こんな感じの私たち




朝のニュースでは最近新コーナーが始まった。
内容は"アスリートの奥さんご飯"というもので、日替わりで5人の美人でスタイルのいい女性がテレビの中で料理を作るのを眺めながら、ふうん、と目を細めた。
野菜ソムリエ?栄養士?それってつまり旦那さんのために取得した資格ってこと?さすがは一流アスリートのお嫁さんってとこなのかな。愛する旦那様の身体を作る食事で内助の功。栄養バランスはもちろんのこと、彩りや流行りも取り入れられて食器もオシャレ。番組の最後には決まって、この毎日ご飯はインスタグラムで紹介されています!、なんてSNSの紹介で締め括られて、私は毎回律儀に朝ごはんを食べながらアカウントをチェックする。
美味しそう、と呟きお母さんに行儀が悪いと叱られ止める。私の朝のルーティーンは最近こんな感じ。


「やっぱり食事って大事?」
「あ?なんだよ薮から棒に」
「奥さんご飯観てる?」
「あー?…あぁ、食堂で後輩が騒いでたな。つーかまるで自分が世界の中心みてーな言い方すんなよ」


くはっ、と顔をくしゃりとして笑う髭なクラスメイトは読んでいた少女漫画を下げて、あれだろ?、と続けるのを前の席の椅子を引き座りながら頷き聞く。


「アスリートの奥さんが作る飯を紹介してるやつ」
「そうそう」
「あんな美人に作ってもらえりゃなんでも食えんだろ」
「それね。しかもカメラのアングルがあざとさ狙ってんだよね、あれ。まるで自分に出されたみたいに視点工夫してたりさー」
「後輩が真似して撃沈してたぜ」
「あはは!!なにそれ面白い!」
「丁度いいからお前もやってみろよ」
「撃沈がお望みで?」
「だな。やめとくわ」
「怒っていい?」
「いいけど静かにしろよ。漫画読んでんだからよ」
「放置する気満々じゃん」


本当にまた読むの再開しやがったこのやろー。
邪魔するなとばかりに漫画を顔の前に広げる姿に、ふぅ、と息をつき肩を竦めて、おはよ、と上から掛かる声に顔を上げる。


「おはよ、小湊」
「朝から楽しそうじゃん」
「そう見える?伊佐敷に無視されてるよ私」
「それが楽しい」
「あ、小湊"が"ね」


野球部め。私の扱いが最近適当じゃない?
そう口を尖らせると、可愛くないからやめな、だって。すみません調子に乗ってあざとさ狙ってみました。


「寮の食事ってやっぱり栄養バランス考えられてるんだよね」
「だろうね。なにいきなり」


窓際の自分の席にカバンを置いてポケットに手を入れて歩き向かってくる小湊は背こそ小さい方だけど態度がデカすぎる。山椒は小粒でもぴりりと辛い、と呟いた私に伊佐敷が、ブフッ!、と笑って小湊にチョップを落とされ、いてっ!、と吠える
。グラウンドでスピッツと呼ばれる彼は教室でもそう呼ばれてることを知ってるだろうか。


「いてて…!ったく。奥さんご飯だってよ」
「あぁ、あのニュースのコーナー」
「うん。いいよねーって話し」
「そう?」
「え、良くない?美人でナイスバディな奥さんがあんな食事を作って家で待っててくれたらスキップして帰っちゃうでしょ、伊佐敷が」
「俺かよ!」
「それでさ、ご飯にする?お風呂にする?それとも私?……って、なに?なんで2人とも口押さえてんの?」
「「気持ち悪い」」
「私が!?」
「まぁ須藤はともかくとして」
「すんな。未来の旦那に謝れ」
「お前にゃ謝らなくていいのかよ」
「そんな単純じゃないと思うけど」
「そっかなー。で、謝罪は?」


ん?とにこり笑い手を差し出すとその手をしばらく見た小湊がにこりと笑うから嫌な予感…!
冗談!、と悲鳴のように叫び手を引っ込めようとしたけど時すでに遅し。バチーンッ!と大きな音と共に小湊渾身の力で叩かれた手が痛すぎて、くぅー!と呻き抱えた。痛すぎ!悪魔!悪魔の化身!!

ジワと浮かぶ涙目で小湊を睨んでも、あー楽しい、と朗らかに歌うように言われ、伊佐敷に助けを求めても一切関わりませんとばかりに目線を漫画でシャットアウトされた。野球部め!小湊の扱いをよく心得てる!ていうかその漫画、クラスの女子の間で回ってるやつじゃん!


「もー、2人ともそんなんじゃお嫁さんもらえないよ」
「うっせ!自分はどうなんだよ」
「私?」
「須藤、確か調理実習の時に鍋空焚きにして1個駄目にしたじゃん」
「う…!」
「あったなそれ!軽いボヤだったぜあれは。あと、あれな」
「あぁあれね。2年の時、料理後の熱々フライパン素手で持って手の平火傷で全治2ヶ月」
「肉が焼ける香ばしい匂いがしたよな」
「なんでそんなに覚えてんの?ねぇ私のこと大好きなの?」
「「まさか」」
「息ぴったりか」
「当たり前だろうが。野球部はこのぐらいのことできるんだよ」
「野球部とは」


なんでそんなに嬉しそうに胸張ってんのよ!と笑えば伊佐敷も小湊も得意げでちょっと羨ましいなぁなんて思ったり。どんなにクラスで仲良くったって、寮暮らしで寝食共にしてるとそりゃ息も合うよね。野球部はチームワークが大事だろうし。


「ところでなんでその話し?」
「んー?ほら、将来野球選手の嫁になったら私もちゃんとやらなきゃかなって」
「へぇ、そんな予定があるんだ?知らなかった」
「私もー。将来のことは将来の私に任せてるからさー」
「明日のお前は今日のお前がいるからいるんだから無責任なこと言ってんじゃねェ」
「おぉ…真理」
「純そういうとこある」
「小湊は?」
「ん?」
「そんな単純じゃないって言ってたじゃん?」


伊佐敷が漫画読みながらすごい顔をするから、どこ?、と漫画を引き寄せ見せてもらえば、ココ!?最高にキュンキュンするとこじゃん!なんでそんな怖い顔してんの!?
まじまじと伊佐敷を見ればまた小湊が、そういうとこある、と笑いながら繰り返す。


「どんなに綺麗でスタイル良くて料理が上手だって、要は好きじゃないと意味ないじゃんって話し」
「あーまぁ言いたいことはと分かるけど、そういう人だから好きになって結婚するんでしょ?」
「そう?」
「え?違うの?」
「違うだろ」
「こっちもか。結婚しない意味分かんない」
「須藤は子供だからね」


そういうもんかなぁ。首を捻る私と、あと5分か、と授業までの時間をちらり時計を見て確認してまた漫画に集中する伊佐敷。残り5分少女漫画をがっつり堪能するつもりらしい。

肩を竦めると小湊が私の肩を無言で、とんとん。こういうとこ、可愛いって女子に言われてるの言ったら怒るんだろうなぁ。
なんて思いながら首を傾げ応答する私に小湊が悪そうな笑みを深めて伊佐敷を見て、口の前に人差し指を立てるのを見せてから私に口を開いた。
あぁ、はいはい。お付き合いしますよ悪巧み。


「どんなに美人でも好きな奴じゃないと意味ないよ」
「そうかな…小湊、この間高島先生と話しながら嬉しそうだったよ?」
「あれは…」
「ほらね。口でなんだかんだ言ったってああいう人が良いに決まってるよ、みんな」
「なにそれ。妬いてる?」


は?と伊佐敷が漫画を顔の前から下ろして私たちをぽかんと見る。
そりゃいきなり目の前で何が始まったんだって話だよね。分かる分かる。口も開きっぱなしにもなる。


「っ…妬いてないし!」
「ふうん。残念」
「え…それ、どういう意味…?」
「言ったまんま」
「……からかってる?」
「違うって言ったら、どうする?」
「その言い方はずるくない?」
「ずるくもなるよ。お前とのことだし」
「意味分かんない…」
「はぁ…」
「溜息…」
「面倒臭い」
「わ、悪かったですね!どうせ私は…!」
「うん。面倒だし料理はできないし特に美人でもないし」
「………」
「でも、そういうとこが好きだからしょうがないじゃん」
「え…?」
「俺は美人じゃなくても料理が上手くなくてもスタイルが良くなくても子供っぽいお前でも、お前だから好きになったんだよ」
「小湊…」


あ…伊佐敷が真っ赤な顔で漫画を握り締めプルプル震えちゃってる。そろそろ限界?と思った時に授業開始のチャイムが鳴ってクラスメイトが席に着くのを見ながら私も立ち上がる。
おーい、小湊さーん。
背中を向けた途端めっちゃ楽しそうに笑いすぎ!


「お、おおおお前ら…!そういうことだったのかよ…!」


伊佐敷…ちょろすぎるよ。ちょろすぎて心配、私は。ほら、見なよ。小湊が今にも倒れそうなぐらいお腹を抱えて震えてるよ。そしてクラスメイトはそんな光景に慣れっこで、またやってるよ、とばかりに呆れた表情でこっちを見てるのに気付きなよ。

ガタンッと立ち上がり真っ赤な顔で吠えてこっちを指差す伊佐敷に首を振り、チョンチョン、と動揺しながらも伊佐敷がしっかり手に持つ漫画を指差し、ごめんよ、と言いながら手を合わせて舌を出してみる。うわ、って言うな小湊。


「は?これがなに……あ?」


ピュアな男女のすれ違いを描いた少女漫画はその手の実写映画を撮らせたら大ヒット間違いなしの監督が手掛けるということですでに話題。若手俳優が相手役を演じるということもあって、私も友達に観に行こうって誘われたっけ。


「なん、だこれ…さっきのお前らの言葉が…、っくそ!!ネタバレじゃねーか!!」


叫ぶ伊佐敷に、早く座れー、と慣れたように先生が言ったりクラスメイトが笑ったりと今日も我がクラスは平和なり。
あの漫画の胸キュンな場面をどうして小湊が知ってたかは置いといて、見事に演じきった私はふふんと笑う小湊にグッと親指を立てたのだった。



こんな感じの私たち
「お前らよくあんなことできるな」
「青道の新垣結衣って呼んで」
「しかもアドリブつきでよ」
「あれ無視?恥ずかしいんだけど。…っていうかアドリブ?なんのこと?」
「あ?あの亮介の台詞だよ。漫画に"子供っぽいお前でも"って漫画にゃねェだろ」
「演技じゃないからね」
「「は!?」」
「あー楽しい」
「楽しいのはいいとして、え…どっち?」
「さあ?未来のことは未来の自分に任せればいいじゃん」
「明日の私は今日の私がいるからいるんだよ」
「いやそれ俺が言った」

ー了ー
2020/08/06





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -