サンドイッチの中身について[3/3]




足首の腫れは引かないから今日は湯舟に浸かるのは止めてシャワーのみでお風呂を出て部屋に向かう。鳴からLINEで皆でゲームするからカルロスの部屋集合と召集が掛かったけど返事はしなかった。あんな事があったから少し時間を置きたい…と、思う私を無視して既読無視した私の携帯にはスタンプ攻撃の嵐。よし、迷わず通知OFF。

あれから。あれからというのは鳴の突然のあの行動の後呆然とする私をミーティングルームの開きっぱなしのドアから発見した白河が、電気無駄、と電気を消したからなんとか我に返れたあれから。ていうか無駄って何よ私が居たでしょうが。
洗濯はちゃんと干してあってカゴも部室に戻されていた。樹くんに部の連絡網を見てメールしたけど返事はなし。怒ってるかな……あぁもう鳴のせいだ。


はぁ、と溜め息をついた私はこんな合宿中でも野球部だからこそ手を抜けない数学の課題をやろうと立ち上がり机に向かおうとしたんだけれど。


『樹ー!!どこ行った樹!!』


……鳴の横暴な立ち回りから後輩を守る方が先みたい。

ドアの外からもハッキリと聞こえる鳴の樹くんを呼ぶ声と、何か事が起こってるらしいバタバタとした物音。
はぁ、と溜め息をついて部屋に近付く足早な足音にそっとドアを開けて外の様子を伺う。
向こう側の廊下から来たのはやっぱり、樹くんだ。


「樹くん!」
「え!?わっ、ちょ…!!」
「シィー…」


恩返し、と樹くんの手を引いてドアの中へと引き入れ何か言いたげにする樹くんに一先ず沈黙を要求して閉めたドアの外を伺う。……うん。よし。


「あはは。大丈夫?すごい息切れ」
「な、す…すみませ…ゲホッ」
「いいよ。ほとぼり冷めるまで此処にいた方がいいみたいだね」


合宿に響いても困るし。そう続けて樹くんに座っていいよと促すもドアの前でカチンと固まる樹くん。首を傾げたけれど、あ…そっか。鳴に慣れてしまってるけど普通は女の子の部屋に簡単に上がったりしない……の?


「え、っと…。そんなに緊張しないで?ほら!私、1年にお母さんとか呼ばれたことあるし!」
「………」
「鳴にも女の子扱いなんてされたことないしね。私だから大丈夫だよ」


こうも緊張されてしまうと…引っ張り込んだのがかえって悪かったような気がしてきて眉が下がる。と、思いつつもちゃんと鍵閉めたっけなんて樹くんの後ろに確認する。鳴はノーノックだからなぁ…。


「……足、大丈夫ですか?」
「ん?うん。ごめんね、びっくりしたよね。まったく鳴ってば」
「捻ったって雅さんに聞きました」
「うんーそうなの。なんか、申し訳ない。こんな忙しい時期に」


う…言ってて悲しくなってきた。紛らわすために冷蔵庫からお茶を取り出し、はい、と樹くんに投げ渡す。かなり突然だったけど反射神経が備わってるのか見事にキャッチする樹くんに、ナイスキャッチ、と笑いまたテーブルの前に座ることを促す。


「お礼」
「え?」
「洗濯物、ありがとう」
「いえ…!自分にはあれぐらいしか出来なくて…」
「ううん。私には凄く助かったよ、ありがとう」
「………」
「樹くん?」


やっと座ってくれたものの、正座するのが樹くんらしい。
けれど私のお礼の言葉に喜ぶどころか沈んで見える樹くんは膝の上で私なんかとはまったく違う大きな手をぎゅうっと握り締めた。


「なんか、自信無くすことばかりです」
「自信?」
「はい。鳴さんの球はまだまだ逸らしてしまうし…亜依さんの怪我も全然気付かなかった。こんなんじゃ俺…」
「わわわっ!ちょ、待って!ハンカチ!」


泣かせてしまった!!
零れた涙に慌ててハンカチ取り出して伝った頬を拭いてあげる。ピクッと身体を揺らしたけれど拒絶をしない樹くんは目をギュッと瞑り唇を噛み締めてしまう。

……初めての夏合宿と雅さんという大きな存在からのプレッシャー。見せつけられるバッテリー感の繋がり。それから上級生と自分の実力差と……選手自身が感じる様々な想いはマネージャーである私には決して100%の理解は出来ないけれど。


「樹くん」
「………」
「誰もがそうだった」
「!」
「鳴なんか、樹くんより線が細かったからすっごい食べさせられていつも文句ばっかり。カルロはノックで毎日バテてたし白河なんかベンチで気絶したことあったから」
「え……」


当時を思い出して遠い目で話す私を樹くんが驚いたように見つめる。見開いた目に思い出から返ってきた私が笑いかけるとまたグッと唇を噛み締めた。


「それでも頑張ることを諦めないんだもん。私ならとっくに匙を投げてる。凄いよ、みんな。私はそんな皆のこと、大好きだよ。あ…言われた方は迷惑だろうけど」
「亜依さん…」
「私のことなんか気付かなくていいんだよ。野球だけのことを考えてもらえるようにマネとしてサポートしてるんだから。樹くんがちゃんと真っ直ぐ野球を見つめて頑張ってる証」


まぁ私に無関心…という可能性も大いにあるんだけど。ここは前向き変換させてもらいまだ乾かない樹くんの目にハンカチをそっと当てる。
なんか、不謹慎だけど嬉しい。
こんな風に弱音を打ち明けてくれるのは、何も出来ないけれどやっぱり嬉しい。先輩になったような?あ、先輩なんだけど。

先輩たちから私たちもこんな風に見えてたのかなぁ。なんだか…少しくすぐったい。


「あの…」
「ん?」
「正直に話してもいいですか?」
「え?あ、はい。どうぞどうぞ。もうここまできたら全部ぶっちゃけちゃった方が…」
「野球のことだけじゃありませんでした」
「……うん?」
「専念しなきゃいけないのになかなか集中出来なくて…それでまたモヤモヤして…」
「空回り?」
「……はい」
「解決出来そう?」
「いや、どうかは…」
「分からない?私が力になって解決出来そうなら言ってね。私じゃ駄目だったらここにはたくさん頼りになる先輩いるし。ほら、福ちゃんとかよく聞いてくれると思うよ」


ん。もう涙乾いたかな。

ハンカチを下ろして改めてジッと樹くんを見つめれば思いの外真っ直ぐ見つめられていて思わず身を引きたくなってしまう。
どきりと跳ねた心臓を見透かしたように樹くんがハンカチを持つ私の手を掴む。

こく、と樹くんの喉仏が跳ねて緊張したように真一文字に唇が結ばれた。つられて緊張した私も固まって、樹くん?、と彼を呼ぶ声が掠れてしまいそれを聞いた樹くんの肩が小さく揺れた。


「亜依さんは、俺とこうしていて何も感じませんか?」
「え……」
「ただの後輩ですか?それこそ弟を見るような…男としては見てもらえませんか?」
「樹くん、どうし…」
「俺は。俺は、亜依さんのことは女の子としか見れません」
「!」


それは……つまり、"そういう"意味?

樹くんの言葉を何度か頭の中で繰り返して、いいやまさか、と否定してみたところで私を見つめる樹くんの目が冗談じゃないのだと伝えてくる。

ま、待って……ちょっと待って!
意を決したかのように細められた樹くんの瞳に息を呑んだ私に近付く樹くんの顔に思考が完璧に止まってしまった私は動けず、ギュッ、と目を瞑る。こんな時に自分の鼓動を耳の奥に敏感に感じるのがおかしかった。


「っ………!」
「………」


フッ、と前髪が避けられて額に当たった柔らかな感触。
ビクッと身体を震わせた私からゆっくり離れた樹くんの顔がぼやけずに見ることの距離になった時、漸く額にキスをされたのだと気付いた。


「な、い…あの、う…っ」
「…次はありませんから」


何が?、と問い掛ける前に部屋のドアが、ドンドンッ、と強く叩かれ、開けろー!、とドアノブガチャガチャしながら侵入許可を待つ鳴の声が外から聞こえた。

樹くんには聞こえてたのかな、私はまったく鳴の近付いてくる気配にさえ意識を向けられなくていっぱいいっぱいだったというのに今さっきまで様々な想いを吐露するかのように泣いていた後輩は今は何事もなかったかのように立ち上がりドアの前で私を振り返った。


「!」


バッテリーは似てくるとかなんとか、そんな事を聞く。
鳴がしたようにどこか自信の満ちた目で私を見つめる樹くんの背中を見つめてこれは一体何が起こってるのかと1から考察せずにはいられなかった。



サンドイッチの中身について
「お前なんで樹入れてんの!?馬鹿なの!?」
「う、うるさいなぁ!鳴が樹くんを虐めてるみたいだから助けてあげただけじゃん!先輩として!!」
「はあ!?なんで上から目線なんだよ意味分かんねェ!!大体亜依は…」
「痛っ…!」
「亜依!」
「亜依さん!」
「…ご、ごめん。よろけた」
「お、樹いたか?……あ?」
「カ、カルロ…」
「なるほどな。亜依、モテ期か」
「お願いだから半裸でドヤ顔しないで」


―了―
2015/09/15





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