あの子の鈍感と俺の鈍痛を引き換えにする話し




沢村のバカがなんか落ち着きがねェと、このところ倉持やゾノとのもっぱらの噂だった。噂だけなら、あーそう、と人事にも出来たんだがどうも"あの沢村が隠し事なんか出来るはずがねェだろ"ともう一蹴出来ねェらしい。

事実、俺の前のコイツは挙動不審にもほどがある。


「や、やあ!本日もお日柄がよく!!」
「結婚式か」
「宴もたけなわ」
「二次会か」
「とにかくあとは若いお2人で」
「見合いか」
「え、僕!?ちょ、栄純くん!?」


さーらばー!!、とダッシュで俺の目の前から走り去る沢村に生贄のように俺の前に挿げ替えられた小湊は、もう、と困惑の表情で俺に向き直る。


「すみません、御幸先輩」
「お前も大変な」
「いえ」


慣れました、なんてことを少し遠い方を見て言う小湊は沢村や降谷をよく窘める役をこなしているだけに日常生活もそうなのだというこの一場面に気の毒な気がしてならない。弟のくせに世話焼体質。亮さんがコイツにどう接してきたかをなんとなく垣間見るような気がしてくたりと力が抜けた笑みが漏れる。


「で?あのバカはどうしたんだよ?購買で先輩に会ったってのに相変わらず礼儀がなってねェなー」
「それは今に始まったことじゃありませんけどね」


うお、にこりと笑いながらさりげなく毒を吐きやがる。やっぱ兄弟だな。


「何か結衣と関係あるみたいなんですけど」
「結衣ー?」
「はい。兄貴にも栄純くんはあの調子らしくて。この間怒られました」
「あー…、お疲れさん」
「ははは…、はい」


そういや降谷は一緒じゃねェのな、と聞けば、教室で寝てます、だとか。ちゃんと食わせろよ、なんつって俺も小湊に降谷の世話焼かせてどうすんだと思わねェわけじゃねェが、ま、使えるもんはなんでも使わねェとな。楽するのも仕事の内だ。

とはいえさすがに疲れたように見える小湊に俺が買ったぶどうパンを渡し、わりィな、と詫びと礼を込めて謝れば、いえ、と小湊は笑う。よく出来た弟さんで。……なんてことを亮さんに言ったらひでェことになりそうだ。


「倉持、わり。お前の言ってたこと本当だったわ」
「あ?」
「沢村のあれな」
「あぁ、だろ?」


勝ち誇ったようにニッと笑う倉持の後ろの自分の席に座り購買で起こった事と小湊が言っていたことを倉持に話せば、ふーん、と思案げに眉を顰めた。


「オフシーズンに入ってからだよな?沢村が挙動不審になったのは」
「そうなのか?」
「たぶん」
「アイツいつもバカすぎて何がどう変化したからああなのかとかマジ分かんねェ」
「ヒャハハ!ある意味ピッチャーに向いてんじゃねェか?バカすぎるから何やるか分かんねェし」


しししっ、と倉持が意地悪く笑ってるとこにクラスの女子が思わぬところで、ねー、と話しに割って入ってきて俺たちは慣れないこの状況に顔を見合わせてから、なに?、と俺が顔を上げ話しに応じる。


「沢村って、1年の沢村栄純くん?」
「おー」
「あの子可愛いよね!いつも元気だし!」
「あ、私も思ってたー!なのにマウンドで雄叫び上げたりして勇ましかったりしてさ!なんかギャップがいいよね!」
「うんうん!」
「………」
「………」


会話が会話をまた呼ぶのは女子にありがちなそれ。俺たちそっちのけで広がる会話が遠くなってから倉持がぼそりと言う。


「帰ったらスパーリングだな」


コイツが先輩じゃなくてマジで良かった。


そんなこんなの経緯を経て部活の時間になりゃ沢村と顔を合わせることになるんだが部活の時は野球モードになってるからかそんな素振りがねェ。なるほどなかなか気付かねェはずだ。


「あ、夏川ー」
「んー?」
「結衣、今なにやってる?」
「結衣ちゃん?今は洗濯機回してもらってるけど……なになに?また構ってるの?好きねー?」


にんまりと笑いながら部員のベーラン記録をベンチで整理する夏川に、そーそー、と返すと予想外だったのか目を丸くする夏川。それを見ながら、どーもなー、と背を向ける。
ああいうからかいの類をすんなり受け入れられて逆に一杯食わされた図だな、ありゃ。ま、嘘はついてねェけど。


「結衣ー?」


洗濯場に顔を出せばこの場独特の洗剤の匂いを感じる。よく聞き慣れた音も聞こえて目で結衣の姿を探す。
回る洗濯機は1台。1番奥の……、お。


「ブッ!はっはっは、小せェから洗濯機の影に隠れてやんの」
「っ……」
「なんだよ、どうした?」


洗濯機の横に隠れてたとしか思えない縮こまるような座り方をしていた結衣を上から見下ろす俺にビクッと身体を震わしたその瞬間何かがあると眉を顰める。少し前まで自分がこんな仕草をさせていただけに敏感に反応しちまって、問い掛けた声が無意識に低くなった。


「なんでもないです」
「ふーん…」


俺の顔見ようともしねェし全然なんでもないように見えねェっつの。
その姿に沢村の挙動不審っぷりがかぶる。


「ならグラウンド戻るぞ。お前にフォーム見てほしい奴がいるんだよ」
「み、御幸ちゃんでも大丈夫です」
「俺は今からキャッチャーミーティング」
「ナベ先輩は?」
「こら。人を使おうとすんな、らしくねェな」


どした?、ともう1度問い掛けた声は極力優しくしてやる。ついでに結衣の前にしゃがみ込み目線を合わせてやればいよいよ小学生にでも語りかけてるみてェで苦笑いが零れた。

まぁそれは置いといて。
これはマジでコイツらしくない。普段は頼まれなくてもグラウンドでいやになるくらい部員を観察してる結衣の頬が寒さで真っ赤だと沢村がその両頬手で覆って、あったけェか!?、なんつってそれを見ていた倉持に、リア充っぽくすんな!、とタイキック入れられてたのはまだ記憶に新しい最近のことだ。
そんな結衣だけにこの場を動かねェ理由が相当なんじゃねェかと、思うのも考えすぎじゃねェはずだ。


「また人見知りか?」
「違います」
「だよなー?お前、いっくら怖がってても練習サボるようなことはしなかったしな」
「………」
「それとも、この場を離れたくねェ理由でもあんのか?」
「!」


はい、分かりやす過ぎ。

ヒュッと結衣が小さく息を呑んで俺を見つめていた目がすすぎをしてるらしい音を立てる洗濯機に一瞬流れた。この分かりやすさがコイツの面白くもあり目が離せねェとこでもあるんだが、今はひたすら隠そうとしている必死さまで丸分かりで俺としては面白くねェ。だが1度突き放してまた引き寄せたせいもあってか正直もうコイツに避けられんのは勘弁願いたい。

いつ俺にバレんじゃねェかとあからさまにビクビクする結衣を前についいつもの毒舌が出ちまいそうになるがここは深呼吸し頭を掻いて一拍置いてから、ポン、と結衣の頭の上に手を乗せる。


「………」
「御幸ちゃん?」
「ん?」
「なんですか?」
「いや、分かんねェ」
「?」
「ははっ、お前も分かんねェよな。いや、こういう時ってどうしたらいいもん?」
「!」
「聞いてほしい…わけじゃねェよな」
「はい」
「このやろ、はっきり言いやがって」
「わわっ!」
「んで、叱られてェわけでもねェよな?」
「……叱られたい人っているんですか?」
「はっはっはー。世の中にはごまんといるぜー?そういう奴」
「………」
「まだ結衣には早ェ話しだな」


にやりと笑う俺に面白くなさそうにしながらも俯き黙って頭を撫でられる結衣に、しょうがね、とその隣に腰掛ける。ははっ、目ェ見開いてやんの。かーわいいじゃねェの。まさか言うわけにはいかねェけど。

ガタガタと脱水しだした洗濯機が揺れる。
あと5分ちょっとか。


「洗濯が終わるまでここにいてやる」
「な…!だ、駄目ですよ!ピッチャーミーティングあるんですよね!?」
「15分休憩挟んでからだから問題ねェよ。俺は投げれねェし受けれねェし」
「でも……」
「んな気にすんな。俺が好きでやってることだしな」
「……飴食べますか?春市が買ってくれたんです、ジョロキア飴」
「はっはっは!いらねェ」


なんで?、と不思議そうな顔をしてポケットから取り出した手の平の飴を見つめる結衣。包み紙にドクロマーク書いてある飴初めて見たわ。


「御幸ちゃん」
「ん?」
「…飴、美味しいです」
「そりゃ良かったな」
「御幸ちゃん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「なんのことだか」


わんこと呼ばれるコイツは、ただただ世間知らずで人見知りで懐こい中学卒業したばかりのガキみてェな女子じゃ段々なくなってくる。
今も惚けて笑う俺にふわりと微笑んだ。今までこんな顔したことねェよな。それまでは口をパカッと開けて子供みてェに笑ってたってのに……まったくこっちの身にもなってほしいと思う。
手を伸ばせば簡単に腕に閉じ込めることの出来る距離にいつもいるだけに油断してるとあっという間に持ってかれそうになる。何がってそりゃ、理性が。男の子ですから。
俺が3年になって、結衣が2年になる。その頃にはもっと違う顔を見せるようになって新入部員にはコイツがわんこと呼ばれた姿なんか想像もつかなくなってんのかもしれねェ。亮さんも卒業して、2人が付き合ってる事実はあまり知られなくて。そうして変化していく環境に俺は果たして今の関係をしっかり当て嵌めていくことが出来るのか。
今の関係ってのはつまり先輩と後輩というだけのそれのままで。


「……うお、地味にダメージ受けた」
「?」
「結衣ー、お前亮さんと別れたりすんなよ」
「え!?そ、そんな予定はありません」
「あっそ。わり、心底どうでもいいわ」
「酷いです!自分から持ち掛けたのに!」
「はっはっは、だから謝ったじゃねェか」
「謝られてる気がしなかったんですもん」
「そりゃ俺のせいじゃねェ。お前の解読不足」
「……努力します」
「あんま努力すんなよー。俺が困る」
「困るんですか?」
「そうそう」


そうやって鈍感のままいてちょーだいな。
それじゃねェと、そうですかー、と笑うお前がまた遠くなっちまうしな。



あの子の鈍感と俺の鈍痛を引き換えにする話し
(あ、)
(ん?)
(御幸ちゃん、1つ聞いてもいいですか?)
(スリーサイズ以外なー)
(………)
(真に受けんなよ…)
(だって聞きたかったことってそれなんですもん)
(はあ?)
(黙るしかないです)
(いや、なんで?)
(クラスの子が聞いてほしいって)
(ふーん)
(じゃあ彼女とか好きな人とかいるんですか?)
(結衣チャンちょっと黙ろうか?)
(いたたたっ!痛いです御幸ちゃん!)
(はあぁ……。で、結局なんなんだよ?洗濯機の中)
(秘密です)
(…………)


―了―
2015/05/21




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