愛が大きいということでどうか1つ




一週間前に新しい服を買った。お小遣いが足りなかったからお母さんに2日間手を合わせ続けてようやく前借りが叶って、次のバイトのお給料から返すことにした。
あまり得意じゃないマニュキュアも頑張った。でも校則違反なんてして親に電話されて知れようものなら私が手を合わせて頭を下げた以上の時間を掛けたお説教が待っているだろうから爪を磨いてトップコートを塗るのみだけどいつもよりツヤツヤしてて目の前に手を広げてヒラヒラさせながら光を受けさせてその光沢を見れるだけで気持ちが浮き上がって顔が緩む。メイクも普段はしないけど上手な子に教わって一週間前特訓!最初は、宝塚か!、なんて突っ込まれたアイメイクもクリアマスカラを塗るだけでだいぶ違うことが分かって手鏡を取り出し独特なカールが維持されているのを確認してホッと一息。髪の毛もふんわりと纏めてちょっと頑張ったんだ。何回もやり直したから二の腕がちょっと痛い。
アイツは気付くかな。
そわそわして周りをあちこち見回したいけど待ち焦がれてるなんてバレバレになるのはなんかちょっと悔しいし、下を向いてちょっと背伸びをしたパンプスの細いつま先をジッと見つめながら高鳴る心臓の上に手をあてる。ふうー…と長く深い息をついてどんなに落ち着けようとしてもそれどころかどんどん大きくなる心臓を感じる。

会うのは…えぇっと…。わ…スマホのカレンダーに入れたスケジュールを遡らなきゃいけないぐらいに前だ。幼馴染で、彼氏のアイツが青道高校野球部からのスカウトを受けスポーツ推薦で進学。レギュラーメンバーとして華々しい活躍に贈られた鉄壁の二遊間という称賛。何ヶ月かに1回出来る短い電話で話したセカンドの先輩を語る言葉は怖いとか気難しいとかだったのに、次に電話をする時には尊敬に変わっていたりして、アイツの隣に私のいない時間が流れていることを実感してしまう電話は切った後にいつもちょっとだけ泣いてた。
けど応援したい気持ちも、憧れの松井稼頭央のようになるという目標をアイツなら達成出来ると信じている気持ちも嘘じゃない。会いたいという気持ちに蓋をしてやっと!…やっと。オフの日があるから会おうという約束が出来た今日。楽しみと不安が半分づつ。私たち、そんなに素直に気持ちを語る方じゃないし元々が幼馴染っていうこともあって今更って感じもしちゃうし。

けど今日は。今日だけはアイツの記憶にある私より可愛いって思ってほしい。欲を言うなら言葉にしてほしい。私の中にもアイツのいない時間が流れて私の人間関係にも変化が当然ある。そこにいない大好きな人への想いが不安ばっかりにならないようにと懇願にも似てる。


「…あれ。いつの間にか時間過ぎてる」


ハッと息を呑むスマホ画面の時間。5分ぐらいだし…別に大したことないけど。

ジッと数字の並びを見つめてずっと同じ体勢だった身体を動かして伸び!楽しみだからついつい時間の流れが長く感じちゃう。
今日はまず行きたかったお店でご飯を食べて、適当にブラブラして色んな話しをしよう。聞きたい話も話したいこともたくさんあるからいつものように笑われちゃったりして。困ったように眉が下がるくせに、くしゃりと崩した優しい顔で笑う。…早く会いたいな…洋一。

けど、待ち合わせの時間から何分経っても来ない。必然的にスマホで時間を確認する回数は増えて1分過ぎてはあちこちを見回す。
待ち合わせにはメジャーなこの場所で、もう何人の"待った?今来たとこ?これからどうする?"なんていう会話を聞いて楽しげな背中を見送っただろう。履き慣れないパンプスを履いた足が少し痛くて何度も組み替えたり体重の掛け方を工夫したり。来ないな…洋一。洋一はスマホを持ってないから連絡も取れない。きゅう、と鳴ったお腹はお昼が近いことを知らせてる。…お昼まで、あと1時間。


「どうしよう…」


もしかして、何かあった?ここに来るまでには徒歩で駅まで行ってから電車で30分ぐらい。その間に洋一の身に何かあったかもしれない。洋一は待ち合わせに遅れたことはないし、なんならいつも先に待っててくれる。つまり幼馴染としてずっと過ごしてきた私たちの間に今までなかった事態が起こってるんだ。
ギュッと手を握り締めて助けがあるわけじゃないのにキョロキョロを辺りを見回す。やっぱり洋一の姿は見えない。スマホに連絡もなし。もしかして電車に遅延!?と乗換案内のアプリやSNSでリアルタイムな情報を探してみるけど特に異常もなく通常運行中。

これはもう…私が行くしかない…?

万が一、億が一。
もしかしてひょっとして…洋一が忘れてるなんてことはないと思うけど。それを確かめに行かなきゃ。

慣れないパンプスの足を踏み出して、かかととつま先が痛んだけど心臓が冷たい高鳴りに変わった苦しさの方がずっと痛くて気にもできなかった。
何回かしかまだ乗ったことがないこの電車。座ってても落ち着かないから扉の側に立って見る景色もどうりで見覚えがない。青道高校のグラウンドで行われた練習試合に洋一が初めて一軍メンバーとして出場すると電話で嬉しそうな声で聞いたから居ても立っても居られなかったあの時。絶対に来んなよ!とまるでフリのように何度も念を押されたらそりゃ観に行くしかない。まぁ…気を散らしたくなくて本当にこっそーり観てたんだけど。洋一は活き活きとチームメイトの中に居て、とっても楽しそうだった。それ以来ちょっとだけあそこに行くのが苦手になってしまった私は扉際の手すりをギュッと握り締めながら着くまでにスマホが鳴らないかな…と自分のスマホの通知音に意識を集中させた。


青道高校の野球部グラウンドは土手を隔ててすぐ近く。だから土手沿いを歩けばバックネットや照明が見えてきて近くなれば部員の声が普段なら聞こえる。洋一の話しじゃオフだろうと常に誰かしらはバットを振ってたり投げてたりするそうだから人の気配が全く無いってことはないとは思ってたけど。


「しっ…んじらんない!!」


何度か目にしたことがある野球部の遠征用バスの近くで何人かの野球部員がバットを振っていて、それを土手から見下ろしながら絶句したのちの手も声も震える私。

あそこにいるの、洋一じゃん!!
一心不乱といった様子でバットを振り続ける姿に胸の内が一瞬じぃんとしたよ確かに!そりゃ数ヶ月ぶりだもん!けど本当に一瞬ね!次の瞬間には怒りが込み上げて固く手を握り締めてちょっとおしゃれに整えた爪先が手のひらに刺さったって気が済まないよ!
でも…何より。
スッ…と力が抜ける。
私との約束をすっぽかしたか忘れてるかは知らないけどさ、バットを振る姿がカッコよく見えてしょうがないぐらい野球に夢中で懸命なんでしょ?久し振りに会う…っ彼女のことなんかより。

バットが空を切る音を確かに聞きながら俯けば滲んだ視界を晴らす涙がぽたりと落ちて、その先には履き慣れないパンプス。
…馬鹿みたい。頑張っちゃって。言いはしないだろうけど少しでも可愛いって思ってほしくて毎日のお皿洗いもセットでお小遣いの前借りまでしたのに!足痛い…。


「なんか、ムカついてきた……」


ギュッとまた手を握り締めて素振りする洋一をキッと睨みつけながらパンプスを脱ぐ。
そしてハイ!腕を振り上げて狙いをロックオン!これでも小さい頃から洋一の練習に付き合ってたしキャッチボールだってそんじゃそこらの女の子よりずっと飛ぶんだから。

スゥーと息を吸って!


「よういちー!!」
「!っ…あ!?」
「覚悟!!」
「はあ!?おま…うお!!」


ざまあみろ!!
ビュン!と投げた片方のパンプスは真っ直ぐ洋一の方へ向かって惜しくも当たらなかったものの素早く避けた洋一を驚愕させたには違いない。
呆気に取られポカンと私を見上げる形で見つめる洋一を土手の上で見下ろす私の目にはまた涙が浮かび唇を噛み締める。あぁもう嫌だ。こんな風に喧嘩なんてしたくない。洋一のことは応援してる。多分洋一のおじいちゃんとお母さんの次ぐらいって自信だってある。けど、こんなのあんまりじゃん!あんなに楽しみにしてたの私だけ!?


「亜依、お前なんで…」
「っ…ブワァーカ!!洋一の子供舌!!野球と結婚してボールたくさん産めアホー!!バカー!!」
「あぁ"!?」
「バカッ!っ…この、えっと…バカ!!」


馬鹿しかもう出てこない語彙力が…っ、もう!!喉に込み上げて焼けるように痛いのは悔しいからか悲しいからか恥ずかしいからか、どれが1番大きいのかなんて今は絶対に分からない。それよりもそんな私自身がこの場に居た堪れないなくて眉を寄せて私を見つめる洋一から目を逸して来た道を走り出す。ちょっとだけヒールのあるパンプスを履いていない片足とのバランスがおかしくて上手く走れないけど。


「てん、め…っ!待ちやがれ!!」
「は…?ちょ、なんで追いかけてきてんの!?」


怖っ!顔、やばい!!今からカチコミでも行くのか!ってぐらいの剣幕!!

サァーと血の気が引くのを感じながら一生懸命手足を動かすけど足の速い洋一に敵うわけない。土手と土手下の高低差のアドバンテージなんてあっという間に埋まってすぐ近くに感じる洋一の気配に目をギュッと瞑る。


「な、んで来るの!?」
「あ!?それはこっちのセリフ、」
「私との約束、すっぽかしたくせに!!」
「!」
「楽しみにしてたのは私だけなのはよく分かったからもう来な…っ、へあ!!きゃあ!!」


耳目すべて塞ぎたくて真っ暗の視界の中でずるりと足元が滑って土手の下へと身体が滑り落ちる感覚に息が止まって次の瞬間に草だらけ傷だらけの、運が悪かったら犬のフンがついてしまうかもしれない状況まで頭の中に駆け巡ったんだけど。

グッと腰が力強く支えられてて頭の少し上で整わない息遣いが聞こえてやっぱり息が止まった。パッと開いた目には土手の傾斜が映り、耳には、あっぶね…、という安堵の息が混じる洋一の声。


「な、なんでぇ…?私なんて放っておけばいいじゃん…」


洋一に助けてもらって尚もこんな言い方しかできない可愛くない私。そんなこと、本当は思ってない。思ってないけど、口先だけでも強がらないと辛くてしょうがない。腰に回る洋一の腕に当てた自分の手にポタポタと涙が落ちて洋一の腕を伝った。


「…あぁ、だな。お前みてェな馬鹿は放っといてもいいけどよ」
「ヒドッ!!」
「お前はいいのかよ」
「は?な、なにが?」


はぁ、と溜息をついた洋一が、ん!、と私が投げつけたパンプスを私の視界に差し出して大きく深い溜息。
んな…!なんでそんな私ばっかり責められなきゃなんないの!?
そう抗議を用意して口を開いたんだけど。


「約束、明日だぜ」
「………はい?」


その洋一の一言に頭の中が真っ白になる私の耳に、まるでシンデレラっすね!!、と元気で大きな声が届いた。



愛が大きいということでどうか1つ
「お前、本当に昔っからそういうところ変わらねェな」
「だ、だって…っ」
「オラ、靴履け」
「あ、ありがとう…」
「あーぁ。チッ、顔に汚れついちまってるじゃねェか。こんなタオルしかねェけど我慢しろよ」
「う…うん。洋一、あの…ごめんなさい」
「別に。今に始まったことじゃねェしよ。気にすんな」
「うん…」
「ぬおー!!王子ポジションなんて柄でもねェのに見ろ!春っち!!倉持先輩が靴履かせてあげて涙とか汚れ拭いてやってんぞ!!少女漫画か!!」
「へぇ。世話焼きの起源かもね」

ー了ー
2021/09/05





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