突き放されたアイツと見守る俺の話し




結論から言えばアイツは今モテ期だ。
モテ期もモテ期、この高校時代という絶好のタイミングで訪れたモテ期。
幼稚園生や小学生なんつーガキの頃にきたモテ期はあまり意味がない。中学生はなんとも微妙な時期で高校進学という岐路を前にしたら大体は淡い思い出のようになっちまうからその頃のモテ期は意味を俺は感じない。


「今日はメロンパンです」


一体どういう会話をしてんだか……。
すっかり慣れちまった電話の向こうの相手は確かにとっつきの悪さは感じない。コイツの人懐こさを考えれば慣れるのは時間の問題だろうとは思ってはいたが存外それも早かった。


「まーた鳴か」
「おう、御幸。見ての通りだ」


うんざりとでも言いたげな御幸の顔はなかなか見られないが俺も同じ様なもんなだけに自分の心情を映しているようでパッと御幸から目を逸らす。余計にムカムカしちまう。
購買で昼飯を買って戻ってくれば結衣が携帯を耳に当てている。毎日じゃあないがすっかり見慣れた光景になった。昼飯を食いながら御幸とスコアブック2人で味方の俺ですら嫌気が差しちまうほどの分析をする毎日の中に突然投下された結衣が昼食の時に稲実の成宮鳴と電話するという事態。


「あ、御幸ちゃん戻ってきたので」


また御幸を"ちゃん"付けで呼んでら。あれほど亮さん達に厳しく正されたのになかなか癖が抜けないらしい。御幸も、学習しねェなー、とかって楽しそうに笑ってんなムカつく。

ごめんなさい、と相手には見えねェのに頭を下げる結衣が電話を切ろうと耳から離した時、


《あー!ちょっと待ってよ!まだいいじゃん!もうちょっと!》


でけェ声出しやがってどんだけの声量で喋ってんだコイツは。電話をスピーカーにしたわけじゃねェのに丸聞こえ。
向こうも同じように昼休みだろう。
ガヤガヤと賑やかな声の中に、やれやれー、だとか、もっと押せ!、だの。そんな余計なお世話とも思える声も混じってやがる。

困りきったような顔で電話を見つめる結衣を見ながら、どうするよ?、そんな意も込めて御幸に目を遣ったとほぼ同時に目を伏せていた御幸が、貸してみな、と結衣の手から携帯を取り耳に当てた。


「あー、もしもしー?そちら稲城実業の成宮さんですかー?」
「み、御幸ちゃ…」
「黙ってろって、結衣」


はっきりは聞こえねェが、一也!?、と驚きの声を向こうが上げたのは分かった。
だから結衣が主将という立場の御幸を案じるのも分からねェでもない。
けどよ、御幸の奴ふざけた口調のわりには声は低いし目は笑ってねェしここは触らぬ神になんとやらってやつだ。まぁこんな奴神でもなんでもねェけど御幸の剃刀トークを磨いちまうような拍車はかけねェ方が懸命だろ。


「はっきり言って迷惑だもう掛けてくんな以上」


そう一息で言い切って携帯の電源ボタン長押しで電源を落としてから、一丁上がり、と御幸は結衣に携帯を渡す。
ぽかんとする結衣と、電話を切ってからちらりとも結衣を見ねェ御幸。
嫌な予感がすんのは俺が御幸の苛立ちを感じているのと一方で結衣がまったくそれを理解していないのが分かるからだ。

やべ、面倒なことにならねェ内に引き離した方が……。


「あ、あの…御幸ちゃん?」
「……ん?」
「なんで切っちゃったんですか?」
「あ、おま…!」
「なんでって?……どういう意味か分からねェんだけど」
「だって成宮先輩はまだ用があったのかもしれません」
「じゃあ聞かせてもらうけど、鳴の電話が何か用でお前どうすんだよ?」


スコアブックに目を落とし頬杖ついたまま淡々と話す御幸に、え…、と言葉を詰まらせる結衣。結衣の人懐こさを考えりゃ成宮にどうこう思わず接してんだってことぐれェ、分かるだろうが。
だが御幸は、少しは分かってやれよ、と言いたくなるほど御幸は尚も冷たい低い声で捲し立てる。


「用ってことは野球かプライベートの2択になるだろ。結衣、お前どっちか鳴に付き合ってやれんのか?亮さんって彼氏がいて、その上青道の野球部のマネージャーであるお前が稲実のエースに何を付き合うんだよ?」
「それは……」
「それとこの際だから言わせてもらうわ。今後鳴と連絡を取るのは止めろ」
「!……どうしてですか?」
「さっき言ったろ?お前が野球部のマネだからだよ。部員の士気に関わる。マネがライバル校の、それもエースと仲良くしてんのは気持ちいいもんじゃねェしな」
「………」


オイオイ、なんだこれ。
どっちも一向に引こうとしやしねェ。御幸も顔を上げてみりゃ結衣が困惑してんのが分かんだろうにそれであっても意志は変わらねェという姿勢なのかどうか。
1年である結衣がこの2Bの教室にいるということに慣れた周りのクラスメイトも不穏な空気を感じ取ってこっちを気遣わしげに見ている。

しばらく結衣が頑なに口を噤んで膠着状態が続いたが、はぁ…、という御幸のでかめの溜め息にそれが破られた。
スコアブックから顔を上げる御幸。それに真っ正面から向き合う結衣が無意識なのか俺の机に乗せた手を握り締めた。


「そうだな、お前は分からねェよな。俺たちがどれほど鳴の奴を打ち崩してェと思っているか」
「!…オイ、御幸」
「お前は夏、スタンドから見てるだけで結局今も部員の気持ちは分からな…」
「御幸!!」


俺が張り上げた声で教室はついにしんと静まり返った。
ただ、んなもん意味がねェ。
結局結衣に聞かせたくなかったところは遮れず自分への腹立たしさに奥歯を噛み締めればギリリと耳の奥で音が響いた。


ガタン、と結衣が立ち上がり椅子が鳴る。言うだけ言って目を伏せている御幸を睨んでいた目を離し見上げれば結衣は持ってきていたスコアブックのコピーを御幸が広げていたそれの上に置く。
それでも頑なに目線を下に向けていた御幸を見下ろす結衣は泣くのかと思いきやその顔に何も表情を浮かべていなかった。


「…ごめんなさい」
「オイ…!」
「………」


結衣が教室から出ていくのを追い掛けなかったのは、結衣がそうしてほしくなさそうだったからだ。まるで亮さんに拒絶されて、それからしばらく誰と関わるのも怖がっていたあの頃の結衣のようで。


「……なんてこと言ってんだよ、お前」
「………」
「アイツが毎日ここに来る意味を理解してねェのかよ?」


授業開始のチャイムが鳴り教室は動き出す。ガタガタと音を立てながら席に着く中で俺も前を向き授業の支度をする。
後ろの御幸は動き出す気配を感じない。


「漸く吉川とも打ち解けてきて、クラスの連中とも話すようになったんだってよ。沢村が言ってたぜ。それでも毎日お前のところに来んのは…アイツなりに理解しようとしてるからだろうが。俺たちのことを。アイツが人の心とか、そういうもんに敏感でアイツ自身がどれだけそれを気にしてたか、俺たちの距離で分からねェはずねェ」


言いてェことは山ほどあった。御幸が何に向けて怒りをぶつけてんのかは聞かねェとはっきりとは分からねェ。ただあんなこと言っていいごたくなんざどこにもありはしねェはずだ。
チッ、と舌打ちをする俺の後ろで何か物音がした。たぶん、机に突っ伏したらしい音だ。


「馬鹿野郎が…」


前にノリにはああ言ったが御幸が結衣のことをどう思っているかは本人でさえ分かっているのか怪しいもんだ。野球以外にはこと鈍い奴。いや、鈍くなろうとしてんのか。脇目も振りたくねェのかどうか、いずれにしても不器用な奴だ。

はぁ、と御幸にこれ聞こえがしにでかめに溜め息をつけば教師に目をつけられ問題を当てられた腹いせに御幸に後でジュース奢らせてやる。


「あれ?結衣は?」
「あ、結衣ならさっきノックの準備に行ったけど。何か用事なら伝えるよ」
「あー…いや、いい。サンキュ」


明らか避けられてるな。
そう感じたのは昼休みに結衣が来なくなって3日。練習で御幸の前に結衣が一切顔を見せなくなった時。
仕事をしてるにはしてる。
御幸が任せたデータの収集も、人づてに御幸に届くノートやメモで滞りなくやってるらしいことが分かる。

ただ吉川に聞く限り、結衣は1人でいる。


亮さんには話してるんだろうか?俺から亮さんに話した方がいいのか?いや、下手に介入すればただ悪戯にこじれさせるだけだろう。あーくそ、なんで俺がこんなことで頭を悩ませなきゃなんねェんだ。周りも気付けよ。あれだけ御幸に懐いてた結衣が少しも接触してねェんだぞ?
っ…駄目だ。
3年の先輩を頼るようなことは出来ねェ。ちゃんと俺らで解決するべき事は解決する。


「結衣!」
「!……は、はい」


やっと掴まえた結衣は俺の声にさえビクビクと様子を伺うように瞳を揺らしていて眉を寄せるほど痛々しい。
練習終わりの室内練習場で用具を片付けて掃除していたらしい結衣の手から布巾が落ちた。


「…少し話せるか?」
「ごめ、んなさい。ちょっと今から…」
「っ…逃げんな!!」
「!」
「んな怯えんじゃねェ!」
「ご、ごめんなさ…」
「謝んな!!」
「っ………」


あー……くそ!!


「思ってねェぞ!!」
「…え?」
「俺はお前が俺たちのことを分かってねェとか、んなこと思ったことねェからな」
「………」
「っ…でも…!」
「…なんだよ?」
「知らない内に皆さんを嫌な想いをさせてたらって……っ」
「だからお前、最近あんまりグラウンドに出ない仕事してたのか?」
「……はい」
「………」


…御幸は結衣のことをよく分かってる。分かっているからこそ、咄嗟に結衣が1番傷付く言葉を選んじまった。
今日の練習中にプレハブに入っていく結衣を見遣り頭を掻きむしっていた御幸だってどうにかしてェと思っているはずだ。

結衣は目に涙いっぱい溜めて落とした布巾を拾う。ぽたりと地面に落ちたのは涙だろう。


「御幸ちゃんは、きっと…私と話さない方がいいから。……苛々させちゃうので」
「!」
「仕事はちゃんとやります。倉持先輩が私の気持ち知ってくれているそれだけでいいです。私はまだ…御幸ちゃんが、あれは口が滑っただけ、と言ってくれても信じられないから」


だからごめんなさい。時間をください。

そう言って辛そうに笑う結衣が走り去るのを止めれなかった。結衣が言うことも確かに一理ある。野球以外に割く時間なんざ少しでも惜しい俺たちには時間が解決するというのが1番好ましいってのも分かる。言葉で失った信用は同じように言葉を尽くせば尽くすほど遠くなんのも経験上知ってる。
だから遠ざかっていく足音を聞いていることしか出来なかった俺は部屋に帰り理不尽にも沢村にそのやり切れなさをぶつけたのだった。



突き放されたアイツと見守る俺の話し
(いでででっ!ギブッ、ギブっす!倉持先輩!!)
(ケッ…)
(ちょ、どうしたんすか?なんでそんなに荒れてんすか?)
(……別になんでもねェよ)
(あ!分かった!!)
(あ?)
(女に振られ……)
(タイキーック!!)
(ぎゃあァァッ!!横暴だ!後輩虐めだー!)


―了―
2015/04/26




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