堕ちて数十年、気付いた数秒




むぅ、と唇を尖らせて視線の先に手に掴んだものをジッと見つめていれば、うわ、と怪訝そうな声が頭の上から聞こえて私も内心で、うわ。

聞き分けたくなくたって。
瞬時に理解したくなくたって。
どんな顔をしてて、この後どんなことを言われるのかが頭の中に浮かんでしまう虚しさ。自分の中に築かれた経験則に、ジーザス、と心の中で唱えて目を細めた。


「なにそんな可愛いの持ってんの?似っ合わな!!」
「……フン!」
「ぐべっ!」


悲しいことに預かり知りすぎてる暴言に勢いよく身体を起こして私の後ろから私の手にあるものを覗き込んでいるそいつの顎を頭でかちあげる。
ざまぁ!都のプリンスともあろう人から出たとは思えない声が出た!


「いっ、たぁ…!なにすんだよ亜依!」
「べっつにー。身体を起こしたらたまたま鳴がそこにいただけでしょ」


ベッと舌を出せば顎を擦りながら涙目で私を睨む強豪稲城実業野球部エース、都のプリンスこと成宮鳴は目を細めて私を見下ろすようにズボンのポケットに両手を突っ込み体勢を立て直す。ま、涙目だけど。


「可愛くねェの。そんなんだから告白しても、お前のことは女に見えない、なんて言われるんじゃん」
「は…?は!?なんでそれ…!」


は…!しまった…!こんな反応したらコイツが喜ぶじゃん!!

ゲッ…と嫌な予感に顔を歪める私のそれを見てにんまりと笑う鳴。表向きにはイケメンでエースピッチャーで甲子園準優勝投手。全国に名を知られた頃から取材も多くなり品行方正、模範的な取材態度だなんて評される鳴だけど野球部マネージャーで十何年来の幼馴染としてはそんなもの世を忍ぶ仮の姿で外面としか思えない!

頭の中でグルグルと不満を忙しく展開しながらも絶句する私を他所に超絶悪人面な鳴。誰よ。キャーカッコイイ!なんて言ったのは!あ、真壁か。男子。


「それって?亜依が告白したバスケ部の男子がお前のことは女に見えないって断ったって話し?」
「っ…最低!!鳴なんて、」
「なにさ」
「鳴なんて…っ、」


まるで王様。言ってみろよ、とばかりに私を細めた目で見据える鳴にグッと言葉が詰まる。
なによ。馬鹿。私だってまだ傷が癒えない。ちゃんと本気で好きだったし一大決心の告白だったのに、どうして知れ渡ってるの。

胸の内に渦巻く悲しさが熱さになって喉に込み上げてヒリヒリと痛む。泣いてやるもんか。鳴ってばいつもこう。他の子たちには優しさ全振りで、私には意地悪全振り。悔しくて唇を噛み締めてフィッと鳴から目を逸してさっきから手にしているキーホルダーに目を落とす。
…今日、オフで良かった…野球部。
どうやったって鳴とギクシャクしてしまうし、まぁ…野球部の部員は今更そんなこと気にも留めないだろうけど。
あーぁ…。分かってるよ。
私が手にするのは柴犬のキーホルダーで、ガシャポンでコンプリートを目指してる私が大好きな可愛い子たち。なかなか最後の1種類が出なくてお小遣いの散財だって分かってても諦められないぐらい大好きなシリーズの第3弾。こんな可愛いものが私に似合わないのなんて、わざわざ言われなくたって…分かってるけど。


「…鳴にはもう何も言わない。聞いてもらいに行くからいい」
「は?誰に」
「一也くん」
「……は?…はあ!?」


オフで良かった!自主練中に鳴の機嫌が悪くても私は知ーらない!!


「…で?ここまで来た、と」
「すみません」
「…はぁ」


くしゃりと髪の毛を掻き乱して溜息をつく姿を隣に私も小さく溜息。
我ながら本当に来てしまうとは。授業が終わって教室から猛ダッシュ!追いかけてきた鳴に捕まりそうになりながら寮への道とは反対方向になる駅方面の道に入ってしまえばこっちのものなのは分かってたから全力疾走!どうよ。体育祭では毎年リレーメンバーに選ばれる実力なんだから!!ちなみに友達もリレーメンバーに選ばれるんだけどその子のことをうさぎみたいで可愛いって言ったのに対してお前はイノシシだって鳴が笑った時もこうしてこの人を隣にして溜息をついたっけ。

チラ、と目線を流すと少し前髪長いんじゃないかなって心配になる。メガネの縁にも掛かっちゃってる。うん?と私の視線に気付いた彼に、ちょい、と自分の前髪を指差すと、あぁ、と彼も自分の前髪を摘んだ。


「すぐ伸びんだよな」


面倒くせ、とうんざりしたように言う彼だって鳴に負けず劣らず名が知れてる同じく西地区強豪青道野球部の扇の要、御幸一也くん。相変わらず顔は良いなぁ、なんて思いながら抱え込んで座る足に頬杖をつき眺めながら思う。

悪かったかなぁ…。ふぅ、と息をついて目線を移した先で流れる川に映る傾く陽の色が綺麗。一也くんがいつもこの場所で素振りをしてるのは知ってる。シニアの頃から友達で鳴が稲実へと誘い声を掛けた中でただ1人乗らなかった一也くんの練習場所を知ったのは鳴との喧嘩で腹が立って気の向くまま訪れた此処でたまたまだったけど。


「つーか相変わらず走り出したら止まんねェんだな」
「……今、イノシシを頭に浮かべたでしょ?」
「おー。よく分かったな」
「意地悪!」
「んー?あの時も半泣きで喚きながら走ってきたのはどこの誰だっけな」
「う…!」
「しかも後ろから腰に突っ込まれたし」
「ごめんなさい!」
「はっはっは!ほらな!変わんねェだろ?」
「!…それは一也くんもね」


怒りたいような気がするのに、こんなに迷惑なことをしている私にも屈託なく本当に楽しそうに笑ってくれるから力が抜けて肩の力が抜けちゃう。
眉が下がって私も、あはは、と笑えば急に真顔になった一也くんがフィッと背ける顔に首を傾げて、え?なに?、と追い掛けるように顔を覗き込もうとするけど。


「こっからは立入禁止」


と、手にしていたバットを横に立てて境界線を作るようにしまう。えぇっと…なんで。


「…ま、いっか」
「ブハッ!いいのかよ!」
「だって今は私の話を聞いてほしい」
「さすがは鳴の幼馴染」
「本当それやめて。鳴よりわがままじゃないし鳴より傍若無人じゃないし鳴より自己中じゃない」
「ふうん。鳴"より"ってことは多少の自覚はあんだな」
「一也くんの練習の邪魔をしてる自覚はあるのでさすがに」
「そりゃ良かった。で?」


ここまで来てしまった経緯は簡単に話したものの詳細は話してないから促してくれる一也くんにまた眉が下がる。意地悪だし言葉がきついこともあるけどなんだかんだ話を聞いてくれるし優しいなぁ…。


「鳴とは大違い…」
「うん?」
「…一也くんも知ってるでしょ?鳴はいつも私に意地悪で、冷たい」
「あー…うん」
「……それを目の当たりにするたびに、地味に傷ついちゃってるわけです」


昔っからそう。とは言っても物心ついてから記憶がある限りだけど、記憶にある鳴がずっとそうなんだから私にとってはそれだけが鳴と私の真実。
他の子たちには優しい。
シニアの試合を応援しに来たクラスの女の子たちには優しく笑って話しかけるのに私のことは顎で使うし。だけど鳴がする野球は凄く好きだったから鳴を見ていたくて稲実を受験した。野球部のマネをするんだって話したら鳴、凄い怒ってたけど…。鈍臭いし役に立たない、って…さすがに酷くない?地元から近い女子高にしろって直前まで口うるさく言われたけど私の進路は私が決める!って喧嘩している時に言ったら鳴のお姉ちゃんが援護射撃をしてくれて。…それも原因かなぁ…。まだ根に持ってる?だから…だからあんなに私にだけ意地悪?

話しながらだんだん悲しくなってきて下向きになる目に涙が溜まる。
スカートと一緒に足を抱えて顔を埋めて、ずっとずっと胸に引っ掛かってきたことをぽつりと零した。


「鳴は…、私のことが…っ。嫌いなんだよきっと」


フッと頭に浮かぶのは家にある小さい頃からのアルバムを見返せば小さな私と鳴が一緒に写る写真。何枚もあるその中で私と鳴は遊んでたりお風呂に入ってたり。別に仲が悪そうには見えなかったから何かを機に嫌われてしまったのは明白。今では顔を見合わせれば意地悪ばかり。

ふうん、と思案げな一也くんの声に居た堪れなくなって、ごめんね、と言いながら顔を上げれば思いがけず一也くんの真剣な目とかち合って息を呑む。


「亜依は鳴がどうなりゃ満足?」
「え?…うーん。人並みに優しくしてほしい」
「ほー」
「可愛くないってわざわざ言わないとか、振られた私の傷を抉るとか、そういうことをしないでくれたらそれでいい」
「なるほどな」
「なにが?」
「いい方法があるぜ」
「え!?なに!?」


さすが一也くん!!シニアの試合で会うたびに突っかかっていく鳴の相手をしてただけある!!

バッと飛びつくように一也くんの腕に手を当てれば、こらこら、とまたバットで境界線。す、すみません…。そんなに押し返さなくても。


「亜依、亜依」
「うん?」
「………」
「……?」
「………」
「え、一也くん?」
「………」
「え…えぇぇ?」


なに?どうしたの?呼ばれてジッと見つめられて無言のままもう何秒?
たじたじになってもう問いかける言葉を失くす私をそれでも見つめ続ける一也くんにだんだん恥ずかしくなってきてどんな顔をしていいのか不安になってくる。
う…!へ、変な顔してないかな私。とりあえずキュッと唇に力を入れて精一杯な凛々しさをイメージ。無意識に息を止めてしまって次第に苦しくなってプルプル震えてきちゃう。


「くっ…」
「!」
「ブッハ!!はっはっは!!」
「えー!?な、なんで!?」
「ちょ、待っ…!ブクッ、ブハッ!」
「もう!!私が可愛くない顔をしてたからって笑わなくてもいいじゃん!!」


お腹まで抱えて笑っちゃって!!
カァッと顔が熱くなってごまかすようにキッと一也くんを睨んでも堪えきれない笑いで喉を鳴らす姿から精一杯の抗議でプィッと勢いよく顔を背けた。


「別に可愛くないなんて言ってねェけど」
「え…」
「ま、面白くはあったな」
「ほら!」
「で、よく分かった」
「なにが?」
「こっちの話し」
「そう言われても…」


1人納得した様子の一也くんに困ってしまう。心無しか元気がないようにも見えるし、一也くん?、と問いかけながら顔を覗き込もうと思ったのに、こらこら、と3度目のバット境界線。むぅ、と顔を顰める私に眉を下げて困ったように笑う一也くんは、気にすんな、と言って続ける。


「今の俺と同じこと、鳴にやってみ?」
「え。…あ、」
「あのな。バットでやったやつじゃねェぞ」
「あ、そっちかと」
「期待裏切らねェな」
「もしかして、ジッと見てたやつ?」
「そう、そっち」
「んー…?なにか意味あるの?」
「あるある。多分何かが分かるぜ」
「鳴が私のことを嫌いってことが分かるかもね」


目を細めてそう言う私におかしそうに笑った一也くんを呼ぶ声が土手の下から聞こえて彼が立ち上がりバットを肩に担ぐのを見上げる。


「まぁどんなことになっても責任は持たねェけど」


そう言う一也くんは、じゃあな、と背を向けて土手下で呼ぶおそらく青道高校野球部の部員へと、ハイハイ、と返事をしながら私に後ろ手を振った。


「遅い!!俺との約束から3分過ぎてやすよ!!」
「うるせェなぁ…ていうか約束なんてしたっけ?」
「しましたよ!!この白状者!!朝方部屋に押し掛けて球受けてほしいってお願いした俺と練習後に球を受けてくれる約束したでしょーが!!」
「押しかけた自覚あんのか。わり、忘れてた」
「なにィー!?…ていうか今の誰です?他校っすよね?」 
「あぁ、稲実の子」
「はあ!?アンタまたスパイ活動か!!」
「あの時ペラペラこっちの内情を鳴に喋ったのはお前だろうがバカ!!」


そんなことがあった翌日。
結局何かを放り投げられた気はするけど、練習で忙しいのに話しを聞いてくれたわけだし昨日よりは胸の内はスッとしてる。
鳴からスマホに怒りのメッセージが入るかと思いきや音沙汰がないからかもしれない。ビクビクと登校して教室に入って鳴の姿が教室にないことを確認してホッと一息。おはよー、と友達に声を掛けながら席に向かう。


「これ…」


よく見慣れたカプセルが1つと私の好きな苺ミルクの飴が3つ、机の上。
昔から変わらない。私と鳴の喧嘩は必ず鳴から始まって鳴が終わらせる。カプセルには油性ペンで『ごめん』の文字と、苺ミルクの飴はいつも仲直りに鳴がくれていた飴。

もう来てるんだ…。
カプセルに書かれた鳴の字から顔を上げて、キョロ、と教室を見回しても姿は見えないけど…あ。鳴の机に鞄ある。そっか、鳴が…。それにしてもこのカプセル、もしかして…。


「!」


透明のカプセルに書かれた文字の向こうに目を凝らして中身が分かった私は息を呑みそれを握り締めたまま教室を飛び出した。


「鳴!!」
「うわ!!」


あ、しまった…また猪突猛進。
廊下で男子たちと話してる後ろ姿に勢いよく飛びついてしまった鳴から、ごめん!、と慌てて離れれば鳴は、別に、と気まずそうに私の目線を避けてる。痴話喧嘩か?とひやかす男子たちに、そんなんじゃねェ、と低い声で返す鳴は普段はこんな声を出さないから男子たちは触らぬ鳴に祟りなしとばかりにそそくさとその場からいなくなってしまった。
えっと…沈黙が重たいけど。
けど、ちゃんと伝えたいから。ギュッと手に持つカプセルを握り締めてから口を開く。


「あ、ありがとう!これ!」
「!」
「ずっと出なかった最後のわんちゃん!」


鳴に話していた時、聞いているようで聞いていないような適当な返事ばっかりだったのに。ちゃんと覚えてくれてた。最後の1個が出なくてもう今月はお小遣いも限界だからコンプリートはできないかなって、そう話したこと。

目を丸くした鳴にズィッとカプセルを向ければ口を少し尖らせてそっぽ向いてしまう。


「亜依のためじゃないし。たまたま見つけてクラスの女子が話してたの思い出して回してみただけ」
「え…」
「俺が持っててもしょうがねェじゃん」
「そう、だね…」


そっか…わざわざ回してくれたわけじゃないのか。そうだよね…鳴、自主練してたはずだし…そんな暇ないよね。

突き放すように素っ気なく言う鳴に舞い上がってた自分が恥ずかしくて、同時に胸の奥がずきりと痛む。視線も下を向いてしまってカプセルを持つ手も力なくぷらんと身体の横に落ちた。そっか…クラスの女子。誰かな。荻野さん?三宅さんとか…鳴と仲良しでいつも話してる可愛い子たち。
あ…、と鳴の声が聞こえたけど顔を上げる勇気がもうない。ズキズキ…痛みと一緒に押し出された血液が全身を凍らせるみたい。

ほらね。やっぱり鳴は私のこと、嫌いなんだ…。

じわ、と視界が滲んで奥歯を噛み締めた時。一也くんの昨日の笑い声を思い出してハッと息を呑み顔を上げる。


「!」
「!っ…いきなり顔上げんなバカ亜依!!」


え…なに。どうしてそんな顔?
鳴は俯き言葉を噤む私を眉を下げて悲しそうに見つめてた。すぐに暴言と共に元通りになったけど。
けど…落ち着いてジッと鳴を見つめていればその耳が赤くなっているのが気付いて、鳴、と呼ぶ。お願い。少しの間だけ。もう少しで私の中で何かが分かりそうなの。

鳴のセーターの裾をキュッと掴む。わ…手、震える…っ。


「鳴…」
「へ……は?」
「………」
「……亜依?」
「っ……」
「ちょ、な…うあ…な…!」
「………」


ジッと鳴を見つめて数秒。鳴の青い綺麗な瞳がゆらりと揺れると同時に真っ赤になる様を見て私も呼吸を忘れたくせに顔が真っ赤になって、今なら頭の上から湯気が見えそう、なんてことを暢気に思った。



堕ちて数十年、気付いた数秒
「滅びろ」
「っ…白河!!聞こえたからな!!」
「当たり前だろ。聞こえるように言ったんだから」
「なんだと…!」
「まぁまぁ。昨日、スポーツショップの帰りにガシャポン回すのに付き合ってやったんだからこれぐらいは許せよ」
「え。カルロス君と白河くんも?」
「コイツ、何回も回してた」
「言うな!!」

ー了ー
2021/09/13





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