足を止めて笑い合う-3-



土手を下り広い場所で運動は得意な方じゃねェと話す亜依に持ってきたグラブを貸してやり嵌め方から教えてやる。少し離れた場所で俺が所属していた野球チームの練習に上がる声が聞こえて、顔を向ければ亜依がそんな俺を見つめて懐かしそうに目を細めた。
中学が一緒っつーことは、小学校も同じ…かと思いきやギリギリ学区が違ったらしく小学校は別。そんな話しをしたことを思い出す。


「どうした?」
「いえ。男の子の成長は凄いですね」
「あー…、そうか。お前は俺がチビの時知ってんだよな」
「はい!ベリーキュートでした!」
「はっはっは、嬉しくねェ」


まぁ確かにチビではあったから否定はしねェけど。

ぽこ、とグラブで頭を優しく小突く俺は1球投げるごとに亜依の投げることが出来る距離を計るために少しずつ下がっていく。
今日の朝食は何を食ったとか次のテストのこととか、他愛がない会話をしながら。


「ん。こんなもんだな」
「遠くに投げる、って…大変です……ね!あ……」
「はっはっは!バウンド」
「むー」
「でもマウンドはもっと遠いぜ?」
「何メートルですか?」
「18メートル」
「わぁ!栄純凄い!!」
「え、そこ沢村褒めんの?」


亜依らしいっちゃ亜依らしいが、それでも面白くなく緩ーく高く上がる亜依からの返球をキャッチしてから口を開く。


「ホームから二塁までは38メートル」
「えぇ!?そんな先まで一也先輩の矢のような牽制球が入るわけですね!?」
「そうそう」
「凄いなぁ…。同じ人間なんでしょうかね?」
「いやそうだろそれは」
「んー……!よいしょ!!」
「ぶはっ!はっはっは!力みすぎ」
「難しいですね…」
「ま、こればっかはな。いいんじゃねェの?俺、楽しいし」
「!…楽しいですか?」
「おー」
「なら良かったです!!」


そういや、こうやってただボールを交わすようなキャッチボールをするのはすげェ久し振りな気がする。何万何千とボールを捕り同じ数だけ投げ返してきたわけだが、それとはまた違う楽しさが胸に宿る。グラブとボール。まぁ俺の場合はキャッチャーミットであったのが大半だったわけだが、同じ道具を使ってんのに不思議な感じだ。野球であって野球じゃねェけど、こんな楽しみ方もあんのかとずっと野球をしてきた俺には新鮮な感覚だ。


「なぁ、楽しいか?」
「はい!すんごく!!」
「ははっ、そりゃ良かった」
「貴重なお時間ありがとうございます!」
「……それはお互い様だろ?」
「わっ!!」
「あ、わり!」


あー…やっちまった。つい力が入った。
無意識に込めた肩や腕の力にボールは簡単に亜依の頭を超えて転がっていく。追い掛け走る亜依の背中を見遣りながら頭を掻く俺はどうやらボールを蹴っちまって、わぁー!、と慌ててボールをまた追い掛ける姿に笑ったもののすぐに胸に渦巻いた複雑な想いに目を細めた。

時々廊下で教師数人に連れられ歩く亜依を見かけることがある。俺もそれは経験がある。雑誌のインタビューやら校内誌に載せる写真やら記事やら、意図せず周りが先へ先へと引っ張っていくのは少しだけ恐ろしいもんがある。
いつか大人たちに引っ張られに引っ張られた結果もう俺たちの道が交わんなくなったらどうすんのか。俺は亜依を囲む大人の姿を見る度に自分勝手に苛立ち責める。自分じゃどうにも出来ねェくせに、一丁前に。


「一也せんぱーい!!いっきますよー!私のレーザービーム!!」
「おー。やれるもんならやってみろー」


さっきよりずっと遠いところから俺に手を振りボールを投げる亜依のそれは途中で地面に落ちてコロコロ転がり、俺のとこに着く前に勢いがなくなり止まった。まだまだ届かねェ。そのボールを見ながら嫌なことを考えちまう。俺はこんなにもナイーブだったか?まだ起きてもいねェことを気にするような、そんな奴だったろうか?
たぶん予感があるからだ。
俺がプロになるなり、大学に進むなり。どんな選択肢を取ったとしても同じ高校だからこそ辛うじて繋がる亜依との今の関係はきっとこの先は同じ形じゃ維持出来ねェだろう。もっと希薄で、もっとお互いフリーに見えて、もっと本音が届かなくなる。そんな近い未来の予感が。


「……亜依」
「はーい!」
「来い来い」
「?、はい!」


グラブを嵌めた手で手招きすれば漸くボールを拾いそれを手にした亜依が嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。くそ可愛いと思う。


「なーんでっすか!?」
「ははっ、はえーな」
「もちろん!一也先輩からのお呼びとあらばどこへでも駆け付けますよ!」
「!…どこへでも?」
「はい!」
「北海道も?」
「飛行機ですね!お手の物です!」
「宮城」
「牛タンが美味しいですよね!あとずんだ餅!」
「福岡」
「明太子!」
「広島」
「行きます!」


そのあとも12球団の本拠地球場がある場所を口にして行く俺に亜依は目を輝かせて、行きます!、と即答していく。時々名産や名物を口にすんのが面白く笑えば亜依も一緒に笑う。


「ハワイとかも?」
「ハワイですか?」
「オフの海外自主トレ先としてはメジャーだろ?」
「なるほど!行きます!!」
「…そうな。お前ならやりそう」


じゃあさ、と続けながら亜依にグラブのポケットを上にして見せれば亜依はそれにボールをぽすんと乗せる。


「お前は?」
「私、ですか?」
「ん。お前。亜依は、来て、って言う?」
「………」
「…おい、なんだよその間は」
「え、あ…あはは!考えたこともなくて!」
「おいおい」


ひとしきり笑った亜依は思案に目線を地面へと落とした。その仕草に心臓が跳ねる。やけに色気がある。長い睫毛が伏し目がちな亜依の目に掛かるように見える上からの俺の目線。んー…、と間延びしたその声もどこか悩ましげに聞こえて俺は1度だけ強く頭を振った。

キィーン、と響いた金属バットの音を頭の片隅で聞く。


「なかなか言わないかもしれません」
「!……」
「というより、言うよりも先に身体が動いて自分から会いに行っちゃいそうで怖いです……!」
「あ、……そっちな。あーうん。突然来るとかな。あるわ、ある」


けど、やっぱり。


「言ってほしいかもな」
「え……」


亜依の言葉に共感はしたものの納得はしねェ俺は若干面倒な男だろう。
上がった亜依の目を見つめながらゆっくりその顔に自分の顔を寄せる。
近くなった俺の目線の先で、あ…、と身体を揺らし一歩引こうとする亜依の腕を捕まえ自分へと引き寄せグラブで合わせた唇を隠した。

唇の柔らかさと固さが見られた亜依の身体がフッと力を抜くのに心が満たされる。
同じ時間を過ごすことでさえ少ない俺たちはキスをするのもそうなく、たまにそうして至っては唇が離れた後の時間をどう過ごしたらいいのか少し戸惑う。ウブだとか初々しいだとかそんな言葉を使えば聞こえはいいがヘタレと言われても否定出来ねェの辛れェ。

そんな経緯があるから、今日もそうなるだろうと閉じていた目を薄く開けながらゆっくり顔を離したもののすぐにハッと息を呑む。


「!」
「っ……」


目の前の亜依が一瞬知らねェ子に見えちまうほど、亜依が俺に初めて見せる顔。頬を染めて俺を見つめる目の向こうに気持ちが透けて見えちまっている錯覚を起こすほど、気持ち全部俺に傾けているようなその表情に心臓が跳ねてカッと全身が熱くなる。やべ…、これなんか止められる気が…。


「すみませーん!!」
「「!」」
「ボール取ってくださーい!!」
「あ…あ!は、はい!!これー!?」
「そうー!!」


や、ばかった…っ。
後ろから見覚えのある、俺もかつて着たユニフォームを着る子供が小さなグラブを嵌めそれを振りながら駆け寄ってくる。ボールはどうやら亜依のすぐ後ろにあったらしくいつまでも熱の引かねェ身体を収めるために、フゥー、と長く細い息をついた。亜依の後ろに、下手すりゃぶつかってたかもしれねェボールにも気付かねェほど亜依に囚われた。視線や表情にからめ捕られたと言ってもいい。くそ、心臓がやべェ。

いつか、がいつになるかは分からねェけどいずれは互いに歯止めが利かなくなるほど求め合うんだろう。その片鱗を見たような気がするな…。


「…貸して」
「え、あ…はい」
「おーい。投げるぞー」


そんな日が近けりゃいいなどと頭に浮かんだ邪な想いを振り切るように亜依からボールを受け取り、はーい!、とグラブを構えるそいつのそれに力強く投げ込む。

パァーンッ!、とグラブと球の共鳴のような音が響く。


「うわっ!!いっ、てェ!」
「はっはっは!、わりィ」
「アンタ、すげェな!!」
「そうなんです!!」
「こらこら。なんでお前が自慢すんだよ」
「ふふふー」
「笑ってごまかすな」
「あれ…え!?アンタ、まさか御幸一也!?」
「お?つーか呼び捨てかよ」
「すげェ……」
「どうも。ほら行けよ。監督呼んでんぞ」
「げっ!!あ!ありがとうございました!!」
「おー。頑張れよ」
「はい!」


背格好じゃ学年は計れねェ。俺だって成長期は突然で怒涛のようにきたしな。
キャップを取り頭を下げるそいつがチームの方へと駆けていくその背中を見遣り目を細める。運命、ってのは少なからずあるもんだと俺は思ってる。まぁそれに頼りきったりはしねェけど。
亜依が俺のシニア時代を見ていたこともその亜依が書いた垂れ幕に俺があの日あの時あの瞬間感想を口にしたことも、そしてそれを聞いた亜依が俺を追い掛け青道に入学してきたこともきっと偶然が重なって出来た運命だ。


「亜依」
「はい」
「プロ行ったら死ぬ気でやる」
「!」
「お前が脇目振ったりして俺を追い掛けんのを止めたりしねェようにな」
「止めませんよ?」
「ん。いいんだよ、俺が追い掛けられてェだけだから」
「地の果てまで追いかけ回しますからね!」
「ぶはっ!はっはっは!おー、よろしく頼むわ」


この日俺からボールを受けたあの男の子が後に青道に入学し、注目選手として雑誌に取り上げられたそのインタビューで青道を目指したきっかけは"シニアの練習中に偶然受けた御幸選手のボールが鳴らしたグラブの音が忘れられなくて、俺もあんな球を投げる選手になりたいと思ったから"と、そう話すことになるとは今の俺たちは当然まだ知らないわけなんだが。

ゆっくりと、そして確実に前へと進む俺たちにとってもこの日やっぱり少しずつ不安をお互いで解消する大切になったのだった。



足を止めて笑い合う
「ねぇ、帰り1人?」
「!え…っと」
「送ってくよ。電車?一緒に行こうよ」
「あの、私…」
「亜依ー」
「一也先輩!」
「わり、待たせた。先生なかなか解放してくれねェからさ」
「おのれ一也先輩の手を煩わせるなんて明日机の上をチョークの粉塗れに…」
「はっはっはー、やめとこうな。……で?なに?」
「…彼氏の登場かよ」
「そう、わりィな。あんま構ってやれてなくても一緒にいなくても付き合ってるように見えなくてもコイツ俺のだから」
「っ……」
「それに、選ぶのは本人だろ?」
「お前あの時聞いて…!?っ…チッ、そうかよ!邪魔したな!!」
「…御幸」
「お、倉持」
「お前、性格悪すぎ」
「はっはっは!ありがとう」
「褒めてねェよ!!つーかそこで真っ赤になって固まってる須藤をなんとかしろや!!」


―了―
2015/09/04
77777打記念リクエスト

→あとがき





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