あなたと始める一歩! 3




グィッ!と強い力でその手を引かれて、見開いた目からぽろりと涙が落ちて晴れた視界には倉持先輩の背中が見えた。


「くそ…!」
「っ…ご、ごめんなさ…」
「謝んな!!」
「ごめんなさいー!!めちゃくちゃ怒ってるじゃないですかー!!」


うわぁーん!ともう耐えきれなくて子供みたいに声を上げる私の手を離さないでくれる倉持先輩は舌打ち1つ。


「これが素なんだよ!!」
「!……え」
「悪ィか!!」
「えぇ!?そ、そんないきなり言われても私は倉持先輩の口の悪さなんて沢村から聞いていっぱい知ってますよそれこそ理不尽なところも!」
「アイツ、シメる…!」


ごめん、沢村…じゃなくて。

ぐるる、とまるで狼のように唸り怒る倉持先輩にやっぱり手を引かれたまま。何気に初めて手を繋ぐかも…手首掴まれてるだけだけど。もっとちゃんと繋いでもいいかな?私の手首なんて余裕でグルッと回っちゃう倉持先輩の大きな手を見つめながらそこにもう一方の自分の手を重ねてみる。
私の手と全然違う…。男子の手なんてこんなにまじまじと見たことないけど、指も私より長くて骨ばってて硬い。あれ、私の指太くない!?ムチムチしてる!?手首を握る倉持先輩の手の指をなぞりながら自分の指を絡めてみるとより明白…!


「ッ……!」
「わ!!」


バッ!と勢いよく腕を振り払われてびっくり。宙を舞うようにして上がったように見える腕の向こう側で倉持先輩と目が合った。


「真っ赤…耳まで…」
「ッ…うるせ」


小さな舌打ちをしてぽつりと吐き捨てるように言う倉持先輩。こんな顔…始めて見た。だって先輩はいつも先輩らしくて、いつも沢村を虐めてて、いつも私に見せる顔は大人で余裕があってどこか遠くも感じる存在だったけど。

真っ赤になって次ぐ言葉も子供みたいで目も合わないほど余裕がない倉持先輩に自分でも驚くほど自然に手を向けた。
そんな私の手にさえ目を見開きグッと息を呑み感情全部剥き出しにするような表情をする倉持先輩に私は胸の中にじんわりと温かい気持ちが浮かんでくるのを感じる。
そわそわ…わくわく?ドキドキ…落ち着かないけどまったく嫌じゃない。


「手」
「あ?」
「つ、繋ぎたい…」
「!」
「です…」


私もきっと真っ赤。ポカポカと全身が温かくて心臓の鼓動はドクドクと内側から強く胸を叩いてる。伸ばした手の指先が情けないぐらいだけど、そんな自分を今は隠さず倉持先輩に受け取ってほしい。だって私は倉持先輩の本心が見れてこんなに嬉しいから。

倉持先輩は1度目を伏せてから真っ直ぐ私を見つめて、勢いよく私の手を握ってまた背を向けて歩き出した。ぎこちない力加減が私を傷つけないようにしてくれてる気がして、嬉しくてギュッ!と握り返せばそれ以上に強く握り返してくれた。

いつもと違う時間に歩く道はいつもより明るいから手を引かれて歩きながら倉持先輩の耳がやっぱり赤いのがよく分かって、時々私を振り返り歩幅を気にしてくれるのが気遣わしげな表情に分かる。
私…今までなんにも見えてなかった。
倉持先輩がこんなにも私に心を動かしてくれるだなんて、全然…。


「…悪かったな」
「え…」
「俺は付き合うのも初めてだし、女子が喜ぶような話題も分かんねェ。とりあえず俺も須藤も知ってる沢村の話しばっかになっちまう。…つまんねェのは分かる」


そんな…!そんなことない!!倉持先輩が楽しそうに話してるのを聞いていて、見ていて、私もとっても楽しかった!
否定しようと息を吸い込みそれが言葉になる前に、それに、と倉持先輩が続けながら私の手を握る手に力を込めた。


「俺が野球でいつもあんな時間まで待たせてんのに、もっと一緒に居てェとか俺が言えるわけねェだろ」
「!…それは思ってくれてるってことですか?」「一々聞くな…っ」
「ちゃんと聞くのは大事なことです!私の考えてることが分からないなんて先輩が不安になるのは嫌ですから!」
「!……お前、それ誰に聞いた?」
「あ"…」


しまった!墓穴!
ピタッと止まった倉持先輩が振り返り口を噤む私にひくりと口の端を震わせた。


「か、風の噂で…」
「は……?……ブハッ!ヒャハハッ!お前、嘘下手過ぎだろ!!」
「いたっ!」


デ、デコピン…。くしゃっと顔いっぱいに笑う倉持先輩はいつも私に向けてくれる笑顔よりずっと子供っぽく見えて胸が高鳴って苦しいけど、距離感縮まったようで嬉しい。

おでこに手を当ててジッと倉持先輩を見つめながら嫌なことを思い出してしまうと勝手にムスッとしちゃう。あ?と眉根を寄せる倉持先輩のこれが素なのだとしたら、今まですっごく優しくしてもらってたんだ…私。

その嬉しさがあるから躊躇わず口を開ける。


「昨日…倉持先輩と話しがしたくて…」


教室に行ったこと。そこで見聞きしてしまったこと。その時に御幸先輩にプリンを処分してほしいと頼んだこと。話しながら温かさが萎んでいくのを感じてじわりと目に涙が込み上げてくる。


「プリン…なんであげちゃったんですか?」
「!」


声が震えちゃう。絞り出すように紡げば喉が痛くて、グッと奥歯を噛み締める。


「例えあの先輩が本気じゃなくても嫌でした。あんな風に…やだ…っ」
「………」
「わ、たし…すっごく倉持先輩のことが好きなんです。なんなら沢村にもヤキモチ焼きます。同じ部屋なんてズルいもん…。誕生日だって沢村から今日だって聞きました。私、彼女なのに…誰よりも早く知りたかった。無理なことだって分かってても物分かり良い振り出来ないぐらい倉持先輩のことが好きだって、改めて思い知ったんです」


あ…繋がってた手からゆっくり力が抜けて離されちゃった…。やっぱり…面倒だったかな…。


「…言ってくんねェの?」
「!…え?」
「誕生日」
「あ…た、誕生日おめでとうございます!!」
「ん。……ヒャハッ!声、でけェよ!」


でも、と続ける倉持先輩の手がまた私の手を取ってくれたから俯いてしまった目を上げることが出来て、倉持先輩はやっぱり真っ赤な顔でニッ!と嬉しそうに笑った。


「亜依に言われんのが1番嬉しいわ!!サンキューな!」
「!っ…な、名前…!」
「嫌か?」
「じゃない!!」
「ヒャハハッ!気合入りすぎだろ!ま、その調子で敬語止めろよ。あー…付き合ってんだし」
「うん!!」
「よし。帰るか」
「えー…」
「暗くなんだろうが」
「えーと、つまりそれは私を心配してくれてる?」
「…まあな」
「でも?」
「あ?」
「もう一声あったら嬉しいなぁ」
「ッ……」
「あ、また真っ赤」
「てめ、このやろ…!」
「ひゃっ!!」


手を繋いだまま隣を歩いていればグィッ!と手を引かれて上がった視界がすぐに倉持先輩でいっぱいになった。
唇に触れた感覚が何かを気付いた時には倉持先輩はまた耳まで真っ赤にして前をズンズンッと歩幅も合わせずに歩いたけど、手は繋がったまま。話したいことはたくさんあるはずなのに初めてのキスに心臓が跳ねて苦しすぎてパクパクと金魚のように空気を食むばかりだった。



あなたと始める一歩!
「え!?あのプリン、食べかけじゃなかったの?」
「当たり前だろうが」
「そっかぁ…そっか。良かった…」
「………か」
「え?」
「っ…や、なんでもねェ」
「か?」
「なんでもねェって言ってんだろ!」
「いたっ!もー…すぐにデコピンする…」
「うるせ(可愛い、なんて言えるか!)」

2021/05/20
倉持Happy Birthday!





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