変化球を見逃す私と直球をくれる彼の話し




あの監督相手にもいつも毅然としていて凛々しく綺麗。スタイルも完璧だし同じ女として憧れない要素なんて1つもない。
高島先生は、私がこうなりたい、という女性のまさに理想。だからいつもぼうっと見つめてしまう。あぁ、今日も完璧だなぁ……。


「結衣ちゃん、聞いてたかしら?」
「……え、あ!ご…ごめんなさい」
「珍しいわね、あなたが野球の話しをしている時に上の空になるだなんて」


そう言って苦笑する高島先生は手にしていた地方の高校のリストを机の上に置いて、トン、と指を差した。


「理由は気になるけどその話しはこっちの話しが終わってからにしましょう」
「はい!」


明日からの土日を利用して地方の高校へ偵察へ行こうという打ち合わせ。私もビデオを回したいし同じ地区の高校だけじゃなく、ゆくゆくを考えいずれ立ち塞がる壁として今からしっかり研究していきたい。もちろん同じ地区の高校の、青道と同じように次世代を担う新勢力もちゃんと警戒しなきゃならないし……だから落ち込んでる暇なんてないから、かえって助かる。


「それでね、この高校から戻りがてら稲実に寄って来ようとも思っているの」
「稲実…」
「ええ。成宮くんと夏までバッテリーを組んでいた原田くんは引退。新しい女房役として多田野くんという1年生が正捕手になったのは知ってるわよね?見ておきたいわ」
「なるほど…。はい、私も連れていってください。よろしくお願いします」
「ふふ、最初からそのつもりよ。御幸くんには私から話しを通しておくわ」
「はい。ありがとうございます」


なら後は夏川先輩と梅本先輩に話しておかなきゃ…あ、春乃ちゃんにも。それから偵察にいく高校をしっかり下調べして、今日の練習が終わってから明日練習のお手伝いが出来ない分、しっかり朝練の準備をしてから上がらなきゃ。


「で?」
「はい?」
「結衣ちゃんが話したくないのなら聞かないけど、質問だけはさせてもらうわね」
「あの…?」
「御幸くんと、何かあった?」
「!」
「……あったみたいね」


やっぱりと言いたげに目を伏せた高島先生はこのプレハブから見えるグラウンドを見遣るように目を向けて、ふう、と小さく息をついた。


「いいのよ、責めてるんじゃないわ。衝突の1つや2つ、あってくれた方がチームが大きくなるってものよ。あなた達にかぎって衝突がマイナスに働くとも私は思っていない」


それに、と高島先生は眼鏡の縁に手を当ててキリリとした表情をする。


「あの子と衝突するだなんてあなたも大したものじゃない。歯に衣着せぬ物言いは少しの迷いも感じさせない御幸くんの強みだわ。沢村くんや降谷くんをコントロール出来る精神力は正捕手として申し分ない。それでも彼は他の誰とも変わらない高校2年の男の子よ。結衣ちゃんがどうして御幸くんと衝突したかは分からないけれど大方御幸くんの余計に滑る口が原因でしょうね」
「た、高島先生…」


し、辛辣。しかも、私が同い年ならあんな子絶対に嫌ね、と高島先生こそかなりの毒舌です……。
それに私は御幸ちゃんと衝突したわけではないんだけれど……まぁ、いいかな…。ただ気が引けたから、御幸先輩は悪くないんです、とだけ言ったのだけれどそれがかえって私を健気にでも見せてしまったのか、いつか痛い目見るといいのよあの子、とまで言った。こ、怖いです高島先生。
そういえば高島先生にタメ口なのは御幸ちゃんだけ。"礼ちゃん"と呼んでいるのを聞いたこともある。それを許しているんだから、その全ても含めて高島先生は御幸ちゃんのことを認めているんだなぁ…。


じゃあお願いね、と明日の時間などを最終確認してからプレハブを出た私は練習を終えて今は食堂で夕飯のはずの青心寮の前を通り室内練習場へ向かう。
バットやボール、ヘルメットも磨いておこう。それからチューブが悪くなっていないかも見たい。それからそれから……。

頭の中で色々考えては順番を整理している時、ブンッ!!、と大きな音がすぐ後ろからして思いっ切り身体が跳ねる。
な、なに……!?


「……おう」
「み、御幸ちゃ…」


御幸ちゃん。
いつも通りそう呼ぼうと思って慌てて口を噤む。眉根を寄せて何か言いたげに用具を取り出そうとしゃがんでいた私を見下ろす御幸ちゃんの肩にはバットが担がれている。あ…そっか。さっきの音は素振りの。

なら邪魔はしない。
会釈して私は用具の入る箱へと目を通す。箱の裏に入ってるものが数量と一緒に書いてある。チューブに…ハンドグリップにダンベル……あれ?ダンベルが1つ足りない。


ブンッ、と側で御幸ちゃんのバットが空気を切る音を聞きながら室内をきょろりと見回す。ダンベル……。


「あれだろ?」
「!っ…あ…は、はい。ありがとうございます」


御幸ちゃんが伸ばしてくれた視界を誘導してくれるバットの先には確かにダンベルが1つ、地面に転がっていた。ちゃんと片付けるように言っとくわ、と言う御幸ちゃんに、はい、と言葉だけを返した。
まだ怖い。あんな風にまた言われたら、思われたらって怖くて必要なこと以外踏み込めない。


「明日礼ちゃんと一緒に行くんだって?偵察」
「はい」


さっき聞いた、と言う御幸ちゃんがまたバットを振る。今日も良い音。
一方の私は拾ってきたダンベルや他のダンベル、用具もチェックしながら磨いていく。


「早く帰れよ」
「!」
「寮とは言ってもこっから少し離れてんだろ?」
「…もう少しだけやることありますから」
「いいから」
「!……いいって、なんですか?」


ズキズキと胸が痛む。だから絞り出した声も御幸ちゃんの振ったバットの音に掻き消されてしまって、なに?、と聞き返された。
グッと唇を噛み締めると少し胸の痛みに鈍感になれるような気がしたけど、ますます増しただけだった。


「っ…バットとボール磨いたら帰ります」
「だーから、んなことは…」
「そんな事って……御幸ちゃ…、御幸先輩はずっと思ってたんですか?」
「!」
「いえ…そうじゃないですよね。大切な仕事なのは分かってるけど、それ以上に私に此処にいてほしくないだけなんですよね」
「は?お前なぁ、被害妄想も大概にしろ。俺はお前を、」
「私を野球部の一員なんて微塵も思ってないくせに!!」
「!」
「っ…帰ります」


もう最悪だ。ついにぶつけてしまった。これは仕方がないことなのに。思われても仕方がないと覚悟していたもののいざ言われれば物凄く傷付いた。傷付いたと自覚した瞬間、思い上がっていたことが恥ずかしくなって部員さんを前にどんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまった。

眉間に皺を寄せる御幸ちゃんから顔を背けて室内練習場から飛び出す。あんな風に言いたかったわけじゃないのに…本当に最悪。


「おっ…と」
「!…亮介」
「大きな声出しすぎ」
「………」
「…おいで」


走り出した私の手が反対側から捕まって息を呑んで振り返れば亮介が室内練習場の方へ目を向けていて呆れたような一言。
それでも手は優しいからついに目から涙が溢れた。

着替えて来な。送っていくから。

そう言いながら私の涙を拭った亮介。勉強とか忙しいんじゃないのかな……。そう一瞬頭に過ぎったけれど今は素直に甘えたくて私は頷き今度はマネが更衣室にしている部屋へと走った。


「言っておくけど俺は何も言わないよ」
「!」
「慰めもアドバイスも、何も」


私が生活している寮は学校を出て歩けばものの5分くらいでついてしまう。そんな道を亮介に手を引かれながら歩くのは心情も相俟ってか幼い頃を思い出した。
よく泣いている私を手を引き歩いてくれた亮介はそういえば昔から言葉で私を慰めてくれたことなんて1回もなかった。


「結衣が決めたことで、それを俺は信じたんだからさ。だから今更弱音は吐くなよ」
「っ…うん」
「……分かってんの?」
「え?」


俯き歩いていたから、トン、と亮介の背中にぶつかった。顔を上げれば困ったように笑う亮介が、んー…、と肩を竦め小さく溜め息をついた。


「やっぱ結衣には変化球は通用しないか」
「え…え?…あ、うん。昔からストレートしか打てないよね、私」
「今はたぶんどっちも無理だけど」
「…そんなのやってみないと分からない」
「じゃあ初デートはバッティングセンターに決まりだ」
「デ…デート!?」
「デートぐらいで声上擦られたら先が思いやられるよ」
「そのわりには亮介、楽しそ……いたっ!!」
「生意気。……ま、変化球が通用しないから今のところ助かってるようなもんか。結衣も俺も、御幸もさ」
「御幸ちゃんもって?」
「ほら、また御幸を"ちゃん"付けしてるし」
「あ……」
「…いいけど。とにかくストレートは俺にしか許されてないんだから俺は直球でいかせてもらうよ」


そう言ってまだ言われていることに釈然としない私の頬を摘む亮介。カァッと顔が熱くなる。


「弱音を吐かなきゃいくらでも傍にいてやるよって意味で言ったんだけど、分かった?」
「!」
「…で?今日は?」
「っ……もう、少しだけ…いい?」
「いい?、じゃ駄目」
「えっ…と…。もう少し一緒にいて?」
「よくできました」


偉い偉い、だなんて私の頭を撫でる亮介に、子供扱い、なんて小さく笑えば、じゃあ遠慮なく、と手を引き寄せられ抱き締めてくれた。


一体何が拗れてんのかは知らないけど元々仲良しごっこなんかじゃないさ。衝突もすれば妬みや嫉みだってある。ただ同じ目標を見つめられるだけでいいんじゃない?同じ目標に達するために互いに高め合っていく内に互いを認めることが出来るんだから、お前は悩むことすら早過ぎ。


私の頭を撫でながら亮介がそう紡いでくれた。亮介は亮介なりに野球部で色々な葛藤を抱えて過ごしてきたんだろう、そんな言葉。

それからは他愛がない話しをしながら辺り一画を歩いた。私もいつか高島先生みたいになる、と話せば、無理、と亮介がいつもの調子で一蹴した。
下手に私を甘やかさない亮介だけど繋いだ手だけは離さないでいてくれて、少し強く握れば何も言わずに強く握り返してくれた。


「……亮介」
「ん?」
「ありがとう」
「別に」
「大好き」
「俺も」
「っ……」
「なに自分から仕掛けたのに絶句してんの?本当、馬鹿」
「だって…!」
「まだまだ食べ頃じゃないかな」
「童話?」
「ううん。近い未来の話し」
「?」



変化球を見逃す私と直球をくれる彼の話し
(ただいま、御幸)
(!……おかえりなさい、亮さん。遅かったっすね)
(そういう御幸こそまだバット振ってんだ?)
(はい)
(ふーん。まぁほどほどにしなよ)
(………)
(返事)
(痛ッ…!す、すんません)
(それはどっちに対して謝ってんの?)
(返事をしなかったことですよ)
(なら良かった。結衣のことを謝られたらバット投げつけようかと思ってた)
(え゙……)
(1つだけ言わせてもらえば思い上がりすぎ。アイツを悩ませてる。怯えさせてる。泣かせてる、とか。全部結衣が自分で選んで自分で解決すべき事だよ。俺はいずれこうなるんじゃないかって分かってたし。だから御幸が、自分のせい、とか思ってるのならやめなよ。ちなみにこれ励ましてるんじゃなくてわざわざ一線引いただけだから。こっからはもう入ってくるなっていう規制線。それだけ。じゃあね)
(………)
(お前、亮さんにあれだけ言わせるとか何したんだよ?)
(俺たちもおったのに少しも構わへんかったな、亮さん)
(はっはっは…やべ、今自覚した)
(……ろくなことになんねェから黙ってろ)


―了―
2015/04/27




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