意地悪な主将とわんこなあの子の話し




でも不思議だよなぁ、と誰かが言い出した。風呂に入っている時にその言葉は発せられて、なにが?、と何人かが同時に返したその言葉が今回の発端になる。


「なんで御幸は彼女いねェんだ?」


いない、は少し違うような気がする。
アイツのモテっぷりは1年の頃からずっと見てきたしいつだか雑誌に取り上げられた時からさらに人気が上昇してる。そして今までを考えればこそ野球部の主将になった御幸はこれからますますモテるようになるだろう、見てきたように分かる。
だとするとやっぱり"いない"というのは違う。御幸の場合は。


「俺この間うっかりそういう場面に遭遇しちゃったんだよな」


ははは、と渇いた笑いを零すのはナベでその様子に、あぁ…、と理解を示すのは御幸を除いた2年の面々。御幸は監督たちと話があるらしい。もちろん副主将である倉持やゾノもこの場にはいない。

そういう場面か……。
白州は興味なさげに聞いていたものの、告白か、とぽつりと呟いた。ここが風呂なもんだから小ささと反比例した響きに、くそー!、と風呂の水を叩いたのは樋笠でとばっちりの俺は思いっきり顔に水を食らった。
それに気付いた樋笠が、わり、と謝ってきたため苦笑いを返す。


「ノリ、お前は何も思わねェのかよ?」
「俺?…んー…御幸の場合、いない、んじゃなくて作らねェんじゃねェかな。作ろうとすればいくらでも作れるってことだろ、あの様子だと」


天は二物を与えず、なんて言葉があるがある奴にはあるもんだ。御幸の場合は顔とか野球センスとか実は頭も良い。唯一の欠点を上げるならあの性格の悪さだがそれを補って余りある長所があれば結局は欠点なんてないも同じだ。
御幸は作ろうとすれば彼女を作れる。


「作りたくないんじゃないのか?主将になってそんな余裕もないだろう」


白州のこの一言に誰もが、そうか、と確かに納得に首を振ったものの、アイツムカつく!、だとか、厭味な奴、だとか、実は女に興味ねェんじゃねェか?、とまで雑言は続き俺はそれを聞き笑いながらも持ってる奴も大変だろうとこの日思ったのだった。


そして奇しくもその翌日、俺はクラスの女子に呼ばれ返事をすればクラスの女子の中に見慣れない女子がいて何事だと構えたものの、


「御幸くんに彼女いるかどうか、教えて!」


という何度もされた質問をされただけだった。あの子は確か吹奏楽の……。真っ赤になって俯いてる。…なるほど、そういうことか。


「御幸に確かめたわけじゃねェからはっきりとは言えねェけどたぶんいないと思うよ」
「本当!?好きな子も!?」
「あー、いや。そこまでは…」
「でも彼女がいないなら可能性はまだほぼ100%だよ!」


すっげェポジティブ。

そのまま楽しげに会話しながら離れていく女子の小さな群れを見遣りながら小さく溜め息をついて授業の支度をする。
御幸がこんなんなんだ、甲子園出場を果たし都のプリンスとまで呼ばれる稲実の成宮とかはもっと凄いんだろうか。


「なんやアイツら。あないなこと御幸自身に聞いたったらええやろが」
「ゾノ。聞いてたのか」


借りとったノート返しに来た、とゾノからそれを礼の言葉と共に受け取る。


「なんやノリが囲まれとるから遠巻きに見とったんや」
「まぁ別に教えるぐらいはいいけど」
「人が良すぎや。せやからいい様に利用されるんやぞ」
「利用って」
「俺は前にきっぱり言うたからな。そないもん自分で聞いたらええやろ、ってな」
「さすがだよゾノ」
「褒められたんか?」
「一応は」


その流れで昨夜風呂で御幸たちがいない間に交わされた会話のことを話すとゾノは腕を組み思案げな顔をする。てっきり、いけ好かん!、とか怒りだすのかと思っていたからこの反応は意外だ。


「なんだよ?」
「いや、あー…御幸は好きな子おるんちゃうか?」
「は!?そうなのか!?」
「阿呆!そないデカい声出すなや!!」
「ゾノのその声の方がデカいけどな」
「まぁお約束っちゅうやつや」
「そんなことより、その話しマジなのか?」
「確かめたわけやちゃうけどなぁ…。俺はそない気ィがしとる」
「へェー…」


これはかなりのニュースかもしれない。御幸は良い意味でも悪い意味でも野球以外の私生活の影が見えない男だ。彼女がいるという噂も聞いたことがなく、どんだけ野球が好きなんだよと思っていただけにこれはかなり驚きだ。


「ところでノリは彼女いてへんのか?」
「いねェよ。聞かなくても分かるだろ」
「右に同じや」


俺とゾノの話しはどっから漏れたのか学校が終わり部活に向かう頃には廊下や階段で部員に合流するたびにその話題が上がる。


「御幸に彼女がいるって本当か!?」


若干尾鰭がついたようだけど伝言ゲームや噂にありがちだと笑いゾノとそのつど訂正していく。


「はあ?いるわけねェだろ」


最後に玄関で合流してそう言い放ったのは倉持だった。
なんであんな奴に。俺にもいねェのに、と不満そうに、それでもきっぱり言い切る倉持は御幸と同じB組。誰が言うより信憑性があって、まぁそうだよな、と皆が納得していく。それで納得するのもどうなのかと苦笑いしちまったけど。


「にしたって興味はあるよな」
「御幸に好きな子か」
「もしいたとしたら上手くいかせたくねェー」
「日頃の毒舌の恨みだな」
「ヒャハハハ、やってやれやってやれ」
「阿呆!そない暇ない!チームの課題は山ほどあるんやぞ!?」
「まあまあ」


ナベがゾノいなし小野が、よし!、と俺の肩に手をポンと置く。え、は?なに?


「ノリ、行け!」
「はあ!?」
「そうだな、ノリ行け。ピッチャーとして捕手との親睦を深めて来い!」
「無茶苦茶だろそれ」
「あー!もう誰でもええ!早く済ませろや!こない事で練習に身ィ入らんよりマシや!」
「ヒャハッ!やっぱゾノも気になるんじゃねェか」
「じゃかあしい!!御幸なら練習前に食堂やらで投手陣の練習メニュー考える言うとったで丁度いい思っただけや!」


気になるって図星か、ゾノ…分かりやすいなぁ。心なしか顔が赤いようにも見えたけど、俺は先に準備するで!、とすぐに背を向けられてしまったからなんとも言えないけど。

そんなこんなで他の連中は俺の背中を押すものの、先に行く!、とそそくさと行っちまうんだから酷でェよな…。貧乏くじ引いた気分なんだけど。
はあ、と溜め息をついて食堂に向かう。と、その前からこっちに向かって走って来る小さな姿。ああ…あれは先日紹介された新しいマネだ。1年の、沢村と同じクラスだっていう小嶋。
に、しても…何冊も本やらノートを抱えて走ってるなぁ…重そ。


「!あ…こ、こんにち、は!」
「うん、こんにちは」
「………」
「………」
「え、っと…」
「?」
「あの……えっと、その……っ」
「ど、どうした?」


え、なに?すんごい困ったような顔をして俺の前に立ってるんだけど。俺に何か用なんだろうか?小さいから見上げられる形になるし眉を下げてジッと見つめられると慣れないから落ち着かない。初日の時も思ったけど髪の毛がふんわりとしてる。キャップを被ってはいるけど癖のある毛先がそれを感じさせるんだ。


「っ…う、その…」
「う、うん」
「っ……」


ついにギュッと痛々しいほどに唇を噛み締めた小嶋に俺まで焦ってくる。たくさんの抱えられた本は全部野球の本や雑誌だ。それを強く抱き締められればいよいよ俺が悪いことをしているような気になって軽い混乱状態。

何か言わなきゃやばいと頭の中に警報が鳴るのを感じ口を開こうとしたそれと同時に俺が横にする食堂の扉が開いた。


「こら」
「いたっ!」
「あ…御幸」
「悪ィな、ノリ。おい、挨拶はしたのか?」
「し、しました」
「よし。で?俺には?」
「こんにちは御幸ちゃん!」
「よしよし。ノリ、コイツすげェ人見知りなんだわ」
「あぁ…なんだ、そういう事か。俺が何かしたかと思った」
「すみません…」
「いいよ。これから慣れてくれればさ。俺は川上。これからよろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」


勢いよく小嶋が頭を下げてその頭からキャップが落ちたと同時に、バサー!、と手にしていた本やら雑誌が地面に落ちた。
あー…、と苦笑いする俺と、腹痛てェー!、と腹を抱えて笑う御幸。
ったく、本当良い性格してるなコイツ。小嶋が真っ赤な顔で拾い集めてるってのに。


「!……これ、」
「え…きゃあ!」
「………」


驚いた…落ちた拍子に広がったノートには青道じゃない他の高校の野球部の名前やポジションがびっちし書いてあった。すぐに拾われてしまったからチラッとした見えなかったけど誕生日や出身地まで書き込んであるように見えてそのノートは3冊ほどある。
まさかそれ、全部…?

御幸を見れば不敵に笑い返されただけでその目線はすぐに小嶋へと向けられた。


「んじゃ始めるぞ」
「はい」
「始める?」
「2人っきりのお勉強会」
「はあ?」


にやりと笑う御幸に眉を顰める。倉持なら、そういうとこが鼻持ちならねェ!、とか言ってタイキックが炸裂しそうな顔だな。
あ、ていうか…。


「もしかして小嶋も食堂?」
「は、はい」
「うわぁ、悪い。俺がいたから入れなかったのか」
「気にするなノリ。俺は楽しませてもらったしー」
「あ!御幸ちゃん、中で笑ってたんですね!?酷いです!」
「いやー本当お前飽きねェなー」
「嬉しくないです!」
「こらこら、そんな顔すんなよ。飴ちゃんやるから」
「いりません!」
「おーそーか。なら俺が食おうかなー、激辛飴」
「いります!」
「バッ…!こら、跳ねるなっての」


この子小さいけどジャンプ力あるんだな、というのはどうでもよくて。
激辛飴って嬉しいのか?もうすでに嬉しそうに口に入れてるけど、というのもどうでもいい。

御幸がこんな風に女子と楽しげに話しているのを見るのは初めてのような気がする。思わず呆然としてしまう俺は上機嫌で食堂に入っていく小嶋に続き、さてと、と言い同じように入っていこうとする御幸にほぼ無意識に問い掛けた。


「御幸」
「ん?」
「あの子が好きな子?」
「はあ?」
「え、違うのか?」
「違げェよ。ていうかなんだ突拍子もねェな」


ははっ、と笑う御幸に、そうか、と笑い請け合えば、なるべく早く練習に合流する、と御幸は中に入っていった。

そっ、と中を覗けば御幸と小嶋は隣に座っていて何かを真剣に話しているようだ。あの子の野球知識はなかなか深そうだしもしかしたらクリス先輩に代わる情報収集能力を持っているのかもしれない。


違う、のか。まあ本人がそう言うんだ、他に何も言えないが。
それでも頬杖をついている御幸がその隣で何かを指差しながら話している小嶋を見る横顔がどうにも穏やかなような気がしてしばらく目が離せなかった。

御幸が小嶋のキャップを取って自分が被っていたそれを代わりに被せる。驚いたように固まった小嶋にニカッと笑う御幸が何かを言うと小嶋は嬉しそうに笑って大きく何回も頷いていた。
元々面倒見はいい奴だし小嶋のことも主将として面倒を見てやっていると言われれば納得は出来る。けど俺個人としてあの2人を見て抱いた感想としては、御幸が小嶋をどう思っていようがあんな子が側にいたら彼女を作る気は起きねェだろうな、というものだった。



意地悪な主将とわんこなあの子の話し
(え!?亮さんの彼女!?)
(結衣だろ?そうだよ、最近付き合いだしたんだってよ)
(そ、そうなのか)
(ヒャハッ、ノリお前もしかして御幸とどうこうとあると思ったのかよ?)
(う…、ま、まあな)
(ま、無理もねェよな。アイツ執拗以上に結衣に構ってっし。たぶん自覚してねェけど)
(へェー…)
(結衣がピタッと嵌まっちまうんだよなぁ。ヒャハハ!気の毒なことだよな!)
(嵌まる?)
(御幸ちゃんの馬鹿ー!!)
(!)
(お?始まったか?)
(なんだよちゃんと転びそうなのを助けてやったじゃねェか)
(あ、あんな風に小さい子にするみたいにするなんてデリカシーがないです!)
(え?なんて?お前小さいじゃん)
(っっ……ボール磨いてきます!)
(はっはっはー。働け働け。転ばない程度になぁ)
(………)
(な?御幸の意地悪さにピタッと嵌まっちまうんだよ、結衣のやつ)
(なんていうか、気の毒な)
(だろ?)


―了―
2015/04/23




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