サンドイッチの中身について[1/3]




しまったぁ、と思った時にはすでに遅し。ぐきりと捻った足首はズキズキと痛んで正直辛い。
夏大予選の初戦を前にして合宿も行われている真っ最中でマネージャーの忙しさもマックス。一番士気を高めなきゃいけないこの時期にこんな事誰かにバレようものなら絶対に、空気読めないなお前、と言われるに決まってる。坊やなアイツとかエースなアイツとか関東No.1左腕のアイツとか。

と、いうわけでボールいっぱい入ったカゴを、足りないよー!!、と声高らかに催促してくるアイツだけには気付かれないようにと平然装って運ぶ。ちくしょう痛い!
気温は今日も真夏日記録。
陽射しはギラギラ、部員のやる気もギラギラ。相乗効果なんて言葉じゃ間に合わない熱気溢れるグラウンドに足の痛みがなくったって帽子を脱いで、ふう、と一息入れないと熱中症の危機と背中合わせ。


「もう遅い!!こう、やる気ある内にさー!ズバッと打っていたいんだよね、俺としては!」
「へえー。鳴のやる気は時間制限あったわけね。国友監督に言っておこーっと」
「な…!」


それだというのに今日も暑さなんて打ち返して場外ホームランとばかりの部員たちの尽きないやる気。いつ見ても頭が下がるけど、この化け物たちめ。

ティーを打つ上から目線の稲城実業野球部エース成宮鳴の元にボールを持って行きそう言えば鳴はグッと言葉を飲み込みあからさまに、ゲッ、と言いたげな顔をするから今度は私が上から目線だ。ふふん。17年来の幼馴染みをナメてもらっちゃ困るよ。


「そ、そんなんだから貰い手ねェんだぞお前。ちょっとは可愛いげをさー」
「あー。鳴に告白してきたブラバンの子みたいに?」
「そうそう!あの子みたいに!!こう、ほわほわぁーっとしててさ。んっ!」
「にこぉっとしてて?はい」
「そうそ…う!っと」


鳴にボールを出していた1年生に、打ってきて、と代わり今度は私がボールを出していく。入部したばかりの頃は、すげェ…、と言われたものだけど生まれてこの方年齢イコール鳴の幼馴染みだと言えば皆さん、あぁ…、気の毒そうであったり尊敬の眼差しであったりと見られ鳴が野球部の、寮でもどんな振る舞いをしてるのが言葉で聞くより明らかで、ご愁傷様です、なんて頭下げたりしたっけ。

去年の夏の甲子園。
鳴の暴投で終えたあの年。部屋に篭った鳴を思えば今また通常運転の我が儘元気はつらつの様子にマネとしても幼馴染みとしてもホッとするけどさ。


「……なんか、変じゃない?お前」
「え?何が?」
「んー。分かんねェけど、何か!」
「私にキレないでよ。ほら打つ!」
「分かっ、て…るー……よ!!っと」
「ちょ…!高く打ち上げすぎ!」
「おー!さっすが俺!というわけで!」
「……げ」


鳴、と丁度よく後ろからコイツを呼んだの誰よ。…あ、雅さんでしたか。鳴がバットとメットを私に預けキラッキラした目で私を見るその後ろから近付く雅さんを睨んだってしょうがないけど。なんてバットタイミング。


「片付けと、あの飛んだ球よろしく!!」
「はあ!?ちょ、自分でやりなさいよ!」
「俺は今からブルペンだもんね」
「もん言うな」
「エースを支えるのがお前の役目だろ?」
「誰がアンタ専属……あぁ、もういいよ。行きなよ」
「いっえーい!!じゃあ後で俺のタオルも持ってきてよね」
「火に焼べる」
「いいのー?そんなことしたら俺のファンの子からイジメられちゃうよ?」
「もう慣れました」
「だから可愛いげ。守ってー?とかこわーい!とか言えないわけ?」
「鳴の後ろの雅さんがこわーい」
「げっ!!」
「鳴!!いつまで待たせんだ!!」
「はーい!!今行くー!!じゃ、亜依よろしくー!」


……はぁ。もう、しょうがないな。
偏食だしあれでもまだまだ線は細い方。監督からとにかく食べさせろと言われて雅さんと協力して毎日四苦八苦する日々。
今日も鳴が好きな具でおにぎりたくさん作らなきゃだなぁ。


「痛っ……」


それよりなにより。私のこの足、なんとかしなくちゃならなそう。小休止に入り鳴のメットとバットを片付けて仕返しにベンチに置いてあった鳴のタオルを自分の首に掛けてグラウンドの球拾いをしながらそっと足首に触れる。重いゲージを1人で運べるかとチャレンジしようとしたのが間違いだったな。後でシップ、拝借しよう。

はぁ、と自分の不甲斐なさと痛みに溜め息をつき転がるボールに手を伸ばしたけれどそのボールは私が掴むよりも先に誰かの手が掴んだ。


「あ…樹くん。お疲れ様」
「はい。亜依さんも」
「あー心に沁みる。鳴のあとの樹くんは癒し」
「はい?……あ、なるほど。さっき鳴さんのティー一緒にやってたんですね。道理で」
「うん?あ、ボールありがとう」
「いえ。ブルペンから機嫌良さそうな声が聞こえたんで」
「それで?」
「鳴さん、乗るとかなり乗りますから」
「あぁ。調子にね」
「はい。あ、悪い意味じゃないですよ?」
「あはは。分かってるよ。鳴の場合、打者を打ち取るとか投げ合いで負けないだとか、そういう方に入るスイッチの強さが半端ないよね。なにあれ」
「ええ、はい。自分はそれに向かい合うだけの実力がないですけど…」


眉を下げて笑う樹くんは、自分で言うほどきっと実力がないはずはない。私は詳しいことなんて分からないけど1年で、それも捕手という難しいポジションでのベンチ入り。選手の多いこの強豪稲実でそれを果たすのだからまさか国友監督が何か私情を交えるはずもないし実力は、足りない物があるのだとしてもあるということ。


「樹くん、手!」
「え?」
「右手出して!」
「はあ?なんですか?」
「ん。こうやって……」
「!」


私に催促されて差し出された樹くんの手はバットを多く振りたくさん球を取ってきたことが、十分に分かる硬さで。
私はその手の平に指で星の形を書く。くすぐったかったのか、ぴくり、と動く手をくすりと笑い、ごめんね、と樹くんに返す。


「鳴がね」


手の平を空に向けたまま固まる樹くんにやること少々突飛だったかなと少し反省に苦笑い。
話し出した私の言葉に興味を示したように神経を集中し始めて私もボール拾いに専念しながら意識の半分を樹くんとの会話に向ける。彼が一軍で鳴の球を、雅さんが引退の後に受けられるようにと苦心してるのは知ってる。少しでも力になれればいいなんて、少し先輩風を吹かせてしまう所存。

ザァ、と少し強めの風が吹いたけど蒸し暑さを巻き上げるようなそれに息を呑む。


「まだリトルで野球をやっていた頃から、頂点獲る!、なんてことばかり言っていたんだけど」
「ははっ、さすが鳴さん」
「ね。でもやっぱり気持ちがピッチングに出ちゃうことも多くてあれでもたくさん辛酸舐めてきたと思うよ」
「え……」
「だからこそのあの自信だし、それがちょっと鬱陶しい時もあるんだけど」


ふん、と憤りを装い胸を反らした私に一瞬目を丸くした樹くんもそれのすべてが本心じゃないとちゃんと理解してくれたらしく、俯き肩を震わせ笑った。それを見ながら、あぁまだ15歳なんだよね、なんて思うのはさすがにおばさん?


「それで、そんな時にいつも手の平におまじない」
「!」
「星を指で書いて、てっぺん」


いまいちピンとこないらしい樹くんの元に、ほら、と手にしたボールを入れながら座り顔を見て笑いかける。


「クリスマスツリーの星!あれがてっぺん。ここだけの話し、近所の商店街に飾られた大きなクリスマスツリーの星が欲しいって駄々捏ねてたことがあるんだよ、鳴」


あれはまだ幼稚園の時だったと思うけど、キラキラ光りいつもと違う様子の商店街は夏のお祭りを思わせて、小さな胸の中に昂揚感は収まりきらず私と鳴は家族ぐるみで出掛けた夜道を跳ね回りながら歩いた。
危ないよ。転ぶよ。
そんな両親や鳴のお姉さんからの注意も耳に届かず、どちらからともなく転ぶ私たちは手を繋いでいたからどっちも巻き添え。ピタンッ、と顔面から行ったあの痛さはまだ覚えてる。
泣き止まない私に鳴も今にも泣きそうで、それでも離れない鳴の左手と私の右手はギュッと力が込められた。

痛い痛い。さっきまであんなに楽しかったのに、その想いが萎んでいってしまうのが凄く寂しい。小さな胸には悲しさを抱えるのも一苦労で溢れたそれは涙になってポロポロと零れた。
そんな時に空を仰ぎ泣く私の目にスッと掲げられた人差し指。
誘われ見上げた先にはクリスマスツリーの1番上にキラキラ輝く綺麗な星。

『泣くな!俺があれ取ってやるから!』


「くおらぁー!!亜依ー!!いつまで球拾いしてんだドリンク作れェー!!それからタオルー!!」


あの時の天使は死んだ、そう思おう。

ベンチの方から上がった鳴の声に、分かったよ!!、と負けじと大きな声を返し、もう、と樹くんに向き直る。


「おまじないって言っても気休めみたいなものだけど」
「………」
「樹くん?」
「………」
「おーい。大丈夫?」


まさか熱中症……?
俯いたまま動かない樹くんに嫌な予感が走る。語尾が消えそうなほど小さくなったのを自分で感じながら樹くんの顔を覗き込む。もうすぐ休憩も終わる、とそんな情報も頭の中で整理していく私のマネ根性が今は少し虚しい。

少し長めの前髪に手を掛けて焦りから、樹?、と初めてしてしまった呼び捨てにぴくんと樹くんの肩が揺れた。
バッと勢いよく上がった顔に一瞬放心してしまう。あ……。


「っ……い、樹くん?」


近い。


「…鳴さんと亜依さんは、」
「!」


私を真っ直ぐ見据えながら離れない眼差し。見開く目に樹くんの唇が動き何かを紡ぐのに全神経が持っていかれて一瞬のはずなのにそれが長く感じられた。
こんな事初めてだった。音も聞こえない、他が動く気配も感じられない、呼吸さえも忘れて意識全部樹くんに向かう。恐怖すら感じてしまうこの感覚に無意識に鳴のタオルをギュッと握った。

ど、うしよ。なに…なんだろうこの感じ。樹くんの目がこんなに強い意志を私に向けたことあったっけ?少なくとも私は、見たことが…。


詰まった息に呼吸が辛くて、こく、と飲み込んだ時スッと私と樹くんとの間に差し込まれた視線を分断するバットに目を瞬く。


「……タオル」
「!…鳴。あ…ご、ごめん」
「鳴さん、自分が亜依さんと話し込んだから。亜依さんは悪くな…」
「なんだよそれ。マネが無駄口で選手の邪魔しちゃ駄目なんじゃない?」
「っ…鳴さ…!」
「あーいいの樹くん。本当それ。ごめんね、邪魔しちゃったよね。あ、はい。鳴。タオル」
「ん」
「じゃあ私ボール片付けてからドリンク作るから」


しまったぁ…。樹くんとあんまり話す機会もないから盛り上がってしまったとはいえ部活中に話すことじゃなかったよね。

苦笑いを零しながら離れた2人の側。鳴が必要以上に言葉を重ねてこない大人しさが少し逆に気になるけどここは触らぬ鳴に祟りなしってことで、いざ退散。


さて……。ドリンク作ったら痛む足にシップでも貼ろうかな。






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