てるてる坊主は今日も反転視界




昨日の夜から降り続く雨は今日の夜、丸々24時間経っても止まずに降り続いてる。
点けっぱなしになっているテレビは1日を締め括るナイトニュースを流し、観測史上最多の雨量を更新したのだと日本地図に降水量の棒グラフを表示して気象予報士が深刻そうに語った。決して雨脚が強まるわけじゃない雨はお風呂のシャワーヘッドから延々と流れるお湯のようだなんて揚げ物をしながら思った。
多分、日本全国で梅雨を鬱陶しく思う人はたくさんいるだろうけど私はどんなに自分の天然パーマが湿気で酷くなっちゃうとしても今では梅雨の時期が1番好きな季節。

ポンッ!と油の海の中で破裂した音がしてハッとすると、あちゃ…コロッケ爆発しちゃった…。油の中で衣から溢れ出るじゃがいもに溜息をつきながらすくい網で取り除く。
他のは…大丈夫かな。
コロッケを作るとどうしても数個は爆発しちゃう。冷ましたりなかったかなぁ…?と毎回の課題を頭の中で繰り返していると、ピンポーン、とインターホンが鳴ってハッと我に返った。


「はーい!どうぞー!!」


鍵開いてまーす!と揚げ物鍋の前から叫ぶ夜も10時。ワンルームの安アパート。叫べば外にも聞こえる壁の薄さだから外からの、コラァー!!、という声だって丸聞こえ。

ガチャバタンッと大きな音に続いて、ガチャガチャッ、と忙しい音が玄関の方から鳴ってさらに、ダシダシダシッ!!と床をそんな踏み鳴らさないでー!!ここ2階!安アパート!!


「玄関確認する前に開いてるって言うな!!っていうか鍵をかけろっていつも言ってんだろー!!」
「いらっしゃい、栄純」
「ハイ、返事!!」
「かしこまり」
「適当か!!」


危ねェだろ!!とグッと握り込んだ拳の中に握ってるビニール袋の持ち手をそのままブンブン振るからガサガサと中身と一緒に大きな音が鳴っちゃってる。中身なに?と聞けば、あ!と慌てて袋の中を確認するお付き合いして3年目になる栄純を横に、さてコロッケは揚がったかなー?


「うげっ…カラメル混ざった…」
「え?…あぁ!私の好きなプリン!!」
「あ"ぁ"ー!!せっかく買ってきたのにー!!」
「大丈夫だよ。食べれば同じ味」
「ぬあっ…作り手の苦労を無駄にするような発言を飄々と…!」
「無駄にはならないもん。ちゃんと美味しく食べるもん」


ありがとう栄純!
そう続けて笑いかける私に返る言葉を待たずにとりあえずコロッケを取り上げる。サックサクに揚がったのが菜箸からも伝わって空腹を刺激してくる。うーん、美味しそう!

あ、隣からもごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「うっまそー…」
「ふふっ!さ、食べよ!!栄純は手を洗ってきてね。私はテーブルに用意します!」
「おう!あ!俺、飯は…」
「丼に山盛りでしょ?もちろん分かってるよ」
「へへっ!よろしく!!」


飯めしー!!と、あ!もう!!また床踏み鳴らして!!
静かに!!とその背中に言えばおかしくなっちゃうぐらい静かになる栄純にくすりと笑って炊飯器から栄純のために用意している丼に高々と白米をよそう。
ほかほか…美味しそう。このお米は栄純のご実家で作ったお米を米袋で送ってくれたお米。他にも季節ごとにダンボールにぎゅうぎゅうに詰めてお野菜を送ってくれる。今日はキャベツの千切りを山盛り。あと、ごま油とにんにく塩を少々加えて混ぜたやみつき塩キャベツ。たくさん白米を食べる栄純のために私が買い溜めているふりかけもテーブルに並べて、中央には高く積んだコロッケをスタンバイ。よし!完璧!


「うおー!!美味そう!!」
「はい、座って」
「ん!!よし、手を合わせて!」
「はい」
「「いただきます!」」


栄純が家に来てからさっきまでずっと聞こえていた雨の音は聞こえなくなった。

沢村栄純。私の恋人。
青道高校野球部だった栄純に高校3年の秋に告白されて付き合いだして、大学で今も投手として活躍する栄純とは3年目のお付き合い。


「うっっんま!!」
「良かった!」


相変わらず、すっごい勢いでご飯が栄純の身体の中に吸い込まれていく。わぁ…と感心しながら見ていればそれに気付いた栄純はほっぺたをパンパンにしながらニッ!と笑って私の箸を指差した。あ、食べろってことね。はい、いただきます。


「んー!サクサクの衣がソースを吸い込んでしんなりして中のホクホクのじゃがいもと上手く絡んで口の中で混ざって美味しい!」


はぁ…幸せ…。ご飯を食べてる時が至福…と、思えるのは、な!?と隣でご飯を美味しそうに食べてくれる大切な人がいるからだって一人暮らしを始めて分かった。部屋の中の温度はさっきまでより数度高くなったような感覚にじわりと汗を掻く。エアコンなんて贅沢品はないのでリサイクルショップで買った安い茶焼けた扇風機のボタンを押して風を受ける。ふぅー…気持ち良い。さすがに揚げ物をするとワンルームは熱くなるよね。

それにしても。


「んまっ!むぐっ、キャベツもうめェ!!」


本当に美味しそうに食べてくれるなぁ。
お米もキャベツもじゃがいももお付き合いしたその冬のお正月に栄純のご実家にご挨拶を行って以来、よく気に掛けてくださる栄純のご実家からだよ、と言えばほっぺたも目を丸くした栄純は嬉しそうに笑って、はっぱら!!って。えぇっと…それは"やっぱな!"で、いいのかな?もう栄純が美味しそうに食べてくれるだけでお腹いっぱい!コロッケ1個を食べて満足。キャベツをパリパリと噛みながら栄純の食べっぷりに顔を緩ませていればふとテレビから流れてきたCM。

ヘアサロン監修のヘアアイロン。綺麗な人の綺麗な長い髪の毛。すご…お人形さんみたい。


「……いいなぁ」
「んむっ?はにら?」
「なにが?って?」
「ほう!」
「おう、かな。栄純、ちゃんと飲み込んでから喋らなきゃ駄目」


あーぁ、口の端も汚れちゃってる。ふふっ、と笑いながらティッシュ…じゃなくて激安トイレットペーパーを巻き取って拭いてあげる。硬っ!と栄純。ごめんね。だってトイレットペーパーの方が安いんだもん。
大学生の一人暮らし。仕送りあるしバイトもしてるけど、節約大事!


「いいなぁって。ほら、髪の毛サラサラストレート…」
「んー?」
「栄純もサラサラだもんね。いいなぁ…」


野球部投手としてドラフト注目選手ってだけじゃなく、容姿も明るい性格も相俟ってどこに居ても老若男女問わずモッテモテ!
むぐむぐとご飯を食べる栄純をジッと見つめて溜息1つ。私は天然パーマで、梅雨なんて湿気で髪の毛くにゃくにゃ。子供の時に意地悪な男子からつけられたあだ名、わかめ星人。あの頃、給食のわかめご飯美味しいもん!と反論してた意味不明な私。美味しさは関係ない。

指で摘んでくるんくるんと髪の毛を伸ばして離せば恐ろしいほどの形状記録。くるんっと戻って溜息2つ目。


「こら!」
「わっ」


栄純からチョップ!お兄さん直伝だ!とわははと笑う栄純にポカン。お兄さんって、栄純がよく話してた2年上の小湊先輩?春市くんのお兄さん。


「飯を前に溜息をつくなよ」
「あ…ごめ、」
「せっかく亜依が作ってくれたのに、その飯の前で溜息なんて俺が許さねェぞ!」
「ご…ごめんなさい…」
「で?いきなりどうしたんだよ?」
「んー…いきなりじゃないよ。ずっとストレートには憧れてるの」


くるくるだとなんだか子供っぽい。それに栄純に告白した女の子たちはみーんな綺麗な長い髪の毛だったもん…。
なんて今更過ぎるヤキモチを口にする気にはならなくてギュッと唇を結んで黙ってしまう私。パチンッ!と栄純が箸を置いた。


「ふうん…可愛いのにな、その髪の毛」
「え!?」
「近所の友達の姪っ子思い出すんだよなー!!」
「……ふんっだ」
「あ"!?な、なんで怒ったんだよ!?」
「どうせ私は子供っぽいですよーだ」
「んなこと言ってねェだろ?」
「言ったも同然!」
「ぐっ…!す、すまん…」
「いいよ。私もなんかつまんないこと言っちゃってごめんね」
「どうしてもあんな感じがいいのか?」
「うん。してみたい。けど高いからね、縮毛矯正とか」
「植毛強制?じいちゃんも聞いたらやりたそうだな」
「えぇ!?っ…あはは!!違うよ、もう!」


大真面目な顔で大間違い!思わず噴き出し笑ってしまう私にポカンとする栄純だけどニッ!と嬉しそうに笑って一緒にお腹を抱える。

テレビは番組の合間に天気予報を流して明日も雨。意識してみたら雨の音、まだ聞こえる。安アパートの階段にコンコンと当たる雨粒の音。栄純といると忘れちゃう。
おかわり!!と丼を手に炊飯器へと弾む足取りで向かう栄純の背中をジッと見つめちゃう。背中…また大きくなったかな。太った、とかじゃなくて。腕もだし…高校生の頃とは違う。
それは私もだけど。


「私、栄純と付き合ってから雨が大好きになったよ」
「へ?なんで?」


キョトンとする栄純の反応の理由は私が雨のたびに雨に負けないどんより具合で登校してたのを知ってるからだよね。
どんなに頑張って家でセットしたって、登校中に湿気を吸ってふにゃふにゃになっちゃう髪の毛に1日中憂鬱だったけど、栄純を好きになって雨の日が特別だって気付いた。

ご飯をまた丼に山盛りにして戻ってきて、また律儀に手を合わせて2度目のいただきますをする栄純。こういうところ、好き。どんな時も自分の中の大切なことを貫く強さ、素敵だもん。
ふまい、とまたご飯とコロッケを口いっぱいに入れる栄純にが話の続きを促すようにジッと見つめてくるから、はいはい。続きね。


「だって雨の日は栄純に会える」
「!」
「練習が室内だけになるから時間を調整しやすいでしょ?それが嬉しくて、雨の日が好き」


ずっと梅雨だったいいのになー、なんて数年前の私が聞いたら信じられないとばかりに目を見張るに違いない。小さい頃に意地悪を言われて泣きながらてるてる坊主をティッシュペーパー大量に使って作ったりはもうしないし、降水確率は高めが好み。栄純は野球が大好きだからきっと嫌だろうけど…。

あはは、と照れ笑いする私を前に口を開けたまま固まる栄純。もしもーし。口の中見えてますよー。そんな行儀悪いことしてたらおじいちゃんからビンタじゃない?

栄純の口の端についた米粒を摘んで、しょうがないなぁ、なんて幼子見るような心地でそれを口に入れようとしたんだけど。


「え……ちょ…!」
「………」


うあ…え、どこで?急に黙って私をジッと見つめるのは栄純に"スイッチが入った"サイン。
真っ直ぐで貫くような強い視線に息を呑み心臓が跳ね上がる。
わ…久し振りで…。やばい…顔、多分めちゃくちゃ赤くなってる。
いつぶり?こうしてゆっくりご飯を一緒に食べるのは。野球部である栄純は先輩もいて後輩もいて、あちこちから引っ張りだこでやれ飲み会やれ合コン…って黙ってて誘い出した栄純のチームメイト許さない。そ、それはいいとして!!ドクドクと高鳴る心臓に呼吸が苦しくて息を漏らすと米粒のついた私の手を捕まえた栄純がそれをぱくり。栄純の舌は私の指先を撫でるように舐めて、そのまま甘噛みされる。


「ひっ、も…やめ…」
「なんで?嫌だ」
「嫌って…」
「俺だってなぁ、いつも亜依に会いてェ」
「え…」
「けど俺の野球練習とか試合とかで会えねェのに、俺がワガママ言うわけにはいかねェだろ?」
「………」
「亜依?」
「や、あの…びっくりして…だ、って…」


やだ。泣くな…泣くな、泣いちゃ駄目!
ジン…と目が熱くなってじわりと視界が滲む。辛うじて栄純の目が丸くなったのは確認できたけど、美味しくて楽しくて幸せだった気持ちが萎んでいく感覚が悲しくて俯く。

私は栄純をずっとずっと応援するって、栄純に告白してもらった時に誓ったんだ。その気持ちには嘘はないけど、やっぱりどうしても…不安になったり寂しくなっちゃうのはどうしようもない。

ギュッと膝の上で手を握り締めた。


「栄純がそんな風に言ってくれるなんて、思わな…っ」
「!」
「もっと、言ってよ…っ。私が言えない分、栄純が言っ…わ!!」


見開いた目に映る部屋がぐるりと反転して、煌々と光る照明の眩しさを遮るようにして私を押し倒した栄純が私を見下ろす。
…もう!!なんで嬉しそうなの!?私、泣いてるんだけど!!顔いっぱいに笑顔広げちゃって、精一杯顰めた顔も緩みそうになっちゃうじゃん。


「へへっ!初めて亜依から聞いたな!そういう言葉!」
「!…言わないようにしてたし…」 
「部活の先輩からは、お前見限られてんぞ、って言われて焦ったりしたんだからな!!」
「え、いつ頃?」
「あー…と。入学した頃か」
「へぇ…入学の頃。言われても忘れて野球に夢中だったわけね」
「ぐっ…!いや!ちゃんと思い出してた!!時々!!」
「時々…フハッ!あはは!もう、正直すぎ!!」
「ち、違うぞ!!亜依のことはちゃんといつも考えてた!!ていうか考えるまでもなくいつも頭にあるっつーか、気がつけば考えてるっつーか!思い出すってーのは亜依が俺に愛想尽かさねェかな!?っていう不安のことだ!」
「えぇ?そんな素振り全然見えなかったけど…」
「そりゃ亜依がそうしてくれるからだろ」
「!」
「いつ会いに来ても同じように迎えてくれる。飯美味いし、部屋は綺麗だ。一緒に寝る布団のシーツは俺が好きな柔軟剤の匂いだ」
「……うん」
「ありがとな!!で、これからもよろしくな!!」
「っ…うん!!」


大事なことを当たり前のように言葉に出来る栄純が大好き。こつ、とおでこが合わさって至近距離で見つめ合ってお互いに笑い合ってから引き合うようにキスをする。


「んっ、ちょ…え、いじゅ…」


待っ、待ってってば!!
グイッとなんとか押し返してどんどん深く長くなっていくキスを中断!私の背中をギュッと抱き締める腕や体重を掛けてくる身体の温度が高くなってくるし、このままじゃきっと流されちゃう。

むうっと不満そうに口を尖らせたって駄目なものはだーめ!!


「えっと…スルの?」
「駄目か?」
「駄目」
「なんで!?」
「なんでって…栄純、シた後すぐに寝ちゃうでしょ?」
「そうだっけ?」
「うん。はい、だからお風呂入って歯磨き!!」
「ええー!?」
「で、あの…最後に私にしよ」
「!ッ…か、」
「か?」
「ッ…なんでもねェ!!だあぁ!!じゃあすぐいってくる!!」
「は、はい」


言っ、言ってしまった…!けど私だってずっと栄純に触れたくて抱かれたくてしょうがなかったからいいもん悔いはない!
バッ!と勢いよく起き上がって私の手も引いて起き上がらせてくれた栄純が、風呂ー!!とまたドタドタと騒がしく駆けていく背中に、ふう、と息をついてさて片付けしなきゃとお皿に手を伸ばした時だった。


「あ」
「え?」


なに?ぴたりと止まった栄純の振り返らない背中。なんだろう?と気に留めながらお皿を手に取り重ねて持っていこうと立ち上がる。


「……明日、オフだから!」
「!」
「だから、覚悟しとけよ亜依!」
「へ……」


それはそんな無邪気に笑っていう言葉じゃない…!!
つるっと手からお皿が滑り落ちて、ガシャーンッ!と割れる。わぁ!!と2人で慌てていれば間もなくピンポーンとインターホンが鳴ってドアスコープで誰か確認すれば下の階に住むおばちゃん…!!うるさいのよ!と2人で怒られている玄関先で雨の音を確認した私はどうしても集中出来なかった。



てるてる坊主は今日も反転視界
「いやぁ、こんなに貰っちゃっていいんすか!?」
「いいのよー!スポーツは身体が資本でしょ!たくさん食べなさい!!」
「あざっす!!」 
「で、前に言ってくれたこと考えてくれたかしら?」
「娘さんのことっすか?」
「そう!ちょうど沢村くんと同い年ぐらいで…」
「すんません!!俺、亜依を生涯の伴侶って決めてるんで!!」
「まぁ…!男前ねぇ…」
「……もしもし栄純サン?」
「うん?お!亜依、おかえり!!今日は早く上がったから来たぞ!」
「うん。スマホで確認したから知ってるけど。あの…どうして下のおばちゃんとそんなに仲良くなってるの?」
「ん?色々相談聞いてる内にな!!」
「へぇ…(さすが人たらし)」

2021/05/15
Happy Birthday 栄純!





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