最初で最後を共有する俺とあの子の話し




よく聞かれるけどね。


「お兄さんはそれで満足なんですか?」


まぁコイツに言われるのは甚だ余計なお世話極まりないんだけどさ。

夜、食堂に入ってきてからずっと何か言いたげにこっちを見ているとは思っていたけど面倒だしコイツなら聞かなくても言ってくるだろうしどうせどうでもいい事だろうし。

1年の沢村は入学した当初より幾分か身体ががっちりしてきたかな?まぁそれは他の1年や2年にも言えることなんだろうけど。
冬合宿を控えるこの季節。夏の合宿を遥かに超える厳しさをきっとコイツはいつも通りうるさい声を出して乗り切るんだろう。それが憔悴しきった姿だとしても、その姿でありながら絶えず"らしさ"を失わないのはどれほど大変なことか。
卒業や視野に入ってきて、感傷に浸ることも多くなった。俺たちが卒業したあと沢村たちの代は誰が引っ張ることになるんだろうか……なんてさすがに気が早いし俺も春からは自分のことで手一杯になるけど。


「いきなりなんの話し?」
「俺としてはやっぱり此処は都会ですので!お勧めはネズミのいる夢の国ですね!」
「だから」
「それと水族館なんかもいいッスよ!?」
「………」
「動物園もまぁベタなところなんですが、やはりこの時期は寒いですから!!」
「……春市。通訳」
「え!?僕!?」
「出来るだろ?」
「あー…、うん」


さすが、とくすりと笑う俺はさて食べるのを再開しよう。春市は困ったように眉を下げたけど沢村がズンズンと脇目も振らず俺の前に、失礼しやす!、と座ったのを見た時から厄介事になるのは分かってたんだろう?

にこりと笑う俺に春市は箸を置いて、えぇっと、と話し出す。沢村なんなの、猫目になってるし。


「今日お昼食べてる時に。その話しだよね?栄純くん」
「おう!さすが春っち!!」
「あんまり嬉しくないよ」
「なにィ!?」


サラッと流す春市に俺の隣に座っていた文哉が、さすが亮介の弟だなぁ!、なんて持ち前のデカい声で言うからチョップをお見舞いしとく。いでっ!、だって。


「今日お昼食べてる時に結衣も一緒になったんだけど」
「俺今日委員会の仕事色々やんなきゃいけなかったから一緒に食べれなかったからね」
「うん、結衣もそう言ってた。それで結衣のクラスの女子も一緒だったんだけど」
「へェ、結衣が?ちゃんと友達作ってるんだ?」
「う、うん。兄貴、あのさ…話しが続かないから…」
「じゃあ早く結論から話せよ」
「わ、分かったよ…」
「まぁ後でゆっくり聞くけど」
「え!?」
「ほら早く」
「もう…。つまりね、結衣が言われてたんだ。結衣は野球部の先輩が彼氏だから全然遊べないんじゃないか、って」
「…ふうん」
「それで。こう」


そう言って春市が沢村を指差し苦笑いするのを沢村は、指差しちゃいけねェんだぞ、と真っ当なことを言いながら夕飯の鮭を口に入れた。
なるほど。春市の説明あって漸く繋がった。繋がった、というよりは沢村の話しはまったく外れた的を狙った感じだ。
掠めたのは、結衣、という言葉だけ。……まぁ、それだけで反応しちゃう俺も俺か。


「お兄さん!やっぱり誘うなら男から!ッスよ!」
「黙れ。早く食べろよ」
「ですが…!」
「栄純くん!ほら、僕のトマトあげるから!」
「それ春っちが嫌いなだけだろー!?」
「あ、なら俺もやる」
「お兄さんも!?」
「俺のも食うか?沢村」
「楠木先輩まで!?いや好きで貰ってるわけじゃ…!」


その内色んなところから沢村の皿にトマトが集まってくるのを倉持はいつもの甲高い声で笑い御幸には残すなよと釘を刺される。本当、いじられるなコイツ。


「ごちそうさまでした」
「お。早いな、亮介」
「文哉は遅くなったんじゃない?」
「だな。もっと身体動かすかー」
「勉強に影響しないようにね」
「嫌なこと言うなぁ」


そんなに心配ないくせに、とくすり笑いながら立ち上がり食器を下げた俺は御幸に声を掛ける。


「はい」
「結衣、どこか分かる?」
「たぶんまだプレハブだと思いますよ。スコア集中して見すぎて監督に声掛けられたのも気付いてなかったし」
「なにそれ。ありがと」


本当、大丈夫かな?俺が卒業したら結衣はこの男だらけの環境でちゃんと自分を守っていく意識を持てるんだろうか。

御幸のにやりと笑うそれに俺も笑い返しプレハブへと向かうため食堂を出る。
監督相手にマジウケた、と笑う倉持。お前一緒にいたの?ならちゃんと結衣を呼べよ後でみてろよ。

寮を離れグラウンドの方へ足を向けると確かにプレハブには明かりがついて見える。この時間ともなると監督や高島先生が居るとは思えない。集中力は見上げたもんだけど、さすがにやっぱり少し釘を刺した方がいいかもしれない。


「結衣、いる?」


一応ノックして開いたプレハブのドア。
暗がりに広がった明かりの中に足を踏み入れればやっぱり結衣の後ろ姿しか確認されない。
グラウンドを前にするテーブルにつき何かに目を落としているらしい結衣からは反応が返ってこない。さて。それは集中しているからか、はてまた。


「………」


前者だ。
後ろから黙って結衣の背中を見ていれば、パラ、と捲られた音が静かに鳴る。
声を掛けたのにまったく反応しないって、一体どんな集中力なんだか。前に同じ様なことがあってチョップを頭に落としながら聞いてみれば頭の中に試合を流すつもりでスコアを見てるって、涙を浮かべて言ってたっけ。

しょうがないなぁ、と壁に寄り掛かり小さく息をつく。声にも気付かないんだからこんなくらいの音、気付くはずもなし。
さぁ、どのくらい続くのかな?
そして口元に笑みを浮かべたそんな俺の期待を裏切らず結衣が、ふわぁ…、と欠伸をしながら携帯で確認したらしい時計に驚き身体を跳ねさせたのはそれから30分後のことだった。


「満足した?」
「!びっ…びっくりした。いつからそこにいたの?」


大きく身体を跳ねさせて丸くした目で俺を振り返る結衣に近付き、そうじゃないだろ、と頭に弱くチョップを落とす。
反射的にギュッと目を瞑られると色々疼いたけど今はそれに気付かなかったふりをして結衣の隣に座る。
あんまり入った記憶のないプレハブ。
監督の指導は専らグラウンドだし、ミーティングは食堂だしね。なんだか新鮮。


「まさか…待たせちゃって、た?」
「そのまさか」
「ごっ、ごめんね!亮介も色々忙しいのに…っ」
「別にいいよ。嫌じゃなかったし」


あぁでもメールだけ、と携帯を取り出す俺に、誰に?、と結衣が広げていたスコアブックやら様々な資料を棚に戻しながら聞く。


「丹波。あとでビデオ観ようって言ってたから」
「ビデオ?大学の試合?」
「ううん、もっといいもの」
「?…ストレッチのビデオ?」


結衣の頭の中を割ったら野球ボールが詰まってるかも。

ニコニコしながら何か教えてほしいとばかりに俺を好奇心いっぱい宿した瞳で真っ直ぐ見つめる結衣にそんなことを思ってくすりと笑う俺に結衣も嬉しそうに笑う。
外は暗くプレハブの明るい中はきっと外から丸見え。だから伸ばしそうになった手をぴくりと動かしただけで留まらせた。

男子寮で観るビデオなんてさ、決まってるようなもんだ。1つのものを回したり鑑賞会なんて開いたりも珍しくない。先輩が卒業する時にそれが引き継がれるのも毎年のことで年々増える本数の保管場所は上級生だけに口伝されてたりして。
つまり、俺も歴とした男なんだよ。


「結衣も今度一緒に観る?」
「いいの!?」
「きっと凄い楽しいことになるから」


俺がね、とは続けないけどさすがは幼馴染みといえばいいのかにこりと笑う俺に、やっぱりいい、と首を振る結衣は本当に可愛いよね。


「丹波さんはいいの?」
「別に1人でもいいんだよ。むしろ1人がいいかも」
「そう、なんだ」
「うん」
「あ…なら少し話してもいい?」
「いいよ」


我ながら、甘い。
声も誰にも聞かせたことないくらい優しくしてる自覚は十分にある。甘やかしすぎかもしれない、と思わないわけじゃない。けど結衣が嬉しそうに笑うし、ね。


「寮のことなんだけど」
「青心寮?」
「ううん、女子寮」
「うん」


言いにくい話しらしい。結衣は心許なくなると手に何かを握っていないといけない癖があって、今もセーターの裾を握ってる。


「私、バスケ部だったから今まで入寮を許されてたけど…」
「出なきゃ駄目だって?」
「うん…」
「おじさんとおばさんには話した?」
「うん。ていうかお父さんからそう電話があった」
「そう」


それで?、とか、どうしたの?、とか俺は結衣と話す時そんな風になるべく聞いたりしない。昔っからこうで、質問されると頭の中がごっちゃになって収拾つなくなってしまうから話し終わるまでは待つ。どんだけ1つのことしか追い掛けられないんだって話し。


「1人暮らしはどうだ?…って」
「確かこっちに親戚いるって言ってなかったっけ?」
「今叔父さんの長期出張で博多なの。もう家も貸しちゃってるって」
「なるほどね」
「卒業するまでの間だからお父さん達は構わないって言ってくれてる。高島先生に相談したら女子寮に居られるように交渉してみましょうか?って言ってくれたけど…やっぱりそれは違うような気がしたから」
「断ったんだ?」
「うん」
「馬鹿だなぁ。自分で自分の首締めてどうすんのさ」
「うー…。前から良く思わない声も聞いてたし…」
「……ふうん。ちなみに2年?」
「かな?あんまり気にしないから分からない」
「なら居ればいいじゃん」
「なんか…自分が嫌だから」
「昔から形から入るよね、結衣は」
「そうかな?」


うん、と頷く俺に眉を下げる結衣は心当たりを思い出したらしい。
野球を始めた時も、リトルで貸し出してくれるのにきっちり買い揃えていたし。


「1人暮らし、寂しいな」
「寮でもぼっちでしょ?」
「そ…!そう…だけど」
「認めんな、バーカ」
「むう…」
「……ま、人の声が聞こえないのは確かに寂しいかも」
「だよね……」


肩を落としながら、それでもそれしかないから、と春には1人暮らしを始める心積もりであると話す結衣。
場所は?、と聞けば、すぐ近くに手頃なマンションがある、らしい。高島先生が調べていくつかピックアップしてくれたそこはすべてオートロックで防犯上申し分ないとのことだ。

結衣は椅子に深く寄り掛かり、はぁ…、と溜め息をつく。
無理な話しだと思う、結衣に1人暮らしなんて。こんなに野球のことしか考えてない。きっと食事なんてそっちのけになるだろう、見てきたみたいに分かる。現役のチームだけじゃない。丹波にセレクションの受かった大学の野球部データを纏めて渡しに来たのは記憶に新しい。クリスのトレーニングにもついて行って父親から色々学んでいるらしい。とにかく生活のベクトル全てが野球に向かってるんだ。高島先生が寮暮らしを勧めたのも無理もないよ。

そしてそれはきっと、結衣の両親だって同じはず。


「結衣」
「なに?」
「俺も大学入ったら1人暮らしだよ」
「そうなの?寮には入らないの?」
「うん。もういいかなって」
「おじちゃんとおばちゃんは?」
「許してくれてるよ。春市のことも心配みたいだし、俺がこっちにいる方が何かといいらしい」
「そっか…。なら春からは一緒に1人暮らし1年生だね!」
「はは、なにそれ」
「頑張ろうね」
「…バーカ。無理してるのバレバレ」


ピン、と額を指で弾く俺にきっと痛みなんかじゃなく、色んな意味でじわりと目に涙を浮かべる結衣の頭を撫でて、しょうがないな、とくすりと笑う。


「だからさ、一緒に暮らそうか」
「……え!?りょ、亮介と!?」
「うん。俺にも結衣にもメリットしかない。俺もその方が野球に集中出来る」


そう言う俺が結衣の頬に手を当て、お前は?、と聞けば一瞬嬉しそうに顔を綻ばせたもののすぐに、でも…、と表情を曇らせる結衣。
俺の手に縋るように顔を傾けたりして、あーぁ。此処がプレハブじゃなかったら、なんて。


「許してくれるかな…?」
「うーん、どうだろう?幼馴染みではあるけど、男と女、っていうと別だろうし。おじさんが渋るんじゃないかな」
「うん…」
「話しに行くよ。次、帰省する時に」
「っ…うん。うん……!」
「泣くなよ」
「泣いて、ないよ…っ」
「へェ。知らなかった。目から出るのは涙だけじゃないんだ?」
「意地悪っ」
「だってお前、可愛いから」
「!…っ…からかってる!?」
「まさか。凄い本気だけど?」
「っ…あ、ああ…ありがとう」
「どういたしまして」


親指で涙を拭う俺に照れ臭そうに笑う結衣。
確かに。
俺たちは普通の恋人に比べたらデートだって少ないし端から見たら冷めてるかもしれない。
けど俺には結衣がこの付き合いに不満を持ってるとは見えないし俺だってない。


「俺の最初で最後の我が儘は青道に行かせてほしいって頼んじゃった時に使っちゃったから、頑張れよ」
「うん!!頑張る!!」


まぁ、俺が持つ限り言葉と誠意で説得して許しをもらってみせるけど。



最初で最後を共有する俺とあの子の話し
(ただい……)
(亮介!!どうだった!?)
(純、うるさい)
(んな…!)
(純、静かにしろ。それで亮介、どうだったんだ?)
(うがっ!)
(哲も圧力凄いし増子も言葉がなくても答え求めてるの分かるから)
(だぁっ!みんな心配してたんだよ早く言えやオラ!!)
(ふうん、心配してくれてたんだ?)
(当たり前だろう。結衣とお前のことだ。それで、ご両親への挨拶はどうだったんだ?)
(哲お前その言い方じゃ結婚申し込んだみてェじゃねェか)
(申し込んだけど?)
(はあぁ!?)
(一緒に暮らすだけとか、中途半端なことするわけないじゃん。いずれだけど)
(っつーことは……!?)
(春から2人暮らし)
(っっしゃあァァッ!!)


―了―
2015/07/16




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