*小ネタをご覧になっていない方は、夢主はバスケ部を辞めた誠凛生だと思って頂けたら大丈夫です。











「……で、何この状況」

ナマエは部室の床に正座をしながら目の前に笑顔で立つリコに目をやった。

先ほど日向にしつこいくらいに拝み倒されて懐かしのバスケ部の部室にやってきたのだ。

だがそこまではまだいい。問題はその後で、部屋に入るなり何故か笑顔のリコが仁王立ちしていて、その周りでは伊月や小金井といった部員達が気まずそうに俯いていたのだ。

日向があれだけ頼み込んできたということには若干嫌な予感はしていたがまさか入室した途端に正座をさせられるとは思わなんだ。

「何、何か怒ってんの相田は」

「巨乳の女教師は好きかな?」

「………は?」

「巨乳の女教師は好きかな?」

「いや、二回言わなくていいから」

途端にリコの顔に暗い影が差す。いやそれよりも、今彼女はナマエが生きてきた人生の中で最も脈絡がなく、そして意味不明な言葉を口にしてはいなかったか。

チラと水戸部の方に目をやれば、彼はいつもの寡黙さを守りつつ、指で椅子の上に乗っているものを指差した。そこには艶めかしい文体で書かれた『巨乳女教師の誘惑』。その瞬間に彼はあぁなるほどと理解した。とりあえずリコの怒りの原因はこれだったわけか。

思わず苦笑してしまったが、では何故自分は連れてこられたのだろう。自分は既に部は辞めたのでもう関係はない。当然だがこれはナマエのものではない。

「悪ぃなミョウジ…オレらも全力でカントクを説得したんだが…」

「ならもうちょい頑張れよ。オレがこんなん部に持ち込むような男ではないと知ってんだろうが」

「ミョウジ君、私が嘘を許すのは一度きりよ?ほら正直に言いなさい」

「いやだから知らねぇって。指を鳴らすのをやめろ」

ぐぐぐとお互い笑顔なのに手を掴んで押し合い始める。

あの一度怒らせると手に負いづらいリコと対等に渡り合っているその光景に火神達一年は皆驚いたような表情を浮かべていた。
しかも相手の人物を彼らは知らない。いきなりバスケ部に連れてこられて尋問を受けている先輩としか認識できていなかった。

「主将、誰すかあの人」

ナマエとリコの格闘を横目に見ながら日向は火神の問にゆっくりと口を開いた。
彼を見るその眼差しはどこか昔を懐かしんでいるような、けれどそれと同時に微かに憂いを帯びていた。

「あいつは元バスケ部だよ。部創立時からのメンバーだった奴だ。文句なしのウチのエースで最高に上手かった」

「何で辞めちまったんだ…ですか?」

次の瞬間何の気なしにそう聞いた火神を黒子が小突く。黒子の方は気づいていたのだろう、日向の表情が少し悲しみの色を帯びていたことを。

それでも日向は気にせず笑顔を作って未だ押し問答をしているナマエを見た。

「さぁな、マジで何も言わずに辞めてったからな、あいつは。ただ…」

「ただ?」

「辞める直前のあいつはバスケを楽しんじゃいなかった。黒子、お前みたいにバスケ嫌いになっちまったのかもって最近は思うようになったよ」

黒子はそれを聞いて黙り込む。嫌いになってしまう気持ちはよくわかる。自分は今はバスケを好きで好きでたまらないが、彼の方はまだ嫌いなままなのか。

「黙って辞めたって、カントク絶対キレただろーな」

「キレたっつーか…泣いた、だな。カントクが一番必死になってミョウジを説得してた」

涙を流しながらやめないでと懇願するリコを見ても、ナマエが考えを変えることはなかった。たった一言「ごめん」と呟くだけで、彼はそうしてボールに触れることをやめたのだ。
それは何だかんだでリコには甘いナマエが、唯一彼女を拒否した瞬間。

「全裸で告白の件はどうなったんですか?」

シリアスな雰囲気を一瞬で打ち壊す黒子の一言。思わず日向も火神も固まってしまう。
そして堪えきれずに日向は笑い出してしまった。

「はははっ!カントクはな、何でか全裸告りは強要しなかったんだよ。何でかはちょっと考えればわかるだろ?」

黒子は少し考え込んでから小さく「あ」と呟き、火神は全く意味がわからないのか、眉間に皺を寄せて首を傾げている。

そんな火神を呆れながら見つめて、日向は『巨乳女教師の誘惑』を投げ合い始めた二人に声をかけた。

「お前らもいつまでやってんだ!そんないかがわしいモン投げ合ってんじゃねぇ!」

「だってこの中で誰も自分のじゃないって言うんだから部を辞めたミョウジ君しか持ち主ありえないじゃない!このムッツリ!!」

「だぁから違うっての!ムッツリでもねーし。伊月や水戸部と一緒にすんなっ」

「いや、さりげなくこっちに火種を投げるなよ!カントク?何で睨むんだよ、オレも水戸部もそんなんじゃないから!」

「じゃあ木吉だろ、もうあいつしかいねーじゃん」

「鉄平がこんなもの持ち込むわけないでしょうが!」

「お前の中のオレの認識って何!?」

部を辞めた時から信頼値などあってないようなものだがそれでも何となく傷つく。というか部室にこういったものというのはある意味お約束なのだからそこまで怒らなくてもいいような気がする。

「しょうがないわね…自分だって言えばイベリコ豚カツサンドパン三大珍味のせ買ってあげるわ」

「おいおい…それもう自白じゃくて恐喝だよあんた」

「はい!それオレのです!」

「お前ものってんじゃねーミョウジ!何騙されてんだ、冷静キャラだろお前は!」

「邪魔すんな日向。コガ、オレと地獄に堕ちようぜ」

「えぇっ!?何でオレ!?イヤだよ!しかも何の道連れ!?」

わいわいとする一同。一年達は完全に置いてきぼりをくらって呆然と目の前の光景を見つめている。

その中で、黒子はほんの少し口角を上げてぽつりと呟いた。

「いつもより楽しそうです。先輩達」

「そうか?」

「はい」

いつも愉快な部だが、今日は一層皆楽しそうだ。それがナマエがいることが関係しているのかはわからないけれど。でもきっとそうなのだろう。そしてそれは同時に、やはり彼は部に必要な人間だということで。初めて見た黒子だってそう思うのだ。皆もっと強くそれを願っていることだろう。



「つかマジでこれオレんじゃないから。もういいだろ、これからデートだからさ。じゃっ、また明日なー」

「デッ…!?ちょっ、ちょっと待ってミョウジ君!彼女いるの…?」

「おぉ、愛犬シャルロットと公園デート」

「早よ帰れ!帰ってしまえ!!」

リコが投げた月バスをキャッチしながらナマエは笑う。そうして彼は静かに部屋を出て行った。

そして部室に残され、未だ興奮気味のリコに、日向はにやにやとしながら話しかける。

「よかったな、カントク」

「よかったって…何がよ」

「ミョウジの彼女のことだよ」

瞬間、びくりと大げさなまでに彼女は体を揺らす。それだけでも答えてしまっているようなものだ。今この場で理解していないのは火神くらい。

「あぁもううるさーい!今日はフットワーク三倍よ三倍!!ほら行けー!」

「「えぇーっ!!」」

結局この後の練習は今までで一番過酷なものとなり

ナマエは後日

二年組から一日中恨み辛みを言われたそうな。
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