気づいたらいなくなってて、気づいたらもう隣にいる。なんかこれだけだと幽霊みたいだな。

もちろん今俺が言ってるのは幽霊なんかじゃなくて、正真正銘の人間の女のことで。






特に仕事などのやるべきことが入っていない休日。それにも関わらず、ルツは朝食を食べ終わってから昼になる今まで、広い船の中を止まることなく歩き回っていた。


「アネゴ、ちょっといいか?」

「何ですか?ルツ。ちなみにナマエならさっきまでここにいましたけど今はどこにいるか知りませんよ」

読みかけの新聞を閉じて、バルメはルツへと目を向ける。

ルツの方は聞きたいことの答えを先に言われてしまったのか、困ったような表情を浮かべた。

「あー、そっか。くっそ、今日はなかなかつかまんねぇな」

正確に言うと“今日も”。ナマエは一所に留まっていられない性分なのか、毎日忙しなく動き回っている。探す側としては逃げ回る怪盗を追いかける刑事のような、そんな気がしてきてしまう。それに、暇ができた日くらい一緒にいたいと思っている自分が悲しく思えてくる。

バルメは呆れたようなため息を軽くついて、それでも心底愉快そうに目を細めて笑った。

「いっそ首輪でもつけておいたらいいのでは?」

「本当にな。それやりたいぐらいだ」

冗談めかしてルツも笑う。彼女を手元に置いておくには、それくらいしなければならないのではないか。危なかっしくてしかたない。

その一方で、そんな彼女を探し回ることが最近楽しいと感じているのもまた確かだった。

ルツもバルメのように小さくため息をついて、くるりと彼女に背を向ける。その後ろ姿は何故だか少し明るく見えた。

「んじゃ、いつもの場所行ってくるわ。もしまたここ来たらそん時にまた教えてくれ、アネゴ」

それだけ言い残して部屋を出ていく。ここまででほとんどの仲間の所は訪れた。そうなれば最後にナマエが行く場所は大方の予想はついている。色んな場所を巡った後、彼女はいつも船のある場所に行くのだ。

廊下を歩きながら考える。彼女を見つけたら今日はどうやって声をかけてやろうかと。普通に話しかけるのももちろんいい。振り向いた時の太陽のような笑顔は本当に心が癒される。だが驚かせても面白い。ナマエのリアクションは素晴らしい。

こうしてナマエのことで自分はいつも頭がいっぱいになる。けれど彼女の方はいつだって手の届く場所にいるわけではなくて。だがそうやって振り回されているのが少し楽しいと感じている自分に苦笑した。

そして外へと通じる扉を開ける。まとわりつくような、だけれど、どこか心地のいい風が彼の髪を揺らした。船の先頭、そこは潮風を浴びながら大海原を一望できる場所。

「…ナマエ?」

名を呼ぶ。だがそこに彼女はいない。数歩前に踏み出して辺りを見回しても、やはりナマエの姿はなかった。

広大な海の上に一人投げ出されたような、不思議な感覚。いつだって最後に来るこの場所には彼女がいて、あぁやっと会えた、と言葉にし難い幸福感が胸を満たしていたはずなのに。

途端に悲しさに似た感情が溢れてくる。海もどことなく濁って見えた。いるはずの彼女が今はいない。たったそれだけのことなのにその事実はひどく心に響いた。

それはどこか心の奥底で危惧していたこと。探しても探しても見つからない時が、いつかナマエが本当にいなくなってしまう日が来るのではないかと。

「ありえねぇって…思ってたはずなのにな…」

手すりに手をかけて、無気力な瞳を海へと向ける。閉じこめていたはずの不安がこんな些細なことでまた溢れてきた。我ながらなんて情けないのだろう。ナマエはきっと、いつものように皆の所に遊びに行っているだけだろうに。

大きなため息をつきかけて息を吸った時、突如として肩に加わった重みに、思わずルツの体は前へと傾いた。

「ルーツー!!」

「ナマエ!?」

声と重みの主は今の今まで考え、そして探していたナマエそのもの。身長が足りずに少し背伸びをしながら彼女はルツの首に手を回している。

「今日はルツの方が来るの早かったねー。ヨナと遊びすぎちゃったかなぁ」

明るい声に、ルツは別の意味で大きなため息をついた。たった今考えていたことは何だったのだろうかと思うほどの安堵。彼女に触れられるということの喜び。

「本当だぜ。ここに来たらナマエがいねぇから結構驚いた」

「もしかして寂しかったとか?」

「バーカ、んなわけねぇだろ!」

本当は寂しかったけれど嘘をつく。素直に言えば味を占めて、次回から同じことをやりだすに違いないから。

ナマエはルツから離れて彼の隣に並んだ。

「んー、やっぱりルツの隣が一番落ち着くな。ずっとこのままでいたいって思うよ」

「俺は落ち着かねぇよ、お前危なっかしいから」

「えー、そんなことないよ!」

危なっかしくて、だからこそ引き寄せられる。共にいたいと願わせ、そのくせ時折見せる美しい笑顔にどくんとさせられる。心臓が鳴りっぱなしで落ち着く暇などそこにはありはしない。

「けどまぁ…」

グッとナマエを引き寄せて額に軽くキスをする。彼女と目を合わせると気恥ずかしそうにはにかんでいた。

「俺はそういう所も全部ひっくるめてナマエが好きなんだけどな」

「うん、私も」と返しながら彼女は華のように笑う。



いなくなるのならこの手を繋いでいればいい。


手放してしまったのならどこまでも探しにいけばいい。


ただそれだけのこと。


やっぱり自分は単純なんだなと苦笑しながら顔を上げれば



海は光って見えていた。
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