あなたと始める一歩! 1




5月15日、倉持先輩の誕生日が2日後であることを知った。


「はあ!?ちょ、もう1回言ってみなさいよ!!」
「ぐべっ!だ、だからく、くらもっ、ち先輩の誕生日は…」
「2日後ー!?どうして沢村が知ってんの!?なんでどうして何かが間違ってるー!!」
「俺に言うなよー!!」


びえぇっ!と泣き出しそうな勢いの沢村を揺さぶっていた胸ぐらから手を離して、おめでとう!!と本日の誕生日様にお祝いを。
とはいえこちとら乙女の一大事!まさかまさかの2日後に彼氏なあの人の誕生日が迫っているだなんてそんな馬鹿なことある!?愕然としてクラクラと目眩がしそうなほどの不甲斐なさ彼女私須藤亜依。はあぁ、と重たい溜息をつき机に突っ伏す私の耳に、カネマールゥゥー!!といつもの様に泣きつく先に沢村と同じく野球部の金丸がいるらしく心の中で小さくごめんと謝りながらも身体を起こす気力なし…。

明日、倉持先輩の誕生日なんだ…。わざわざ自分から言ったりするような人じゃないのは分かってるけど普段から自分よりも私を優先してくれるような人。沢村といえば数週間前から自分の誕生日を吹聴していたおかげもあって朝登校してくるなり、おめでとう!のクラスメイトからの大合唱。ちなみに私の友達で沢村のことが大好きな子からも誕生日プレゼントを貰っていて、私からすれば2人が作る雰囲気からしてなかなかまんざらでもないんじゃないかなぁなんて思ってる。
まぁそれはいいの。
いいんだよ…それは。いや、沢村の誕生日はめでたいんだけどね。けど…彼氏の誕生日をまさか…"いやー!洋一から今日もスパークリング受けちまったぜ!!"なんていう毎年恒例になってるのだという2日間限定の同い年というおバカな名分を掲げたタメ口を利くなんていう会話から知るだなんてさ…まさかまさかだよ。

誕生日プレゼントをどうしようかと悩むよりも、自分が思っていたよりも倉持先輩のことを知らないんだなという自分に対する落胆と沢村に対してのしてもどうしようもない嫉妬の方が大きくて私はまた大きく溜息をついたのだった。


「そんでよ!そこで沢村が…って、どうした?」
「……え?」
「なんつーか…今日、上の空じゃねェか?」
「い、いいえ!全然!!」
「そうかぁ?」


釈然としなそうな顔で隣を歩く私の顔を覗き込んでいた倉持先輩だけど、はい!と言い募る私にそれ以上は何も追求せずまた話しを続けた。倉持先輩の話しはいつも寮で同室の沢村の話しから始まる。
強豪青道高校野球部の3年生で副主将のショート6番。練習も遅くまでやっている先輩とゆっくり話せる時間は先輩の練習終わりまで待った帰りにバス停まで送ってくれる15分ほど。1年の時、初めて青道野球部の試合に学年で応援に行った時に塁を次から次へと目指し駆ける姿に心を奪われ同じクラスの沢村を通じてなんとかかんとかこうして付き合うことになったのは去年の冬休み前。
あんま構ってやれねェけど…いいかよ?
そう言った倉持先輩の言葉通り、同じクラス同士で付き合ってる友達からは、本当に付き合ってるの?なんて嫌味か!ってぐらいの心配を受けちゃうぐらいのお付き合い。逆にアンタらくっついてないと死ぬの?ぐらいにベタベタしてるけどね。


「で、後ろから羽交い締めにしてやったぜ!」


不安にならない?って聞かれることもあるけど、私はならない。早く会いたいなぁって募る想いはいつも感じるけど。
…カッコイイなぁ、先輩。
きっとすっごく疲れてる。前に練習を見に行った時の野球部の熱量と練習量ったら私だったら1年中筋肉痛になる自信ある。ていうかまず最後までやりきれないけど。
なのに今隣を歩く倉持先輩からはまったくそれを感じさせない明るい声と足取り。…凄いなぁ…カッコイイなぁ…とっても大人…。1つ違うだけなのに付き合って5ヶ月になるけど、こんなにドキドキして、時々手足が一緒に出ちゃうの私だけだ。

全国的にも有名な強豪校で、レギュラーで、先輩で…初彼氏。残念ながら初恋ではないけれど、小学生の時にした恋なんて恋じゃなかったんじゃないかってぐらいの想いの強さ。沢村の話しをしながらニッと笑う横顔が無邪気で悪戯っぽい子供みたいなのに、ん?とジッと見てしまっていた私に向く顔は大人っぽい。好きだなぁって、いつもいつも思う。


「やっぱ調子悪ィ?」
「え?」
「いつもより静かじゃねェか」


怪訝そうに眉根を寄せる倉持先輩にそんなことはないと返したのはどうやら心の中だったらしく、んー…と心配してくれる倉持先輩の顔が近付いて目を見開き呼吸が止まる私はそれどころじゃない。
わわわっ…ちょ、近っ…!
恥ずかしくて思わずバッ!と顔を背けて目をギュッと瞑る。倉持先輩にはなんてことない距離かもしれないけど、私には心臓破裂モノ!!


「……悪かったな。つまんねェ話しして」
「え、倉持先輩?」
「………」
「あの…」


え、なんで?私がちゃんと話しを聞いてなかったから…?
先輩の低く唸り冷たい声は初めて聞く。ヒュッと心臓が止まって全身が冷え固まるような、そんな感覚に思考が止まるけどぎこちなく足は動き続ける。
あれ…置いていかれちゃう。倉持先輩の背中が見えて、どんどん遠ざかっていく。
あ…そっか。今まで私に歩幅を合わせててくれたんだ…。気に留めてもらわないと、こんなに遠い……。

それから何も会話もせずにバス停に到着。倉持先輩は私をちらりとも見ずに、じゃあな、と冷たく言い捨てて帰っていってしまった。何か話さなきゃ。呼び止めなきゃ。そう思うもののまたあんな冷たい声を向けられたらと思うと怖くて、やっとの思いで吸い込んだ息で絞り出すように、さようなら、と言った私の声はバスが到着した音に間もなく掻き消されてしまった。
私の心の中に初めて不安が生まれた瞬間だった。


倉持先輩の誕生日、前日。
つまり翌日。
元々帰り以外でやり取りのない私達にとっていつもと変わらないはずなのに胸に根を張った不安は不安を餌にしてどんどんと根を広げ育っていってしまうのを感じて苦しくてしょうがない。


「ねぇ、沢村…」
「んあっ!な、なんだ!?寝てねェぞ!!」
「いや寝てたじゃん!自習の時間に惰眠を貪ってたよ!!」


ほら、と自分の口の横を指差すとまだぼんやりとする沢村は声にならない声を上げてから、んん?と顔を近付けてくる。違う。私じゃなくて、沢村の口の端によだれ!

パンッ!と沢村の顔に自習中に提出するプリントを押し当てて、ぐべっ!と呻く沢村にフンッと腕を組む。どこでも誰とでも奇をてらわない沢村と同じクラスたまたま隣の席だからこそ倉持先輩と付き合うことが出来たっていえばそれこそは感謝しかないけど、沢村を好きな私の友達はパーソナルスペースが狭すぎるせいでヤキモチ焼きっぱなしでそろそろ悟りを開きそう。


「そんな風に迂闊に誰彼構わず近付くからあの子がヤキモチ焼くんだよー」
「な、なんのことだよ…?」
「別にー」
「………」


ちょっと八つ当たりしちゃった。ムスッとしちゃう沢村に苦笑い。これはどうやら狭いパーソナルスペースの沢村のそれに踏み込んじゃったみたいだ。それぐらい沢村にとってあの子のことが沢村の芯に近いところにあると分かって安心した半分申し訳無さもう半分。拭きなよ、と沢村にポケットティッシュを渡して、ごめん、と謝る。
沢村のことが好きな私の友達は沢村が部活引退になるまで気持ちを伝えないって、真っ直ぐで強い意志を感じさせる声で言ってたっけ…。強い、とっても。


「ねぇ…倉持先輩、今朝元気だった?」
「は?…あー…うん?別にいつも通りだったんじゃねェか?」


変わったところを探すように天井に視点をやって思考を巡らせる沢村。…そっか。何も変わらないかぁ…。
思わず黙り込んでしまう私に目線を戻した沢村は、んん!?と目を丸くする。


「喧嘩したのか!?」
「え!?ち、違うけど!!ちょっと、気になることあるから…どうかなって…」
「なんだそれ。お前、意外と馬鹿だな」
「は……?」


ハイ?馬鹿…バカ、BAKA……。馬鹿!?


「はあ!?沢村には言われたくない!!」
「いいや!お前は馬鹿だ!!」
「な、なななっ」


絶句に次ぐ狼狽。なんにも言葉が出てこなくて零れ落ちる唖然の音を拾い心配そうにしてくれるのは近くの席の野球部マネージャーの春乃。あわわっ、と慌ててどうしようかと金丸に助け舟を求めているのが視界の端に見える。

一方で沢村はそんな私たちの様子なんて気に留めるでもなく、グシャッ!と自習のプリントを力いっぱい握り潰してムンッ!と気合の息。
あの、それ…現国の…。


「伝えて確かめ合えるところにいるんだから自分の気持ちはちゃんと自分で伝えねェと駄目だろ!!」
「!」
「相手が大事で想いがデカいなら尚更だ!!」


沢村がそう叫んだ自習中で先生不在の賑わっていた教室はその瞬間、しいん、と静寂に包まれてのち一瞬で、わあ…!!と爆発して沢村に拍手喝采!入学したばかりの頃、自分は野球部のエースナンバーを背負うと高らかに宣言した沢村の勢いと、もうそれを馬鹿になんて誰もしない活躍を上げている沢村の言葉だからこそ力が湧いてくる。悔しいけど…!!


「わ、分かってる!ちょっとした事前調査みたいなもの!」
「そうか!ま!何か助けがあったら助けてやらねェこともないぞ」
「ちょ、言ってることめちゃくちゃ…」
「友達の手助けして何が問題なんだよ?」
「!」
「言っとくけどあくまで手助けな」
「…分かってるってば。沢村も助けが必要ならいつでも言ってよ」
「な、なんのことだよ!?」
「さあねー」


顔を真っ赤にしてあたふたとする沢村にくすりと笑いお礼に依然として手に握り締めているプリントが片岡先生担当の現国自習プリントだと教えてあげた。交換してくれー!!と涙目で慌てる沢村に嫌だよと断りながら心に決心を固めた。
よし!休み時間に倉持先輩に会いにいく!何気に初めてだ!学校で倉持先輩のクラスに行くのは…。


「倉持先輩は学食のプリンが好きだぞ!」


勇み足で教室を出る時に沢村がそう教えてくれたから、あの子もだよ、と教えてあげた。






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