私と私が好きなあの人との話し




それはもう両親はとても喜んだ。
一人娘の私があんまりにも人見知りで引っ込み思案、感情表現も下手という負のハイスペックともなれば両親の心配は私が思うよりも大きかったのかもしれない。
幼馴染みの亮介と春市と、一緒に野球へと出掛けて行く私を見送る両親を振り返り見るととても嬉しそうだったのを私は今も覚えてる。他の男の子より小柄ですばしっこい。それしかなかった私の限界は思ったよりも早く来てしまったけれど、私が野球に費やし傾けた情熱を生涯忘れない。

そしてあれから何年も経って、私はすでに野球からかなり遠くなってしまった。
硬球を握る手はあの頃よりずっと大きくなったはずなのに少しも馴染む気がしない。この小さな白球が亮介のグローブに吸い込まれるように納まるのを見るのが大好きで、魔法みたいだね、と言えば、発想が馬鹿、と亮介は笑ったけど空へとボールを投げて何度もそれをキャッチして見せてくれた。
この頃から私は野球をやるから亮介を好きになったのか、それとも亮介が野球をするから野球を好きになったのか。その曖昧さを自分でも感じていたけれど、胸の奥に押し込めたそれが爆発したのは亮介が青道に行ったと聞いた時。

嫌い嫌い、とただ泣き喚いて泣き疲れて眠って泣いて。机の上にあるリトルの皆と撮った写真をぼんやりと見つめながら私は気付いてしまった。
空っぽだ。
亮介や春市から離れてしまった私は空っぽで、どれだけ依存していたのかを。
自分で好きになったつもりだった野球も、大好きな2人が好きになったものを好きになっただけで私が見つけたものじゃなかったんだ。


「………」
「………」


き、気まずい。全然美味しくない。むしろ味がしない……!

昼休みは一息ついて美味しい物を食べて時間が余ったら寝たり野球雑誌を読んだり御幸ちゃん達のところに遊びに行ったり純さんと少女漫画を読んだりするためにあるはずなのに今は重苦しい無言に胃がキリキリとする。


「食べないの?」
「…純さん達来ないの?」
「来ないってさっき言ったじゃん。なに、聞いてなかった?」
「聞いた、けど」
「なら早く食べれば?」
「……もういい」


そうは言っても口にしたのはリンゴジュースだけで本当はぺこぺこのはずのお腹。ただ今は他のものでお腹いっぱい。
緊張…とは違うけれど、亮介を前にして2人きりのお昼に逃げ出したい気持ちでいっぱい。

何日か前からお昼を一緒に食べると半強制的に言われて、なんやかんやがあってすっぽかしていたけれどついに捕まってしまった。
昔から変わらない、にっこりと真っ黒な笑みつきで。


「屋上…」
「ん?」
「入れるって…知らなかった」
「お前は1人で入るなよ。落ちそう」
「落ちないよ!」


ちゃんとフェンスあるし!、そう反論する私に、それでも、と少し強めに念押す亮介にツンとそっぽ向けば、分かった?、と頬っぺたを引っ張られてしまった。い、痛すぎ。

夏が終わる。
稲実との決勝戦のあの日はあんなに暑かったのに季節とは白状なもので気持ちの置場が見つからないのなんてまったく構わず過ぎていく。
屋上は風が強くて、秋を感じさせるカラカラとしたそれはあの日に吹いてほしかった。涙が止まらなかった神宮の球場でのあの日に。


「ごちそうさま」


…亮介の食べ方は、いつも綺麗。今日はサンドイッチとおにぎりだけど箸を綺麗に持つのを知ってるし魚なんて気の毒になっちゃうぐらい骨だけが残る。
ごちそうさまと合わせられた手をぼんやりと見つめながらぽつりと気付けば口にしていた。


「…野球、止めちゃうの?」
「なわけないじゃん。やるよ、どんな形でも」
「そう」
「……なに?」
「え?」
「何か言いたいんじゃないの?」
「!…別に」
「人と話す時はちゃんと話す相手の顔を見る」
「痛い!ぐりんってしないで!」
「ならされないようにすれば?」
「亮介がそうさせる!」
「だから、聞いてやるから話しなよ」
「嫌。……今更、聞いてもらってもしょうがない」


それに、と間髪入れず続ける。


「亮介は聞いたところで、決めたことを覆したりしないでしょ…」


聞くだけなんて酷なこと、しないでほしい。聞かせたら亮介の中に答えを求めてしまう。そして分かりきっている答えに私は懲りもせずに落胆してしまうのだ、きっと。

俯くと長くなった前髪で目線が遮られた。亮介のことは見えないけど、はあ、と吐かれた溜め息が呆れを感じさせた。
駄目だよ、亮介。
私たちはもうただの幼馴染みには戻れないし恋人にもなれない。じゃあ私たちの関係はなんなんだろう?先輩と後輩?それとも、ただの他人?
私はもう野球をする亮介の背中に、嫌い!、なんて思いたくない。思ってしまうことが怖い。だから私も何か私だけの熱中出来るものを見つけて負けないくらいに頑張りたかったの。


「言い方変える」
「!」
「俺が聞きたいから頼むから話して」


前髪を避けて目線を引き寄せるように私の頬を軽く摘む亮介を見つめて言葉を失う。亮介がこんな風に私に歩み寄ってくれたのは初めてのことで、なに?、と平然と私に言いながらも照れ隠しにしか見えない顔を背ける仕草。

トク、と心臓が高鳴ってギュッと唇を噛み締める。これが最後になるかもしれない、そう亮介にお昼誘われた時からなんとなく思ってた。


「…これからも野球、頑張って」
「!」
「亮介の高校野球はもう終わっちゃったけど、大学だって社会人だってプロだって、草野球だって。野球はボールとバットとグローブ、それから仲間がいればどこでだって出来るって栄純も言ってた」
「………」


言葉にすると…急に現実味…。
じわりと目の奥が熱くなって、それを堪えるように息を呑み込んだ。

周りの男の子より小さいけれど誰よりも機敏に動きボール捌きそのプレイでたくさんの人を魅了して、バットを振れば期待に答える強い精神力に感嘆する。
幼馴染みの男の子が野球を始めたと聞いて見に行けば一気に虜になってしまった。
嫌い、なんて言っちゃったけど野球が好きな亮介が大好きでこれからもそんな亮介でいてほしいって勝手だけど思う。


「……お前に言われなくても野球を止めたりしないよ」
「うん」
「だから…」
「え…きゃっ!」
「これは決定事項だから関係ない」


亮介のその言葉を聞くや否や、勢いよく腕を引き寄せられて視界のピントが合う時には亮介の顔が目の前にあった。
心臓が1度止まってから、カァッと顔が熱くなる。亮介が眉間に皺を寄せて真剣な表情をしているから唇を噛み締めた。


「いつからそんなに生意気になったわけ?」
「え……」
「小さい時から俺の後ろだけついて歩いていたから置いてきても心配ないと思ってたよ、俺は。青道で自分を試して卒業して帰った時に迎えに行ってやろうと思ってたのに勝手に追いかけてきたりして」
「わ、私が決めたことだもん!亮介とは関係ない!」
「ふーん、そういうこと言っちゃうの?俺のこと、亮ちゃん、って呼んだくせに」
「あ、あれは…っだっていつもの癖で…!」
「俺が冷たいこと言えば傷付いた顔してたくせに」
「亮介に言われなくても同じことを他の人に言われても傷付くような言葉ばっかりだった!」
「いつの間にか他の奴らに可愛がられて、なに?いい気になってんの?」
「なってない…。みんな、優しいだけ」
「結衣が馬鹿だからね」
「またそういうこと言う!!……っ、もう!」


絶対離してもらえないかと思うぐらいの強い力で腕を掴まれていたのに、振り払えば亮介の手は簡単に私を離した。
その瞬間寂しさに負けそうになりながらも私を見つめる亮介を睨みながら立ち上がって距離を取る。

反論たくさんしようと思った。
亮介に今更酷いって、たくさんたくさん、今まで思ってきたこと最後だと思ってぶつけようと思ったのに私を見上げて亮介が辛そうにしているように見えてしまったから、すべて吹っ飛んでしまった。
代わりにか細く小さい、掠れた声が出る。


「…いよ」
「………」
「亮介は、狡いよ」
「……だね」
「こんなに頑張って亮介から離れようとしてるのに、そんな風に言われたらついて行きたくなっちゃう」
「………」
「狡い…亮介は、昔から狡い……」
「…離れて行っちゃうの?」
「じゃないと私……また亮介に頼りきっちゃうもん」
「俺のこと好きなのに?」
「!」
「あ、間違えた」
「間違え…じゃな…」
「俺が結衣のこと、好きなのに?」
「!」
「それでも離れるの?俺から、これからもずっと?」
「っ……」
「で?結衣も間違いじゃないんでしょ?俺たちが離れる理由、あるの?」


め、めちゃくちゃ……。
だって亮介から離れていったのに。
野球が何より自分に大切だからって青道にいってしまったのに何を今更……。

そんな呆れや驚きの想いが顔に出てしまったのか亮介が私の手を取って口を開く。


「昔は何も力がなかったけど、今なら結衣1人くらい簡単に支えていけるけど」
「え……」
「だからさ、高校卒業したら結婚するよって言ってんだけど」
「……は、い?」
「まだ分からない?プロポーズ」


頭の中が真っ白になる私の手を引き寄せた亮介が薬指に口づける。
触れた場所から熱を持って全身を侵していく。


「な、ななな……!」
「……答えは?」


聞かせてよ、と言う亮介はらしくない。
いつもの亮介だったら、答えは決まってるよね、ぐらいのこと簡単に言う。

亮介も、私に想いを伝えてくれる時怖いと思ってくれる?こうして私の手を握る手が少し震えているような気がするのは、肌寒いせいだからじゃない?


「っ……も、う…離れたりしない?」
「しない。むしろ苦しめばいいよ、窮屈すぎる束縛とかに」
「優しくしてくれる?」
「俺は今までも優しいつもりだったけど」
「野球、止めない?」
「止めない。結衣も野球も、手放さない」
「っ……お願いします……っ」
「…あぁ、やっと頷いた」


待ちくたびれた、なんて肩を竦めて意地悪く言いながらも優しく笑う亮介が、おいで、と私の手を引いて強く抱き締めた。


まだ子供で、ボールを追い掛けるのが精一杯だったからお前の手を握る余剰なんて持てなかった。野球は大切だ。けどお前もそれと同じぐらいには大切だよ。あんま調子乗ると困るから今まで言わなかったけどさ。

亮介がそう話してくれたのは、この日からかなり後になってからの話し。



私と私が好きなあの人との話し
(…亮介、あの)
(なに?)
(いつまでこうしてるの?)
(いつまでがいい?)
(え!?わ、私に聞くの?)
(うん。サービス)
(サービス……。意地悪の間違いなんじゃ…)
(なんか言った?)
(いたたた…!なんれもないれしゅ)
(早く言わないと俺がやりたいようにやるけど)
(亮介の?)
(そう。色々)
(い、色々って…?)
(聞きたいの?○○とか×××とか…)
(きゃあぁぁー!い、言わないで…!)
(じゃあやるのはいいんだ?)
(駄目!)
(駄目なの?)
(う……キ、キスなら)
(!……馬鹿すぎ)
(あれ…?照れて……いたぁぁっ!)


―了―
2015/04/20




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