話中音を乗り越えようとする俺の話し




「え!?マジで!?それってすっげェ偶然じゃん!!」
「うるせェぞ!!鳴!!」


テスト期間中、部活なし自主練禁止半強制的に監督によって促された勉強会。
追試なんか受けようものなら冷たい視線を向けられる。いっそのこと長い説教でもしてくれたならいいのにって、そんな風に思うくらい。

だから皆で寄った食堂で、もう野郎ばっかで嫌になる!、と息抜きに電話を掛けた午後8時。
いつもより少し眠たそうな声で、もしもーし……、とかってなんかすげェ可愛くてにやけた俺の顔に、うぜェ!、と野次が飛んだのは少し前。そんなの気にせず椅子を揺らしながら他愛がない話しをしていれば今の絶叫に至ったってわけ。


《あの…大丈夫ですか?》
「平気、平気!!雑音だから結衣は気にする必要ナシ!」
「こっぴどく振られちまえ鳴!」
「うーるーさーい!!俺は今結衣と電話してんだってば!」
《成宮先輩?また今度…》
「ちょ、駄目だってば!今電話切ったら気になって気になってテスト受けれなくなるし!」
《え!?》
「いいのっかなー?オイラが0点採ったりしても」
《え、あの…それは……》


ぷくく…!困ってる困ってる!!
きっとあの大きな丸い目をもっと真ん丸にして右往左往させてるんだろうなぁ。あー!もうっ、可愛い!撫で回したい!なんで此処に居ないのかなぁ!もう!!一也ムカつく!!……ってのはさすがに八つ当たりだけどやっぱ前に送られてきた写真を思い出してムカつく!!


《困り、ます。だって…》
「うんうん!」
《成宮先輩が留年したりしたら甲子園をかけて戦えないかもしれないじゃないですか!》
「……へ?」
「ブッ…!」
「っ…しーらーかーわー!!笑ったの聞こえたからな!?」
《え?……え?》


俺の電話から漏れ聞こえたらしい結衣の声に隣に座っていた白河が噴き出し笑うのを咎めるもどうやらツボったらしく顔を伏せて身体を振るわせてる。腹いせに電話を片手に左手で白河のノートに監督の似顔絵を描いてやればそれを前の席で見ていたカルロスが、ブハッ…!、と噴き出して笑う。もーなんなのコイツら勉強会しろよ。


「ま、それでもいいや。要はオイラのこと必要としてるってことだもんねー」


ポジティブもいい加減にしろ、とどっかから聞こえたけど気にしなーい。
そんなことより!


「オフの日同じって本当!?」


俺の言葉に数人が、なに!?、と立ち上がったその音なんて電話口で結衣が、はい、と肯定した声に掻き消された。
もう全神経結衣に持ってかれてるって感じ。


《本当に偶然ですね。青道も今はテスト期間中で部活休みでテストが終わった次の日の土曜日だけオフなんです》
「うちも!ねーねー、ならさ!!オイラの家においでよ!」
《え!?》
「前に俺達世代のシニアの試合観たいって言ってたじゃん!家にビデオ山ほどあるしさ!」
《でも…御幸ちゃんが…》


ここで彼氏の名前が挙がらないのが結衣の可笑しいところで、面白いところで、加えて可愛いところでさらに言えば強いところだと思う。ちゃんと部活は部活、プライベートはプライベート、と分けてるんだなぁってさ。気に入ってる、こういうとこ。


「ふーん、一也がねェー…。なんか言う?」
《……はい》
「ならいいじゃん!内緒!」
《!》
「オイラと結衣の、2人だけの内緒ってことで!」
「俺らがっつり聞いてるけどな」
「誰か密告すれば?」


カルロスと白河のツッコミは無視!


《内緒…?》


お!結衣の声が弾んだ!


《でも…やっぱりよくないような気がします…》


あ、今度は沈んだ。
よーし、ここはもう一押し。


「えぇー!?なんでさ?なんで?」
《だって成宮先輩は、男の人なので》
「!」


ちょ……!今の反則!!
今までそれらしい意識なんてちっとも見せてなかったじゃんか!!

カァッと顔が熱くなるのを感じて、あー…うー、と小さく唸るオイラを、大丈夫ですか?、と結衣が心配してくれる。


《って、御幸ちゃんが言ってました》
「はあ!?なにそれ!!」
《あと高島先生と…》
「え、誰?」
《野球部の副部長さんなんです》
「へェー…」
《それから倉持先輩と、あ…純さんにも言われました》
「……彼氏は?」
《え?》
「彼氏は何も言わないの?」
《はい》
「ふーん…」
《あの…?》


倉持とか純とか、青道の野球部メンバーだ。ますます結衣はなんで稲実じゃないんだと腹立ちが増して少し低くなってしまった声に結衣が不安げな声が返る。少しだけ溜飲下がったような気がするけどカルロスがノートに、押してけ!、なんて書いて見せてくるからまた少し困らせてみようなんてそんな想いがムクムク膨らんだ。
ちょっとはさ、結衣もオイラのことを考えて眠れなくなっちゃったり夢に見ちゃったりすればいいんだ。


「おかしくない?俺だったら絶対に嫌だね!他の男と電話とかさ!」
《は、はい…》
「小湊さん、実はそんなに結衣のこと好きじゃなかったりしてー」


俺がそう言った途端だった。
電話の向こう側じゃないこっちの食堂の空気がびしりと固まったのが分かって、へ?、と周りを見回せば無言で首を振る奴や、ざまァ、と笑う奴、カルロスはまたノートに何かを書いていて白河は、おしまいだね、と小さく呟いた。
しいん、とする電話口。俺としては結衣の、そうなんですかね、なんていう不安げに言う声を聞けばそれで満足だったけど。


カルロスがバッとノートを広げて見せる。
まるでテレビで見る番組ADみたいだなんて言ったのはたぶん福ちゃんだけど、俺はその文字を目で追ってサァー…と血の気が引いたからまた笑った白河を咎めることも出来なかった。

"野球部の奴の彼女にそれは禁句だ"


《……おやすみなさい》
「え、ちょ…待っ……!!」


切られた電話の、ツーツー、と機械音が俺と結衣の距離を広げるようで呆然と聞きながら頭が痛くなってくる。


「馬鹿だなぁ、お前」
「………」
「泣いちゃったかもね、その子」
「野球で女なんて構ってやれねェし、小湊さんは受験生で結衣はマネなんだから噛み合わないことも多いんじゃねェか?」
「そういうもん…?」


情けなく掠れた声に構わず周りを見渡すと誰もがウンウンと頷いていて、うわぁー…、とテーブルに突っ伏す俺の手から携帯が、がこん、とテーブルに転がった。


「め、鳴さん」
「……樹?なに?」
「お気持ちは察しますけど勉強しないと追試確実なんじゃ…」
「う…るさいなぁ!分かってるよ樹に言われなくても!!」
「おいおい八つ当たりすんなよ」
「いーや!純然たる的確な憤怒だね!!大体そういう樹はどうなのさ!」
「え、俺は毎回問題なくパスしてますけど……」
「なにそれ自慢!?そういう奴からの忠告とか絶対に聞きたくないね!だってただ自慢してるだけにしか聞こえねェもん!!」
「……坊や」
「聞こえてんかんな!白河!!」
「鳴さん!!」
「な、なんだよ?」


ていうか樹のくせにデカい声出すなよ!、と怒るものの一瞬ビクッと身体の芯が震えてしまった。思い出したんだ、雅さんがこうしてよく俺の名を呼んでから静かに諭すのを。

俺の横に立つ樹を見上げて睨めば樹は一瞬たじろいだけどそれでも、スゥ、と小さく息を吸って俺を真っ直ぐ見つめ返した。


「前に稲実のブルペンに偵察に来た小嶋さんに俺は思ったんですけど」
「……なにを?」
「邪魔だな、って」
「!」


ガタンッ、と先に椅子を鳴らして立ち上がったのはカルロスだったけど樹に近いのは俺の方だからカルロスが俺に伸ばした手は空を切って、俺の手は樹の胸倉を掴んだ。
おい…!、と福ちゃんが俺と樹の間に経って場を執り成そうとするけど俺が怒りいっぱいに樹を睨むのとは真逆に樹は冷静に、言ってみれば冷めた目で俺を見据えていてますます頭に血が昇る。


「樹には関係ないだろ」
「ないわけないじゃないですか。バッテリーなんですよ?鳴さんのピッチングが狂わされるものはすべて排除したいくらいの気持ちでいますよ」
「重てェし樹に心配されるような俺じゃねェし!!」
「だったら俺に小嶋さんは邪魔な子だなんて思わせないでくださいよ!」
「!」


思いがけない樹の張り上げた声にハッとして胸倉を掴んでいた手を離した。けれどただ離すのもやっぱり癪で、押すようにして。

なんだよ。なんだよコイツ。
樹のくせに生意気なのに、生意気!、と俺が怒れないぐらい正論を至って冷静に向けてくる。こっちが試されてるような気がするくらいに。


「俺にだって偵察に来た小嶋さんが鳴さんの手を俺より先に心配したそんな姿を見れば悪い子じゃないって、それぐらい分かります」
「……あっそ。だから?」
「だから鳴さんがテストで良い点を採ってそれを土産に堂々と小嶋さんに会いに行ったらいいんだと思います」
「!」
「な、んだよそれ……」
「………」


雅さんと代わり正捕手になったばかりの頃は俺のご機嫌伺うようなことばっかで、ビクビクしちゃってたくせに。今言い切った言葉の端々には俺が言い返せないだろうという自信みたいなものがチラホラ見えた。


「っ……ムカつく!!樹のくせに!まゆゆ大好きなくせに!!アイドルオタクでモテないくせに!!」
「な…!い、今はそんな事関係ないじゃないですか!!」
「あるね!!俺の方が女経験豊富だしー」
「え、鳴さん彼女出来たことないんじゃあ…」
「そういうんじゃねェの!だからお前は駄目なんだ!!」
「無茶苦茶だな」
「負け犬の遠吠え」
「だれが負け犬!?まだまだこれからだっての!!」


フンッ!、と鼻を鳴らして思いっ切り乱暴に椅子に座ってやる。


「早く!!福ちゃん、ここ!!」
「は?」
「教えてちょーだいな!!全然分かんない!」


もう絶対顔上げてやんない!
樹が俺を言い負かして、おぉー!、みたいな盛り上がりなんか見ていたくない。

それが教えてもらう態度かよ、なんていうカルロスも、坊やすぎ、と呟く白河も完全無視!鳴さん…!、となんだか暑苦しく泣きそうな樹なんて以っての外!!
はいはい、と俺の隣に座る福ちゃんの教えてくれる声以外は今はシャットアウトしてテストが終わったらその誇らしい結果を持って結衣に会いに行くことばっかり考えていた。



話中音を乗り越えようとする俺の話し
(あーあ!ムカつく!マジで有り得ないー!!)
(なにあれ?)
(あぁ、白河は知らねェのか。テスト終わって意気揚々と結衣に会いに行うとしてたんだけどよ、鳴のやつ)
(あぁ、テストの成績が駄目だったんだ)
(いや、テストはいつもよりかなり良かったんだよ)
(じゃあなに?)
(監督が雑誌のインタビュー入れてたんだと)
(……因果応報ってやつじゃん)
(ブッ…!言えてる!)
(電話は繋がんないしLINEは無視だしどうすりゃいいのさ!あー!会いたい!まどろっこしい!!会えば解決出来るし!!)
(アイツの才能の半分は自信過剰なとこにあるな)
(余計関係悪化すればいい……)


―了―
2015/05/09




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