どうかためらいなく




いつの間にか髪の毛が長くなってやがる。
そう言えば、今俺のベッドに寄り掛かり漫画を読んでるそいつは、今気付いたの?、と少し寂しそうに笑った。
どれだけ見てられてなかったのかと胸に込み上げた自分勝手な焦燥が今も燻り消えない。
謝罪も礼も、どれも違う気がする。
ただ何かを紡ぎ繋ぎ止めたいとは思うんだが、如何せん手にして開き何度読んだか分からねェ場面を読み返しながらもこんな台詞はいざ顔を見ればそう言えるもんじゃねェ。長く横たわった、俺とコイツの関わってきた時間は悲しいことに伝えるべき言葉をことごとく吸収し伸びてきた。
つまり髪の毛が伸びたことや化粧が上手くなったことや細くなったことや、んなことじゃなく。本当に俺が伝えてェ事をなんの考えもナシに言っていたならこの関係は成り立っちゃいなかっただろうっつーことだ。


「お前、いつ帰んだよ?」
「うん?えっと…ちょっと待ってね」


はいありがとう、と読み掛けの漫画が閉じられ俺に渡される。こっから良いとこじゃねェか、とぶつくさ言いながらも俺の目線は漫画を戻す本棚じゃなく、んー?、と間延びした声を出しながら床に置いていた鞄に四つん這いで近寄るその後ろ姿に向かってしまい漫画が何度も棚にぶつかり押し戻された。
くそ、確かに暑いけどよ。んな短いスカート履いてんじゃねェよ生っ白い太腿丸見えだろうが。


「ん。新幹線が午後7時15分発」
「あ!?んな時間じゃ向こうに着くのは10時近くになっちまうじゃねェか!」
「駄目?」
「ったりめェだ!」
「平気。駅まで迎えに来てくれるって言ってるし」
「!っ…そーかよ!」
「なんで怒るの?」


携帯で新幹線の時間を確認していたらしくそれから顔を上げて、あはは、と笑う。もう一瞬も、ガキの頃に見た笑顔の面影が見えなくなった。俺とコイツが互いに1番近い存在であったのは中学までで俺が青道へ進学をし寮に入れば自然連絡も希薄になり知ってることより知らないことの方が増えた。
女の幼馴染みと恋人なるなんていうのはおおよそないよ。
そう言ったのは亮介だった。いつだか俺が読んでる少女漫画を掻っ攫っといてその台詞。亮介は何も知らねェだろうから責めようもねェがそれは俺を確実に仕留めた。

俺はコイツがそれでも好きなんだよ。
中学卒業して3年もまともに会ってなかったってのに、行きたい、と突然電話越しにその声を聞き夏休みも明日終わるってのにゆっくりもせずに部屋の片付けして待ってやるぐれェに。


クーラーの弱い風が本当に少しだけ長い髪の毛を揺らす。長いそれが右側だけに寄せられて、壁際のベッドに座り寄り掛かる俺からは細い首とえらく誘われたような気分になるうなじがよく見える。……やべ、なんか喉が異様に渇いてきた。
チラ、と壁に掛けた父親が進学祝いにと俺に寄越した時計を見れば午後1時。無事関西の大学へと進み野球を続ける俺はこの春から一人暮らしだ。


「…大学、面白れェか?」
「うん。飲み会とか多くてちょっと疲れる時もあるけどね」
「飲み…!?お前まだ未成年だろうが!」
「だから飲んではいないけど。ほら、飲まないからこそ素面で酔っ払い相手にするのって辛くない?」
「あー…、それは分かる」


こっちの大学でも似たようなもんだ。野球やってるっつっても先輩はもう二十歳を越える飲酒を許された"大人"なわけで、まぁ…雰囲気に流れられねェのは確かに面倒な時はある。

納得する俺に、ね?、と笑い、純は?、とベッドに寄り掛かる背中をそのままに顔だけ逸らし俺を見るその姿に心臓が跳ねる。一々色っぽいんだよバーカ。


「純は、大学楽しい?」
「………」


楽しいちゃ、そりゃ楽しいに決まってんだろ。自分のやりてェ事をやるためにまた実家から遠いとこへと出してもらった。金だって野球やってるっつーこともあり同年代の奴らより掛かってる自覚もある。感謝しまくってる、親には。
自分の望んだ環境には今まで青道で手にしてきた仲間やポジションとか、何もねェけどそれでも充実してる。

ただ俺を見つめるその目を真っ直ぐ、楽しい、と答えんのは憚れた。
喉まで本当に言いてェ言葉は出てきてんのにどうしてか俺はコイツの名前を呼ぶ。


「亜依」
「うん?」
「…亜依」
「だから、なに?」
「………」
「純?」


すっかり馴染まなくなっちまったよな…俺の口に。中学までは毎日呼び、呼ばねェ日なんてなかった。
須藤亜依が俺の幼馴染みで、隣の家で、毎日一緒に学校に行き休みの日はシニアの練習を見に来てた。絵に描いたような幼馴染みだった俺たちは高校進学をきりに、まるで続きの描かかれねェ漫画のように突然ぱたりと真っ白になっちまった。
野球ばっかりやる俺が、青道に来いよ、とも言えず案の定連絡も向こうから来ても返せねェことばっかで。いつしかなくなった。

それがどうして今日なんだよ。
いきなり俺の一人暮らしをする部屋に来たいと連絡が入った。
ずっと変わらねェアドレスで。俺が先に携帯を買って、亜依も俺が買ったからと親に掛け合って持った。アドレスは互いに設定し合って携帯を持てたテンションの高さから互いの誕生日4桁が入ってる。0901と並ぶ数字を見た時に小さな独占欲が満たされたっつーのは、お前には分からねェよな。

そっ、と亜依の頬に手を伸ばしゆっくりと触れる。ぴく、と小さな震えを手の平で感じちまったらカッと身体が熱くなって理性の糸が焦げて細くなっていくような気がした。見つめ合う目も外せず、小せェ顔を手で包んだ俺の親指が柔らかい頬を擦る。

ずっと考えてた。野球ばっかで意識してなかっただけで、俺の想いが消えたわけじゃねェ。ただ取り次ぐ先を失って膨大に流れ落ちていただけで繋がっちまえばきっと鮮明に思い出されるんだろうと。

大きな瞳が俺を見つめぱちりと瞬きをする。それを繰り返すたびに戸惑いは微塵も見せねェくせに瞳は艶っぽく揺れる。いいのかよそれで。んなことじゃ、止めてやれねェ。お前も望んでんだろうと都合のいい勘違いに酔いしれちまう。くらりと眩暈を感じるほどの、誘惑とも呼べる酩酊感に息を呑む。


「……嫌なら、殴ってでも逃げろよ」
「え、きゃっ!」


後ろから抱え上げベッドに横たえた亜依の身体は思ったよりずっと軽く華奢だった。それでも柔らかさはある。全身の神経がコイツに触れた感触を拾うために体内を走り回って息が知らず内に上がるのを奥歯を噛み締め堪える。

見下ろす亜依がこんなに可愛いなんて、想像を超えてる。そりゃ俺も男だ。好きな奴を想って抜くことだってある。こっちの大学に通い、可愛い奴はいっぱい居た。けどやっぱりいつも頭にはお前のことしかなくて、正直苦しい時もあった。
"今さら"
そう大人ぶるには俺はお前が好きすぎたみてェで、それを知るには遅すぎたと思ってたんだけどな…。


「お前、男の部屋に無防備に上がりすぎだろ」
「…純の部屋にはいつも行ってたよ」
「そりゃ親や姉ちゃん居ただろうが」


此処には俺とお前だけだ。
そう継げた声が掠れちまって、情けなさをごまかすために亜依の耳に触れてぴくりと揺れた反応の良さに便乗して捏ねくる。カァッと白い肌が皮膚の下で赤く染まんのを見てると堪らず噛み付きたくなっちまう。

なぁ、今度こそ終わりにしようぜ。
俺が必死に守ってきたのは幼馴染みっつー関係だったけどよ、今はそれはいらねェんだ。言っちまったら壊れちまうとずっと伝えてこなかった想いに今ここで答えを出そう。俺は亜依とこのまま幼馴染みだけでいるなんて無理だし亜依がいつか結婚して俺が、おめでとう、と伝えた時にお前の心にほんの少しでも跡を残すことが出来ればそれがいい。
綺麗な関係なんてもう望むのは、もう無理なんだよ。次会って顔を見合わせて2人きりの時間を持っちまったら堰が切れちまうのはどっかで分かってた。傷でもなんでもいい、俺を刻みてェと一種狂暴で優しさの微塵もねェこの独りよがりな想いはもう抱えてらんねェ。


「好きだ」
「!」
「ずっと好きだった。お前が俺に応えられねェんならもうこうやって会ったりしねェし……幼馴染みにも戻らねェ」
「………」


大切に大切にしてきたこの関係を投げ出してでも手に入れてェし、手に入らねェのなら傍にはいれねェ。
笑っちまうほど不器用だろうと自分勝手でも思う。昔、亜依と一緒に行った近所の祭りの出店で頑なに金魚すくいを拒否した俺に亜依は、欲しいなら手を伸ばさなくちゃ、と笑った。どうせすくえねェよ、と俺は答えたと思う。ポイはすぐに破けるし慰めで2匹ばかりを貰ってもつまんねェ。だったらヤキソバやタコ焼きに金使った方が建設的だろ。
粗暴で雑そうなくせに器用に立ち回ろうとするのが不器用だと親に言われたことがあるが、言われた時はピンとこなかったものの今ならなんとなく分かる。

そういや、あの時亜依がどうしてかふて腐れてまだガキだったからそんなにねェなけなしの小遣いでフルーツ飴を買ってやったんだったよな……。あれはなんだったんだ?


思わぬところまで広がった思案から俺を引き戻したのは俺の腕に触れた亜依の手だった。指先が少し冷てェ。冷房が効きすぎなのか?
温度上げるか?
そうこの期に聞こうとする俺の言葉は真っ直ぐ俺を見つめる亜依の瞳に映る俺の影を見て言えなくなった。


「私、高校生の時彼氏1人も出来なかった」
「あ?んなもん、俺もだよ」
「純は野球をしていたから当たり前。あんな遠くに行って」
「隣じゃねェか。神奈川と東京」
「うるさい」
「うるさいってなんだコラ」
「野球するために寮にまで入って、人の送ったメールことごとく無視して」
「……悪かったよ」
「電話に至っては他の人が出たし」
「あぁ!?んだそれ!初耳だぞ!?」
「確か小湊くんとかって…」
「あ、んのやろ…!」
「そうまでして野球をしてたんだから、チャラチャラ女なんて連れてたら許さないよ」
「!……なんだそれ」
「嫉妬ですがなにか」
「嫉妬って、お前…」
「野球にね」
「………」


こんな事を言われるとは思ってなかった。押し倒しベッドに組み敷いておきながら俺の顔はさぞ虚を突かれた、間抜け面だろう。亜依も、ふう、と小さく息をついてから眉を下げて笑う。その顔にグッと説明のつかねェ想いが込み上げて喉の奥が熱くて痛てェ。


「純は何も知らないだけ。私がどれだけ、野球なんてやめちゃえ、ってぐらいに純に自分だけを見てほしいと思っていたか。純とは離れたくなかったけど、青道にもいって私が1番近くで応援したかったけど、それでも中学の2年生になる頃には嫉妬の方が大きくて……傍にいちゃいけないと思った」
「っ……言えよ」


絞り出したような俺の声に亜依が、バカ、と震える声を返す。やべェ、泣くな。俺も泣きそうになる。


「言えるわけないでしょ。だから離れることを選んだよ。純との関係が壊れてもう会えなくなっちゃうのは嫌だったから。年末年始にしか帰らない純と、軽い挨拶と短い近況報告だけする関係を選んだけど」
「…けど?」
「っ……」
「話しちまえよ。もうどのみち戻れねェんだ」
「バカ…!」


グッと俺の胸元に亜依の小せェ拳が押し当てられる。


「バカッ、バカ…!また遠くに行っちゃうなんて…バカ!!せっかく大学東京を選んだのに、関西ってなによ…っ、バカ…!純なんて……」
「………」
「純なんて、大好……んっ」
「…聞こえなかった」


最後まで紡がせず唇を塞いだのは別になんか意図があったからじゃねェ。もう我慢なんて出来なかった、そんな余裕のねェただ情けねェ理由だ。
ポロポロと涙を流しながら何度も俺の胸元を弱く叩く亜依のその手を掴んでベッドの上に縫い付け、反論しようてした口をまた塞ぐ。


「ふ、ん…っ」
「好きだ」
「や…純……んんっ、は」


優しさの感じられねェ、ただ俺の想いを受け止めさせるキスを繰り返し逃げようとする亜依の後頭部に手を差し入れて固定してまた唇を押し当てる。
抵抗の少なくなった手に指を絡めれば亜依も握り返してくる。するりと指の間を撫でるような、その柔らかな感触に背筋にぞくりと欲が駆け抜ける。
もっと触れてェ。
亜依の脚の間に自分の足を割り入れてグッと押し上げる。ビクッ、と揺れた亜依の身体を抱き締め亜依の肩口に顔を埋める。小さく漏れた声と、呼吸を整える息遣いが頭の中を揺らしてぐわんと眩暈を起こす。流されそうになっちまいそうで、心臓が打つ鼓動を収めるように身体を持ち上げグッと自分の拳を心臓へと押し当てる。
不安げに俺を見つめる亜依を見て覚悟を決める。


「じゅ、ん?」
「このまま、帰さねェからな」
「!」
「必要だっつーんならおじさんにも電話する。帰るな。俺の時間をやるから、お前の時間寄越せ」
「っ…無茶苦茶だよ」
「んなこと分かってる」
「バカ…っ、大好きだよ純。純の時間、私にちょうだい。そのために、此処に来たんだから」
「…おー。嫌だって言いたくなるぐれェやる」
「言うわけないでしょ」


泣きながら笑う亜依の目尻に流れる涙を唇で掬いかちあった目線を引き寄せキスをした。触れるだけの、下っ腹が疼くような感覚がじわりじわりと俺の理性を剥いていく。
頬を合わせたり額を合わせたりとこれは夢じゃねェんだと何度も亜依に触れてんだという実感に酔いしれていれば、ぽつりぽつり、と亜依が話し出す。俺の後頭部に手を回しゆっくりと襟足を撫で何度もそれを繰り返す。まるで俺と同じようなことしてんな、と思いながら、くすぐってェ、と笑う。


「純は野球以外は結構あっさり手を引いちゃうところ、あったよね。ほら…覚えてる?お祭りの金魚すくい。どうせすくえない、飼ってもすぐに死んじまうだろう、って…。だから私怖かったよ。私もいつかは手放されちゃうんじゃないかって。それでね、自分で自分に賭けをした。お祭りで金魚をすくってその金魚が1年生きたら純に会いに行こうって。純。金魚元気だよ?4匹もすくった。とっても大きくなったの。今度は、純が会いに来て」
「あぁ、行く。絶対会いに行く」


その会話をきりに互いに言葉なんて紡ぐ隙も惜しいとばかりに求め合い、気持ちと身体の距離を埋めていった。
身体や心が満たされる感覚に、どうして俺は今までコイツなしでいられたのかと、んな惚気みてェな科白を頭の中に浮かべる。腕の中には亜依が規則正しい寝息を立て眠る真夜中、ほらな、と掠れちまった声で自嘲気味に呟いた。
本人を前にしてみりゃ言葉なんてなかなか紡げねェもんだ。少女漫画に出てくるヒロインが想いを寄せるような男にゃなれねェなと思ったが、そもそも俺はヒーローなんて柄じゃねェと思い直し押し寄せていた睡魔に抗わず手を引かれ眠りに落ちた。


2人きりで初めて迎えた朝が俺の誕生日だと気付くのは亜依が何も纏わねェ身体を布団を寄せて隠しながらはにかみ笑いそれを祝う言葉を口にした時だった。


「純、誕生日おめでとう」



どうかためらいなく
(もう躊躇したりしねェ。その時間が勿体なくてしょうがねェほどに、想いが溢れてっから)



「ところでよ」
「うん?」
「駅まで迎えに来るって言ってたじゃねェか」
「あ……」
「誰が来んだよ?まさか男じゃねェだろうな?」
「あー男には変わりない。お父さんだから」
「あぁ!?お、まえ…!電話!早くしろや俺が話すから!!」


―了―
2015/09/01
お題借り処確かに恋だった
伊佐敷HAPPY BIRTHDAY!!





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