アイツが好きなアイツの話し




少女漫画の良いところは良くも悪くも最終的にはどういう形であれ想いが繋がることなんじゃねェかと俺は思う。
使い古された王道のネタがいつまでも使われんのはつまりはそういう事なんだろう。好きな奴と擦れ違い上げて落とすのではなく落としてから上げるその手腕はこの描き手はどれだけの経験を積んだのだろうとさえ思わせる。ガキの頃から姉貴の影響で好きになったこの少女漫画の一場面なんてもんにはとんとお目に掛かったことはねェし自分にもねェんだがあったらあったで放心ものだろう。

そう、今みてェに。


「な、おま…は?」
「……純さん、寒い」
「っ…ちょ、待ってろ!?動くなよ!一歩も!いや一緒に来た方がいいのか!?オイどうなんだよ!?」
「まずは落ち着いてください」
「馬鹿野郎!落ち着けるわけねェだろうが!!」


いやでも確かに少し落ち着いた方がいい。いくら放課後俺に借りた少女漫画のセットを返すから待っていてほしいとこの後輩にメールで言われ漫画を読みながら待っていた俺の前に現れたその姿が濡れ鼠みてェにびしょ濡れで水も滴る……いや別に良い女ではねェがとにかく落ち着け俺。


「純さん落ち着いてください。全部声に出てます」
「んなこたいいんだよ!!」
「んなこた、って」
「それよりジャージを…あぁ、あった!これに着替えろ!」
「すみません」
「お、おう…」


まだ残暑残る季節とはいえ、放課後ともなれば陽が傾き冷ための風が吹く。肌寒い時もある。この教室には西日が射さねェなら尚の事だ。
俺からジャージを受け取りぶるりと震えたコイツの気持ちもよく分かる。


「あ、純さん。これ」
「あ?」
「死守しました!!」
「!…これってお前……」
「すっごい面白かったです!全巻夢中で駆け抜けるように読みました!!」


100メートルをボルトより速く走れそうな勢いでした!

そう言って得意げにニッと笑い俺に漫画が入っているのであろう袋を渡す結衣に、お前…、と絶句する。何があってこうなったかは知らねェが最優先それかよ。


「おう…。後ろ向いててやっから早く着替えろ」
「はい」


今は放課後。しかも3年の教室ともくれば廊下に人の気配はまるでない。一応足音にも気を配りながら手にした袋の中身を確認する。……本当になんともねェじゃねェか。


「漫画、大丈夫ですよね?」
「あ?…あぁ、無事だ」
「良かったぁ…」
「…なぁ、オイ」


聞いていいのかいけねェのか1度口を噤み逡巡したがこんなコイツを見せられておいて今さら傍観なんか出来るかよ。


「それ、どうしたんだよ?」
「えぇっと…」
「言っておくけどな、ごまかすんじゃねェぞ。んなもんすぐに分かる」
「……亮介には内緒にしてくれますか?」
「……おう」


結衣が着替えてんだろう衣擦れの音を背中に聞きながら返した言葉からややあって、実は、と結衣が切り出す。


「トイレで…」
「上からバケツで水ブッ掛けられたのか!?」
「さすが純さんです!安定の少女漫画脳ですね!」
「オイコラ。褒められてる気しねェぞ」
「いやでも本当に当たりなのでびっくりしました」
「マジかよ…」
「びっくりしましたさすがに今回は」
「……今回は、っつったか?今」
「あ……」


しまった、とばかりに気まずそうな声を発して結衣はそれきり黙って着替え続けた。ぶかぶかー、と楽しげな声もしたがそれが空元気なのは明白で下っ腹が心地悪くなる。

結衣とは1年の頃の付き合いだ……ってのは少し盛りすぎか。だがあながち間違いでもねェ。それこそ初めて会ったのは3年の春だが亮介の幼馴染みでべったりしていたコイツは頻繁に亮介に電話を掛けてきていた。
練習でそれどころじゃないし、とまったく出ようとしない亮介に代わって出てやったのが始まりで、そんな風にして結衣は青道に入学する前に野球部の現3年とほとんど知り合いになる。顔こそ分からねェもののこんだけ人懐こいんだ、そりゃ頭の中には亮介が事あるごとに、忠犬、と口にするそれでイメージが出来上がっていたのは俺だけじゃなく哲なんかは初めて会ったにも関わらず頭を撫でてやがったな。リトルでの野球経験もあり知識もある。部員の立場になってものを考えられるとくればマネージャーに持ってこいと勧誘したこともあったが断られた。なんでも青春を謳歌したいらしい。

ただ結衣が野球部から遠ざかるわけじゃなく、試合は必ず見に来ていたし夏合宿の時は臨時でマネをやったこともある。そんなこんなで今では漫画を貸し借りする仲だがその結衣がまさか"今回は"などとそんな重大な秘密を抱えているとは思いもしない。

水ブッ掛けられたっつってもありゃ1杯や2杯の話しじゃねェ濡れっぷりだった。


何から聞けばいいのか若干頭の中が混乱している。結衣に背を向け椅子に座る俺が腕を組み眉根を寄せていれば俺の座る半分もねェスペースに結衣が背中合わせで座ってきて、はぁ、と溜め息をつく。


「疲れた」
「………」
「今日購買でラスト1個の焼きそばパンで倉持先輩とバトルになっちゃって…」
「あぁ!?疲れたってお前……」


そっちかよ!?

呆れた口調で突っ込めば、そうですよー、と俺の背中に寄り掛かる結衣が、だって…、と拗ねたように話し出す。


「明らか私が先に注文したんですよ?それなのに倉持先輩が、先輩に譲りやがれ!!、とか言って校内中を本気で追い掛けてくるものだから校舎を3周はしました。さすが韋駄天」
「ハッ、逃げるお前もすげェな」
「圧力には負けません」
「おう!負けるな負けるな!!」
「わっ!!」


振り返りわしゃわしゃと結衣の頭を撫で回す俺に、これも圧力ー!、とか言う結衣。バカヤロー後輩を想っての言葉だ、と撫で続ける。他にどうすりゃいいのかも分からなかったのもあるが、いつもふわふわしてる赤毛がぺたりと濡れてんのは落ち着かねェもんがある。


「で?結局焼きそばパンはどうなったんだよ?」
「それが3年の廊下を爆走して気付いたら倉持先輩が後ろにいませんでした」
「あ?」
「飽きたんですかね?さすがに」
「じゃ食えたのか」
「いいえ…。るんるん気分で教室に戻っている途中で御幸ちゃんに取られました…」


なにやってんだアイツら、と苦笑いする俺に、まったくです、と結衣。代わりにぶどうパンを貰ったらしいが気分じゃなくて不服極まりなかったらしい。次会ったら眼鏡を取る!、と意気込む結衣に笑って請け合う俺に結衣が水をブッ掛けられた事を話し出す気配がない。
聞いたらいいのかいけねェのか、頭の中でぐるぐる回り次第に苛々してくる。


「っ……ンだコラァァッ!!」
「えぇ!?ど、どうしたんですか!?」
「うるせェ!!俺はこういう場面が苦手なんだよ!」
「今こそ少女漫画を駆使してくださいよ」
「バカヤロー!こういう時は傷心のヒロインを助けるヒーローの登場だろうが」
「もしくはヒロインに片思いの男子ですね」
「そうだ。俺はそのどっちにもなれねェ」
「サラッと失礼なんですけど」
「だが、まぁ……聞いてやるぐれェはしてやれる」
「!」
「地蔵だと思って話しゃいいんじゃねェか?俺は漫画読んでるしよ」
「あはは……はい。話しちゃおうかな。髭があるお地蔵さんなんて嫌だけど…」
「一言余計だ!」
「わわわっ!……わぁ…髪の毛が……ぐしゃぐしゃ……」


あはは、と力無く笑う結衣に背中を預けられわずかに重たくなるのを感じながら俺は漫画を開く。ぱら、とその音にそれを察したのか結衣はゆっくりと話し出した。

「小さな嫌がらせぐらいなら中学ぐらいからずっとありました。亮介や春市はその頃から目立っていたし私も…あの頃はそういうものに関して無頓着だったのでそれが余計に腹立たしかったみたいです」
「………」
「それでも苦じゃなかったのはいつも亮介が守ってくれたから。私を虐める人がいればいつの間にかやり返してくれてた。私のヒーローはいつだって亮介」


んなこと知ってる。だから俺はヒーローにはなれねェって言ったんだよ。


「青道まで追い掛けてきたのは守ってほしかったからじゃない。私もこんなに強くなったんだって、それを亮介に見てほしくて」
「………」
「そしたら…亮介、すごい遠くに行っちゃっててびっくりしたんですけど……」


あはは、と渇いた笑いを零す結衣に俺の背中にまで振動が伝わる。
あぁ、なるほどな。
コイツのこんな心中はそういや初めて聞くがこうして聞いてみりゃすんなりと腑に落ちる。野球部に入らなかったのは亮介を追い掛けるんじゃなく、違う形で並びたかったからか。現に結衣は小柄にも関わらずバスケ部でレギュラーを取るために奮闘中だ。先日結衣に告白してきたという男もバスケ部らしい(御幸情報)

野球と私、どっちが大事なの?
そんなお決まりの言葉を吐いて甘える女よりずっと亮介に合ってんじゃねぇかと思う。自分にも大事なものがある。互いの姿に触発されて高め合うなんて最高の関係じゃねェか。
いつだったか、情けない姿なんか見せられないからね、と亮介が零したことがあった。あの時は弟の方のことを言ってんのだと思ったが、もしかしたら結衣のことも含まれていたんじゃねぇかと今なら思える。


「水ブッ掛けられるぐらい、なんでもありません。亮介の背中、見えなくなっちゃう方が怖いんですもん」
「あー……。単刀直入に聞くぞ?お前、亮介のこと好きなのか?」
「……好き」
「!」
「大好き」
「お、おう。…っ、知ってるけどな!!」
「わ!!知ってるなら聞かないでくださいよ!!これでも私恥ずかしいんですから!」
「馬鹿か!んなことで恥ずかしがってたら本番に堪えられねェぞ!!これ読め!ヒロインがめちゃくちゃ頑張ってんだぞ!」
「は、はい!!」
「だからお前も頑張れ!!話しぐれェはいつでも聞いてやる!!」
「はい!!頑張ります!!」


"好き"
そう言った結衣の声がいつもキャンキャン喚くような、そんなものとはまるで違う静かに想いを伝える優しい声で一瞬言葉に詰まっちまうほど心臓が跳ねた。
俺に言ってるわけじゃねェとは分かってるだけに勝手に顔が熱くなる。
なんか亮介の気持ちが分かっちまったような気がする。
野球部を引退するまで結衣を遠ざけていたのも、引退してから結衣にしきりに構ってんのも、なんとなく分かる。


「むー…。こんな風に可愛く言えたらなぁ…。上目遣いなんてどうやってやるんだろう…?今度倉持先輩に教えてもらおうかな…御幸ちゃんはなんか危ないし……」


結衣はぶつぶつそんな事を言いながらしばらく漫画を読んで、俺も聞くとも聞きながら読み慣れた漫画をパラパラと捲った。
陽もすっかり傾き教室も暗くなる。遠くから聞こえる児童に帰宅を促す音楽を追うように顔を上げて聞いていれば椅子半分を分けて俺の後ろに座っている結衣も同じようにしていて、懐かしい、と俺の知らない思い出をなぞるように呟いた。
おそらく亮介とのそれだろう。


「頑張れよ、可愛い後輩」


赤毛を撫でてやると、はい、と結衣が震えた声で頷いた。ぽたぽた、と鳴ったそれはおそらく漫画に落ちた涙だろう。
泣くんじゃねぇよ、漫画が濡れちまったのは許してやるから。



アイツが好きなアイツの話し
(純さん純さん、質問が)
(あー?)
(亮介って…童貞ですか?)
(ブホォッ!!な、おま……!女がそんな言葉を言うんじゃねぇ!!)
(だって!この巻末の読者アンケートに学生の大体が経験済みなんですよ!?どこ調べですかこれ!!)
(知るか!!)
(ところで純さんはどうで……痛い!!な、殴った!純さんが殴った…!!)
(お、お前が悪ィ!!)


―了―
2015/04/12




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