盾の固いあの子と矛を探す俺の話し




実はそんなに離れてねェって、それまで意識したことなかったってーのに実際自分の足で走って辿り着いたこの場所にもうがっつり刷り込まれた実感。
青道高校は同じ西地区にある高校だからそれは別に不思議じゃねェのかもしんねェけど、なんだろうなこのまったく外界に来たような感覚。多分だけど、こんな風に感じるのは俺が野球部で青道高校の野球部もまた同じ様に強豪と謳われるからだと思う。
例えばあれだよ、あれ。
同じバニラ味のアイスなんだけどまったく違った味のように感じるっていうか。実はパッケージが違うだけで中身は同じっていうオチっていうか、そういうバラエティー番組で一杯食わされたような、多分そんな感覚と同じ。


「へっえェー。なかなか立派な校舎じゃん」


さすが私立って感じ?、と続け被っていたキャップのツバに手を当てて校門を前にして臨む青道高校の校舎。まぁ稲実も私立だけどさ、やっぱ隣の芝生は青く見える、ってーの?こう、見てるとうずうずしてくるよなぁ。入りてェ!、っつ感じで。
いや、さすがにやらないけどさ。
校舎には大きな白い垂れ幕下がってて、祝選抜出場、って書いてある。稲実も同じように甲子園に出場した時、準優勝を手に凱旋し時にそれを謳った垂れ幕が下げられたけど、やっぱどこも同じことしてんだな。俺は1年の時も甲子園行ってるし、他校にこういう垂れ幕下がってんのはなんだか……めちゃくちゃ違和感。

まぁ今はそんなこといいんだよ!!それとはまったく別問題!!テスト期間終わっても結衣に送ったLINEメッセージの返事は一向にナシ!俺は雑誌やらなんやらの取材が狙われたかのように入ってて努力して結衣に会うことも叶わなかったここ数週間。本当、国友監督の策略かなんかなんじゃないのかな!俺の事情なんて知るはずもないけどさ!けどあの人ならこのくらい容易くやりそうだし!!……結衣には会いたいし、声聞きたいし…謝りたいし。

と、いうわけで。
ロードワークを言い訳に……じゃなくて。ロードワークのついでに此処まで走ってきたわけだけど。こんな校門の前に居たってさすがに会えるわけない。出てくる生徒たちに興味深げに見られんのもそろそろ飽きてきたし。取り分け高い建物のないこの辺り、野球グラウンドを囲むバックネットを見つけるなんて簡単でキャップを目深に被り直した俺はそっちの方にまた走り出した。とにかく更なるスタミナや足腰の強さは課題だし一石二鳥ってことで。幸い急な勾配もなくて膝にも負担ないしね。


「成宮、先輩?」
「へ…?…え!?」


え、ちょ…待っ…!えぇ!?

言葉にもならない動揺がポロポロと零れては情けなくあの子との間に落ちる。
校門に背を向けて間もなく俺を呼び止めた声は電話越しに聞くそれとは全然違って聞こえて、直接聞いたのが久し振り過ぎて胸が震える。
あぁ、もう超好きだ。
どこがとかなんでとかいつからとか、そんなの分からないけど。どこがとかなんでとかいつからとか、それをこの子と向き合って虱潰しに探したいくらい好き。


「お、お久し振りです!」
「う、あ…うん!げ、元気!?」


そう聞く俺に何度もこくこくと必死に頷く姿がもー!本当小動物っぽくて可愛い!!俺を呼び止めてくれた小さな姿におそるおそる近付いて揺れる大きな瞳に見上げられながらふわふわの赤毛に手を伸ばす。
結衣だ。マジだ。本物だ!
マフラーでなんかもふもふしてて、ふんわりしたコートももふもふしてる。手にはポンポンついた白い手袋。もしかして…。


「買い出し?」
「は、はい!成宮先輩は…あの、どうしてここにいるんですか?」
「えぇっと…ロードワーク」
「こんなところまで!?稲実からですか!?」
「ま、まぁね!」
「わぁ……」


う…!すっごい目をキラキラさせてオイラを見てる…!嘘はついてないけど結衣に会えないかなっていう下心があっただけに直視してると胸がずきりと痛んだり。あぁでも可愛い。だらしなく緩んだ顔を締めるのは諦めて頭を撫でれば結衣は目を丸くしてからはにかみ笑う。うわぁ…もう本当……。


「成宮先輩は冬にかなり走り込むんですね……うちのメニューの考え直しを御幸ちゃんに提案してみなきゃ…っ」
「!……」
「成宮先輩?」
「………」


あーぁ。この子が稲実のマネージャーだったらなぁ。こんな目の前で他の投手の事を真剣に考えるそんな顔を見ないで済んだかもしれないのに。まぁ、そんなこと言ったって詮ないけどさ。

俺が急に黙ったから不安そうに俺の手の下で見つめてくる結衣に、んーん、と首を振る。俺は先輩。エース。都のプリンス!
そうですか?、と首を傾げる結衣の頭から手を離してキャップを目深に被り口を開こうとすると先に、じゃあ、と告げてきたのは結衣だ。


「失礼します。成宮先輩」
「え!?もう!?」
「え?だ、駄目ですか?」
「駄目っていうか…うん!駄目!!」
「?」
「あー…、うんとさ。俺も一緒に買い出し行ってあげようか?」
「いえ。大丈夫です」


うわっ、一刀両断ばっさり!しかも悪気が一切感じないだけにゴリ押ししにくいこの雰囲気。仕草とか表情とかは凄く可愛らしいのに、こういうところに甘えがないからやっぱり惹かれる。年上と付き合ってるからかもしれないっていうのは、都合よく忘れることにした。


「でも重いんじゃない?」
「平気ですよ?」
「女の子の1人歩きは危ないしさ!」
「明るいですし」
「いやいやいや!危ないって!絶対!男として見過ごせないね、うん!」
「私もマネージャーとして選手の人が自分の練習を二の次にするのは見過ごせません」
「いや違うし!俺はさ!選手として結衣を手伝うって言ってんじゃないの!」


毅然としてまったく譲らない。
こんなふんわりとした雰囲気を持つこの子の強さは初めて会った時から感じてて、それにまず惹かれた。
けどいつだって俺と結衣の間には野球があって、俺は結衣にどうであっても"稲城実業の成宮鳴"という投手で、たぶんただの1度も結衣がそれを抜きにして俺を見たことなんてなくて。
なんだこれ。すっげェ虚しくてもどかしくてムカつく。

デカい声を出した俺に校門なら出てきた下校する青道の生徒が訝しげにこっちを伺いながら歩いてくる。……なんだよ。見世物じゃねェし。フィッと結衣から顔を背ける直前見た結衣は眉を下げて手を胸元で握り締めていた。


「あ…またあの子じゃん」
「え?……あぁ、本当だ。また違う男といるよ」
「本当、男好き」
「今日も御幸くん達とお昼食べてたらしいよ」
「はあ?調子乗んな」


な、んだよ今の。
声を落とすわけでもなく、むしろあからさまに聞こえるように結衣の横を通り過ぎながらそんな話しをする女子2人。
視線を向ければ楽しげに笑いながらも結衣に冷たい一瞥を投げてトドメに威圧するような声で言う。


「今度は泥水でも降らそうかなー」


今度"は"ってことは、前にもやったのかよ?制服の着慣れた雰囲気や態度からしてたぶん1年じゃない。
一也と結衣が昼飯?
そんなのずっと野球の話ししてるだけだし。結衣が前に一也と野球の話しをするのは楽しいって言ってた。自分の知識が少しでも役に立てるかもしれないのも嬉しいって。ただのひがみじゃん、ちょー醜い。悔しかったら自分も同じ土俵に立てばいいだろ?バッカじゃねェの?

結衣は目を伏せて手を握り締めてる。
睫毛なが……。グッと歯を噛み締めて泣くのを我慢してるのが分かる。


「………」
「!」


俺のキャップを取って結衣の頭にポスッと被せる。驚き顔を上げた結衣にニッと笑ってやってスゥッと大きく息を吸い込んだ。はい口の横に両手あてて、せーの!


「あーあー!やだやだ!!可愛い子に言う悪口ってやっかみにしか聞こえないんだよねー!!」
「え!?」
「な、成宮先輩!?」
「もっと磨いた方がいいよー?中身!!」
「な……!」
「行くよ!結衣!!」
「え、ちょ…わわっ!!」


呆気に取られる女子たちを置いて俺は結衣の手を引き走る。
ゆっくり走らなきゃ!、とか、足痛めますよ!、とか、そんな結衣の声は全部無視してやった。だって今俺が欲しいのはそういう言葉じゃねェもん。そして意外にも結衣はちゃんとついて来る。てっきり手を振り払われたりするんじゃないかって思ったのに俺が土手に駆け上がって、疲れたー!、と手を離してあげるそれまですごい息を乱してるのにちゃんと最後まで。


「結衣のせい!疲れた!めっちゃ疲れた!」
「ご、ごめんなさい!」
「それじゃ許さない」
「え…でも、……あ、」


土手の芝に腰を下ろした俺を息整えながら見下ろす結衣はハッとした顔をしてから俺と同じ目線になるようにしゃがんで俺をジッと真っ直ぐ見つめる。…この子、本当ちゃんと小湊さんと付き合ってるの?男に対して全っっ然!警戒心ないじゃんすなわちそれに繋がるようなこと何もしてないってことじゃん!!


「ありがとうございます、成宮先輩」


そう言って俺の被せてあげたキャップをそろりと俺に被せた結衣は眉を下げて笑う。そんな顔見たらもう怒ったふりなんて出来るわけない。
うん、と笑いかける俺に結衣は安心したように顔を緩めたけど眉は下がったまま。


「さっきみたいなの、よくあんの?」
「はい」
「野球部の連中は知らないの?」
「知ってる人はいるけど…内緒にしてもらってます」
「なんでさ?言えば守ってくれるよ?」


なんならオイラでも!、と続けようと思ったのに結衣はその前に首を振った。


「私、負けたくないんです」
「!」
「私が好きなのは男じゃありません。野球です。野球をやってる皆を応援したいから、何か力になりたいと思ったからマネージャーをやってます。出来ることは皆無なんですけど……。皆、何度壁にぶつかったって自分たちで解決して前に進んで行くんです。私も置いていかれないように必死で…だからああいう声は悔しいけど正直どうでもいいんです。いつか私の仕事で見返します。あんな声に足を止めるくらいなら皆と前に進みたいので」


だから成宮先輩も内緒にしてくれると助かります。
そう続けすっぱりと言い切った言葉はきっと何度も結衣が自分自身に言い聞かせて自分を守ってきた言葉なんだと、その迷いのない強さにそう思った。
そして同時に分かってしまった。
ただでさえそう接触のない俺にも分かるほど小湊さんが結衣に構ってないその理由が。


「ねぇ、結衣」
「はい」


たぶんだけど、この子が無駄なやっかみを受けないようにするため。部活内で結衣が動きやすくあるためだ。先輩である小湊さんが目を光らせたりしてたらマネとしての仕事もやりにくいかもしれない。
ましてや小湊さんは3年で来年の春には卒業。そうなったらこの子の傍にはいてあげられないから。
そんできっとそんな風に接しれる小湊さんが唯一野球のこと抜きで結衣に関わることを許されてるんだ、きっと。


「この前はごめんね」
「!……いいえ」
「うん。ごめん」


なんだよ、カッコイイじゃん。
独占欲とかで縛るんじゃなくて、結衣が自由にやれるように守るとか。

謝る俺に結衣がギュッと唇を結んでフルフルと首を横に振る。本当はもっと言いたいことあったけど今日は我慢してあげる。ていうか、何言っても俺惨めだし!


「さ、行こっか」
「え?」
「買い出し!助けてあげたお礼にさ、付き合っていーよね?内緒にするし!」
「!」


今はこんな風にしか言えないけどいつか俺だって野球抜きで関われるようになるもんね。

ズィッと顔を近付けてニッと勝ち誇り笑う俺に結衣が困ったように笑うのを見ながら、まだまだだなぁ、と緩いようで固いガードに苦笑したのだった。



盾の固いあの子と矛を探す俺の話し
(あー!ほら、犬!結衣!でっかい犬!)
(はい。そうですね)
(……あ!ほら!あっちはもっとでっかい犬!)
(成宮先輩、犬怖いんですか?)
(いや違くて!結衣は怖くないの?)
(はい!犬大好きです!)
(ふ、ふーん。もし怖かったから俺の背中に隠れていいから!バシッと守ってあげるし!)
(ありがとうございま……あ!)
(わっ!……ははっ、しょ、しょうがないなぁ!やっぱ犬怖かったんじゃん!)
(ち、違います。怖いのは犬じゃなくて……その、)
(え?そっち?そっちに何が……げっ!!)
(鳴!!てめェこんなとこで何やってやがる!!)
(雅さん!?なんでこんなところにいるのさ!!)
(それはこっちの台詞だ!樹からお前が戻らねェって聞いて探しに来てみれば…!行くぞ!…悪かったな、うちの投手が)
(い、いえ…)
(くそ樹絶対ェ許さねェェー!!)


―了―
2015/05/27




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -