妹分なあの子と周りの青春の話し




「あー…悪ィけどよ、付き合えねェ」
「そっか…。ごめんね。呼び出したりして」
「いや、そのなんだ。ありがとな。気持ちは嬉しいぜ」
「そう言ってもらえると私も嬉しい。頑張ってね、伊佐敷」
「おう。お前もな」


よく見知った同学年の、たまに話す女子からの告白を断り肩を落として去っていくのを見送ってから、はあ、と息をつき髪の毛を掻き乱した。
進路も定まり気持ちはすっかり前へ前へと進んでいる。今は恋愛にうつつ抜かす余裕もなく、余裕のなさを上回るほどの恋愛もしてねェからこういう場面に遭遇しそして断ると虚無感が半端ねェ。間違ってはいないはずだがどうも高校生活の終わりが視野にあることと、近頃周りが青春を謳歌してやがるせいか自分には肝心なものが欠けてしまっているような気がしてならねェ。


「見ーちゃった」
「!……げ」
「次移動だよ、純」


ほら教科書、といつの間にか後ろに立っていた亮介が満面の笑みを浮かべて俺にそれを渡して来る。ひく、と顔が引き攣る。亮介は、ほら笑顔笑顔、なんつってるがからかう気満々な奴前にして笑えるかよ。


「サンキュ」
「付き合ってみればいいのに」
「あぁ?」
「さっきの。可愛いじゃん」
「馬鹿か。気もねェのに付き合えるかよ」
「付き合ってみたら好きになるかもしれないよ」
「そういうのは好かねェ」
「真面目」
「うっせ」


クス、と笑う亮介に言い捨てて、つーかよぉ、と言葉を継ぐ。


「お前の方はどうなんだよ?」
「俺?満帆だけど」
「御幸の奴がちょっかい掛けてるみてェじゃねェか」
「あぁ、うん。面白くなってきたよ」
「面白くって…お前な」
「うん。結衣にしたら笑えないだろうね。ストレスで毎日俺の部屋来るし」
「はあ!?マジか」
「何も言わないけど、アイツは」
「……聞かねェのかよ?」
「聞いてほしくないこと根掘り葉掘り聞くわけにもいかないでしょ」
「何も根掘り葉掘り聞けって言ってるわけじゃねェよ…」


ニコニコしながらも亮介もなかなか腹立ちを溜めているらしい。コイツとの付き合いも長いが不器用な方だとは思う。俺のようになんでも吠えて発散するタイプじゃないだけに行動にそれが出る。それだからか後輩からは俺よりも怖がられてる時もあるしな、今も笑っていながらも語調が微かに不満げだ。


「ねぇ」
「ん?」
「俺たちが高1の時ってあんなに子供だったかな?純、どうだった?」
「いや、あんなってのがどんなかが分からねェけど」
「泣きながら布団被って寝る?」
「結衣がそうしてんのか?」
「まあね」
「おい、それ…かなり辛いんじゃねェのか?」
「うん」


本当に辛いんだろうね。
亮介はそう言って俺の言葉を待たずに移動先の教室に入りさっさと席に着いた。
おいおい、聞いといてそれかよ。本当、勝手な奴。そもそも亮介は自分の話しをあまりしねェ。専ら聞き役に徹する体があり、それこそ聞くからには根掘り葉掘りを徹底するそんな奴だ。
こんな奴から聞いたからこそ俺は妹分とこの不器用な戦友のために一肌脱いでやろうと思う。


「だがさすがに領分を超えちゃいねェか?」
「え、なんの話しっすか?」


亮介のらしくねェ様子を見てああ自身の中で決めたもののその数日後まさかの事態を倉持が背負って来やがった。

唖然とする俺に背中にするそれを対して苦に感じてねェのか不思議そうに倉持は、純さん?、と俺を呼ぶが不思議なのは俺の方だっつの。


「おい、倉持」
「はい?」
「それ、結衣だよな?」
「ええ、はい」
「なんでまだ此処に居んだよしかもお前に背負われて眠ってっし明らかそれ誰かの服着せられてんだろブカブカだしよ」
「ヒャハハ!純さんすげェっす!一息で言い切ったじゃないっすか!」


さすがの肺活量っすね!、と暢気に笑ってんじゃねェ!!
歯を剥き取り合えず倉持の頭に一発落とすと、いでっ!、と呻きながらも眠る結衣を背中から落とさねェ倉持が今更になって、話しいいっすか?、と神妙な面持ちで持ち掛けてる。
順序が逆だろうがよ、結衣を俺に一晩泊めてやってくれと頼むその前に。

寮で暮らす3年は部屋を移った。
受験に専念出来るようにと今までと違い1人部屋だ。この静かさにもやっと慣れてきた、と思う。勉強に集中している時間も多くなった。
そんな今日、たった5分ほど前。
部屋を訪ねてきた後輩はこれまたその後輩を背負い、いいっすか?、と苦笑いを零した。混乱だバカヤロー。


「すんません純さん、その前に」
「あ?」
「結衣、ベッドに寝かせてもいっすか?」
「あぁ!?」
「ちょ、純さん!起きるっすから!」
「っ……あぁ、分ァーった。早く寝かせてやれ。上な」
「あ、純さん下使ってるんすね」
「……おー。手伝うか?」
「いや、平気っす」


コイツ軽いっすし、と軽々と片手で背負う結衣を支えたまま2段ベッドの階段を上る倉持はその慎重な足取りとは裏腹に、うら!、と乱雑にベッドに結衣を落とす。もっと優しく扱えゴラァッ!、と怒鳴れば、ヒャハ、と笑うだけの倉持はまたもや神妙な顔つきで俺の前へ戻ってきた。

椅子に座り机に向き合ったままだった俺だがそう易々と聞けるもんじゃねェらしい。ぱたん、と教科書や参考書を閉じれば倉持は申し訳なさそうにしながらも口を開く。


「な…っ、んだそりゃ!!」
「ですよねー…」


話しを聞いてみりゃそんな声が出た。
結衣が他校生にどうやら青道野球部の情報を渡せと追い掛けられて。逃げた先に捨て犬がいて帰って来れなかった。
御幸が迎えに行き連れて帰ってきたまではいいが風呂に入り話しを聞いて御幸にネチネチ説教されてたら結衣はいつの間にか寝ちまっててこんな時間。
さあ、どうする?お手上げ状態だったところに無害な俺を頼ることにしたのだと言われても嬉しくともなんともねェ!!


「でも御幸はマズいっすし」
「だな」
「ゾノも俺もちょっと。俺の部屋には沢村の馬鹿もいるんで」
「だったらお前らがどっかの部屋に寄って1部屋空けりゃいいだけの話しじゃねェか」
「もちろんその話しもナベから出たんすけど」
「おう」
「ノリが、誰かが抜け駆けして結衣の寝てる部屋に入ったら完璧密室犯行になる、って言い出して」
「!…ま、まぁそうだな」
「亮さんは大学のセレクションの説明会で今日は寮に戻らないって言うし」
「………」
「と、いうわけで純さんに」
「なんでだよ!?そのワンクッションデカすぎんだろ!!」
「だって他に居ないんすよ!信頼のおける男が!!このままだと御幸の部屋しかないんすよ!?」
「ぐっ……!」
「お願いします!純さん!!」


パンッ、と手を合わせられ必死に懇願されればたじろぎ閉口するしかねェ。
事も無げにベッドの上へ目線を向ければ倉持は、御幸は変態っすよ!、とさらに言葉を重ねてきやがる。
加えて後輩に頼られんのが嫌いじゃねェ俺の中ではほぼ返事が決まっているもののやはり躊躇うのは結衣が女子で、亮介の彼女で、妹も同然の可愛い後輩だからだ。


「あー…前から確かめてェことがあったんだけどよ」
「なんすか?」
「御幸は、その…あれなのか?」
「結衣とのことっすか?」
「お、おう」
「本人に確かめたわけじゃないっすから、なんとも言えねェっすけど一方ならぬ想いであるのは確かっすよ」
「チッ…先輩の女に横恋慕ったぁ太てェ野郎だなアイツも」
「まぁ元々先輩後輩の分別があるのかも怪しい奴っすからね」


人見知りで、結衣は最初御幸たちと普通に話せるようになるまでもかなり時間が掛かった。コイツらは普通に接するものの俺や哲の背中に隠れるばかりで。びくびく怯える結衣のそれが弱いと一蹴するわけじゃねェ。何が弱い強いと一くくりにするわけじゃなく、それは紛れも無く結衣が抱えるデカい悩みなわけだがそれを考えると結衣はよくやっている。贔屓目とかじゃなく。


「しょうがねェ、分かった。此処を任せろ」
「あざぁっす!!」
「早く寝ろよ」
「はい、純さんも」


お願いします、と倉持が最後に頭を下げて部屋を出ていってすぐ部屋の外では話し声が微かに聞こえて、おそらく事と次第を報告してんだろう。さっき名前が上がった奴らに。

急に、しん、とした部屋の中でガシガシと頭を掻いてから2段ベッドの上に眠る結衣に掛け布団を掛けてやる。
誰の服だか知らねェが、これってあれか?漫画でよく見る、彼パーカー。


「頑張れよ」


いつだかコイツに同じように声を掛けたな、なんて思いながら机に戻り勉強を再開する。
あぁ、あれだな。
亮介とのことを頑張れと背中を押したんだったか。もうちっと亮介に甘えてやりゃいいのによ、亮介もあれで自分から"甘えろ"なんて言うタイプじゃねェから結衣は何も言わずに頑張るし亮介もその姿に何も言わずにいるんだろう。

コイツらを見てるとやっぱり俺には現状恋愛が出来るほどの余裕なんてねェと思っちまうな。


「ふっ…ひっ、」
「!な、なんだ?起きたのか?」
「っ……」


だがそれにしたって今の声は聞こえるかどうかの小さな声で、後は声にならねェ音だけ。
眉を寄せまたベッドを覗き込めば結衣は目を固く瞑ったまま涙を流して身体を震わせ泣いていて俺は、おいおい…、と狼狽しながらとりあえず頭を撫でてやる。


「……結衣」
「…っ、ふ…」
「結衣」
「!……あ、れ。え…純さん?」
「…おう」
「私…え、どうしたんですか?」
「寝ちまったんだってよ。わり、なんかうなされてたから起こした」
「あ……、ありがとうございます」


ころりと俺の方へ身体を向けて申し訳なさそうに言う結衣の前髪を掻き上げ額に手を当ててやりながら口を開く。


「頑張るのもいいけどよ、ちったぁ亮介にも甘えてやれ。甘えるってことが頑張ってねェことになるわけじゃねェ。何があったかは知らねェが、言ったろーが」
「………」
「話しは聞くことは出来る。地蔵に話すつもりで話してみたらいいんじゃねェか?、ってよ」
「っ……はい」
「気休めかもしんねェが悩み事のほとんどは自分の考えすぎなんだってよ。だからもしお前がなんか抱えていて、それがストレスになってるってんならいっそのことぶつけちまえ」
「っ…御幸ちゃんの馬鹿」
「!…だな」
「私、男好きなんかじゃないっ、野球が好きなだけなのに」
「おう」
「役に立ちたいだけなの、に…っ」
「………」
「私のこと嫌いなら放っておいてくれたらいいのに。野球部として認めてくれないなら…、声掛けてこなきゃ良かったのに…!」
「馬鹿野郎だな、アイツ」
「っ…ふ、え…。馬鹿…っ、馬鹿ぁ…」
「………」


あれほど御幸を"先輩"と呼ぶように言ったってのに、馬鹿だのなんだのと泣きながら言うにも関わらず結衣は今も御幸を"ちゃん"付けで呼ぶ。
そこに結衣が御幸との関係性を手放したくないのだと言ってるみてェに感じる。恋愛云々じゃなく、結衣は大切なもんに優劣をつけて選ぶほどの器用を持ち合わせてねェから大した容量もねェっつーのに抱え込んじまうんだろう。


ベッドの上で布団を頭に被り小さく嗚咽を零す結衣の声に耳を傾けてやりながらずっと頭を撫でてやっていたが間もなく、すぅ―…、と小さく寝息が聞こえてきた。


「りょ、すけ…」


勉強を三度始めた俺の耳にそんな寝言が聞こえた時、やっぱ恋愛すげェな、なんて少し羨ましく思っちまったのはここだけの話しだ。



妹分なあの子と周りの青春の話し
(おう)
(ただいま。純、結衣は?)
(まだ寝てる)
(そう。悪かったね)
(いや別にいいけどよ…)
(ところでさ)
(ん?)
(純、寝てないの?クマ、すごいけど。なんか目も血走ってるし声も掠れてる)
(…勉強で分かんねェ問題があっ…)
(あぁそっか。結衣とはいえ女子が同じ部屋にいて寝息聞いてたりしたらいくら純でも…)
(う、うるせェェ!!)
(どもってるし)
(ア、アイツ亮介の名前寝ながら言ってたからな!!)
(なにそれ。いつものことだけど)
(っっ……)
(仕返し出来なくて残念だったね)


―了―
2015/05/02




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