サンドイッチの中身について[2/3]




やばいやばいやばい、と頭の中で何度も流してやりきれない想いに溜め息1つ。
合宿中だから練習終わりも遅いしやる事は山ほどある。私も泊まるからお風呂の時間を頭に入れつつ洗濯機回して干して、自主練してる皆のためにおにぎり握ってそれから……。

ゴウンゴウンと回る洗濯機の横で座り込んだ私の足首はシップを貼ったぐらいじゃ無駄だったらしく痛みという警鐘を鳴らし続けてる。パイプ椅子に座り靴下に隠れるシップをぺらりと捲ってみれば…あちゃー…腫れてる。病院に行ってもされる処置は同じようなものと、今私としては受け入れられない安静要求だけ。しかし、うん。派手に痛む。とにかく今日は乗り切らないと……。


そう気合いを入れ直し靴下にシップを再び隠した丁度そのタイミングで、ガチャッ、とドアが開く。セーフ、と心の中で安堵しながら、お疲れ様でーす、と入ってくる人に声を掛ける。


「あ……」
「あ、樹くん。お疲れ様。洗濯?そっち空いてるよー」
「はい。あの、あの後大丈夫でしたか?」
「うん?」


練習は終わったけれど樹くんは練習着のまま。今から自主練だとして、その間に洗濯を片付けちゃおうってわけかな。お風呂の後は上級生を中心に回すし確かに今は空いてる時間帯。さっきはカルロスが来て、終わったら持ってきてくれよ、とすでに上半身裸のまま言われたけど丁重にお断りした。ここがアメリカだったらセクハラ裁判でで私勝訴してるわ。


「鳴さんに」
「あぁ、あの後ね」


びっくりしたぁ…。大丈夫か、という気遣いには今とても敏感な私からしたらもしかして怪我がバレたのかと思った。

後輩に気遣われた情けなさやまるで良心の塊のような眼差しにくすぐったさとか、そんなものを感じながら、あはは、と笑う。


「あんなの慣れっこ。なんか鳴、機嫌悪かったみたいだし」
「やっぱりそうなんですか」
「もしかしてブルペンで?」
「大荒れでした」


はぁ、と溜め息と一緒に頭を沈ませる樹くんには無言で肩を叩いてあげた。分かるよ、分かる。あの我が儘坊や、荒れると雅さんでも手を焼く。いや、雅さんだから、かな。雅さんあれで結構鳴に甘いからなー…。夕飯、鳴に嫌いなもの押し付けられてないといいけど。


「でも」
「んー?あ、こっち終わった」
「よく分かりますね。鳴さんのこと」
「うん?んー…。そりゃあ幼馴染みだから」
「幼馴染み…」
「家のアルバムに一緒にお風呂入ってる写真とかあるもんね」
「お風……!?」
「うん。もう家族だよね存在的に」


家族ぐるみの付き合いがあればそれは尚更。進路だって私が決める前にお父さんに、稲実だろ、と言われたっけ。だろ、って。だろって何よ。思春期真っ盛りの娘に対して選択肢も与えず頭ごなしで高圧的。よくグレずに育ったな私。なんて。

たまには自分を褒めたたえて全部やること終わったらコンビニ行って高いプリンでも買おうか。
なんて思っていた私の隣で樹くんが洗濯機に洗濯を入れながら、でも、と話し出す。


「鳴さんはそう思ってないかも」
「え?あ、なんか落ちたよ?」
「え……、!」


まるで独り言のように話すから気になって、洗濯物を取り出していた手を止めて樹くんを見れば同じタイミングでぽとりと樹くんの足元に落ちた何か。
言うが早いか屈んで手を伸ばそうとして、はた、と止まる。あ…これは。


「す、すいません!!」
「あ…うん。いいの、私もごめんね。無神経ってよく鳴に言われるんだー」


しまった。寮暮らしの洗濯なんだからこれがあるのは当たり前。つい手を伸ばしてしまったのはパンツで、勢いよく樹くんによって回収されて洗濯機に放り込まれた。
その強さっていったらさながら牽制球を入れる時のようで思わず笑ってしまう。


「な、なんですか?」
「あ…ごめん。馬鹿にしたとかじゃないよ。ただ肩強いなって思ったの」
「なんか、…あんまり嬉しくないです」
「ごめんごめん」


不機嫌を顕わにする口調だけど真っ赤になって俯いてる。耳まで真っ赤。15歳可愛い…!


「……亜依さんは全然動揺しないんですね」
「え?あー…うん。やっぱり、可愛いげないよね」


ここで真っ赤になれたりしたら可愛いんだろうね、と苦笑いしながら続けると、いえ!、と慌てた様子の樹くん。いい子。


「小さい頃から鳴と一緒だったし、カルロスもあんなでしょ?悲しいことに慣れちゃったよね」
「あー…なるほど…」
「うん。やっぱり樹くんもふわふわっとした子、好き?」
「も、ですか?」
「そう。鳴はそういう子が好きみた、いー…だ、よっ、とー」


タオルやらの洗濯を全部カゴに入れ終わり、ほらブラバンの子、と最近話題になったばかりの鳴にされた告白話から派生して野球部でもちょっとした人気の子の名前を上げれば、あぁ、と洗剤を入れながら樹くんが相槌を打つ。

樹くんは優しいというか、雰囲気柔らかいしきっとああいう子が隣にいたらピタッと嵌まるんだろうなぁ。まったく…私ときたら。おにぎり作ったり洗濯したりアイロンに裁縫、傷の手当てまでして手慣れて家事力は高いはずなのになぜ女子力は上がらないんだろう?不思議。前に1年生に、お母さん、と間違って呼ばれた時はさすがに泣……かずに笑顔と無言で引っ叩いたけど。


「…あの、亜依さん」
「うん?あ、いいよ。ほら、自主練するんでしょ?」


持ち上げたカゴを樹くんが持ってくれるから慌てて取り返そうとするも、いいんです、と樹くんはカゴを手に背中を向けて歩きだす。あぁもう追い掛けてあのカゴ奪取したいけど…足が!足が痛すぎて……っ。まぁでも樹くんは背中を向けてるから幸い私が痛みに顔を歪めたこともついしゃがみ込んでしまったことにも気付かれないで済んでるんだけど。
それでもいつまでもこのままでいるわけにはいかない。立ち上がろうと息を吸い込んだ時だった。

ガチャ、と再び開いたドアと見覚えのあり過ぎるシルエット。あ…、と言葉を発することしか出来ないくらいの間しかなくて樹くんがその名を呼んだ時には不満げに細められた目が目の前で私を見下ろした。


「鳴」
「…やっぱりね」
「え…」
「なんかおかしいと思ってたんだよ、お前」
「なにそれ喧嘩売ってる?」
「違うし!バーカ」
「やっぱ売りに来……きゃあ!!」
「耳元でうるさっ!!」
「なっ、ちょ…!離せバカ鳴!!」
「ムッカー!絶対に離してやんねェ!!」
「待っ…バカ!肩痛めでもしたら、ちょ…聞きなよ!!」
「やだね。あ、樹。それ亜依の代わりにやっといてよ」
「はあ!?昼間マネが邪魔すんなって言ったの誰よ!?」


なんでどうしてこうなってる!?

有無を言わさず抱き上げられて、揺れてしょうがない身体が怖くてつい鳴の首に腕を回してしまったけどこれってつまりお姫様抱っこというやつで。グルグルと頭が混乱して何を喋ったらいいのかまったく分からない。
ただ洗濯カゴを樹くんに持たせたままだったからそれだけは必死に訴えた。


「い、樹くん!!洗濯!2階の廊下に置いといて私が干すから!!ごめん!!」
「だぁーからぁー!!うるさい!!」
「それが女の子を勝手に抱き上げといて取る態度かバカ鳴!!」
「はあ!?女の子なんてどこにもいねェし!!」
「ちょ、や…!揺らさないでよ怖いから!!」
「最初っからそうやって大人しく掴まってりゃいいだろ」
「理不尽自分勝手!!」
「あーもー!!うるさいなぁ!!」
「どっちが!?」


鳴はいつの間にこんなに力強くなったんだろう。や、うん。そうなんだけど…稲実のエース。弱い男なんかに務まるはずがないのは分かってたんだけど。けど、身をもって体験するのは違う。凄く、落ち着かない……!

鳴が歩くたびに揺れるのが怖くて、仕方がなく鳴の首に回した腕に力を少しだけ込めると少しだけ振動が小さくなった気がした。鳴の肩から後ろを見ようとしたけどもう樹くんは見えなくて、はぁ、と溜め息をつけば鳴が、エースに運ばせといて!、とピーチクパーチク言い出すからもう口を閉じた。鳴が来る前に何かを言いかけていた樹くん。少し寂しそうにしてたような気がしたんだけど……気のせいかな?


「お。なんだ?坊やもついに坊や返上か?」
「うるさいカルロ。つーか坊やじゃねェし!」
「なんとか言ってよカルロ」
「なんとかっつったって……」
「亜依のくせに足怪我してるみたいだから手当てしてやんの、俺が直々に!」
「怪我?」
「大袈裟なんだよ…」


運悪く廊下でカルロス(辛うじて上半身だけ裸)に鉢合わせになって訴えるも、もう行くから、とまたズンズン歩く鳴に成す術がないのは私がよく知ってる。
怪我すんなよ、と鳴と私を見送る声に、あったりまえ!、と返す鳴は少し機嫌が良いみたい。声が弾んでる。


「到着、っと」
「ありがとう?」
「なんで疑問形なわけ」
「えっと…シップ…」
「ていうかどうしたんだよそれ」
「捻った。ゲージ運ぼうとして」
「はあ?バーカ、バーカ」
「うっさいなぁ…」


着いたのはマネージャーも時々使わせてもらうミーティングルーム。
寮生のための救急箱を棚の上から持ってきてくれた鳴に礼を言っていざシップを貼り代えようと手を伸ばしたんだけど。
スッ、と遠ざけられた。


「……鳴?」
「んー?」
「私、忙しいんだけど」
「そんなの俺だって」
「じゃあお互いの利害一致ということでその抱え込んだ救急箱貸して」
「…はぁ」
「え?なんで溜め息?」
「分っかんないかなぁ」
「うん分かんない。はい貸して」
「降参早すぎつまんねェ!!」
「あのね…。鬱憤晴らしなら雅さんにでも向けて」


ごめんなさい雅さん、と心の中で合掌した私に鳴がなんとなく返す言葉は分かってる。もう……。


「やーだね」


本当、坊やなんだから。

ニッと得意げに笑う鳴の手が救急箱からシップを取り出してヒラヒラと揺らし私に見せる。なによそのドヤ顔は。


「俺がやってあげよーっつってんの」
「言ってないでしょ、そんな事1度も」
「細かいことはいいからいいから」
「細かくな…!ちょ、鳴!!も、馬鹿力!!」
「なんたってエースだからね」


ここまできたら大人しく従っておいた方が早いかな…。洗濯物生乾きとか嫌だし…観念しよう。

パイプ椅子を後ろに引いて私の怪我してる方の足を自分の方に引き寄せた鳴にそっと小さく溜め息。なんか…やらかされそうで怖い。


「うわっ!ほっそ!見てこれ!お前の足首に俺の手余裕で回るじゃん!」
「はいはい」
「でー?シップが…うわっ!赤っ!」
「はいはい」
「なにこれ。………痛いんじゃねェの?」
「…別に」


幼馴染みというかなり気心が知れてるだけに、弱みを見せるのも悔しい。
私のシップを剥がして確認した足首の腫れ方にそれまでのおふざけモードを止めて眉を顰める鳴からフィッと顔を背ける。


「ふうん…。そうなんだ?痛くない?」


や……ばいっ、これ…失敗し……、


「いっ……!いたっ、痛い!痛い鳴!!」
「………」


思わず声を上げて暴れずにはいられなかった。鳴が私の腫れた足首を掴んでグッと爪先を私の方へと押したのだ。
ずきんずきんと走り続ける痛みに次第に抵抗も出来なくなってきて、それでも緩まない鳴の力と…私を真っ直ぐ見据える何かを湛えた瞳。
これは。


「ごめっ、鳴…!黙っててごめん!!」
「!…別に。俺に言う必要ないだろ」


そう言いながらも鳴は手を離してくれて俯いた。色素の薄い髪の毛が垂れて今鳴がどんな顔をしてるか分からない。
あ…れ、この感じ。
昼間もグラウンドで…樹くんに感じたそれと。


「!」
「亜依」


同じ。

パシッと今度は手首が掴まって、グッと鳴の方へと身体を引き寄せられた。
それはあっという間で気付けば鳴の明るい瞳の色がぼやけてしまうくらいの近くまで顔が寄せられていた。
息の仕方を忘れる、この感覚になってしまうその理由が分からない。


『鳴!!』
「………」
「………」
「鳴!!……と、此処にいたか。って、須藤。どうした?」
「あー雅さん。亜依馬鹿だから足首やっちゃったみたい」
「あ?どれ…ああ、こりゃひでェな。林田部長に病院頼むか?」
「い、いえ!!私は大丈夫ですから!」
「と、いうことだから亜依の手当てしてたんだよ」
「チッ。だったら一言ぐらい残していきやがれ。また勝手にいなくなりやがって」
「ごめんて。ほら、エースとしてはさマネージャーにも心を配らなきゃいけないと思うわけ」
「てめェは練習サボりてェだけだろ」


ったく、と眉間に皺を寄せ苛立ちを、ふぅ、と長い溜め息で逃そうとする雅さんに、しょうがないなぁ、と鳴が立ち上がる。
何事もなかったかのように見えて、ぽかん、とそれを見上げる私を見下ろす鳴は。


「……次はねェから」
「!」


そんな事なかった。
感情の高ぶりを無理矢理押さえ込んだような、顔の表情筋が表情を決めかねているようなそんな表情に今更カァッと顔が熱くなった。

次って、なに…?ないって、何が?
頭の中に回る答えの出ない疑問にくらりと眩暈さえ感じる。先にミーティングルームを出る雅さんに続き出て行こうとする鳴がまだ放心状態の私を振り返り、ベッ、と赤い舌を出して勝ち誇ったように笑う。


「な、なんなのよもう……!」






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