ぷろろーぐ・弐

 綺麗という陳腐な言葉では、なんとも形容のし難い、それは本当に綺麗なあやかしじゃった。
 白に近い金髪は太陽みたいで、キラキラじゃ。
 肌は透き通るようで、まつ毛も長くて、着ている着物も艶やかで、何もかも豪華じゃった。

「吾とは大違いじゃ……」

 吾なんて、バサバサの無駄に長い黒髪に、ボロの着物という、まさに貧乏神という風貌じゃのに。
 いや、ふさわしいのじゃが。

 そのあやかしの頭には左右四対の羽が生えておって、真っ白じゃった。背中にも大きな翼があって、そっちは金でまだらに模様が入っておった。

「綺麗じゃ……」

 まるで天使みたいじゃ。
 見たことは無いが、天使みたいじゃ。

「あんなあやかしが、いるのかや」

 羨ましいとか、そんなのは微塵も思わず、ただ、見蕩れてしまったのじゃった。

 まるで、神様じゃ。

 しかし、吾はそんな、綺麗なものを見て救われる状態ではないのじゃった……。


 ぐきゅるうううううううううう……。


 盛大に腹が鳴った。

 うおおおお恥ずかしい。
 恥ずかしいけど無理じゃ。もう無理じゃ。
 ああ、はは様とと様ごめんなさい。
 吾はもうだめじゃ。
 あんな綺麗な人から魚を奪うなんぞできぬ。
 そもそもあんな綺麗な人が魚なんぞ食うのかえ。
 幻覚だったのじゃないかえ。

 地面に突っ伏す勢いでうなだれた吾はしかし、その綺麗な主がこちらを見ているのさえ、気づかなかったのじゃ。


「どなたかな?」


 その声音がまた綺麗で、吾はびくりとしたのじゃった。
 びくりとして、そろりと綺麗な主の方を見て、すっかり吾が茂みから抜け出てしまっていることに気づいたのじゃ。

 なんということじゃ……。
 穴があったら入りたいとはこのことかえ。

 でも、そろりと見た主はやはり綺麗で、綺麗な顔で、くすくすと笑んでおった。
 笑んで、笑って、吾を見て。

「腹でも減っているのかい?」

 と、言って。
 吾にそっと、魚を放ってくれたのじゃ。


「神かや?!!!!?!?!!?!!!?!」


 こ、こんな吾に食い物を!!食い物をくれる人がおるとは!!

「こ、これ食べていいのかや……?! もらってもよいのかや……?!」

 ちょっとがっつき気味になってしまったが仕方がない。
 目の前に食い物が!望んでいた食い物が!!

「地面に放ったものでよければ、食べれば?」

 無遠慮に言ったであろう我の言葉に、しかし主は微笑んでそう言うのじゃった。

 神かや、この人神かや…………。、

「い、いただきますなのじゃ!!」

 かろうじて挨拶だけして、なりふり構わず吾は魚に食らいついたのじゃけれど、なんでかや。綺麗な主ははそれを見てきょとんとしてから盛大に笑ったのじゃった。

「なに、きみ。普通怒るでしょ。どんだけ腹減ってるのさ」

 くすくすと本当におかしそうに笑うのじゃが、吾には見当がつかぬからびっくりじゃ。

「なにゆえ、怒るのじゃ?」

 思わず、むしゃむしゃしながらそう問うた。

「なにゆえって……」

「吾は、主が神様かと思ったぞよ」

「はぁ?」

「吾は、本当に腹が減ってて、死にそうじゃったのじゃ。そんな吾に魚を恵んでくれるなんぞ、神様意外にいるのかや?」

 両手で魚を持って、骨も気にせずかじりつき、むしゃむしゃと食いながら、吾はそう、綺麗な主に言ったのじゃった。
 感謝こそすれ、なにゆえ怒るのか見当もつかぬ。
 頭から尻尾まで、綺麗に骨ごと食らいつくし、魚になんまんだぶをしてから、吾は改めて主に向き直って頭を下げた。

「ありがとうなのじゃ。魚、美味かったのじゃ!」

 にへらと笑って、土下座の勢いで礼をしたのじゃが、これじゃ足りぬかもしれぬ。
 魚をもらってありがとうだけというのも気が引けるというものじゃ。
 なんせ、命の恩人じゃ。
 神様ゆえ死ぬるのかはわからぬが、ぎりぎりだったのには変わりないのじゃから、命の恩人にお礼だけでは失礼じゃないかや。
 おろおろとない頭をひねっておった吾を見て、しかし綺麗な主は、ふーんと言って、にやりと笑んだのじゃった。

(な、なにゆえそこで笑むのじゃ……!)

 くすくすと、面白いものでもめっけたみたいに笑う主はなんだか妖艶じゃった。
 綺麗な人はなにをしても綺麗なのじゃなぁ。

「君、面白いねぇ」

「お、おもしろいかや……?」

「うん、面白い」

 面白い、それは、喜んでいいのかや。
 楽しんでもらえたのは初めてなのじゃ。
 なんだか、くすぐったい気持ちじゃった。

「へへ、よかったのじゃ」

 思わずそう吾も笑ったけれど、そんなことをしている場合じゃないのじゃ。
 お礼、お礼しなければならぬ。

「あの……」

「……うん?」

「お礼を、させてくれないかや? なにができるという訳でもないのじゃが、さ、魚のお礼をしたいのじゃ……!」

 正直満腹というわけでもなし、まだ多少ふらふらはするが、吾にできることなら何でもやってやると、やる気満々で主を見つめてみたのじゃが……。

「あっはははははは」

 盛大に笑われてしまったのじゃった。

「な、なにがおかしいのじゃ?」

 笑ってもらえるのは嬉しいのじゃが、これではわからぬ。

「な、なにがおかしいのじゃああああ……」

 半べそになりながらそう言えば、楽しそうにまた笑われたのじゃ。
 吾、そこまでおもしろいかや……。
 なんだか嬉しいのか困るのか分からずおろおろし始めた時、主が綺麗な声で、そうさね、と呟いた。

「ふふ。そうさね、お礼か。お礼と言うならその荷物、持ってくれるかい?ちょいと重いのさ」

「に、荷物かや?」

「大事なものだから、落としてくれるなよ?」

「あ、で、でも……!」

 荷物を持つのはいいのじゃが、吾が、吾が着いて行ったら不幸になる。
 こんな綺麗な主が貧困の相になるなんて考えたくもないのじゃ。
 吾とてそれくらいの分別はある。
 吾は貧乏神。
 人を不幸にするのが能力じゃ。

「吾は、吾は一緒には……」

「なに、持てないの?」

「そ、そうじゃないんじゃが……」

「なら、早く持って。日暮れまでに町に行きたくなったからね」

「じゃが……」

「うるさいね。持つの、持たないの?」

「も、持ちます……」

 隣町までなら、大丈夫かや……。
 綺麗な主の、そばにいて何かあったらことじゃけど、じゃけど……。
 礼は、したい。

 慌ててるうちに歩き出してしまった綺麗な主に、悩んでる暇なんぞない。

 風呂敷で包まれた荷物をひょいと持って、先に行ってしまった主を追いかけて歩いた。
 妙に、足が軽い気が、ちょっとしたのじゃ。








 綺麗という陳腐な言葉では、なんとも形容のし難い、それは本当に綺麗なあやかしじゃった。
 白に近い金髪は太陽みたいで、キラキラじゃ。
 肌は透き通るようで、まつ毛も長くて、着ている着物も艶やかで、何もかも豪華じゃった。

「吾とは大違いじゃ……」

 吾なんて、バサバサの無駄に長い黒髪に、ボロの着物という、まさに貧乏神という風貌じゃのに。
 いや、ふさわしいのじゃが。

 そのあやかしの頭には左右四対の羽が生えておって、真っ白じゃった。背中にも大きな翼があって、そっちは金でまだらに模様が入っておった。

「綺麗じゃ……」

 まるで天使みたいじゃ。
 見たことは無いが、天使みたいじゃ。

「あんなあやかしが、いるのかや」

 羨ましいとか、そんなのは微塵も思わず、ただ、見蕩れてしまったのじゃった。

 まるで、神様じゃ。

 しかし、吾はそんな、綺麗なものを見て救われる状態ではないのじゃった……。


 ぐきゅるうううううううううう……。


 盛大に腹が鳴った。

 うおおおお恥ずかしい。
 恥ずかしいけど無理じゃ。もう無理じゃ。
 ああ、はは様とと様ごめんなさい。
 吾はもうだめじゃ。
 あんな綺麗な人から魚を奪うなんぞできぬ。
 そもそもあんな綺麗な人が魚なんぞ食うのかえ。
 幻覚だったのじゃないかえ。

 地面に突っ伏す勢いでうなだれた吾はしかし、その綺麗な主がこちらを見ているのさえ、気づかなかったのじゃ。


「どなたかな?」


 その声音がまた綺麗で、吾はびくりとしたのじゃった。
 びくりとして、そろりと綺麗な主の方を見て、すっかり吾が茂みから抜け出てしまっていることに気づいたのじゃ。

 なんということじゃ……。
 穴があったら入りたいとはこのことかえ。

 でも、そろりと見た主はやはり綺麗で、綺麗な顔で、くすくすと笑んでおった。
 笑んで、笑って、吾を見て。

「腹でも減っているのかい?」

 と、言って。
 吾にそっと、魚を放ってくれたのじゃ。


「神かや?!!!!?!?!!?!!!?!」


 こ、こんな吾に食い物を!!食い物をくれる人がおるとは!!

「こ、これ食べていいのかや……?! もらってもよいのかや……?!」

 ちょっとがっつき気味になってしまったが仕方がない。
 目の前に食い物が!望んでいた食い物が!!

「地面に放ったものでよければ、食べれば?」

 無遠慮に言ったであろう我の言葉に、しかし主は微笑んでそう言うのじゃった。

 神かや、この人神かや…………。、

「い、いただきますなのじゃ!!」

 かろうじて挨拶だけして、なりふり構わず吾は魚に食らいついたのじゃけれど、なんでかや。綺麗な主ははそれを見てきょとんとしてから盛大に笑ったのじゃった。

「なに、きみ。普通怒るでしょ。どんだけ腹減ってるのさ」

 くすくすと本当におかしそうに笑うのじゃが、吾には見当がつかぬからびっくりじゃ。

「なにゆえ、怒るのじゃ?」

 思わず、むしゃむしゃしながらそう問うた。

「なにゆえって……」

「吾は、主が神様かと思ったぞよ」

「はぁ?」

「吾は、本当に腹が減ってて、死にそうじゃったのじゃ。そんな吾に魚を恵んでくれるなんぞ、神様意外にいるのかや?」

 両手で魚を持って、骨も気にせずかじりつき、むしゃむしゃと食いながら、吾はそう、綺麗な主に言ったのじゃった。
 感謝こそすれ、なにゆえ怒るのか見当もつかぬ。
 頭から尻尾まで、綺麗に骨ごと食らいつくし、魚になんまんだぶをしてから、吾は改めて主に向き直って頭を下げた。

「ありがとうなのじゃ。魚、美味かったのじゃ!」

 にへらと笑って、土下座の勢いで礼をしたのじゃが、これじゃ足りぬかもしれぬ。
 魚をもらってありがとうだけというのも気が引けるというものじゃ。
 なんせ、命の恩人じゃ。
 神様ゆえ死ぬるのかはわからぬが、ぎりぎりだったのには変わりないのじゃから、命の恩人にお礼だけでは失礼じゃないかや。
 おろおろとない頭をひねっておった吾を見て、しかし綺麗な主は、ふーんと言って、にやりと笑んだのじゃった。

(な、なにゆえそこで笑むのじゃ……!)

 くすくすと、面白いものでもめっけたみたいに笑う主はなんだか妖艶じゃった。
 綺麗な人はなにをしても綺麗なのじゃなぁ。

「君、面白いねぇ」

「お、おもしろいかや……?」

「うん、面白い」

 面白い、それは、喜んでいいのかや。
 楽しんでもらえたのは初めてなのじゃ。
 なんだか、くすぐったい気持ちじゃった。

「へへ、よかったのじゃ」

 思わずそう吾も笑ったけれど、そんなことをしている場合じゃないのじゃ。
 お礼、お礼しなければならぬ。

「あの……」

「……うん?」

「お礼を、させてくれないかや? なにができるという訳でもないのじゃが、さ、魚のお礼をしたいのじゃ……!」

 正直満腹というわけでもなし、まだ多少ふらふらはするが、吾にできることなら何でもやってやると、やる気満々で主を見つめてみたのじゃが……。

「あっはははははは」

 盛大に笑われてしまったのじゃった。

「な、なにがおかしいのじゃ?」

 笑ってもらえるのは嬉しいのじゃが、これではわからぬ。

「な、なにがおかしいのじゃああああ……」

 半べそになりながらそう言えば、楽しそうにまた笑われたのじゃ。
 吾、そこまでおもしろいかや……。
 なんだか嬉しいのか困るのか分からずおろおろし始めた時、主が綺麗な声で、そうさね、と呟いた。

「ふふ。そうさね、お礼か。お礼と言うならその荷物、持ってくれるかい?ちょいと重いのさ」

「に、荷物かや?」

「大事なものだから、落としてくれるなよ?」

「あ、で、でも……!」

 荷物を持つのはいいのじゃが、吾が、吾が着いて行ったら不幸になる。
 こんな綺麗な主が貧困の相になるなんて考えたくもないのじゃ。
 吾とてそれくらいの分別はある。
 吾は貧乏神。
 人を不幸にするのが能力じゃ。

「吾は、吾は一緒には……」

「なに、持てないの?」

「そ、そうじゃないんじゃが……」

「なら、早く持って。日暮れまでに町に行きたくなったからね」

「じゃが……」

「うるさいね。持つの、持たないの?」

「も、持ちます……」

 隣町までなら、大丈夫かや……。
 綺麗な主の、そばにいて何かあったらことじゃけど、じゃけど……。
 礼は、したい。

 慌ててるうちに歩き出してしまった綺麗な主に、悩んでる暇なんぞない。

 風呂敷で包まれた荷物をひょいと持って、先に行ってしまった主を追いかけて歩いた。
 妙に、足が軽い気が、ちょっとしたのじゃ。









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