始まりと終わりが終わるまで




そりゃ惰性でこのまま流れていく方が楽に決まってるけど、そんなので満足出来るぐらいなら最初っから好きになったりしねェし。アイツは俺がいなきゃ駄目だし俺だってアイツ以外は考えられねェし、って顔も名前も知らない子に真っ赤な顔で涙目で見つめられながら震えた声で告白されながらいつも思ってる。


「亜依!!」
「あ、鳴くんおはよー」
「お、おはようじゃねェの!!」
「え?朝だからおはようで合っ、」
「じゃなくて!!」
「わ!!」


野球部寮で生活する俺の登校時間と同じぐらいにいつも登校してくる幼馴染の後ろ姿を見つけるなり朝から全力疾走!キョトンとする丸い目をもっと見つめていたいなって思うけど今はそれどころじゃねェ!!
バッカじゃねーの!!と喚きながら自分の顔にカァッと熱が上ってくるのを誤魔化すように怒りながら幼馴染須藤亜依の制服のスカートの後ろを引っ張り下ろす。バッカじゃん!!バカすぎ!!捲れてたし!下着バッチリ見えちゃってたし!!し、白…っていつからこの状態だったんだよコイツ!

目を細め力の限り眉間に皺を寄せて振り返りキッと後ろを歩く奴らを睨む。クッソ、絶対に見ただろ瞬時に目を逸しやがって顔覚えたからな!!


「鳴くん?」


で、コイツはコイツで真ん丸い目で俺を不思議そうに見つめるし!
ムギュッと両ほっぺたを摘んで横に引っ張る。


「バーカ!!」
「いひゃひゃひゃっ!いひゃい!めーくん、いひゃいー!」


もうありえねェ!!
物覚えがないぐらいの頃から当たり前のようにずっと一緒のコイツは鈍臭いし抜けてるし馬鹿!今だって、酷いよ、って今にも泣きそうな顔しながら俺の手に自分の手を平然と重ねちゃってるし!

色んな感情が怒涛の勢いで順番に押し寄せては過ぎさってを繰り返してグッと息が詰まる。何から言ってやりゃいいのか分かんないけどとにかく今はこれ!
亜依の流れた涙に、うっ…、と罪悪感を感じながら制服の袖でゴシゴシ拭いてやる。そうすると、ふにゃ、と顔を緩ませて嬉しそうに笑うのがいくら可愛くたってまだ眉は寄せたままにしなきゃだ。


「亜依」
「なに?」
「……えぇっと、さ」
「うん」
「…見えてた」
「なにが?」
「あー…」


パンツ?下着?どっち?なんてどっちでも伝わるだろうけど言い迷って目線を流す俺を亜依が、鳴くん?、と不思議そうに呼ぶ。……ゲッ!流した視線の先でカルロスたち野球部の連中がニヤニヤ笑いながらこっち見てんじゃん!いつから!?ずっと見てたのかよアイツら!

カァッとまた顔が熱くなってムスッと睨みつけたところで効果なんてねェのは分かってるからもう放っておく。それより大事なのはコイツだし。
俺の目線を追おうとした亜依のほっぺたをまた引いてちょいちょいと自分の耳を指差す。少しの間だけ意図を探るように俺を見つめた亜依だったけどすぐにこくこく頷きパッと笑って俺に耳を向けた。こういうとこ、あんまりにも素直すぎて心配になるけど可愛いんだよね俺の幼馴染。

亜依の耳に口を寄せて声を潜める。周りが色めき立ってるような気がするけど俺と亜依のこの距離感なんて今更でしょ。


「スカート捲れてパンツ見えてた」
「……え」
「気をつけろ、馬鹿」


指摘してやるのも恥ずかしいじゃん。
離れて目を細めながら溜息をつく俺に、だから…、とやっと俺がスカートを引っ張ったことを理解したのか独り言のように呟いてからまたパッと笑う。


「ありがとう!鳴くん!」
「…どういたしまして」


あー…もう。こんな顔して笑われると怒ろうか笑おうか迷う。本当はもっと厳しくしてやんなきゃいけないなとは思っても嬉しそうに笑う亜依の耳が赤くなってるのを見ると可愛さの他に胸の内に甘ったるさが広がってどんな顔をしたらいいのか決めかねて今絶対変な顔してる!口が笑おうとするのをグッと無理やり真一文字をイメージして引くけど亜依がふにゃりと顔を緩ましてるところを見ると無駄みたいだ。悔しいからもう1回ほっぺた引っ張っとこ。


「いひゃい」
「そりゃね」


その後すぐに亜依は同じクラスの友達に呼ばれて、またね、と手を振って離れていった。違うクラスっていうのが今でも納得出来ねェんだけど。


「意外だよなぁ」
「!……またその話し?」


振り返らなくても誰が声を掛けてきたのかは声で分かるし何回も同じことをコイツが言ってくるからそれでだって分かる。
飽きた、と言い目を細める先にカルロスがにやりと笑い少し離れた先にいる亜依へと目線を向けた。


「お前ら、ずっとあんな感じだろ?」
「まあね」


カルロスがいつもこうやって意外そうに言うのは俺が亜依の世話を焼いてやってるってことに対して。俺が誰かに対して甲斐甲斐しくするのがよっぽど信じられないらしくもう言い続けて2年。失礼じゃない?まったく。
鳴くーん!と知らない子に呼ばれ手を振られたからにこりと笑ってヒラヒラと振り返す。


「そういやまた告白されたって?」
「へ?誰に聞いた?」
「さあな。誰だったか皆が言ってるから分かんねェよ」


そんなもんだろ、と続けられ人の噂が走る早さと無神経さに釈然としないもののそれもそうかと顔を顰めながら肩を竦める。


「断った」
「らしいな。可愛い子だったんだろ?」
「可愛いから付き合うわけじゃねェじゃん。それに俺にはあの子がいるし」
「あ?お前ら付き合ってたのか?」
「まだ」
「まだって」
「まだはまだ!絶対に付き合うからそれでいいんだよ間違ってねェ!!」
「ふうん。絶対、ねェ…」
「…なんだよ?」
「いや?道のりはまだまだ遠そうだな」
「!っ……んなことねェから!」


なんて、実はカルロに言われねェでも分かってる。亜依が俺と一緒に過ごしてきて距離感に変化がないように、きっと亜依の心の中でも俺に対する感情に変化がない。幼馴染として一緒にいるのが当たり前の俺たちが当たり前じゃなくなる日が来る時に関係に変化が来たってそれは遅い。俺は絶対にドラフト1位指名されて高卒でプロ野球選手になるし!そうなったら亜依とはもう道が交わらない。大学…って考えたことはそもそもないし、俺と亜依が離れたその間に誰かおじゃま虫が湧いたりしねェように今の内に今の"ただの幼馴染"を終わらせて"恋人"を始めなきゃなんないって焦らないわけじゃねェし…。
だけど今は甲子園でてっぺんを取るのが最優先!ジリジリと迫るような焦燥を無理やり押し込めるように亜依から目を背けた。あーぁ…やっぱ高校生活最後の1年間のクラスが違うってどうかしてる。

日に日に増してくる暑さ緊張感の張り詰める毎日。心身疲労のケアは何より大切で、寮の食堂で飯を食いながらついぼうっとしていればいつの間にか俺のトレーになんかおかずの小皿増えてる!!
誰だよ!!とギャンギャンと言い合い騒がしくなったってこれだけは聞き逃さない。


「!…もう食うからいい!!」
「お!呼び出しか?」


ニッと笑う矢部の隣でチッと舌打ちしたの分かってるからな白河!
言いたいことはいっぱいあるけどとにかく食わねェといけないから飯を詰め込んでお茶飲んでハイ終わり!!ちゃんと噛まなきゃ、と福ちゃんが注意してくれた他は、成宮ムカつく!、だとか、ふざけんな!、だとか理不尽な恨み言だから無視!走って転ばないでくださいよ!、と生意気言ってきた樹の頭を叩いて食堂を出て鳴ったスマホを確認しながら1回部屋に戻りグローブとボールを持ってそこでやっと一息。ドッドッと心臓が高鳴ってる。
"いつもの場所にいるよ"
いつもの時間。いつもの場所。いつもの文章だけどそこに足りないものがあって呼吸を忘れる。そのまま頭の中は空っぽで走り出せばやっと呼吸を思い出したけど、心臓は一拍飛ばして大きく跳ね続けて奥歯を噛み締めなきゃまた呼吸を忘れそうだった。


「亜依!」


亜依とは稲実野球部寮に入寮した時から毎日ってわけにはいかないけど俺が練習が終わって飯を食い終わるぐらいに待ち合わせしてほんの数十分ぐらいを一緒に過ごしてる。場所はグラウンド前のベンチ。


「鳴くん…」
「…なに?どうかした?」
「……ううん」
「ハイ、嘘!いつもの気持ち悪いスタンプないじゃん今日のメッセージ」
「気持ち悪くないってば。可愛いもん」
「えぇ…俺は分かんない」
「あの可愛さが分かんないなんてなぁ…」


おかしいなぁ、と言いながら足をプラプラさせる亜依に眉を顰め隣に座る。グローブをつけてボールをポーンッと上げると隣で亜依も空に目線を向けるのが視界の隅で分かった。

なにが、ううん、なんだか。声も元気ないしいつもは矢継ぎ早に今日あったことを喋りだすじゃん。時間も限られてるし俺も待てる方じゃない。3回目、ボールを投げてキャッチしたら俺から口を開くかと決めたところで大体こういうとこがシンクロする、俺たち。


「鳴くん、あのね。今日」
「ん?」


ほら、キャッチして俺が口を開こうとしたのが分かったみたいに慌てて亜依が話し出した。
どうせ学食で好きなパンが買えなかったとか、体育で転んだとかそういうのだろうけどさ。


「あの…家の鍵失くした…」
「はあ!?」
「うっ…」
「どこで!?」
「わ、分かんない…気付いたら鞄になかったんだもん…」
「バッ、な…!ちょ…っ…はあぁ…!」


どうでもいいことじゃなかった全然!
俯き唇を噛み締める亜依が俺の驚愕した声にギュッと目を瞑ったのを見たら言ってやりてェことは言えない。馬鹿じゃねェの!なんで!?ちょっとは気をつけろよ!…なんて今更俺が言わなくても分かってんだろうし。に、しても。


「おばさんに連絡は?」
「したけどすぐには行けないって」
「おじさんは?」
「飲み会」
「聡太」


っていうのは亜依の弟。最後の頼みの綱に亜依が首を横に振って、合コンだって、と消え入りそうな声で言う。合コン!?生意気!前からモテるって話は聞いてたけど姉ちゃんめちゃくちゃ困ってんじゃん!

はあぁ、ともう1度大きな溜息をついて隣の亜依を見る。…すっげェ落ち込んでる。俺、そんな風に見えねェようにしてるつもりだけどこの時間がいつも楽しみなんだよね。それだけに台無しになってしまったようで面白くないって言ったら嘘になる。
けどさ。


「友達には?」
「あ!その手があった!」


1番に浮かびそうな案すら浮かばないぐらい真っ直ぐ俺のとこ来たんだなって思うと、んー…
と思案しながらスマホを操作する亜依を隣に胸の内がくすぐったくなって口が緩む。ごまかすようにボールをまた宙に投げてキャッチ。分かりやすいなぁ、コイツ。足のプラプラがさっきより勢いがある。


「連絡ついた?」


急にこっち向くから緩んでた口元を締めるのが遅れて慌てて反対側を向きながら聞けば、あのね、とまた気まずそうな声。え、なに?まさか今度はスマホの電池切れたとか?


「もうちょっとだけ連絡しなくていい?」 
「は!?」
「そうすれば鳴くんといられる理由になる」
「っ……あのさぁ!…それ、どういう意味で言ってんの?」
「どういう…うーん…」


あぁ、やっぱね。膝に頬杖ついて小さく溜息をつく。特に意味はないのは分かってる。危うく取り損ねそうになったボールを握り締める手に力が入り心臓が高鳴ってしょうがない俺もまぁ大概だけどさ。
自嘲じみた笑いが滲みカルロスが言った、道のりは遠そうだな、という言葉が頭の中で響く。…いいけどね。今はこの距離感でも。いつか、近い内、絶対に俺のもんにする。


「このまま2人だけでいられたらなぁって意味!」
「!」
「この意味、分かる?鳴くん」


間抜けで天然、可愛いけどその自覚がなくて危うい。だから俺がずっと守ってきたただ1人、好きになった子。
いつの間にかこんな顔して笑うようになったんだろ。ポロッ、と落ちたボールがコロコロと転がって視界の端から消えていっても俺は目を細めて綺麗に笑う亜依から目が離せなかった。



始まりと終わりが終わるまで
「へ、っえ…それって、…おわっ!」
「わ!!鳴くん、大丈夫!?」
「…あー…かっこ悪!」
「そんなことないよ。鳴くんはずっと格好良い!」
「…ベンチから転げ落ちても?」
「うん!」
「……ね、ほっぺた触ってもいい?」
「え?いつもは聞かないのに」
「うるさいなぁ…いいの?悪いの?」
「いいよ」
「ん。…あのさ、誰にでも触らせたりしないでよ」
「しないよ。鳴くんだけ」
「っ……あーもう!」

ー了ー
2021/08/20





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