青道の泣き虫ちゃんと稲実エース様の話し




「あ」
「え?……あ!」
「どーもー」
「こ、こんにちは」


野球部のオフはすっげェ貴重なんだ。
まぁ結局は朝からバッド振ったりシャドーピッチングしたり風呂前には走ったりまたシャドーピッチングしたりしてオフと言うには語弊があるような気もするけど離れれば離れるほど頭の中は野球でいっぱいになるんだからしょうがない。別に嫌じゃない。

毎日顔を見合わせてる野球部の連中と出掛けるのも億劫で、のんびりと飯を食ってから出掛けた賑やかな繁華街。人混みでごちゃごちゃして嫌だけど時々、あれって…、みたいな感じで俺を見てきゃあきゃあ言われるのは悪くないよね。
思わず手振ったりサービスに写真撮られたりとするわけだけどそれも段々飽きてくる。自ず足の向いた先はスポーツ用品のあるフロアでそろそろ新しいバッテが欲しいと探しながら歩いている時、面白い物を見つけた。いや、正確には面白そうなことになりそうな子。


「青道の子だ」
「!……失礼します」
「ちょ、待って待って!なんで逃げちゃうわけ?」


もう秋というよりは冬に近い。俺は冬があんまり好きじゃない。寒いし指冷たくなるし身体固くなるしいつもより柔軟厳しくなるし!
だからふわりとしたコートを着るこの子の袖からちょこんと出る手を掴んだ時にホッと安堵した。あったけェー。それに柔らけェ。


「てかさ、俺知ってる?」
「もちろんです。稲城実業の成宮先輩」
「え?今のもう1回」
「成宮先輩?」
「もう1回!」
「な、成宮先輩」


くー!なんかいい!新鮮!超新鮮!!
部内では、鳴、とか、鳴さん、とか、成宮、だったりするから先輩と呼ばれることってあんまない。校内でだって新聞や雑誌の効果なのか、鳴ちゃん!、と後輩にだって呼ばれる。

それを小さくてなんだかふわふわしてるこの子に呼ばれると下っ腹がくすぐったくなるし顔、ニヤける。
あぁでもカッコイイところ見せないと!俺ってば都のプリンスだし!


「俺も君のこと知ってるよ。スタンドで大泣きしてた青道の泣き虫チャン」
「え!?」
「夏の決勝で。俺はあんまり見なかったけど覚えてるよ。うちの部でも一時期話題になったし」
「………」
「どう?嬉しい?」


ズィッと顔を近付けて気付いたことはこの子がやっぱり小さいから腰を屈める必要があることと、目が真ん丸いってこと。それから被るニットの帽子から見える髪の毛が赤毛で、夏は気付かなかったな、と思えばなんてことない。あの日この子はキャップを被ってその髪の毛が見えなかっただけなんだ。

…って、あれ!?なんでこの子真っ青になってんの!?なんか涙溜まってきてるし唇噛み締めてるし…!!


「え、ちょ…ねえ?大丈……」
「み……っ」
「み?」
「み、みゆ…御幸ちゃーん!!」
「えぇー!?」


みゆき!?それってつまり……!?


「なんだよ、結衣。あんまり店で騒ぐんじゃねェよ。迷子か?」
「一也!!」
「へ?お、っと…。鳴」


脱兎のような素早さであの泣き虫チャンが駆けて行った先からは御幸一也が顔を出して、泣き虫チャンは呆れ顔の一也の背中に飛び込むようにして隠れた。
そうなると向き合うのは俺と一也なわけで、状況把握するように目線を俺と泣き虫チャンとに行き来させる一也を前になんだか悪いことをしたみてェで居心地が悪い。


「おいおい、何事だ?稲実のエース様が虐め?」
「虐めって…オイラはなんもしてないっての。その子が勝手に真っ青になって逃げただけ」
「なにお前また逃げたの?ゾノほど怖くねェじゃん、鳴は」
「なんだよそれ!俺だって強いもんね!」
「いやそういう話しじゃねェんだって。つーかお前強いの?」
「強い強い。ライオンくらいには!」
「はっはっはー!はい発想がすでに弱そう」
「じゃあプラナリア」
「切り刻まれねェと強さ証明出来ねェじゃねェか。あー、あれな。いずれ俺たち青道に刻まれる心の準備ってやつー?悪いなー鳴」
「いいのー?んなことして俺が分裂して2体、3体になったらますます勝ち目ねェんじゃないの?」
「そうなったらまず稲実のメンバーが生きてねェんじゃね?ストレスで」
「なんだよそれ!!むしろ光栄でしょ!」
「わり、俺だったらマジ勘弁」


はっはっは!、と軽快に笑う一也に、俺も願い下げ!、と目を逸らすとバチッと合う目と目。えぇっと……。


「結衣」
「!」
「いきなり名前で呼ぶな。だから彼女出来ねェんだよお前」
「は、はあ!?なら一也はいんの!?」
「どうだろうなー?」
「ハッ!まさか結衣が!?」
「あーそうそう」
「マジ!?」
「ち、違います!御幸ちゃん、適当なこと言わないでください!」
「いてて。お前な、抗議してェんならそこ離せっての。身。身入ってるそこ掴んでるとこ」
「へー、一也の彼女」
「ち、違います…」
「いてて」


ふーん。まぁ一也のが冗談なのはなんとなく分かるけど、それにしたって俺が1歩近付くたびに一也の服を掴んでいるその手の力を強めてるらしい。びくびくしちゃって猫みてェ。あ、違う。小型犬?この子は猫じゃない。目が犬。一也の背中に隠れる仕草も忠犬みたいだ。
うわぁ…俺も触ってみたい!懐かれてみたい!背中に隠れるとかやってほしい!!


ちょいちょい、と手招きすればビクッと身体を揺らす。早く早く。


「おいでよ」
「!」
「駄目だわ、鳴。コイツ完璧怯えちまってるみてェ」


何したんだよ?、とからかうような口調のくせに一也の目が笑ってなくて少し焦る。細められた目が、近付くな、って言ってるようでいつも飄々としていて掴めない男御幸一也ではないのは確かで。なんだよこんな一也、試合中でしか見たことないじゃん。サードランナーが走ろうとしてるそれを目で牽制するあの感じ。
いや走り込んで取ったりしないけど。


「な、何もしてないって!稲実でこの子ちょっと話題になってたことあるー、って話しただけ」
「あー。なるほどな」
「え、なんか悪かったの?」
「ま、色々あんだよ」
「色々ねェ……」


ふーん、なんて言いながら無意識に口が尖る。面白くない。すんごーく面白くない。


「わ、私テーピングみてきます!」
「おー。迷子になんなよー?」
「なりませんもん。さっき勝手にいなくなっちゃったの御幸ちゃんです」
「あ、てめ…!……ったく」
「……あの子、マネ?」
「に、勧誘中」
「好きなの?」
「は?」
「だーかーらー。一也はあの子のこと、」
「違げェよ。なんだよその小学生みてーな安直さ」


笑う一也は、なかなかしぶといんだよな、と結衣が消えていった方を見遣りながら腰に手を当てて、ふう、と肩を大袈裟に揺らして見せた。

青道の主将が一也になったと聞いたのはいつだっけ?忘れたけど。その一也が直接マネに勧誘するってことはなかなか有能な子なんだろうか?怯えてるしさっきから一也の言動を聞いてると鈍臭そう。ほら、勘繰っちゃうのは決して俺が安直だからじゃない。一也がさっきから結衣を気にするようにそわそわしてるのが悪い。
ふーん。


「そんなに気になるなら繋いどけばいいじゃん」
「!…はっはっは。やっぱお前もアイツがわんこに見えちゃう感じか」
「やっぱって?」
「青道でもわんこって呼ばれてんだよ、アイツ」


マジウケる、って俺は別にウケねェけど。
怪訝そうにする俺に、んー、と声を思案げに間延びさせる一也はその辺にあったダンベルやハンドグリップを手に取って動かす。俺もバッテを探していたんだと思い出せば丁度反対側の棚に並んでいて物色。


「繋ぎときてェのは山々だけど、残念ながらアイツを繋いでんのは他の人なんだよ」
「!……へ?それってあの子彼氏がいるってこと?」
「ははっ、なんだよその反応。失礼な奴」
「あんなに俺に怯えんのに!?なんか納得いかないんだけど!!」
「はっはっはー!怯えられろ、怯えられろ」
「ムカつく!!あーあ!俺お前とバッテリー組むことにならなくて良かったー!」
「おー、お互い様だ」


会話は自然に途切れて俺は最終的に絞り込んだバッテ2つを交互に見比べ思案。
こっちのメーカーのが今まで使ってたから手に馴染む。けどこのモデル、ずっと気になってたし使ってみたい。どうするべきか。その内俺モデルとか出ればいいのに。いやいつか絶対出るけど。

むー、と唸っていれば、なに?、と一也が隣に立つ。その手にはギコギコとハンドグリップが握られていて、オイラも!、と手に取り負けず握る。


「お前バッテ買うの?」
「まあね」
「そういう事なら。結衣ー」
「へ?」


なんであの子?、と一也に問う前に棚から、ひょこ、と顔を出した結衣の手するカゴに入るテーピングやらコールドスプレー。数は多くないからとりあえず使うだけといった量。俺からあからさまに顔を背ける結衣が一也に近付けばさりげなく一也がそのカゴを持ってやるのを見て、オイラも!、と手を伸ばすも、やらせねェ、と笑い避ける一也。ムカつく!!


「あの、なんですか?」


あ、一也の手からカゴ取り戻そうとして避けられてる。高々とカゴを上へと上げる一也に、ぴょん、とジャンプするもののまた避けられるの繰り返し。ナチュラルにイチャイチャされているような気がしてならない。


「鳴がさ、バッテ欲しいって、言ってんだけど……っと、危ね」
「カゴ返してくださいよ!」
「はっはっはー!こんなん取れないようじゃバスケ部でエースなんて夢のまた夢だなぁ」
「バスケ部ー!?無理むりムリ無理!!だって小さいじゃん!絶対に無理だって!!」
「!」
「そうだそうだ。だから早くマネやってちょーだいな」
「それは私が決めることです!諦めるのも、マネをやるのも!」
「!」


へェー…。
気が弱そうなのかと思いきや、ちゃんと言えるんじゃん自分の気持ち。

顔いっぱいに不平不満を浮かべる結衣を前にして言葉を噤んだのは俺だけじゃなくて一也も同じ。


「………」


…やっぱり、同じじゃない。
結衣を目を細め見つめる一也の口元緩んでるし気持ち悪いぐらい優しい目をしてる。絶句してしまってそんな俺を余所に、どれですか?、と結衣が隣に立ったのも気付くのが遅れた。


「うわ…!」
「うわ、って…」
「な、なに!?」
「バッテ、どれか悩んでたりするんですか?」
「あ…まぁ、うん。これと、これ」
「両手ですか?」
「うん」
「手、見せてください」
「え!?」
「?」
「あ…い、いいよ」


はい、と手の平を上に結衣に見せる。
な、なに!?いきなり変わったんだけどこの子!んー…、とジッと俺の手を見つめる結衣の被るニット帽には丸いポンポンがついてる。まぁそんなことどうでもよくて!なに!?どういうこと!?

バッと一也に顔を向ければニヤニヤされてムカつくだけ。

くそー、と眉根を寄せていると、そっ、と柔らかさが俺の手に触れた。


「うわっ!」
「うわ、って…」
「な、なに!?」


触られるとは思ってなかった!!、と語るに落ちてしまった俺に腹を抱えて笑ってる一也はもうこの際どうでもいい!!
とりあえず目を丸くしている目の前のこの子から両手を背中に隠した自分の余裕のなさというか情けなさが顔に熱になって昇ってくる。

そんな俺を意に介した様子微塵もなく、俺が悩んでいたバッテの片方を手に持ち結衣はにこりと笑う。
ずくん、と心臓が跳ねた。


「バッテ、こっちがいいと思います」
「へ……」


俺がいつも使ってるやつ……。


「あ、でも私が感じたことですから成宮先輩が好きな方を使ってくださいね」
「い、いい!俺これ買う!!」
「そう、ですか?」
「うん!ねぇ他にも選んでよ!!」
「ほ、他に?」
「そう!なんか気分がいいし!」
「え、えっと…」
「オイラそろそろネックウォーマーとか欲しいんだよねー。あとパーカーとか!バットケースも…」
「こらこら」
「うわっ、なんだよ一也邪魔しないでくれない!?」
「うちのマネ貸し出しは1回こっきりでーす」
「うっわ!なんかムカつく!!あ、じゃあLINEしようよ!」
「無理。はい結衣行くぞー。早く帰らねェと」
「は、はい!」


なにあれあからさまに引き離しちゃってしかも一也の奴レジに向かいながら振り返り、ニッ、と得意げに笑うし!!


「ねぇ俺今日オフなんだよね!一緒に出掛けてよ!」
「しつけェー」
「スポーツ用品とか見たいし結衣なんか詳しそうだしね」
「バーカ、敵に塩送るかっての」
「一也には聞いてねェの!」
「嫌だよなー?結衣」
「まだマネじゃねェんならいいじゃん!敵じゃないじゃん!!」
「あ、バカ。それ地雷だぞ」
「は?」
「………」


ひひっ、と嫌な笑い方をする一也はレジで支払いをしながら、領収書お願いします、なんて言ってる。
一方の結衣はさっきまで俺の誘いにオロオロしてたのに今は顔を伏せてギュッと強く手を握ってる。
地雷?地雷ってなんで?

あ…そういえばこの子、球場で泣いてたんだっけ。そんで彼氏がいるっぽくて、野球の用品になんだか詳しそうで……え!?

もしかして……、とサァッと血の気が引いた。そんな俺を前に結衣は顔を上げてキッと俺を睨む。
どくん、とまた心臓が跳ねる。


「今度はうちが獲りますから!!」
「!」
「私が代わりに甲子園に行きます!!覚悟しておいてください!!」


いーっだ!!、なんて子供がするみたいに精一杯小憎たらしい顔をした結衣が店を飛び出して行き俺は呆気に取られて言葉も浮かばない。
代わりに、って…つまり行けなかった3年の彼女?……マジで?


「はっはっはー!ご苦労だったな、鳴」
「な……!」
「アイツを今日1日でどう口説き落とすか悩んでたけど丁度よくお前がいて助かったわ」
「なんだよそれ!!」
「アイツにいてもらわなきゃ困んだよ」
「!」
「つーわけでバッテ選んでやったのと貸し借りこれでチャラなー」
「は、はあ!?頼んでねェよ!!…ていうか、誰の彼女なわけ?」
「亮さん」
「亮さんって…小湊さん!?マジで!?」
「マジマジ。だから手出すと抹消されるんじゃねェ?」


じゃあなー、と悠然と店を出ていく一也に取り残されて、お決まりでしたらどうぞー、とレジから掛かる声にハッとしてバッテを買う。レジにはサッカーボールとか野球ボールのアクリルキーホルダーが置いてあってほんと衝動的にそれを買って、店員のおばさんからサインペンを借りて裏にある文字を書き殴りそれを手に店を飛び出る。


「結衣ー!!」
「!」
「おいおい、しつけェ男は嫌われんぞ?」
「うるさい!!はい!これ、バッテ選んでくれた礼!!」
「!……キーホルダー?」
「しかもオイラのサインつき!!」
「サイン…」
「ブッ、はっはっは!!きったねェ字」
「一也は黙ってろよ!!……結衣」
「は、はい」
「悪いけど来年もうちが夏、獲るよ」
「………」
「これだけは譲らねェから!じゃ!!」


なんか無性に野球がやりたくなった。まだ寮に残ってる雅さん引っ張り出して……いや、樹だ。樹に球受けさせよう。そんでもっと強くなって青道にまた勝つ。今度こそてっぺんを獲るんだ。



青道の泣き虫ちゃんと稲実エース様の話し
(あ!結衣!ねぇねぇ俺があげたキーホルダーつけてくれた!?)
(鳴…お前、何しに来たんだよ…)
(へっへーん。エース様直々の偵さ…)
(鳴さん!勝手に出歩かないでくださいよ!!)
(なんだよ樹ついて来んなって言ったじゃん!!目障り!帰れよ!)
(そうはいきません!!)
(あ、あの…キーホルダーは……)
(へ?)
(はっはっはー!うちの投手陣のボールの良い的になってるわ。おかげでコントロール定まりまくり)
(一也ー!!)


―了―
2015/04/21




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