ありふれた青い冬の話-1-



俺はアイツが嫌いだ。
多分、明日も明後日もずっとそれは変わらねェ。


「はぁ?なんでや?」


ごうんごうん。バシャバシャ、と音を立てて回る洗濯機を前に眉を吊り上げ怪訝そうな顔をするゾノを隣に答えにもならねェ曖昧な声を出す俺にゾノが抗議と疑問を続ける。秋大が終わり地獄だと先輩たちが一様に口を揃える冬合宿が近付いていることを感じさせる寒さに身体を震わせた。粉の洗剤がなかなか溶けねェんだよな…。


「アイツ、良い奴やぞ。ちっと天然っぽいとこはあるが」
「ちっと?すげー天然だろ、アイツ」
「否定はせえへん」


しねェのかよ。
思わず、ヒャハッ!、と笑う俺に、しゃあないやろ、とアイツと同じ委員会だというゾノが天然だと感じたエピソードを語っていく。ごうんごうんと洗濯機の機械音以外はゾノの声の他ない自主練終わりの夜。洗濯機を使えんのは上級生からだとすると大体がこの時間しかねェ1年の俺ら。青道高校野球部のレギュラー争いは思っていた以上に厳しく、1学年上の先輩たちとでさえ体格も実力もまるで違げェ。焦りと高揚とがごちゃ混ぜになって常にアドレナリンが出っ放しになっちまうような環境は初めて親元を離れて飛び込んだ場所だ。
だからこそ、現実を見つめる俺からしたら天然なアイツは癪に障っちまうのかもしんねェ。

ジッと見つめる洗濯機残り稼働時間表示。洗濯機の回し方でさえ知らなかった俺は今では迷わず使えるようになった。

また1人、麻生が洗濯物の入ったカゴを持って入ってきて手を上げて空いてる場所を示してやる。俺の隣はゾノ。ゾノの隣の隣が空いてる。ちなみにゾノの隣は御幸の野郎で、アイツはいつも人の目につかねェ場所でバットを振るなり走るなりをしてやがる。


「ゴミを踏んづけて転ぶ。嫌味を言われてんのに褒め言葉として受け取る。弁当忘れて学食に買いに行ったのに行った先で買うのを忘れる」
「はあ?何をしに行ったんだよ」
「友達に頼まれてジュース買ってやってたで」
「パシられてんじゃねーか」
「そういう風に見えへんのがアイツの凄いところやと俺は思うで」
「そういう風に見えねーとこか嫌いなんだよ」
「鬼か!!」
「ヒャハハッ!んだよ、それ!」


面倒見の良い奴だとは周りに声を掛けてやってるゾノこと前園健太を見て思ってはいたが、それだけに"ああいう"奴は放っとけねーんだろう。ちなみに俺は距離を取っちまうタイプだ。

俺と同じクラスで隣の席の須藤亜依という天然すぎる女。ほわりとした雰囲気と何を言っても響かねェ物腰の柔らかさで友達は多い方ではあると思う。授業間で机に突っ伏し寝てる俺の隣はいつも賑わってるからな。
まぁそれだけなら、うるせーな、ぐらいで感情は捨ておいて置いただけだろう。看過出来ねェのは聞こえてくる会話が須藤に対してムカついちまうツボをドスドスと突いてくるからだ。で、なんでそんな奴の話題がここで上がってるかっつーと野球部が無関係じゃねーからだ。


「で、知っとるか?倉持」
「……先輩の話だろ?聞きたくなくても聞こえてくんだよ」
「どうにかしてやりたいんやけどな…」
「止めとけよ、馬に蹴られて死ぬぜ」
「真っ当な恋愛ならな」
「…お。終わった、先行くぜ」


乾燥機は先輩たちが使用中。ともなりゃ必然と1年は外干し必須だから脱水までを終えた洗濯機から自分のスラパンやらアンダーやらワイシャツやらを取り出し、お先、とゾノと麻生に声を掛けてその場をあとにする。ピーと鳴った音が後ろで聞こえゾノのでかい声が、誰のや?、と終了した洗濯機の中身を気遣う声が続く。御幸の野郎、まだどっかでやってやがんのか。…くそ!胸ん中モヤモヤして気持ち悪ィな。

何もかもアイツのせいとは言わねェけど、紛れもなく一因でもある。


「でも、信じてるもん」


今日もそう言うコイツ、須藤を突っ伏した横目で見てりゃ明るい声色のわりに表情は寂しげで眉を顰める。だよねー!…ってなんだよ周りの奴ら。ダチだよな?気付かねェのか?

休み時間の賑わい中で今日もされる穏やかどころじゃねェ話。コイツらこのところ、こんな話ばっかしてやがる。
盗み見ていた目を細めジリジリとせり上がる苛立ちをやり過ごすために顔を伏せた。


「大丈夫だよ!先輩、カッコイイからモテるだけでさ!」
「そうそう!亜依、可愛いから見向きもしないって」


そう思うならなんでそいつに一々そんな話を聞かせたんだよ。
なんだっけっか?
彼氏がまた女に呼び出されてた!…ってよ、お前ら言ってること無茶苦茶だな。


「一緒にグラウンドまで行ってたのも女が付き纏ったんじゃない?」
「やだやだ!彼女いんのにさー」


俺から言わせりゃ彼女である須藤にそれ言う暇があんならそれを見た時に付き纏ってる"らしい"女に言ってやりゃいいんじゃねーの?


「そうだ!亜依が先輩とグラウンドまで一緒に帰ればいいんだよ!」
「あ、いいねー!」


なにが、いいねー!だ。馬鹿か。てめェらが不安の種を須藤に撒いて勝手に"可哀想な"彼女に仕立て上げて楽しんでるだけじゃねーか。


「いいよ!先輩、野球部で忙しいから邪魔したくないし!さっきも言ったけど、信じてる」


…で、コイツはここにいる奴らの中で1番の馬鹿野郎だ。

震えも不安も感じせないきっぱりとした声にぴくりと身動ぎした俺が顔を向け薄目で見るのは凜とした強さと動じねェ幸せそうな笑顔。
須藤亜依が天然で馬鹿な女だとは思ってたけどよ、まさかここまでとはな。


ガタンッ!


「わ!…あー…ごめん。倉持くん、うるさかった?」


乱暴に席を立ち上がる俺をびくりと怯えるように見上げる中で須藤だけがキョトンと目を丸くしてから、おはよう、などと笑い的外れなことを言い、ちょっと!とダチに窘められてる。
理由もなくビビられんのはムカつくが、大方お前の周りのダチの方が正しい反応だぜ。


「矢崎先輩は浮気してんぞ」
「!」
「ちょ、はあ!?倉持!!なに言ってんのよ!!」
「事実だろ」


絶句する奴らの中で須藤の目が丸くなり俺を真っ直ぐ見つめる。
真っ黒のデカい瞳に窓から入る日光が反射してつるりとしたガラス玉のように見えて目を奪われた。うるせェし毎日同じ話題でよくも飽きねェなと苛立ちをぶつけるつもりだった。さも須藤を心配するフリをしてただ盛り上がりたいだけじゃねェかお前ら、と嫌悪も手伝ってそれに気付かない須藤に苛々してそろそろ気付けよと引導を渡してやろうと思った。天然だか馬鹿だか知らねーが、お前が付き合ってる野球部を引退した3年の矢崎先輩は浮気してる。寮の前で須藤とは違う女とイチャついてんだよ。いい加減に気付け。信じてんじゃねーだろ。気付きたくねーだけだろと、そう嘲笑してやるつもり"だった"。


「っ……早く別れやがれ」
「………」
「デリカシーなさすぎ!!」
「元ヤン!!」
「信じらんない!!」


くそ…!なんだよあの目は!!
そいつらみてーに俺を批難して同じように言えよ!先輩を信じてるから関係ねェって、いつものようにのほほんと笑いながら言えやいいだろうが!!

チッ!と舌打ちしてギャンギャンと騒ぐ女共に背を向け騒ぎに騒然とするクラスメイトが避ける中を歩き教室を出る。デリカシー?それって俺の言葉を暗に肯定してんぞ。お前ら絶対先輩が浮気してるって知ってんだろ。知ってて知らないふりすんのはデリカシーに欠けてるって言わねェのかふざけんな!


俺は無意味に覚えてる。
なぜか頭から離れずにずっと、鮮明に思い出す事ができる。
まだ入学して間もねェのにアイツは先輩の隣にいた。初めて見たのは確か夏合宿の手前。これまでの関係性なんざ知るはずもねェ俺は青春ってもんがあるとこにはあるんだなと冷めた目で見ていたんだが同じ野球部の目立つほどの活躍がなかった矢崎先輩は背が高く容姿も男の俺から見ても良い方で学校のモテ男の隣にクラスメイトの姿。
並ぶと兄と妹みてーで目を細めよくよく見てもやっぱ恋人のようには見えなかった。ただ、アイツの先輩を見つめる眼差しがあんまりにも想いに溢れるもんだったから、俺はひっそりと須藤を応援してやることにした。口にもしねェし話すこともほとんどねェけど、ただただ好きで馬鹿正直に想ってるひたむきさは好感が持てた。ひたむきや素直ってのは誰もが持てるもんじゃなく、俺にはない部分であるから大袈裟に言えば強烈に憧れた。

誰に何を言われても自分の言葉でちゃんと返すことが出来る強さと純粋さが堪らなく眩しい。

だってのに、アイツは今その綺麗さで自分をも傷つけてやがる。だからアイツが嫌いだ。見てらんねーんだよ。


「倉持くん!」
「!……んだよ。なんか文句か?」


たたたっと俺の後ろを追い掛けて来てんのは分かってた。足を緩めず歩いてれば追い付かれんのに時間は掛かったが息切れしながらようやく俺と向き合い話せるだけの距離で俺を呼び止めた須藤に足を止め振り返る。
休み時間もあと少し。生徒たちが怪訝そうに俺たちを見ながら教室に入っていくのを視界に感じながらポケットに手を突っ込みてーのを我慢して固く握り締める。
野球部たるもの、普段の生活から乱してはならないっつーのを心掛けネクタイもちゃんと締めるし上履きの踵も踏まねェ。

須藤は息切れを整えるように胸に手を当てて、はあぁっ、と最後に大きく息を吐いた。どんだけ運動不足だよお前。


「ありがとう」
「!」


思いがけねェ言葉に目を見開き全身が固まったあとカッと熱くなる。この上まだ…っ。


「馬鹿じゃねェの?お前」
「どうして?」
「知ってんだろ」
「…先輩のこと?」


あぁ、と頷く俺をまたつるりとガラス玉みてーな瞳が真っ直ぐ見つめる。
純粋で嘘のつけねェ目。怒ってんのは俺のはず。だがパチパチとシャッターを切るみてーに長い睫毛を感じる瞬きを繰り返し俺を見つめる須藤からは苛立ちや悲しさなんてもんは一切感じねェ。ただ純粋に事実だけを冷静に見つめてやがる。知ってんだ、コイツは。ダチに無用な慰めを受けそれを否定せず自分の想いだけを述べ嘘をつかなかった須藤はおそらく俺が知るよりもずっと前から知ってたんだろうと思わされる。


「知ってたところで、なに?」
「は……?」
「…私が先輩を好きな気持ちがなくなるわけでも、諦めがつくわけでもないよ」
「お前…!」
「馬鹿だろ、って言うんでしょ?」
「!」
「そんなの私が1番知ってる」


にこりと笑われてんのに言いながら殴られたみてーな感覚に言葉を失った。
なんで、コイツなんだ。
先輩の隣でとにかく嬉しそうに笑ってたコイツは明らか先輩一筋で鬱陶しくなっちまうほどの想いを伝えていたはずだ。だっつーのに先輩はそんなコイツの他に手を出してる女がいて、おそらく気付かれてることに気付いてねェ。皮肉にも須藤からの絶対の想いが先輩にいらねェ自信を植え付けて不実を働いてもいいだろうと思い上がりを与えてる。

間々ならねェ想いを抱えそれでも気遣った俺に対して礼を言う須藤は始業のチャイムを聞いて、行こ、とニパッと何も気にしてないように笑い背を向けた。

だから嫌なんだ。俺はだからコイツが嫌いだ。自分という彼女がいながら浮気をする彼氏なのにそれでも真っ直ぐ想い自分を大切にしねェコイツが、嫌いだ。






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