3歩進んで2歩下がって1歩前を振り返る俺様の話し




9回裏相手の攻撃三塁という得点圏に走者を背負い一打サヨナラの場面。打順は1、2、3と経て2アウトを稼ぎあとアウト1つで4番を迎える3ボール2ストライクのフルカウント。
盛り上がる両スタンド。
割れんばかりの声援が深く呼吸をするたびに遠くなっていく。代わりに大きくなるのは自分の心臓の音。
欲しい……欲しい。いや、もぎ取る。なんとしても打ち取ってやる。

あと1つ。
喉から手が出るほど欲しくて、この1球のためにすべての日があったような気さえする。いいよ。もっと睨みなよ。もっと気合い入れなよ。その希望も気合いも全部俺のこの1球で捩じ伏せてあげるからさ。
その瞬間思い知ればいい。
もう俺を前にして希望を抱くことすらおこがましいってね。

さぁ、盛大に空振りしなよ!!


「!へ…?っっ……いっ、たぁぁッ!!」


あー…夢か。夢ね。
俺の鼓膜を揺らしたのはキャッチャーミットに俺のボールが収まった音じゃない。
マウンドで最後の1球にするつもりで振りかぶり足をホームベースへと向けて踏み込んだつもりだったのにその足が実際に踏んだのは2段ベッドの上の段から飛び出しただの空気。当然バランスは崩れて上から落ちた俺の手はあるはずのないボールを握るような形になっていて打った背中の痛みが消えるのを待ちながらその手を天井へと向けた。
一瞬脳裏を掠めた太陽の眩しさは夏にしか見れない。また絶対にあの場所へ行く。


「よっし、今日もやっちゃいますか!」


よっ、と足を振り子のようにして立ち上がりグッと背伸び。机の上の時計を見れば朝練まで余裕な時間。携帯を手に取り開き、前の日から返る着信の表示がないかどうか確かめるものの携帯はただ時間を知らせているだけで待ち望んでいるものはない。
ったく一也の奴余計なことしやがって…!漸く結衣が電話口で笑うようになってきたってのに本当ムカつく!!


何が良いのかと聞かれると答えに困る。
顔とか身体とか、そういうんじゃないのだけは確かで色々言いながらも結局、全部!、と答えるようにしてる。
青道の1年マネージャー小嶋結衣は初見かなり女の子っぽいのかと思いきや話しをしてみれば野球の話しばかりがポンポン出てくるもんだから実際どんな子なのかが分からないというのがここ数日電話してきて俺が手にした結衣の印象。

ただいいなぁ、と思う。
あの子が俺を"成宮先輩"と呼ぶのを聴くのはとても心地好くて好きだ。


「また掛けてんのか?」
「んー?……まあね」
「あっちで御幸がナイトやってんなら無理だって」
「ナイトー?なにそれ」


昼休み、俺が借りた教科書を取りに来たついでにその手に昼飯を持ってきたカルロが空いている俺の前の席に座るのを耳に携帯を当てたまま見る。


「御幸が結衣の携帯掻っ払って、もう掛けてくんな、って言ったんだろ?お前完璧害虫扱い」
「害虫……」
「……白河、笑ってんの分かってるかんな!!」


俺の後ろの席には白河。
俯いているけど声と身体震えてるし!!意外とツボ浅いのもそこそこの付き合いだから知ってるし!!

何度か繰り返した呼び出し音は今日も留守番に繋がり機械的な声を途中でぶった切るように、あぁもう!、と電話を切る。


「ていうかカルロ、なんで結衣の名前呼び捨てなわけ?そんなんだから彼女出来ねェんだお前」


と、俺も一也に言われた。


「カルロスが彼女出来ないのはすぐ脱いだりするからじゃん?」
「あぁそれ言えてる!」
「いやお前らには言われたくねェよ」
「オイラたくさん告白されてるもんねー!」
「んなの皆一緒だろ」
「エース様が1番多い!」
「みんな本当の鳴を知らないから」
「ぶはっ!言えてる!!」
「カルロー!!飯粒飛ばすなよ!!食べ物粗末にする奴は目が潰れるんだぞ!」
「婆ちゃんか」
「婆ちゃん……っ」
「白河!!笑うな!!」


取り合えず食う!食わなきゃ午後の練習持たねェし身体出来ねェもん!!

俺が黙々と食べだせばカルロも白河も同じように食べ出して、そうこうしてると、呼び出しー!、とクラスメイトから掛かる声は教室の入口から。


「ふぁに?」


まだ口に詰め込んだあんパンを飲み込まないまま立ち上がり向かえば顔を真っ赤にして、こんにちは!、と俺を見る女子1人。
…あ、そっか。
上履きを見れば1年の学年カラーのライン。

ごくり、とあんパンを飲み込み頭を掻く。


「うーんと…、あっち行く?」


ね?、とその子の顔を覗き込みニッと笑ってやれば緊張で固くなっていた表情を少し柔らかくして、はい、と頷く。
またかお前ー!、なんて冷やかされながら階段の人気のない場所に移動。よし、いっかな。


「あの…っ、ありがとうございます」
「んーん。オイラこそありがと。来づらいのにさ」
「いえ…!……成宮先輩」
「!………」


あぁ、ごめん。
真っ赤な顔で震える声で、好きです、そう言ってくれてるのに思っちゃったんだ。この"成宮先輩"と呼ぶ声は結衣と全然違うなぁ、なんて。
俺を見上げて話す君があの子だったら。
付き合ってください、と言ってくれるのがあの子だったら。
そんなことで頭の中が瞬時にいっぱいになって、俺は返事をしなきゃいけないにも関わらず1人絶句状態。

なーんだ。
こんなにか。
もうどこがどうとか、そんな事考える隙間もないくらいになってたんじゃん。


俺の返事を待つ1年の女の子に俺はいつも言ってる返事を口にする。
ごめん。絶対に大事に出来ないから付き合えない。


「って、断った」
「で?なんでそんな疲れてんだよ?」
「いつもなら死んじゃえばいいって思うほど自慢してくるくせに」
「…白河ってオイラのこと嫌いなの?」
「なに?好かれたいって思ってたの?」
「そういえば思ってない」
「ならいいじゃん」
「なんか良くない!」
「お?少し調子戻ってきたじゃねェか」


教室に戻り何か聞きたげなクラスメイトやカルロの目線に構わず残っていた昼飯を済ませて早々に机に突っ伏す。


「可愛い子だったなー」
「ブラバンの子だって」
「へえー。今月何人目よ?」
「………6人」
「一々指折り数えるのがムカつく」
「聞かれたから答えただけだろー?」
「付き合ってみりゃいいじゃねェか」
「それ言う?お前らだって断ってんじゃん」
「「………」」


身体を起こし目を細め2人をじとりと見てやればカルロはにやりと笑い白河はサッと俺から目を逸らす。
ていうかもう俺はそんなことどうでもいい。あー……、と言いながらまた机にバタン。


「……もう駄目だ」
「は?何が?」
「結衣」
「そんなの最初から分かってたじゃん。小湊さんが彼氏って時点で」
「ぶはっ!」
「カルロ笑うな!…ていうかそっちじゃない」
「は?」
「似てる」


何が?そう言いたげな空気を感じながら俺は突っ伏したまま話しを継ぐ。


「9回裏相手の攻撃得点差1点。1打サヨナラに盛り上がる相手スタンドからの声援で耳が痛いくらいで、打順はクリーンナップに突入。ちなみに4番はこれまで2安打ね」
「細かいな」
「………」
「そんで2人抑えてあとアウト1つ。今度は味方スタンドからの声援で球場は割れんばかりになっていよいよ追い詰めた2アウト2ストライク3ボールのフルカウント。振りかぶった最後にするつもりの1球。………欲しい」
「「!」」
「アウトが欲しい。欲しくて欲しくて堪らねェって、あんな感じ。……すっげェ似てる……」
「鳴、お前…」
「やっ…ばい!次会ったらオイラどうなるか分かんねェー……」


はあぁ、と盛大な溜め息が昼休み終わりが近いことを告げる予鈴に重なった。
カルロは、またな、と俺の肩に手を当てて教室を出ていって白河は聞いてたのか聞いてないのか分かんない。


次会ったらさ、いっぱい目を見て話しをしよう。あのふわふわの癖のある髪の毛触れてみたいし野球じゃない話しをしたい。笑ってくれるかどうかは分からないけど、そうじゃなくてもいい。
うちが夏を獲ります、そう言って俺を強く睨んでたあの強さにまた触れてみたい。ぞくぞくする、思い出すと。

そんな事を考えながら受けた午後の授業はまったく身が入らず、成宮ー?聞いてるのかー?、と投げ掛けられた声に、聞いてるー、と何度も返すことになった。聞いてないけど。
あー……投げたい。


「鳴さん、今日は軽めにしましょう」
「へ?なんで?」


アップを終えブルペンに入れば樹のそんな一言。ムッとすれば樹はレガースを付けながら慌てて言葉を継ぐ。


「今日は色んなとこからの偵察も多いらしくて」


ほら、と樹が視線を送るブルペンの外は確かにいつもより人が多い。というか人が多いのはいつものことだけど他校の制服が目立つ。オフシーズンになって考えるのはどこも同じ。福ちゃんも近々誰かを偵察に出すって言ってたし。他校を見て力の蓄え方を模索するため、ってとこか。
ふーん。ま、実際打てるかどうかは別問題だけど。


「生意気」
「いたっ!」
「研究されたところで俺は誰にも打たせるつもりねェから関係ないね」
「でも……!」
「でも」
「!」
「樹、お前がこうすることで今後俺をリードしやすくなる自信があるって言うならいいけど?」
「え……、は……はい!!お願いしま…」
「ハーゲンダッツな」
「え、ちょ……!」


ししっ、と笑いながらブルペンの砂を蹴り口角を上げて樹を見遣れば樹は狼狽しながらも、しょうがないなぁ、と言ってマスクをつけて座った。
見るだけ見てったらいいよ。
うちの正捕手はアイドルオタクでまだまだ気が弱いし雅さんの代わりにはなれっこないけど、他の何かにはなれる。なんたってエースの俺が鍛えてやるんだし、なってもらわなきゃてっぺんだって獲れない。1歩後ろを振り返ってすぐ見えるとこにいてもらわないと危なっかしくて投げられやしないしさ。



3歩進んで2歩下がって1歩後ろを振り返る俺様の話し
(いたわね)
(あ、はい。成宮先輩と多田野さんです)
(移動中からずっと思ってたのだけれど結衣ちゃん、成宮くんと知り合い?)
(あ……)
(責めてるんじゃないわ。野球を抜きにすればあなた達も高校生だもの。知り合いであったってなんら不思議じゃないわよ)
(…知り合いというより、ただ憧れです)
(憧れ?)
(はい!あんな投手のお手本みたいな人いません!!投げ方、スタミナ、メンタル、全部尊敬です!)
(そう。そういえば結衣ちゃんも小学生までは野球をやっていたんだものね)
(はい。そんな成宮先輩を打ち崩す算段を考えるなんて最高にわくわくしますよね!)
(……あなた、小湊くんと付き合ってるんだったわよね?)
(は、はい)
(そう…。類はなんとやら…ね)
(なんですか?)
(なんでもないわ。気にしないでちょうだい)
(?)


―了―
2015/04/28




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