傍観者からある日の食堂の話し




白州だ。
俺はこの件に関しては完璧部外者だから今回は俺が第三者目線であの子とそれを取り巻く周りのことを気にかけて見てみようと思う。特に理由はない。今日が雨で自主練も一段落し一足先に来た食堂にたまたまあの子がいたから気が向いただけだ。
日々野球が中心の生活をしていて、それに不満はないもののたまにはこんな事に目を向けるのも悪くはないだろう。


「おっ、お、お疲れ様です!」
「お疲れ。小嶋も今日はここで飯食うのか?」


俺の問いに必死に何度もこくこくと頷く小嶋。そこ横には小さな弁当箱が入ってるらしい包み。大きな目を見開いて緊張してるのがよく分かる。ノリがこの1年マネは人見知りだとそれに遭遇した一場面を話していたことがあったな。その時も随分なテンパり具合だったらしいし今も何を話そうかとあわあわしてる姿にそれを感じる。


「食堂の飯も事前に頼んでおけば食えるぞ?」
「そうなんですか!?」


頷く俺になぜかムッとした小嶋。どうした?、そう聞けばまたあわあわしだす。表情がコロコロ変わって見てて飽きないな、なんてことを思いながら食事を取りに行こうと足を進める俺にぽつりと聞こえる小さな声。


「御幸ちゃんが…」
「ん?」
「御幸ちゃんが土日はお弁当持って来いって」
「御幸が?」
「はい」


またアイツは…。
またムスッとする小嶋は、1度食べてみたいと思ってたのに!、と自分の弁当包みを睨んでいる。いや、弁当には罪はないだろうが御幸がこの変わる表情を楽しんで意地悪く笑ってんのが見てきたように頭に浮かぶ。


「また次食べればいい」
「はい…」
「お?いたな」
「御幸ちゃん!!酷いです!」
「なんだよ薮から棒に」
「食堂!ご飯!お弁当ー!!」
「は?なんて?」
「私も食堂のご飯食べてみたかったんです!」
「あぁ……」


それな、と食堂に入ってきた御幸が俺に気付きにやりと口角を上げて笑う。呆れて溜め息が出る。小嶋がよく御幸に噛み付いてる姿は見るが毎回こんな調子じゃ小嶋もたまったもんじゃないだろう。


「別にいいじゃねェか。いつでも食えんだし」
「私は今日が良かったです!」
「ふーん。んじゃ、その弁当俺が貰ってやるよ」
「!……お弁当を?」
「そうそう。俺の飯と交換」
「……そんな事言ってどんぶり4杯以上を逃れようとしないでください」
「こらこら。なんだよその邪推は。それに勝手に1杯増やすんじゃねェ」
「御幸ちゃんなんか4杯食べて苦しめばいいんです」
「はっはっは!なに?お前。最近反抗期?」
「そんな小さい子に言うみたいに言わないでください!!」
「なーに言ってんだよ。お前小せェからしょうがねェじゃん」
「そういう問題じゃ…!」
「はいストーップ。まず飯食いながら情報交換しとくぞ。沢村来るとうっせェからその前にな」
「!……栄純、昨日も今日も少し走りすぎなような気がします」
「ま、バカだからな。バカだから」


また、はっはっは!、と笑いながら飯を受け取りトレーに乗せる俺の横に御幸が立ち、悪いな、と声を掛けてくる。


「飯の時に」
「いや、いい。俺は構わないが…」


いいのか?、と意を込め小嶋へと目線を流す。それを御幸に限って理解出来ないはずもなく、んー…、と声を間延びさせながらトレーに飯を乗せていく御幸がまた口角をクッと上げる。


「おっもしれェだろ?アイツ」
「………」
「噛み付きっぷりが」
「…お前、性格悪いぞ?」
「はっはっはー!知ってる」


いつも通りどんぶり山盛りの白米をトレーに最後に乗せて、午後は1時のミーティングからな、と残し小嶋の方へと向かう御幸の背中を見送りながら此処は日頃の疑問を解消しようと思う。
御幸があの1年マネに寄せる感情はよくある、好きな子ほどイジメたくなる、的なあれなのかという疑問を。

というわけで御幸たちからそう離れていない、テーブルこそ別なものの御幸とは背向かいに座る。さて、青道正捕手食えない男御幸一也はどう出る?


「3回表、大きく崩れることのなかったピッチングで1打大きな当たりを打たれました。それからこの試合も、こっちの試合も」
「……まだこのスライダーは使い慣れてねェ?」
「はい。それに球数が多くなるほど打たれています。もしかするとまだスタミナとコントロールとのバランスの取れないアンバランスさがあるのかもしれません」
「なるほどな」


かと思えば意外にも御幸は真面目に話しをしているらしく1度振り返って見た限りでは飯にも手をつけていない。今日も食堂の筑前煮は美味い。温かい内に食った方がいいと思うんだが。いや、要点はそこじゃないか。


「ま、そこは今後課題だってことぐれェはあちらさんも分かってんだろ。当たるとすりゃそこを考慮だな」
「はい。それから…」
「ちょ、待てって。大体の用件は話したから。東ブロックの話しは後な。つーか相変わらず仕事速ェな」
「!…速い、ですか?」
「おー。その迅速さを沢村の学習能力に変換してプレゼントしてやりてェぐれェにな」
「分かりやすい、ですか?」
「んー?おう。いつもサンキューな」
「!っ…む、麦茶!!麦茶大盛りで持ってきます!!」


ガタンッと大きな音をさせて椅子を立ち上がった小嶋がバタバタと駆けていく。一方で御幸は腹を抱えてヒーヒー笑ってるらしい。今のところ御幸が後輩マネとして接してる以外の感情は見られない、か。
しかし麦茶大盛り?


「御幸ちゃん……零れました…」
「ブーッ!!はっはっは!これ以上俺を笑わせんな…っ、予想通り過ぎて腹捩れる…!」


予想してたならなぜ止めてやらないんだコイツは。
飯の2杯目をよそうために立ち上がり御幸を窘めようとした時だった。


「あー!腹減った!!今日なら5杯食える気がするぜ!!」
「あはは、本当?それはすごいや」
「なら僕のあげる」
「馬鹿か降谷!お前はスタミナ足りねェんだからもっと食ってもっと走らなきゃならね…って無視すんな!!」
「もう2人とも止めなよ。……って、あれ?結衣?」
「は、春市」
「ぬおっ!なんだこの床は!!」
「びしょ濡れ……」


よく一緒にいる1年3人組の登場でますます賑やかになってきた。どうやらこの3人も小嶋に関わるらしい。しばらく傍観してみれば他に何か見えるか?

飯をよそいながら、僕も手伝う、と小湊が布巾を取りに来て、お疲れ様です、と俺に一礼する。すると沢村にも気付かれ、お疲れっす!!、とでかい声が飛んでくる。コイツはいつも元気だ。降谷も後ろで何やら言おうと頑張っているが沢村のでかい声に掻き消されてしまっている。


「春市ごめんね」
「いいよ。慣れてるし」
「?…誰かよく零すの?」
「結衣のことだけど」
「な……!こんなによくやらないもん!」
「中学の時、兄貴に頭からかき氷降らせたよね?」
「あれは!お祭りの時躓いて!」
「あはは、ごめんごめん」
「………」
「ごめんて。今度飴あげるから」
「…コンビニにね、ジョロキアの飴あるの」
「うわ…それ美味しいの?唐辛子でしょ?」
「うん、春市も食べる?」
「うーん…僕はいいや。今度一緒にコンビニ行こうよ」
「うん」


……小湊と亮さんと小嶋は幼馴染みだったな。そして今亮さんと付き合ってる。亮さんが部活に顔を出すことはほぼなくなった。相変わらずB面を使って自主練はして身体は動かしているらしいが。それは亮さんに限らず哲さんや純さんを中心として多くの引退した先輩たちも同じ。自分も見習わなければ。
……と、話がズレた。
とにかく小湊と結衣の会話にはまるで家族かのような気易さがあるな。


「春っちがやるなら俺もやる!」
「……僕も」
「あ、降谷てめ!そこは俺が拭こうとしたところだぞ!!」
「ちょ、2人とも止めなってば」
「別に誰がどこを拭くとか決めてない」
「今決めたんだよ俺が!はい!春っちはここ!降谷はここ!結衣はここで俺がここ!」
「あ、降谷くん。マニキュア塗ってる?」
「……あ」
「私、今持ってるから食事終わったら塗る?」
「小嶋さんがやってくれるの?」
「え…私?」
「だーめだ!!」
「え?駄目なの?」
「結衣がやるくらいなら俺がやる!!」
「しょっぱいね…その光景」
「…結衣」
「あぁ!なに呼び捨てにしてんだよ!降谷!!さてはずっと呼びたかったんだな!?」
「うん」
「なにィー!?」


賑や…いや、うるさいな。
2杯目の飯を持ち席に戻る途中、御幸をそれとなく見れば騒ぐ1年4人を頬杖ついて見遣っていて、その表情はなんとも穏やかなものだ。てっきりまた腹を抱えて笑っていてもおかしくないと思っていたんだが。

……そういえば小嶋をしつこくマネに勧誘し引き入れたのは御幸だと聞いた。
あの子の人見知りも十分に加味して自分の能力を発揮出来るこの場を与えたかったのだとしたら御幸はあの子のことをよく見ているんだろう。事実あの3人とは随分打ち解けているようだしナベに聞いた限りでもかなりの情報収集能力だという。この先野球部に必要な人材ということはもちろん御幸の意図はもっとあの子のためということがあったように思えてならないな。


「オーイ、そこの4人。早く飯食っちまえよー」
「あー!さっき球受けてほしいって言ったのに逃げた人だ!!」
「本当だ」
「うるせェよ。オフはあんま投げねェで体力アップの身体作りが中心だっつったろうが。なぁー?結衣」
「はい。栄純、降谷くん。今しか出来ない練習なんだから頑張って」
「しゃあねェな、午後からまたタイヤ増やして走るか!!」
「僕は結衣にマニキュアしてもらう」
「あ、てめ!なに優越感に浸ってんだ降谷!!」
「こらこら。お前らな、なんで俺の話しは聞けねェのに結衣の話しは素直に聞けるんだよ?」
「「うーん……人徳」」
「はっはっは!お前ら後で見とけよ?」


どうやら床を拭き終わったらしく小嶋が御幸の隣に戻ってくる。俺も!、と沢村が言い出したからまた降谷と喧嘩してるらしい声が聞こえてくる。


「お、結衣。ここにいたのかよ。このやろ、1人温い思いしやがって!」
「ひゃあぁぁっご、ごめんなさい倉持先輩!」
「やめたれや、倉持。小嶋はまたデータ整理やろ?」
「は、はい。前園先輩お疲れ様です」
「おう。小嶋も今から飯か。んじゃ俺も」
「ヒャハッ、俺も」
「あー!お二方!そこは俺の席っすよ!」
「うっせェよバカ村!後輩にんな選択肢ねェんだよ!!」
「そうや!お前らはそこらで1年同士仲良く親睦深めとけや!」
「ご、ごめんなさい…わ、私もあっちに行きます」
「おいおい頼むぜゾノ。結衣が真っ青になってんじゃねェか」
「んあ!?お、お前はここにおったらええ!」
「ヒャハッ!男だぜゾノ!!つーわけでそこでさっさと食え結衣」
「あ、その弁当箱俺んな。で、お前はこっちー」
「はあぁ!?」
「御幸!!お前、それはズル…やない、現実的やないやろが!飯はどうするんや飯は!」
「別に盛って食う。お、赤ウインナータコさんじゃん。どれどれ。……ブフッ!!」
「うおっ!きったね!!御幸てめェ何やってんだよ!?」
「ゲホッゴホッ…!」
「それ赤ウインナーじゃありませんよ。ジョロキアのペーストを絡めたウインナーです」
「………」
「………」
「御幸、完食しろよ」
「そうや。お残しは許さへんぞ」
「その真っ赤なパプリカっぽいやつ美味そうじゃねェか」
「ピーマンのジョロキア炒めです」
「そっちの真っ赤に熟れたトマトみたいのも美味そうや」
「ジョロキアソースを絡めたラディッシュです」
「………まさかこのチキンライスも?」
「ジョロキア炒飯です!」
「…倉持、ゾノ。骨拾ってくれよ」
「うおっ!コイツ食う気だぜ!ヒャハハッ!男みせろ御幸!」
「初めてお前を凄い奴や思たで!!骨は任せろや!」


傍観してるのにこれほど面白い人間関係はないかもしれない。
御幸のことを先輩以上にも以下にも思っていないらしい小嶋。その小嶋をしきりに構いたい御幸。沢村や降谷、小湊にも慕われて倉持やゾノも可愛がっているらしい。
どうやら不発に終わったらしい御幸の小嶋の手作り弁当を食べるという企みが発する賑わいを聞きながら俺は間もなく飯を完食したのだった。


「ん?白州?なんか楽しそうだな」
「あぁ、ノリ。お前もやるか?」
「何を?」
「人間観察だ」
「は?」



傍観者からある日の食堂の話し
(あ、美味いじゃん)
(本当!?)
(マジかよ…亮さんあの結衣の弁当平気な顔で食ってるぞ?)
(なんや分かった気ィするわ、小嶋の辛いもの好きの理由が)


―了―
2015/05/20




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