あなたと始める一歩! 2




うぅ…!同じ校内なのにどうしてこんなにも上級生の空間というのは重々しいんだろう…!?

階段を降りて2階。
踊り場から伺ってみるけど…やっぱり1年違うだけで全然自分とは違う先輩たち。うっわ…あの先輩、大人っぽい…。胸も大きいし髪の毛も綺麗。ふと下を向いてそのまま難なく廊下が見えてしまうのが悲しくて、さて、と気を取り直し。
倉持先輩はB組。いるかな…?一歩踏み出して教室へと続く廊下に入ると先輩たちの興味津々な目線が集まってくるのが分かってもう廊下の床しか見れない…!ひー…!!見ないで!!空気だと思ってくださいー!
こんな状態で絶対に倉持先輩とちゃんと話せない。よし、シミュレーション…。手に持ってるプリンを渡して、どうして怒ってしまったのか聞いて、私が原因で怒らせてしまったのならちゃんとごめんなさいして…ただ、一緒にいたい。

あ…なんだ。そっか……。

ハッと気付いて見開いた目をパチパチと瞬き。
今、もちろん緊張してるけど心臓が跳ねるのに心地の悪さを感じないのは私…倉持先輩ともっと話したり過ごしたくて、今からそう出来ると思うとワクワクが勝ってるから足を止めずに歩けてる。
私…ちゃんと寂しかった。
倉持先輩と毎日過ごせる貴重な時間じゃ足りないって…心が叫んでた。


「倉持ー!」
「あー?」
「!」


倉持って、倉持先輩だよね?あ、気付いたら3年B組前。目の前を通り過ぎながら倉持先輩を呼び教室に入っていく女子の先輩とすぐ近くから返る確かに倉持先輩の声。前に倉持先輩が廊下側一番後ろの席だと話していたことを思い出してた、よっ、と…廊下の扉の窓から中を覗く為に背伸び。んー…!足プルプル…!


「また辞書貸してー!」
「あぁ?前にも貸したじゃねェか」
「だから"また"って言った。あ!プリン食べてる!ちょうだい!」


はあ!?な、なにあの人!!めっちゃくちゃ馴れ馴れしいじゃん!!その人私の彼氏なんですけど!その人後輩の彼女いますけど!?
不機嫌そうに眉根を寄せてるけど倉持先輩の手にあるの学食のプリン!可愛…じゃなくて!ちょ…!近いから!!もー!!サラッと追い返してやっちゃってくださいよ倉持先輩!!


「やらねェよ。つーか離れろ」


そうそう!!


「えぇ、なんで?別に友達なんだしいいじゃん」


良いわけないでしょーが!!


「あ、倉持彼女いるんだっけ?」


そうですそれですていうか知ってるなら離れてくださいよ!!


「あー…まあな…」
「あれ?なにー?その意味深な反応」


……そうだよ。なんなんですか、その歯切れの悪い返答。しかも…女の先輩は声色に嬉しさが隠せてない…。

ザワ…と心に波が立ち全身が冷え固まっていく感覚。逃げ出したい気持ちを引き止めてくれる最後の抑止力に沢村が背中を押してくれた温かさを胸の中に感じながら手にするビニール袋の持ち手をギュッと握り締める。

教室に入っていくおそらく倉持先輩のクラスメイトの先輩たちの訝しげな目線を感じるけど、今は全神経を扉を挟んだ向こう側の会話に向けるので精一杯。


「もしかして…喧嘩?破局?」
「………」
「後輩とか、先輩とか、学年違うとすれ違うしねー」
「……まぁ、何考えてんのか分からねェ時はあるな」
「ふうーん…倉持も暇じゃないしね。なかなかそこまで気回せないか」
「…うるせェ」
「その点、私なんかどう!?」
「はあ?」
「同じ学年で気の置けない楽な付き合いを保障するよー?」
「バッ、バーカ!!」
「あー!真っ赤になっちゃって満更でもない感じー?」
「うるせー!!これやるからどっか行け!!」
「やったー!プリンゲットー!!」


あれ…私、ちゃんと立ってるよね…?足に力が入ってる気がしない。さすがにもう中を覗く気にならなくて扉を背にする私。予鈴が鳴っているのも、先輩たちが教室に入っていくのも分かる。分かるけど、動けない。ここで聞いたもの見たものすべて、本当にあったことにしたくなくてさっきまで足を止めていた抑止力は今は現実逃避に姿を変えた。


「あれ?君…」
「!あ……」
「倉持に用か?つーかもう授業始まるけど」


呼ぶ?と教室に入る前に私に声を掛けてくれたこの人、知ってる。眼鏡を掛けた野球部主将の…私のクラスでもイケメンって人気のある御幸先輩だ。ただ首を横に振っていればその御幸先輩の横を、ちょっとごめんー、とさっきまで倉持先輩と話していた女の先輩が教室を出て通り過ぎていく。
プリン…持ってる。それ、倉持先輩が食べてたプリン…?なんであなたが…。

ドシャッ、と私の力の抜けた手からビニール袋が落ちて音が鳴る。驚き声を上げて拾い上げてくれた御幸先輩が私を眉根を寄せ見つめているのはポロポロと涙が止まらないから。


「ごめ、なさ…それ…っ捨てておいてください…っ」


走っちゃいけない廊下を走って、オイ!と呼び止める御幸先輩の声に振り返らずに階段を駆け上がった。大事な人に抱く大切な想いは直接伝えなきゃって沢村は言うけど、伝えて返ってくる言葉が怖くてしょうがない時は無理だよ。
なるべく一緒にいたい。
お昼ごはんを一緒に食べたい。
スマホでメッセージのやり取りを、挨拶だけでもいいからしたいし、あんまり女子と話さないでほしい。
そんなことを言ったら面倒に決まってる。倉持先輩に野球を精一杯頑張ってほしいと応援している気持ちに嘘はないけど、同じぐらいの熱量を私にも向けてほしいだなんてそんなこと…溜息をつかれちゃったらと思うと怖くて言えない。


倉持先輩の誕生日、5月17日当日。
沢村がボロボロ、ズタボロ雑巾のようにヘトヘトな足取りで教室に入ってきた。タメ口解禁が終わり改めて圧制の日々が始まったと嘆いていた。けど倉持先輩にアイスを買って渡したら自分の分を買ってきてくれて一緒に食べたのだという微笑ましく元気いっぱいのエピソードを嬉しそうに話されて、私はそれをどんな顔で聞いていたか分かんない。
良かったね、と言った気がするけど…多分笑えてはいなかった。
昨日は倉持先輩に黙って帰っちゃったけど…なんだ…やっぱり寮ではいつも通りだったんだ…。私、こんなに面倒な女だったんだなぁ。自分じゃ踏み込む勇気もないのにそのくせ相手からのアクションを期待して…面倒な女すぎ。


「そういや須藤、御幸先輩と会ったか?」
「え?」


あぁ…そういえばそんなこともあった。
沢村に聞かれて今更青道のスターとも言える人と話したことを思い出して頷くと、ふうん、と沢村は椅子に寄りかかり腕を組んだ。…うわ、ちょ…その机の上に積まれてるの現国のプリント?昨日自習のプリントを提出出来なかったペナルティー?…お、恐ろしい…。


「倉持先輩の彼女ってお前と同じクラスだよな?って聞かれた」
「あー…それで?」
「それだけだから気になんだよな」
「ふうん」


と、沢村の真似をしてごまかすようにしか言えない。だってあの後教室に戻ることもできず、保健室で泣きながらベッドで寝ちゃったりして沢村には昨日何があったのかは話してない。

むん、と難しい顔をして見せる沢村だけどプリントやった方がいいんじゃ…。


「あのな、御幸先輩はイケ補だなんだって言われてっけどすっっっ」
「………」
「っっっ……」
「いや、溜め長っ!」
「っげー!!性格悪ィんだぞ!!」
「そ、そう?すっごく伝わった」
「そう!!あれは俺が青道野球部に入部して初練習の日だった…」


こんな具合に沢村から御幸先輩がどれほど性格が悪いかを数々のエピソードを含め滾々と語られただけに結局御幸先輩が私の所在を確認した疑問の答えはきっと気まぐれだったのだろうというところに私の中で落ち着いた。それよりもそんな性格の悪い人にプリンの処分を押し付けて大丈夫だったかな…怖っ!

そう怯える私だったけど現国始業のチャイムが鳴り、ぎゃあぁぁぁー!!と絶望と恐怖に慄く沢村に比べたらずっとマシそうだったので私は静かに沢村の肩をポンッと叩いたのだった。

そんなこんながあって馬鹿で底抜けに明るい沢村と、そんな沢村を休み時間のたびに応援しにきた私の友達とのほのぼのとした関係を見ている内にあっという間の放課後。不思議な2人…別に付き合っているわけじゃないのに気持ちが通じ合ってるのが安心して見守れる空気感に分かる。むしろなんで付き合ってないのか疑問。


……と、人のことを気にしてる場合じゃありませんでした私。


「…よう」
「く、倉持先輩…!?な、なんで…」


だって、と校門前に立っていた倉持先輩を前に空を見上げる。まだ陽も落ちようとする頃で野球部はまだ練習をしている時間のはず。
思いがけなくて次ぐ言葉を失くしてしまうのは私が今日も黙って帰ってしまおうとしてたから。やだ…先輩の顔が見られない…。ぎしりと身体が軋むようにして動くのを感じながら勇気いっぱい振り絞ってゆっくり顔を上げる。

真っ直ぐに私を見つめてほんの数秒。
倉持先輩はフィッと目を逸らして、あー…と困ったような声で話し出し髪の毛をくしゃりと掻き混ぜた。


「昨日、1人で帰って大丈夫だったか?」
「……はい」 
「ならいいわ。行くぞ」
「………なんで?」
「あ?あぁ、今日早く終わったんだ。戻ったらビデオを観、」
「違います」
「ん?」
「なんで怒らないんですか?私、昨日何も言わずに先に帰っちゃったんですよ?」
「……そうしてェ時もあんだろ」
「ないですよ!!」
「!」
「私はっ、ない!倉持先輩のことをずっと待ってられるぐらいに倉持先輩と帰りたい毎日なんです!…倉持先輩は、そういうの…ないんですか?」
「いや、そういうのは…」
「本当は…誰かと一緒にいたから気にもしてなかったんじゃないですか?」
「……あ?」


駄目だ、このまま喋ったら。ドロドロとした自分の中の嫉妬を倉持先輩への不満に置き換えるのは卑怯だ。
分かってるのに止められない。
鋭く細まった目が私を窺うように見つめるのに耐えられなくて今度は私から目を逸らす。ギュッと手を握り締めて目の前が真っ暗になりそうな感覚が怖くて引き摺り込まれないように必死。


「…お前こそ、昨日御幸にプリンやったんだって?」
「へ……」
「ゾノが…あー野球部の」
「あ…副主将さんの?」
「そう。そいつが御幸に貰ったっつーからよ、珍しいじゃねェかってからかってやったらお前に貰ったっつってドヤられた」
「アレはあげたっていうか…」
「やっぱ御幸みてーな奴がいいかよ」
「…え、」
「……悪かったな、待ってて」


ちょ、ちょっと待って…なんでこんなことに…?
目を伏せて私をもう見ずに背中を向けた倉持先輩を前に口がカラカラに渇いて、なんとか引き止めたくて吸い込んだ空気にツキンと痛んだ。

だからって、なんだ…!

ギュッ!と力の抜けた手をもう1度強く握り直してスゥー…と息を吸う。
倉持先輩は別に怒ってるわけじゃない。背中を向ける前一瞬、悲しそうに目を伏せるのが見えた。


「御幸先輩なんかちっとも良くなあーい!!」
「!は、おまっ…!声がデカ…」
「顔もあんまり覚えてないし別にプリンをあげたわけじゃないし、ていうかあのプリンは元々は倉持先輩と食べようと思って持って行っただけだし沢村から性格が悪いって聞いてるし!!」
「………」
「な、んで…っちゃんと伝わらないの…?これならちゃんと伝わる!?」


悔しい…!こんなに近くにいるのに多分お互いどっかが擦れ違ってしまってて、諦めようとされるのも怖くて踏み込めない私も全部悔しい…!

ギュッと奥歯を噛み締めじわりと浮かぶ涙がすぐに大粒のそれになって零れ落ちて、ギョッと驚く倉持先輩の顔がまた困ったように表情が歪む。も…無理…!勇気は今ので使い切ったし心が冷え固まり切っちゃってもう頑張れない。ちなみに御幸先輩は許さないと心には刻む。

じわ、と涙がまた浮かびツキツキと痛い心に手を当てるように胸元で手を握り締めた時だった。






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