺の方で目を丸くして見つめて目線を外さない結衣に俺の方が顔が赤くなる。もー!あー、もう!!


「なら…行きたいお店、あります!」
「!よーし!ならそこにしよ!?」
「本当にいいんですか?」
「もっちろォーん!!結衣ってたくさん食べるタイプ?」
「どうでしょう?普通、だとは思います」
「一也とかといつも一緒に食べてるんでしょ?」
「はい!スコアブックを見ながら食べるので何を食べたか覚えてない時もあります。いつの間にかお腹いっぱいです!」


ぷぷっ…!一也の奴、完全に男に見られてねェじゃん!決して見た目は悪くねェのに昔っから女っ気ないよなーアイツ。んで傍にいるようになったかと思えばこんな女の子。見てる分にはすっげェ楽しそ!

こっちなんです、と俺を案内するためにスポーツ店を出て歩き出す結衣の隣に並んでると周りから見たら恋人に見えんのかなーなんて思う。


「それでですね!成宮先輩はどっちがいいと思いますか?私はやっぱりこっちかと」


この言葉だけなら服を迷ってる可愛らしい感じで、俺に選択を促しているような雰囲気だけど実際はトレーニングメニューをいつの間にか熱弁してる結衣。
楽しくないことないけど!!……やっぱりこの子にとったらオイラ、まだまだ男って感じじゃない。意識することすら浮かばないみたいだしね。


「好き」
「!」


歩きながら、ひょい、と顔を覗き込んでそう伝えてみたところで、


「本当ですか!?そっか…成宮先輩もやっぱり投げるの好きなんですね!栄純もいつも御幸ちゃんに訴えてて」
「………」


これだもん。本当、結衣って勿体ないことしてるよ。俺、甲子園準優勝投手だよ?後々は世界にだって名前轟いちゃう投手なのにさ。今も歩きながらチラチラと見られてんのはきっと気のせいじゃない。
うーん、と空を仰ぎながら確かに不服ではあるけど……ま、いっか。今は。

なーんか凄い楽しそうにされると、調子狂っちゃうんだよね。こんな偶然、しかも2人きり。めったにないチャンスだと思うんだけど。


「結衣、今度バッセン行かない?」
「いいんですか!?成宮先輩と!?」
「うん!!」
「ならカルロス先輩や白河先輩もぜひ!!」
「……へ?」
「弱点必ず発見してみせます!!」
「!」


……こういうとこ、すっごい好き。
野球の話しになるとすげェ強い目をする。そりゃあもう全身で、負けない、と言ってるみてェな。それでも小憎らしさなんて微塵も感じねェのが結衣の不思議なところで魅力だ。選手じゃねェのにここまで気持ちを前に押し出してくるのは珍しい。
女の子なのに、わくわくする。可愛いとか彼女にしたいとかそういうの以前に、負けたくないとか認めさせたいだなんて思うのはどうかしてると思うけど。


「でもタダで…ってわけにはいかないですよね…。あ!!ならこれから行くお店で成宮先輩が完食出来たら成宮先輩のお願いなんでも聞きます!」
「へ!?本当に!?」
「はい!!その代わり出来なかったらバッセン一緒に行きましょうね!!」
「オッケー!!いいのー?俺、球児だよ?めちゃくちゃ食うよ?」
「はい!!」
「お願いだって無茶苦茶なお願い、しちゃうよ?」
「はい!!」
「よォーし!!じゃあ行こっ!絶対に俺のお願いきかせてみせるもんねー!!」


結衣が自信満々に歩いてる訳も、これから向かう店もその料理もこの時の俺はまだ知らなかったわけだけど、とにかく結衣が無邪気に笑ってぴょこぴょこ跳ねながら楽しそうに歩いているから、いっかな、って年末帰省も悪くないなどと思ったのだった。



無垢なあの子と無謀な俺の挑戦の話し
(お、鳴帰ってきたのか)
(……あぁ、カルロ。新年おめでと…)
(なんだよ。元気ねェな。年末年始食い過ぎて腹でも壊したか?)
(違うし)
(なら宿題終わってないとか?)
(それも違う。あ、白河もあけおめ)
(おめでとう)
(あのさ、2人共次のオフ暇?)
(……なに?)
(暇っちゃ暇だな、多分)
(実はかくかくしかじかでさ……)
(はあ?ったく、お前……)
(有り得ないね。青道マネとバッセンとか)
(大体なに女に負けてんだよ情けねェ)
(っ……)
(何食べて負けたわけ?)
(……レー)
((は?))
(激辛カレー!!あんなの食べられるわけないじゃんなんなのあの真っ赤なカレー!!カレーの味なんてしなかったしほぼ唐辛子だし!!ジョロキアってなに!?夢にまで出てきたんだけど!!)
(で、結衣は?)
(………完食)
(ぶはっ!)
(白河笑うな!!)


―了―
2015/07/22




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