ありふれた青い冬の話-2-



俺にゃさっぱり理解の出来ねェ話だった。
だが誰かを想うことのどうしようもなさについては、あの日から日を追うごとに理解するようになった。


「あれ?亜依はー?」
「あ、先輩のとこだって」
「へー。一時は別れちゃうと思ったけど、頑張ってるね」
「あ!シィー…!」
「え、なに?」
「倉持…。前に話してたらいきなりキレだしたからマジ注意」
「なにそれ!クマ出没注意みたいじゃん!」
「あはは!」


起きてるっつーの。つーかそれだけデケェ声で騒いでて寝れるわきゃねェだろうが。

キャハハと甲高い声で笑ういつも須藤を囲むダチの声を聞くとも聞きながら窓の方へ向けて伏せっていた目線で外を見る。
直に冬休みに入る。引退した先輩たちも手伝いに来てくれる冬合宿のその最中。クリスマスだなんだなんてのは初日に忘れた。くそ…全身が痛てェ…っ。身体は疲れてんのにどうしてか寝ることが出来ず、寝るのにも体力が必要なんだと実感する日々。冬合宿以外は寝ていてェ…。

コイツらがうるせーから寝れねェけどな!!

とは言ってもコイツらが悪いわけじゃねェ。頭の中で自分勝手な苛立ちをぶつけガタンッと立ち上がる俺に、わ!!、と驚くそいつらを無視して教室を出てすぐに誰かにぶつかっちまう。
くそ…頭がぼうっとするし、どうしてかさっきから頭の中に洗濯機の音が響いてやがる。昨日、回しながらあの場所で寝ちまったからか?運んでくれた同室の増子さんに礼をしねェと。…プリンか?いや、アイスもいいな。


「倉持くん、ごめん」
「!…おう。こっちもぼうっとしてた。わりィな」
「ううん」
「………」
「………」


よりによってぶつかったのコイツかよ。
そう思いながらも謝る俺と須藤ははたと顔を見合わせてそのまま固まる。多分、俺たちは同じことを互いに思ってる。


「すげークマ」
「目の下、クマ凄いね」


互いに互いを映したようなクマの酷さ。自覚はあるがこうして同じように目の下のクマの濃さに向き合うと俺もこう見えるんだと改めて実感する。
チッ、と舌打ちして顔を背けると須藤からは小さな笑いが零れてすれ違い教室に入っていく。おかえりー!と須藤を迎えるアイツのダチが、どうだった!?なんて聞くそれに返す言葉が聞こえる前にその場を離れた。
なんで笑ってんだ馬鹿。
そんなクマが出来るまで悩んでんだろうが。その上休み時間にわざわざ足を運んで会いに行く価値のねェ男だぜそいつ……と吐き捨てられたら楽だ。
野球部の先輩たちがすげェ人たちだってのは分かってる。アイツが付き合ってる矢崎先輩もレギュラーじゃねェしベンチにも入らねェ人だけど、サポートや練習にひたむきで野球にだけは誠実な人だと見てりゃ分かる。ポジションも被らず話すことはあんまねェが俺たち野球部にとっちゃ築く人間関係は野球に対するものがちゃんと見えりゃいい。けど、そんなもん須藤には関係のねェことだ。
須藤をぞんざいな扱いをしてんのが残念であり腹立たしくもあり、俺の中には先輩を敬いたい気持ちと軽蔑とがぶつかり苛立ちになる。



「くそ…っ」


どうしたって頭から振り払えねェんだよ。先輩を諦められねェと純粋な目で言うアイツの顔が。それは同時に昔の自分を思い出させた。
1つのことに夢中で周りがどう思ってるかも構いやしねェ。1人で考えることが癖になっちまってんだ。放っておきゃいいのに放れないのはそれもあんだろうと思う。

だからと言って状況が変わることはなく、須藤が休み時間に先輩のとこに足を運び、青心寮前で先輩が他の女とイチャついてる毎日も続いてる。
ちなみに俺の疲労と寝不足は蓄積される一方だから日々状況は変わっている。


「あ」
「こんばんは。倉持くん」
「…おう」


なんでこんな時間に…。
1日の日程を終え、軋む身体を引きずるようにしてなんとか足を運んだ青心寮から1番近いコンビニで須藤に会うとか…くそ、疲れてっから頭が働かねェ…。
しぱしぱとする目で何度か瞬きをして眉根を寄せる俺に須藤は目を丸くしてから、大丈夫?、と首を傾げて顔を覗き込むようにして屈んだ。


「先輩が言ってた。冬合宿なんだって?」
「あー…まあな」
「買い出し?」
「あぁ」


増子先輩に運んでもらった礼っつーことは伏せておき手にするカゴを見せ、そっちは?、と顎で須藤も持つ空のカゴを指す。
多いね?あー…だよな。増子先輩はあんまり食うなって言われてっけど礼だしな。…いや、さすがにプリン5個とアイス2個は多いか。


「先輩に買ってきてほしいって頼まれたんだ」
「はあ?」
「冬合宿、先輩も手伝ってるんだよね?疲れてるから頼みたいって」
「…そうかよ」
「けど……」


そこで言葉を切った須藤はきょろりと店を見回してからまた俺に視線を戻し苦笑いしながら肩を竦めた。須藤の後ろから来た客が通るために須藤の手を引き道を空けさせると驚き息を呑んだ須藤が振り返り状況を察したらしく、ありがとう、と笑った。…くそ、顔が熱くなる。咄嗟にも掴んじまった須藤の腕が細く、離したものの感覚ばかりが敏感に残って置き場のない気持ちをごまかすように首の裏を掻いた。


「…先輩が好きな物が分からなくて」
「!」
「ずっと迷ってて、こんな時間になっちゃった」


あーぁ、と須藤が目をやるコンビニ内の時計は20時を指してる。ずっとって…。


「いつからだよ?」
「4時ぐらい」
「はあ!?おっまえ…っ」
「ずっとこのコンビニじゃないよ!?あっちこっち回った!」


両手をブンブン振って言い訳するが問題はそこじゃねェよ。

唖然とする俺に須藤がここらのコンビニの名前を挙げていく。お前、少し声落とせよ。ライバル店の名前を言うお前をレジの店員が怪訝そうに見てんぞ。

制服姿でマフラーを巻いているものの鼻の頭が赤く、長く外にいたのだと思わせる。下校からずっと店を渡り歩いてたのかよ。練習で死ぬほど動いてたってグラコン着てねェと震えるほどの寒さだ。なのに、先輩に言われたからって…ここまでするか?普通。

ジリジリと胸の内が焦げるような感覚と、締め付けられるような切なさとが混ざって眉間に皺が寄る。


「……別に変なことじゃねェんじゃねェよ」
「え…」
「俺も同室の先輩が好きなもんなんて大体しか分かんねェしよ。同室だぞ?」
「そう…なんだ?」
「おう。で、これ」
「…え!?これ、1人分!?」
「ヒャハハッ!すげェ食う先輩でよ、監督からも時々痩せろって言われ……あ?なんだよ?」


ポカン、と俺を見る須藤に言葉を切ればハッとしてまた手をブンブンと振る。


「ごめん!倉持くんの笑った顔、初めて見たから」
「!」
「良い顔して笑うね!野球部、楽しそう!!」
「っ……」


お前こそ俺にそんな風に笑った初めてだろうが!
カァッと顔に熱が上んのがどうにも出来なくて腕で咄嗟に顔を隠しても隠せるほど足りるわけもなく、目の前で須藤がまたポカンとしてんのが分かってんのに何も次げず、ただ心臓の鼓動だけがうるせェ。
いつも隣で見てたんだよ、俺は。
天然馬鹿なコイツがダチとアホっぽいいまいち噛み合わないやり取りをしながらも楽しげに笑ってんのを。ああして笑うのかとか俺と話す時にゃまぁ当然笑わねェよなとか、今日もちゃんと笑えてるなとかそんな事を、先輩が浮気してんのを知る前から毎日。

込み上げる羞恥の他に嬉しさもそこには共存してる。疲労した身体で考えられることはそれほど多くもなく、とうにキャパシティーオーバーだ。となりゃもうどうにでもなりやがれという気もしてくる。


「うるせェバーカ!早く決めて早く行きやがれ!!」
「うん。心配してくれてありがとう!」
「心配なんてしてねェだろうが!」
「え、夜で危ないから早く行って帰れってことでしょ?」


そんなこと一言も言ってねェよ…。
そう否定する気力もねェし、店員が心なしか微笑ましくこっちを見てる気もする。やっぱコイツ、天然だわ…。打っても響かねェしこっちが疲れちまう…。
はぁ、と溜息をつき、じゃあな、とはらうように手を振りレジに並ぶ。オイこら店員。顔伏せて笑い堪えてんのバレてんぞ。いらっしゃいませ、の声が震えてんのもな。


「倉持くん」
「あ?」
「ありがとう!」
「さっきも聞いた」
「それとは違うありがとう」
「…は?」


って、もう後ろに居ねェ。
声の調子が変わったように感じたのは、気のせいか?

しばらく店内を見回したが店員に金額を読み上げられてハッとした俺は気掛かりを抱えたまま金を払いプリンとアイスの入るビニール袋を手にして店を出た。
暗らいとは思ったが彼氏がなんとかすんだろと空を見上げ吐いた息が白い靄になるのを見ながら寮へと向かう。須藤と初めてまともに話したことの高揚が今更口元を緩ませるのをなんとか振り切るように衝動そのまま走った。

当然、


「倉持…プリンのカラメルが混ざってるぞ…」
「す、すんません」


袋の中身はぐちゃぐちゃになるし。


「で、大丈夫か?」
「へ、平気っす…っ」


合宿でイジメ抜いた身体を更に追い詰めちまったのは言うまでもなく、同室の増子先輩たちが数日後のクリスマスにはマネがケーキを用意してくれるという話題にもベッドに突っ伏し反応も出来なかった。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -