主将の企みと気苦労の話し




あぁやっと手に入った、というには少しばかり語弊がある。
ただ野球部の主将と言わせてもらうならばその言葉が相応しく、とりあえずは安心出来る。


「と、いうわけだ。よろしく頼むな」
「オッケー、任された。現状春乃だけじゃ負担が不安だったしスコアもつけられて野球にも詳しい即戦力は本当に助かる。さっすが主将」
「はっはっはー!礼は働きでよろしく」
「言われなくても。じゃあね」
「おー」


手を振り廊下でマネージャーである梅本と分かれた朝練の後。よぉ、と一緒に歩いていた倉持に、んー?、と返す。


「本当に結衣がやるっつったのかよ?」
「あぁ、言った言った。すっげェ啖呵だったぜ。聞かせてやりてェぐらい」
「マジか。結衣があの成宮相手になぁ…」


倉持の声には驚きの他に感慨深さも混じる。まぁ俺も倉持も結衣の人見知りっぷりは知っているしなかなか難儀な不器用さも見てきた。加えて忠犬っぽいくせに頑固で一点を見つめたら目を逸らせない厄介な性質であったから豊富な野球知識と経験を持ち合わせているにも関わらず脇目も振らねェ姿にもどかしさを感じていたのは事実。
あるべき場所に収まったような気がして勝手に口が緩んじまうほどにはすっきりしている。


俺が今年の主将を任されたからといって、今年さえ良ければいいわけじゃない。
貴子先輩が3年の哲さん達と同じように引退してマネージャーの負担が前から気になっていた。そりゃ部員は減ったわけだけどこの後増えることを考えればマネージャーの育成も視野に入れなければならなかった。俺たちの練習中や試合中のケアはマネージャーの働き抜きではありえない。もちろん自分の面倒は自分で見るという基本スタンスは変わらないがマネージャーの存在というものはすぐに結果が必ずしも出ない毎日の練習の中で確実に応援してくれているという、無言の安心感みたいなものが実は大きいのだと俺は思う。
誰かのために野球をやったことはないし常に自分がやりたいからやっているわけだが、やっぱ嬉しいもんだ。


「うお!おま、どうした?」


倉持が俺の前の席に座りのけ反りそんな声を上げたのは昼休みのことだった。
スコアブックを……としたいところだがやべェ次の時間の英訳やってねェと俺はノートにシャーペンを右から左へと滑らせている。
目線だけを動かせば1年の学年色のラインの入った上履き。
あぁ結衣か、とそれだけで判断出来ちまう日常が心地悪くはない。

で、野球部待望の新マネージャーが一体どうしたというのか。


「うお!」
「御幸ちゃんまで、酷いです」
「いや、なんつーか、悪い」
「すんなり謝られるのも辛いです」
「我が儘か」


はあ、と溜め息を形だけはついた俺とは違い倉持は眉間に皺を寄せて心なしか怒っているようにも見える。前に結衣が上履きを隠された時に手を貸してやったって言ってたっけな。それを思えばこそなんだろうが、とりあえず、と俺は空いてる自分の隣の席に結衣を座るように促す。


「……またなんかやられたのか?」


前傾姿勢で気遣うような声を出す倉持。
コイツこんな風に人に話せたのかよ。そろそろ付き合いも3年目に差し掛かろうってのに新発見だな、これは。


「はい」
「ア、イツら…!」
「亮介に」
「「……ハイ?」」
「あ、朝までずっとお仕置きされました…!」


う…!、と言葉に詰まり唇を噛み締める結衣を前に俺と倉持はぽかんとする。いきなり目を真っ赤で現れるもんだからどんだけ泣き腫らしたのかと思いきや知り合いの、それも尊敬する先輩の名前が出てきて一気に安堵する。ただそれが安易に楽観出来ないことを亮さんを見てきた俺たちはよく知っている。

仕置き。朝まで。目真っ赤……。


「………」
「……どこ見てんだよ、御幸」
「首。と、手首」
「こ、の変態野郎!!」
「なーに言ってんだよ。俺がこう言っただけで理解したお前も大概じゃねェか」
「っ……」
「はっはっはー!」


いやまぁ、これはしょうがねェ。男の性ってやつだ。そもそも結衣と亮さんは先日漸く付き合うことになったらしいし高校生だとは言っても男と女。朝まで"そういうこと"があったってあの2人の今まで空いてた距離を思えばこそなんら不思議じゃあない。

結衣は笑う俺とその俺に、死んでこいマジで!、と怒る倉持を前に、はぁ…、と疲れたように溜め息をついた。どうやらあんま笑い事じゃないらしい。


「結衣」
「はい」
「こっち座れ」
「こっち…窓際の壁ですか?」
「そこにもたれて少し寝ろ。授業始まる前に起こしてやるから」
「でも…」
「それに今日から部活参加するんだろ?主将として言えばコンディションを整えて部活に臨めない奴はかえって邪魔になるから来ない方がむしろいい」
「鬼かお前」


倉持がそう言い捨てて気遣うような眼差しを結衣に向ける。保健室の方がいいんじゃね?、と提案するも結衣はすでに船を漕いでいる状態。

はい、と頷きながら俺の椅子の後ろを通り壁に……って、おいおい。


「結衣チャン?なにやってんの?」
「椅子……半分貸してください」
「ヒャハハハ!!半分と言わず全部取ってやれよ、結衣」


俺が厳しいことを言ってんのは自覚がある。にも関わらず離れていかねェコイツのわんこっぽさに呆れて言葉が出ねェ。
失礼します、と勝手に机の半分を占領してぱたりと身体を倒す結衣に、こらこら、と下敷きになりそうになった教科書を避ける。

開けっ放しの窓から入り込む風に結衣の癖のある色素の薄い髪の毛が揺れる。椅子の半分っつっても小っこいからそんなに邪魔じゃねェけどちょっとは男に近付くことに警戒や抵抗を覚えてほしいもんだ。


「おい、もう寝てんのか?」
「みてェな。ったく、こっちは英訳で忙しいってのに」
「にしたって亮さんが仕置きって、なんだろうな」
「さーな。思うところがあんだろ」
「つーか朝までって電話か?」


結衣も寮だよな、と続ける倉持が、ヒャハ、と悪戯っぽく笑い結衣の髪の毛を摘む。
コイツも随分と結衣に甘い。
事あるごとに何かというと助けてやってる。こうまで面倒見が良いと犬とか飼いだしたらすっげェ可愛がりそうだな。

そうは言っても悪戯をしねェわけじゃないらしく、摘んだ結衣の髪の毛に俺のシャーペン括り付けようとすんのを阻止しながら、あるいは、と話しを継ぐ。


「寮の亮さんの部屋か」
「……ってことは、」
「………」
「………」
「ま、勘繰るのはやめとこうぜ」
「俺はなーんにも勘繰ってねェけど?」
「な……!」
「洋一くんってば助平だねェ」
「てめェ御幸!!ほんっと良い性格してんな!!」
「おーありがとう」
「褒めてねェ!!」


あー!腹立つ!!、と少し強めに机を叩いて立ち上がった倉持が肩を怒らせて教室を出ていく。歩き方がまんまヤンキーじゃねェか、あれじゃ。


「ん……」
「!」


起きたか?
小さく声を漏らしぴくりと動く結衣に手を止めるもそのまま規則正しく上下する小せェ背中に苦笑いを零し英訳を再開する。
コイツと同じクラスには確か吉川がいたはず。マネージャーをやることをきっかけとして少しでも他の人間と打ち解けられりゃいいんだがな。

と…んなこと考えちまう俺も存外コイツには甘い。
亮さんがお仕置きだなんだのの原因は大体察しがつく。俺が彼氏の立場だったら絶対に嫌だね、こんなわんこっぽい子は。
マネになればそんな機会は増える。そんな、ってのはつまり結衣が人懐こさを発揮する機会。これから1年も入ってくるし、自分が常に見ていられないのなら気持ちの良いもんじゃあねェよな。


「ま、外野がやいやい言うことじゃねェか」


ぽつり呟いたのとほぼ同時にポケットに入れている携帯がバイブで震えたのを感じ、取り出しすぐにうんざりする。

またかよ、と既読もせずに無視。
LINEの画面は近頃コイツの名前を見ることが多くなった。本当、しつけェー。
結衣は随分と面倒な奴に気に入られちまったらしい。鳴のオフに偶然会っちまったあの日以来、鳴からスタンプやら、結衣の連絡先教えろ!、やら。偏見承知で言わせてもらうならば、女子か、って感じだ。
稲実に結衣と同中出身の生徒でもいればまた違う手があったろうがコイツのしつこさを思うとそれも野球部の主将として勘弁してもらいたいところでもある。
結衣に執拗に構われてマネの仕事に支障を来すようじゃ困るからな。


それにしても、お仕置きねェ……。
シャーペンの頭で結衣の髪の毛を避けて首の後ろを見る。細っせェー…意外に食うくせにどこで消費してんだコイツ。


「………」


あー…やべ…。眠くなってきた。
ふわふわしてる結衣の髪の毛が風に揺れるせいか、湿気のない丁度良い気温のせいか。
頬杖ついて何度も瞼が下りて開いてを繰り返す。ついに意識が落ちるのを感じたのは倉持の独特の笑い声を聞いた時だった。


「ヒャハハハッ!!あの時の結衣は今思い出しても笑えてくるぜ!」
「お前な、分かってたなら起こしてやれよ。俺を」
「なんでお前だよ。教師が入ってきてしばらくボーっとしてよぉ、寝ぼけながら御幸の机から教科書出そうとした時は腹捩れるかと思ったわ」
「泣きそうになりながら出てったなー、アイツ」


グラウンドに向かう途中に倉持が腹を抱えてんのを呆れながら見る。
結局あのまま寝ちまって、結衣は授業開始まで俺の机半分を占領していた。俺より先に起きてたってのに俺に言われて気付くってどんなだっての。


「あぁ、来た来た」
「!」
「亮さんじゃないっすか!練習に参加するんすか!?」


グラウンドの入口に立っている亮さんの姿に思わず足を止めた。
倉持はテンション上がって走り寄ってるが俺には亮さんがただならぬ空気を纏っているような気がしてならない。


「今日はちょっと御幸に話しがあってさ、練習終わってからと今からとどっちがいい?」
「御幸に?」


やっぱな。


「今からで構わないっすよ」
「すぐに済むから。じゃ、倉持よろしく」
「あ、はあ…?」


訳が分からないといった様子の倉持だが俺や亮さんの顔を注意深く観察している。鋭いコイツのことだから、亮さんとの話しが終わってグラウンドに戻る頃にはアイツの中で答えが出てるだろう。


「悪いね」
「いえ」
「御幸は話しが何か分かってるよね?」
「結衣のことですよね」
「ご名答」


亮さんの身長は俺より低いものの、ポケットに手を突っ込みゆったり歩いて来られるその威圧感が半端じゃねェ。


「結衣がマネやるってね」
「はい」
「率直に聞くけど御幸は結衣をどうしたいわけ?」
「どう?」


そう、と亮さんが頷きポケットから出した手を腰に当ててグラウンドを見遣る。その目が眩しいものを見るようで俺も目を細めた。


「アイツ、馬鹿だから」
「はっはっは!そっすね」
「見るよりやりたいタイプだよ。役に立つかは分からないじゃん」
「立ちますよ」
「………」
「伊達に野球の知識を蓄えてない。アイツが集めたデータはこの先俺たちの野球に役に立ちます。スコアラーも出来るし俺たち選手の目の届かないとこにも気付くと期待してます」
「……ふーん。生意気」
「………」
「けど、御幸の口からどう考えてるかを聞きたかっただけだから満足したよ」
「止めないんすね」
「結衣の口からもやりたいって聞いたから。朝まで」
「朝まで……」


うわぁ…すっごいいい笑顔だ亮さん。この様子だと結衣は完膚なきまでやられたな……。それでも結衣に最終的に賛成したってことは、結衣がそれだけ真っ直ぐ意志を伝えたってことだろう。


「じゃ、頑張って」
「はい。お疲れ様でした」
「あ、それから」
「はい?」


早々切り上げグラウンドから去っていこうとする亮さんが振り返るから何事かと思えば、


「春っち!知ってるか!?結衣がマネージャーやるんだってよ!」
「うん、聞いた」
「どうする!?」
「え?何が?」
「俺大丈夫か!?このところアイツ避けてばっかだったから一気にこう、ぐわぁっ、と来るんじゃねェかな」
「栄純くん落ち着いて。ぐわぁっ、てそれってつまり…」
「触りたくなっちまうとか!」


………あのバカ。


「バカの教育もよろしく」
「ははは……はい」



主将の企みと気苦労の話し
(おいバカ)
(誰がバカっすか!!)
(大声であんな話ししてっからだろうが。そんなに溜まってんなら走って来い)
(溜っ…!?)
(足りなければ後で貸してやるよ、本)
(っ…そ、そんなんじゃねェェー!!俺は野球で始まり野球で終わるんだぁぁー!!)
(あ、結局走るんだ)
(さーバカは放っといてやるか)


―了―
2015/04/22




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