ありふれた青い冬の話-3-



あれからコンビニに行けば須藤と会うようになり、今日で3日目。来る途中に土手で素振りをする御幸に会い、にやりと笑われたが振り上げる足が上がらず頭をひっぱたいたという話題に須藤が腹を抱えて笑う。
須藤は野球部のことを聞きたがったし、俺が話す些細なことも楽しげに聞くから俺も楽しくなっちまう。
同じ委員会だというゾノのことや学年でイケメンだとわりと知られている御幸のこと。彼氏である先輩のことを聞いてくることはなく、違和感ではあったが俺自身聞かれても話せることは多くはねェから取り立てて自分から話題にすることもなかった。


「でよ、その先輩がめちゃくちゃ厳しいんだよな」
「小湊先輩だっけ?」
「そう!体格には恵まれてる方じゃねェけど、気が強くてセカンドについてんだ。無茶苦茶上手い」
「そっか。だから倉持くん、懐いてるんだ」 
「はあ?」
「狼社会的な」
「ヒャハハッ!なんだよそれ!!まぁ負けたくねェ人ではあるな」
「セカンドってことはいずれ二遊間でコンビ組むってことだね」
「おう!絶対ェポジション争いに勝つ!」
「応援してる!」
「!っ……おー」


意外と野球に詳しいよな、コイツ。まぁ先輩と付き合ってんだから嫌でも知識はつくか。

コンビニ帰りに先輩のとこに行くという須藤と土手沿いに歩く。夜にもなると人気がなく時々ジョギングする人に会うだけで俺は2人で話すこと時間が実はかなり好きだったりする。応援してる、か。そりゃ今の会話の流れなら誰にでも言うんだろうが俺は緩んだ口元をひっそりと隠して空を仰いだ。

俺が手に持つビニール袋には伊佐敷先輩に頼まれた少女漫画と増子先輩と自分が食うプリン。須藤の袋の中には先輩にと毎日違うパンやらデザートやらが入っていて、これならいつか好きな物が当たるかも、と笑って言った。

他愛がない話をしていればすぐに着く。
土手の上から青心寮の門が見えるところまで来ると、じゃあな、と俺から切り出す。
そりゃ今から先輩を呼び出すだろう須藤の邪魔すんのも、それを見るのも嫌だからな。


「うん。おやすみなさい」
「おう。ちゃんと送ってもらえよ」
「うん」


正直、どうなのかとも思う。彼女にこんな遅くに来させるか?しかも毎日だ。まぁ…付き合いなんざ人それぞれだろうけどよ。
…俺だったらしねェよ。
鼻の頭と膝が赤くなっちまうような冬の寒い中を来させんなら、自分が寒い想いをして行く方が何万倍もマシだ。……あの後送るんだろうから、そりゃ良い時間にもなるだろうが。

土手を下りながら自分で考えておきながら振り払いたくてブンブンと頭を振りながら青心寮の門をくぐったところで、おう、と俺を呼び止める声に足を止めた。


「ゾノか。また振ってたのか」
「身体は動かへんけどな。その代わり眠れもせんからな」
「あぁ、だな。俺も後から行くわ」
「それ先輩たちの買い出しか?」


バットを肩に担ぐゾノに、まあな、と相槌を打つ俺が、後でな、と行こうとするもまたゾノに呼び止められる。今度は神妙そうで眉根が寄った。


「アイツ、別れたんか?」
「!……は?」
「なんや知っとるかと思ってな。委員会もないし、わざわざ先輩に聞くのも…」
「アイツって須藤のことか?」


口の中が急激に渇いてどくりと心臓が跳ね上がりさっきまで高揚して膨らんでいた気持ちが萎んでいく感覚に全身が冷えていく。
静かに聞き返した俺に片眉を吊り上げたゾノからもう答えは聞かなくても分かった。だから思考はフルで色んな方向へ回転していく。

別れた?なにを根拠に?言うほどの何かがあるってことだよな?
いや、ありえねェ。須藤は今さっきまで俺と笑って話して先輩に届ける差し入れを今にも電話して呼び出し渡すはずなんだよ。
けどいや待て。アイツが差し入れたものの結果を話したことがあったか?俺が意識的に聞こうとしなかっただけで、須藤は1度も。


「須藤に決まっとるやろ。毎日先輩のとこに来とるで、他の女が」
「っ…それ、何時頃だよ?」
「練習が始まる前やから、」
「4時半ぐらいか?」
「せやな。寮の前でよく話しとるで倉持も見たことがあると思っとったわ」
「ねェよ…っ、見たことがあったら…くそ!!」
「うお!オイ!!これどうするんや!?」


毎日?ふざけんな!!
須藤と初めてコンビニで会った日、アイツは4時ぐらいからコンビニを渡り歩いてるっつってた。ゾノが話す毎日があの時もだったとしたら?須藤はそれを見て、あの時間まで…っ。

俺がビニール袋を預け驚き戸惑うゾノの声が、もうすぐ門限やで!!、と追い掛けてくるのを聞きながらまた土手を駆け上がり須藤がいるであろう方へと走り出す。足なんざろくに上がらず時々もつれ転びそうになりながらも軋む身体で走り続けた。なにがっ、今から先輩に連絡する、だ!!嘘じゃねェか!!


「須藤!!」
「え!?く、倉持くん!?」
「てめェふざけんな!!」
「え…あ、危ない!!」
「っ……」


くそ、格好悪ィ…!!
やっと見つけた須藤の後ろ姿に足を早めた途端にがくりと身体が傾いて駆け寄ってきた須藤に支えられやっと立ってられる状態の俺。どさり、と須藤の手からビニール袋が落ちて鳴る。

須藤の肩に手を置き、わり…、と謝りながらも真っ直ぐ須藤を見据える。外灯を映す黒い瞳が丸まって俺を見つめ返した。


「いつからだよ」
「………」
「最初からか?先輩のところに差し入れ、してたんじゃねェのかよ」
「…バレちゃった?」


あーぁ、と今度は須藤がその場に崩れ落ちんのを支えようとすると俺にもそれだけの余力はもうなくその場で一緒に座り込んだ。
俯く須藤からは何を聞かなくても心痛が伝わってきて俺まで胸が痛てェ。


「馬鹿でしょ?先輩ってば私に差し入れを頼んだことも忘れて寮の前で他の女の人と会ってるんだよ。私と話したことなんて、きっと忘れてる」
「言えよ。堂々と出てって文句言えやいいだろ」
「嫌だったんだもん…」
「あ?」
「私が嫌だったの!」
「っ……」


震える声が大きく張り上げられて息を呑む。俺が須藤を支えようと掴んでいた手を須藤が無意識なのか強く握り締める。


「好きな物買ってきてくれたら頑張れるって、そう言われたけど私、先輩の好きな物を何も知らないんだよ。だから悔しくて悲しくてそれを認めたくなくて…先輩に今まで何も渡せてない。全部、家の冷蔵庫の中。いつか…いつかちゃんと渡して…っそれからちゃんと終わらせなきゃって…そ、う…思っ…」
「…お前、馬鹿だよ」
「っ…倉持くんがそう言ってくれたからちゃんと目を逸らさず頑張ろうって思えたんだよ」
「!」
「ありがとう。私を可哀想とか言わないでくれて。ありが、…っとう」


須藤が声を押し殺しながら泣こうとするから、握る手を引き寄せ抱き締めた。
女の抱き締め方なんざ知りもしなかったが、須藤が一瞬身体を固くしてから寄りかかり、俺の腕の中で声を上げて泣き出したからホッとして今のできる限りの力一杯で抱き締めた。

先輩を好きで浮気されてると分かってても諦められないと言っていたコイツが俺の言葉で前へと進むために傷ついてると思うと堪らなかった。同時に湧き上がる先輩への嫌悪はもう野球部先輩として敬うのは手遅れだとようやく潔く諦めをつけて須藤の頭を撫でながら呼びかける。


「須藤」
「うっ…ふえっ」
「須藤、よく聞いとけ」
「な、に?」
「俺は失恋の痛手を癒やすクッション役はやらねェからな」
「え…」
「お前がこれ以上、あのクソ野郎のために傷つくのももう見てらんねェ。失恋じゃなくて、お前から振ってやれや。今から行くぞ」
「でも門限が…」
「間に合う」
「倉持くん、疲れてるでしょ?もう走れな…」
「あぁ?馬鹿言うんじゃねェ」
「ぶふっ!」


眉を下げて俺の心配をする須藤の鼻をギュッと摘み、よ!と立ち上がる。


「俺は近い内に青道高校野球部のショートにつく男だぜ。ナメんな!」
「わ!!」
「ヒャハッ!ちゃんとついてこいよ!!」


あるとこにはあるもんだと思った。
俺は野球をしに青道高校にきたから、まぁそんなもん部活をやってりゃ十分に青春なんだろうと思う。
けど、なんだよこれ。
今俺が手にしてんのは春でもねェし青さとは掛け離れたドロドロの悲しさ交じる時間。野球にしたって汗だくで泥まみれになる時だってある。俺の青春ってこんなかよ。ちくしょう、上等だ。
天然馬鹿だと馬鹿にされても自分の想いを強く持ってるコイツの手を引いて側にいれんなら、今はこれでいい。言っとくが"今は"だけどな!


さて、俺と須藤がどうなったかっつーとこれもありふれた青春なんだろうと思う。


「倉持先輩!どこに行くんすか!?コンビニなら俺も一緒に連れてってくだせェよ!」
「うっせバーカ。1人で行けや」
「なんでだ!!」
「タメ口禁止タイキーック!!」
「うがっ!!」
「おう、沢村。そいつ、コンビニなんかじゃねーぞ」
「む!スピッツ先ぱ…」
「誰がスピッツだ馬鹿野郎!!」
「勘弁してくださいよ純さん。じゃ、俺は行くんで」
「おう!きっちり送ってこいや」
「ヒャハッ!分かってますよ」


駄目な彼氏を持つ彼女を好きになっちまって、彼氏と別れさせて付き合う。
いかにも少女漫画にありがちな展開を少女漫画好きの純さんが興奮して今も生温かく見守ってくれてる。
毎日ってわけにはいかねェが近くのコンビニで待ち合わせて須藤を家に送り届けるまでの僅かな時間のために俺は今日も土手で素振りをしてやがるにやりと笑う御幸に蹴りをくらわして足を運ぶ。
これは俺と須藤が付き合うまでの冬の話しだ。




ありふれた青い冬の話し
「へー!!あの元ヤ…じゃなくて。倉持先輩が!」
「おう!なかなかの男ぶりだったぜ。ゾノに買い出しの袋を預けて惚れた女を追いかけるなんざ、冬合宿の満身創痍な身体じゃなかなか出来るもんじゃねェ」
「またその話し?純」
「亮介、お前も加われよ!」
「遠慮しとく。もう飽きたし。また面白い展開になったら教えてよ」

ー了ー

あとがき→





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