足を止めて笑い合う-2-



何がしてェ?、そう聞けば一瞬放心した後亜依はパァッと表情を輝かせて目を見開いた。その顔は初めて見たと思う。すげェ嬉しそうで、子供みてェに感情を抑え切れないような興奮を固く握った手に隠してはにかみ笑う。あぁなんでもっと早く言ってやんなかったのかと後悔した。そういや、俺の誕生日は付き合う前だったしコイツの誕生日もなんやかんやでろくに祝えなかった。夏休みはほぼ終わるまで甲子園だったから会えもしなかったし。俺たちは特殊な付き合い方をしてんのかもしれねェ…と、今になって思う。あんまりにも心地好かったもんだから意識もしてなかったけどよ。
つーか、約束というもんも…もしかして初めてか?

約束の日曜日はこの季節らしく過ごしやすい気温で空にはひつじ雲が浮いてるまさに秋。街を歩く人の様相も落ち着いた色が多い気がする。あー…やべ。なんか待ってんのも緊張するな。
フッと目を遣った腕時計は待ち合わせより15分ほど早い時間を示してる。こんぐれェ早く来ねェとアイツなら絶対やる。何分だって俺を待つ。


「あー!待ち伏せは私の専売特許ですよ!?」
「待ち伏せって、お前ね」


なんて色気のねェ言い草だ。ま、アイツらしいけど。

後ろから聞こえた声に、ししっ、と笑いながら振り返ろうとするも前を通り過ぎようとした大学生ぐれェの男たちが足を止め俺の後ろを見て、お…、とかって感嘆を含んだ声を零すのを見てハッとして振り返る。


「一也先輩、おはようございます!」
「!」


……やっぱ、早めに来て正解だった。毎朝走ってる沢村に見つかってすげェ煩かったけど。

振り返り目にした亜依は俺の知ってる亜依じゃなかった。いや亜依には亜依だから亜依じゃねェってのも変なんだけど何が言いてェかっつーとつまり、……あークソ頭の中纏まんねェ。
とにかく目の前で嬉しそうに笑い、一也先輩の私服格好良すぎです、と言うのは俺の彼女だから後ろでいつまでも見てんじゃねェ。

ほぼ制服姿でしか記憶のねェ亜依は日曜日だから当然私服なわけで、"今日やること"を想定してなのかスポーティーなラフな格好であるものの長い髪の毛は編み込み更にアップしているだけにかなり印象が違う。晒された首が細く艶めかしいとか思わず腕時計に目を落とし時間をまだ朝だと確認するぐれェに思う。
しかも。


「お前……化粧してる?」
「す、少しだけ!お母さんに将来のお墓に間借りする方とデートするって言ったらやってくれて…」
「いやそこは普通に彼氏でいいだろ」
「ハッ!そうか、そうですね!盲点でした」
「お前の盲点ポイントずれてっからな」


に、しても…だ。女は化粧するとこうも変わんの?まぁんながっつりとした化粧じゃねェけど。本当に亜依が言う通りうっすらなんだろうが、それでもやっぱ……うん。あー…と。


「可愛い」
「!」


で、合ってんのか!?くー…っ、女の子喜ばせるために頭なんか使ったことがねェから分かんねェ…!
自分で言っておきながら顔がカッと熱くなる俺は早々に見つめることをギブアップして顔を背ける。けどすぐに戻したのは、やっぱ亜依が俺にそう言われてどう反応してくれんのかを見たかったからだ。
どんだけ恋愛素人だっつったって、やっぱ好きな子の反応は見てェもんなんだよ悪いかよ。

半ばやけくそな独白を心中で吐きながら亜依を見つめれば亜依は俯いていて表情を伺えず、うん?、と何の気無しにその顔を身を屈めて覗き込んじまった俺が馬鹿だった。


「!」
「っ…あああ、ありがとうございま、す」
「お、おー。んじゃ、行くか」


やべ、なんだこれすげェ心臓鳴ってる。
俯いていた亜依は泣きそうな顔で、それでも嬉しそうに笑っていてそれを見るなりどくんと跳ね上がった心臓は目的地を上手く思い出せねェまま足を動かし始めても収まらず、落ち着かせるためにグッと息を呑んだってのに余計に酷くなる一方だ。前向いて歩けねェー…。こんなとこ、野球部の連中に見られようもんならすげェからかわれんな。

そんな事を考えながら、どれほど歩いてたかも分からないほど歩いた赤信号で止めた足の裏の疲れに、あぁいつもは運動靴だもんな、とかどうでもいいことが頭に過ぎって漸くハッと気付く。や、べ…っ亜依は!?


「っ……」


勢いよく振り返りすぎて同じように信号待ちする人に怪訝そうに見られるが、んなもん構ってらんねェ。
亜依を置いてきちま……、


「じゃん!」
「おわっ!!おま、どこに…」
「ずっと一也先輩の後ろにいましたよ?」
「そ……っか。わり、考え事してたから」
「いいえ。一也先輩の背中大好きですし!」
「!…お前ね、よくんな恥ずかしいことこんな往来で言えるな」
「その論法なら私は恥ずかしくないということになりますね!」
「おいおい、急に理論的になんのやめろ。こっちが恥ずかしくなる」


そう言いながらも、ほう…、と安堵する。何やってんだ俺。これじゃ、一緒に出掛けてる意味がねェじゃねェか。

にこりと笑う亜依を見つめて反省していれば後ろで信号が青になったことを知らせる音が流れる。一也先輩?、と不思議そうに俺を呼ぶ亜依の目線が俺の後ろ、信号を気遣うように流れたのを見て口を開いた。


「手、繋いでもいいか?」
「え…」
「って、普通聞かねェのかな?悪い、初めてだからよく分かんねェんだ」


格好悪くてしょうがねェはずの俺を目を丸くして見つめる亜依に、ん、と手を差し出す。すると嬉しそうに目を細め笑った亜依の小さな手が重なり俺はそれを1度握ってから、遠慮してるみてェな不安を与えねェために躊躇いなく指を絡め握り直す。


「…あったけ、お前の手」
「不快じゃないですか?」
「バーカ。んなわけねェだろ」
「ふふふー。なら良かったです」
「あ、やべ。赤信号になっちまった」
「かーわれ!ってやりましょうか?」
「は?なにそれ?」
「信号を赤信号から青信号に変えるんです」
「ははっ、マジ?んじゃ頼むわ」
「かしこまりましたー!!むむむっ」


難しい顔をして、さて何が始まんのかと思えば反対側の車線の信号が点滅して赤信号になるタイミングで、かーわれ!、とかって歩行者用信号を指差すもんだから腹を抱えて笑った。いやお前。それ、タイミング合わせただけじゃねェか。

そんな事をして笑っている内に信号はそれから2度は変わってしまい漸く渡れた頃にはお互い笑いすぎて咳込んだりしてて、馬鹿みてェだけど楽しくてしょうがねェと思った。


「一也先輩はプロ志望届け出したんですよね?」
「んー?まあな。倉持もだぜ」
「おー!さっすがですね、もっち先輩」
「ま、どうなるかはまだ分かんねェけどな」
「プロ…。もし…、いえ絶対に大丈夫ですけど。プロになったら寮暮らしになるって信二が言ってました」
「!…そうなるな」


金丸、ね。


「そっか……」
「!…なに、どうした?」


らしくねェ静かな沈む声を聞いたのは電車に乗り目的地に近付くその道を歩いている時だった。
川上から吹く風が懐かしく、鉄橋を鳴らす電車の音が少し離れたところから住宅街に反響しながら聞こえる。すすきがちらほら見えるようになった土手の道。
ここは俺と亜依の地元だ。

"一也先輩とキャッチボールをしてみたいです!"

勉強していたあの日、本当に嬉しそうに話した亜依の初めての望み。まさかそんな事とは思いもしなかった俺の頭からは高校生が普通するような…っつっても雑誌やテレビドラマぐれェでしか知識はねェけど。そんな普通のデートの光景が抜け落ち転がり落ちた。カラン、と音が立ったような気がしたけど別に形にこだわる必要なんて今更なくて、ただでさえ希薄に思われる付き合いをしてきたんだ。互いが傍にいるだけで奇跡みてェなもんだと思わねェと。


寂しいや会いたい。一緒にいたい離れたくない。そんな類の言葉を亜依の口から聞いたことがねェ。
けど聞いたことがねェだけで、亜依が思ってなかったわけじゃねェんだと俺は何回こうして自己完結という悪い癖を反省すりゃいいんだろうな。


「寂しくなっちゃいます、よね」
「は……?」
「し、信二が!寮暮らしになればそう簡単に会えないだろうって。それなりの覚悟を今からちゃんとしておけって」
「……うん」
「考えないようにしようと何枚も何枚も字を書いても打ち消せなくて」
「うん」


言葉を重ねるたびに亜依の俺の手を握る力が弱くなるからその分俺が強める。絶対離さねェ。つーか金丸、そのアドバイス亜依になのかよ?それとも自分のためか?まぁきっと、どっちもあるんだろうけど。

俯き気味に話す亜依の足がゆるゆると止まる。俺も足を止めれば全然笑えてねェ顔で無理矢理笑って見せて、


「あの…これを最後の思い出にしたりしないように頑張ります!」


なんつーことを言うからグッと込み上げた、言葉にしきれないほどの想いは一先ず俺の中に収めて、こら、と亜依の頭を軽く小突く。


「え…」
「なーに言ってんだよ、お前らしくねェ。最後になんかなるわけねェだろ。そりゃ不便も増えるかもしんねェけど、お互い頑張ろうぜ」
「お互い?」
「そ。お互い」
「お互い……ですか」
「はっはっは!なんだその反応」


思わず頭をぐしゃりと撫でてしまいそうになったが綺麗に編み込みされてるそれを見て、代わりに頬を手の甲で撫でた。本当は手の平がいいけど如何せん俺の手は年中マメだらけで固い。柔らけェ亜依の肌にその固さを押し付けんのはまだ憚れた。

ヒュッと亜依が短く息を呑む。多分俺が真剣な目で亜依を見つめてんのも、無関係じゃねェだろう。


「なんか勘違いされてっと困るから言うけどな。俺だって我慢すんだぞ」
「我慢?」


こらこら。なんだその、信じられない、みてェな顔は。
まぁ予想はしてた。コイツは俺がそんな風に思うことは想像出来ねェらしい。

ふに、と亜依の頬を指で突き俺は目を細める。少しは分かれ。


「そりゃそうだろ。彼女と会えねェ顔が見れねェ触れれねェってなればそれなりにしんどくもなる」
「一也先輩、も?」
「も。つか今まで思ってたの?お前」
「……はい」
「言えよ。頼りなく思われてっかもしんねェけど、言われると嬉しいもんなんだぜ?」
「寂しいです!!」
「早速かよ!!っ…はっはっは!本当お前、………」
「一也先輩?」


……いや待て。これを言うのは少し恥ずかしすぎねェか?

危うく口走りそうになった唇を1度結んだものの亜依はすげェキラキラした目でこっちを見てるし、ちりん、とすれ違う自転車にはベル鳴らされるし近くに住んでるんだろう子供が俺らを土手の下から指差し、カップルだぜカップルー!、とかって言ってっし。
あー分かったよ言えばいいんだろ!


「本当、俺のこと好きな」
「!っ…だ、大好きです…」
「だあァっ!なんでそこで照れんだよ!!俺まで恥ずかしくなんだろうが!」


つーか子供が土手の下で、ヒューヒュー!、とかってうるせェ!!

カッと熱くなった顔を背けていれば急に腕を下へと引かれ、がくん、と下がる右半身。驚き反応する前にふわりと耳元を掠めた優しい吐息と甘ったるく感じる小さな、内緒話をするみてェな声が身体に注ぎ込まれた。


「そうなんです。本当に大好きなんです」
「っ……お、まえね」
「ふふふー」


ますます収拾つかなくなった顔の熱を隠すために顔を手で覆いその指の隙間から見た亜依がはにかみ笑うその顔に俺の顔もふにゃりと緩む。
どこで覚えてきたんだ、そんな手法。馬鹿みてェな真っ正面からの攻め一辺倒だったくせに、まるでアウトコースからインコースの投げわけされて上手く翻弄されたみてェな…悔しいような面白れェような…ますます目が離せなくなる。俺をどうする気だよお前。ただじゃ済まさねェ。

……つーか。


「キスしろ、キース!キース!!」
「さっきからうるせェ!!」






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