2人の未来へ激励!![2/2]




青道高校があるのは東京だけれど決して都会都会しい場所じゃなくて比較的近い場所に公共遊園のような場所がありそれを囲むようにランニングコースの設けられた広い公園がある。
都会じゃなかなかこうはいかないかも、と以前友達と遊びに行った23区でも有名なあの場所のことを思い出す。
道々には背の高い樹木がたくさん並んでいてきつく感じる日差しも木漏れ日に留めてくれて涼しさが肌に気持ちいい。
5月15日。
今日この日が特別な日になったのは沢村くんと出会ってからだ。

『マジか!俺と1ヶ月違いだな!俺の方が先に1個上になるんだなぁー』

クラスのみんなと何気なく話していた誕生日の話題にいつの間にか沢村くんもいた。彼はそういう人。空気の中に溶け込む、とは少し違う。彼の空気に変えられてしまう不思議な魅力がある。
ニカッと私に向かって笑った沢村くんはあっという間にその場に馴染んでむしろ自分が話しを回してたりしてその順応性が眩しくて、くすり、と笑った私に沢村くんが不思議そうにしながらも、ししっ、と笑ってくれた。
彼が青道にスポーツ推薦で入ったのだと知ったのはその日だった。


「やっぱきてない、かぁ…」


諦めが悪い、私。
携帯を開いてメールの返信がないことを確認した私は、もう見ない!、を決め込んでマナーモードにした挙げ句それを鞄の奥底に沈めた。気にするのも今は辛い。

もう暗くなってきて、ランニングコースにも人が少なくなってきた。
脇に設置されたベンチに腰を下ろしていると近くの高校の制服を着た男女が手を繋ぎ楽しそうに歩いてくるのが見えて思わず溜め息をついてしまった。


沢村くんとあんな恋愛をしたいわけじゃなかった。あんな、っていうのは一緒に手を繋ぎ帰るあの男女のことなんだけど。
彼が野球にすべてを注いでいるのは分かっていたし私もそんな彼が好きで……彼もそう言った私を好きだと言ってくれた。
ただ付き合ってるわけじゃなくて、今はまだ友達。

『俺絶対にどっちかが疎かになる。野球か亜依かって聞かれたら迷わず野球って答えちまう。けど嫌いにはなれねェし嫌いにもなられたくねェ。お前が他の男と付き合うのもごめんだ。なぁ、どうすりゃいいんだ?』

……あの時の沢村くん、まるでファミレスに行って好きな食べ物どっちにしようかと迷う子供みたいで。
思わず笑ってしまった私に、俺は真剣だぞ!!、と顔を真っ赤にした沢村くんに提案してしまった私がいけないんだよね…きっと。
でもそれは最善だと本当にあの時思ったし今も間違ってたとは言わない。けど心が寂しくなったり辛くなったりするのはしょうがないし……どうしようもない。沢村くんを責めるのは間違ってる。うん、これで解決。


『沢村くん。じゃあ1つだけ約束するだけにしよう?お互い他に好きな人が出来たら報告する。そうすれば今はお互いを縛らずにいられるよ、きっと』


「っ……」


あぁ、もう…なんだか辛くて堪らなくなってきた。

閑散としてすっかり人気のなくなった園内。丁度よく私を隠してくれそうな暗がり。モヤモヤと晴れない胸の内。
あーもうこれはやるっきゃない!!


スクッ、とベンチから立ち上がり息を大きく吸い込む。


「っ……バァァーカ!!約束破りの嘘つきー!!報告忘れるほど私なんてどうでもいいのか野球馬鹿ー!!もう野球と結婚しろー!!グラブ抱いてればいいんだバーカ!!ボールたくさん生まれて子沢山になれー!!それで……っ、それで…っ」


吐き出していた言葉が尽きると喉が痛くなるほどの感情が込み上げてきて、うっ…、と嗚咽を漏らす。
それで……それでそれで。


「エースになって、甲子園で優勝して…プロになって活躍すればいいんだ…バーカ…」
「馬鹿じゃねェ!!」
「ひゃあ!!」


心臓止まった!し、死ぬ…!死にそう…!!

呼吸の出来ない胸元に手を当ててバッと振り返れば怒った顔をして、練習着姿の沢村くんが立っていて信じられない気持ちで見つめる。
どうして!?今からビデオ観るって言っていたしメールも返ってこなかったから絶対に気付いていないと思ってたのに…!


ンフー、と鼻から息を吹き出して自分を落ち着かせている沢村くんを前に言葉が出なくて、ぱくぱく、と空気を食むだけの私の唇。


「……ぜーんぶ聞こえてたからな」
「っ…だ、だって…」
「しかも誤解だ!!」
「誤解って……何が?」
「俺は約束破ってねェし若菜はただの幼馴染みだしお前のことどうでもいいなんて思ってねェ!!」
「!」
「大体…っ、約束破ってんのはお前じゃねェか!!」
「わ……私!?私が!?」


何言ってるの!?
そう続けて呆然としてしまう私の前で沢村くんは顔を、フィッ、と背けてキャップを目深に被ってしまう。


「……御幸に会いに来たんだろ?」
「……はい?」
「だから!!御幸だよ、御幸!あの性悪正捕手に!!」
「え……えぇ!?なんで!?どうしてそうなったの!?私、沢村くんに会いに行ったんだよ!?」
「嘘つけェェー!!御幸の野郎が言ってたぞ!亜依に伝言頼まれたって!!そんで亜依が"御幸先輩かっこよかった。好きになっちゃいそう"って俺に伝えてって頼んだんだろ!?」
「はあぁ!?」


言ってない!1ミリも掠ってないし思ってもない!!

唖然としてしまう私にくるりと背を向けてしまう沢村くんに焦る。言ってない。そんなこと、言ってないよ。


「…まぁ、アイツはカッコイイかもしんねェし」
「沢村、くん?」
「亜依が好きになる相手としては申し分ねェかもしれねェけど…」
「ちょっと……」
「俺としてはアレだな!ヒゲ先輩とかキャプテンとか!!それにな、キャプテンは男の中の漢だぞ!!いいか?漢字の漢と書いてオトコと読むんだ!!」


わははは!!、と笑ってる沢村くんの背中がじわりと浮かんだ涙で滲んで霞んで見える。なんで…?そんな、笑いながら…。私は沢村くんに他の人を薦められたりして苦しくてしょうがない。こんなに辛いのに。


「っ……馬鹿」
「だから馬鹿じゃね……っ!?」
「沢村くんの、…っ馬鹿ぁぁっ」
「な……!!ななななっ」


ポロポロ流れる涙が止まらなくて、もういいや、なんて気持ちで沢村くんの背中に抱き着く。ビクッと震えて固まったまま沢村くんが動かないのをいい事にそのままぎゅうッと思いっ切り抱き締めた。

土と汗の匂い。
広い背中はいつだって向けられてる。向き合うのはキャッチャーの人だけ。
狡い…。
そんな事を思ってしまう自分が醜くてまた涙が溢れた。


「御幸先輩に…、伝えたの、は…っひっ…くっ、…ふぇっ」
「っっ……」
「お誕生日おめでとう、って」
「…お、俺ェェ!?」


驚いたらしく大きく上がった声にまだ抱き着いたまま、こく、と頷く。すると背中に感じた振動で理解してくれたのか沢村くんから力の抜けた、マジか…、という小さな声が返ってきた。


「沢村くんが今日誕生日だから、どうしても顔を見て言いたかったけど…迷惑になっちゃうと思って…」
「な、なななっ…ア、アイツそんな事一言も言ってなかったぞ!?」
「私に言われても……わっ!!」


沢村くんはいつも思い立ったら行動派。
今も衝動に任せるようにしてぐるんと振り返り様に私の肩に手を置いてグッと顔を近付けてきた。

見つめ合う沢村くんの瞳に私が映っていて、その距離に目を丸くする私の瞳には沢村くんもきっと同じように映ってる。
息を呑んだ途端に心臓が跳ね上がる。
カァッと顔が熱くなるのを感じるけど沢村くんも顔が赤い。


「もう1回」
「え?」
「ちゃんと本人が目の前にいるんだから、言ってくれたっていいだろ?」
「あ……えっと…」


そう言われて言うのもなんだか癪。
色々話したいことあるし田舎の彼女と噂される子のこと、ちゃんと聞きたい。
けど……今はいいよ。
だってきっと彼は練習を抜けてきてしまったのだ、私のために。それが例えビデオを観る時間だったとしてもそんなの関係ない。野球のことにはきっと寸分の時間も惜しまない彼だからこそ…今はいい。

私はこの野球ばっかりで前しか見ない強い姿勢と明るさに惹かれて…大好きなんだから。


「亜依…お…、うわっ!!」


沢村くんの首の後ろに手を回して自分へと引き寄せてからその時は本当に一瞬。
ちゅっ、と頬に口づけをして固まった沢村くんを見つめて口を開いた時だった。


「だらっしゃあああ!!」
「い゙!?」
「こんなもん見てられるか!!沢村この野郎!!シメる!!」
「純、落ち着いて。真っ赤な顔じゃ全然迫力ないしね」
「赤くなってねェ!!」
「ヒャハハ!純さん、真っ赤っすから」
「はっはっはー!いやー、当てられるなー」


茂みからなんかいっぱい出てきた!!
ギョッとする私と沢村くんは反射的にお互い距離を取って、そこにあっという間に滑り込むようにして立ったのは伊佐敷先輩。お兄さんの言う通り薄暗い中でも分かる真っ赤な顔をしながら沢村くんの胸倉を掴んで、うらァァー!!、と揺さぶってる。

び…びっくりした…。え、っていうか……見られてた!?どこから!?まさか…最初っから!?


カァッとまた上がる熱で顔がもう上げられない私に、くす、と笑い、かわいそ、と言うのはたぶんお兄さん。
言い方が全然かわいそうと思ってない…!絶対に!!


「俺の作戦通りだな」
「!……」
「おいおい、無視すんなって」
「ヒャハハ!御幸お前、敵だな。敵!」


俯いた顔を覗き込んできたのは御幸先輩で、その意地悪な笑みから顔を背ければそこでは倉持先輩が口角を上げて笑いながら腰に手を当てた。


「ま、これで勘弁してくれよ」
「え……」
「沢村のことな。彼女じゃねェって言ってんのは聞いてたけど、てっきり照れ隠しかなんかだと思ってたっつーか」
「………」
「んで、御幸がお前のとこに沢村が行くように差し向けたってわけだ」
「!……差し向けた?」
「おー」


ポケットに手を突っ込み今は伊佐敷先輩に締め上げられてその横にいるお兄さんにチョップされ、御幸先輩には、ざまぁ、と笑われてる沢村くんを見遣って、ヒャハハ、と倉持先輩が楽しげに笑う。


「御幸が、可愛いなぁあの子、なんつってあんな嘘でもつかなきゃあのバカはお前のとこには来なかったかもしんねェしな」
「!」
「つーわけで、今度のことは許してくれ」
「………」
「な?」


すまん、とばかりに手を立てて謝る仕草をする倉持先輩を前に一瞬放心してから、ポロ、と涙が零れて、あぁ!?、と倉持先輩が慌てる。


「な、っ、ちょ…あー……、お前も大変な」
「い、いえ…っ」
「…頑張ってやれよ」
「!……はい!」


倉持先輩の言葉は私のためだけの言葉じゃなかった。沢村くんのために頑張ってやってほしい、その言葉だけで沢村くんが野球部でどう在るのかが初めて見えて、それがとても嬉しい。
自然に笑顔が零れて涙を拭っていれば目を丸くした倉持先輩が、ヒャハ、と独特な笑い方をして、忙しい奴、と言って私の頭を撫でてくれた。


「あぁー!!何やってんすか!?倉持先輩!!」
「あぁ?いいだろ?別にまだお前のじゃねェんだから」
「そうなの?じゃあ俺も頭撫でようっと」
「お兄さんまで!!」
「……ん」
「伊佐敷先輩も!?」
「んじゃ俺もー……って、なに?なんで俺だけ避けられんの?」
「す、すみません。なんだか生理的に」
「ヒャハハ!!ざまぁみろ御幸!」
「そっか。俺たちに撫でられるのがそんなにいいんだ?」
「え!?そ、それは…」
「いいよね?」
「は……はい」
「ちょ、亜依ー!?俺は!?早くも決別!?浮気か!?」
「だあァァッ、うっせェ沢村!!ほら、いい加減行くぞ!!」
「あー!!後輩虐めだァァー!!」


あ……沢村くんが伊佐敷先輩にズルズルと引きずられて、お兄さんはヒラヒラと私に手を振ってる。御幸先輩と倉持先輩はなんだか言い合っていて……。
そっかぁ…此処が沢村くんの大切にしてる場所。

あ……!


「沢村くん!!誕生日おめでとうー!!」
「!…おう!!ありがとなー!!」


また明日なー!!、と引きずられたまま見えなくなった沢村くんと先輩方の姿を見送って振っていた手を、ぱたん、と下ろす。

おめでとう。
生まれてきてくれてありがとう。
これからも応援してるから、待たせてね。



2人の未来へ激励!!
(お、亜依だ)
(あぁ本当だ。亜依じゃん)
(おーい、亜依ー)
(亜依チャーン)
(む。あれが噂の亜依か)
(沢村の彼女っちゅう亜依かい)
(亜依…)
(アンタら亜依って言いたいだけだろー!?)
(タメ口利いてんじゃねェー!!)
(いでででっ!ギ、ギブ!すいやせんー!!)
(………)
(なんかあんたの名前連呼されてるね)
(うん…もう練習見に来るの止めようかな……)


―了―
沢村HAPPY BIRTHDAY!
2015/05/15





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