06
クレア達が敵を排除する少し前、ココとヨナは今回の商売敵、クロシキンと一触即発で対峙していた。ココの頭からは先ほどできた傷により、綺麗な鮮血が流れている。反撃しようとヨナを彼女が止めたことにより、その場には重たい空気だけが残っていた。

「撃つな」という声と共にヨナから取り上げられる拳銃。

「情報のとおりかよ、少年兵なんぞ連れやがって。アンタ俺以上のクソかもな!?」

興奮したようにまくし立てながらクロシキンは銃から弾を抜いていく。彼の興奮に合わせているかのように、空薬莢が乱暴に宙に舞った。

その様子を見ても微動だにしないココ。流れる血を拭おうともせず、ただ醜いモノを見るような瞳で彼を見つめていた。こういう下衆な奴を彼女は他にたくさん知っている。ココの脳裏にその中の一人がふと思い浮かんだが、すぐにそれを頭の隅へと追いやった。

「男前になったじゃん?お嬢ちゃん。アンタ、けっこうな数の私兵を持ってるらしいが妙な真似すんなよ」

ココの心情などお構いなしにクロシキンは尚も言葉を並べ立てる。そして窓の外に視線を動かし、大きく手を広げた。その姿は誇らしげだがココには大層哀れに見える。

「スナイパーだ。アタマ消し飛ぶぜ!?」

そう言った次の瞬間、突然音を立てて割れるガラス。破片が飛び散る中何かが彼の顔の横をすり抜け後ろの壁へと命中した。何事かとクロシキンが慌てて振り返ると、そこには壁に埋まった一つの弾が目に入り込んでくる。

「なっ…!?」

弾を見つめながら呆然とする。何だ今のは。自分は今発砲命令など出していない。一体何が起こったという。それに今の一発は明らかに自分を狙ってはいなかったか。

焦る彼を見ても尚顔に笑みを貼り付けたままのココ。今の発砲主は大方わかっている。恐らくクレアだ。こちらの状況を確認して焦ったのだろう。仕方のない奴だと内心軽くため息をつきながらも結果的にはいい威嚇になった。クロシキンはひどく狼狽している。そしてそう思いながら彼女は手元の時計を確認した。

自分が優位にあるという未だ揺らがないその自信からか、そんなココの様子を見て、クロシキンは先ほどの狙撃はただの誤射だったのだと認識することですぐに冷静さを取り戻す。

「ん?帰りたくなりました?帰っていいですよ。ハインドも順調に移動してます。ただ、今後もビジネスパートナーとしてやっていく、口約束くらいは欲しいですなぁ」

「フン、おめでたい男クロシキン」

「……アァ?」

「ヒント、私の目」

頭に血管を浮き上がらせて静かに怒り出すクロシキンを無視してココは遠くを見ているような瞳を彼へと向けた。本当はこんな愚かな男にくれてやる視線もないが。

「私の目を、よく、見ることだ。この目にはオマエが反射しているが、悪いが私はオマエなど見ていない。武器という鋼鉄の殺人機械を扱う我々だが、その取引は人と人との駆け引きなのだ」

相手は意味がわからないという風に黙り込む。ココは何を言っている。
と、その時、彼の思考を遮断するかのように高く鳴り響く電子音。複数ある携帯の音は全てが不気味に調和して、彼の不安を煽る。

「テメェ!!なんなんだそりゃ!!」

「最近のケータイが防水で良かった」

「言ったぜ!!妙なマネしたら…」

焦りながらもクロシキンは懐から己の携帯を取り出した。彼女はその姿を笑顔で見つめ、先を促す。

「おや、さっきオマエを狙ったスナイパーか?掛けてみたら?」

ココの言葉を最後まで聞くことなく彼は急いで通話ボタンを押した。だが、そこから聞こえてきたのは聞き覚えのある部下からの声ではなかった。

『アレ?お前、誰?あ、連絡用はこっちかぁ』

『おいレーム撃っちまう?撃っちまおーか!?』

『やめとけ』

『あれ、電話、ココさんじゃないんですか?…声大きくすれば聞こえるかな?ココさーん!!さっきは勝手に撃っちゃってごめんなさーい!!』

『クレア、聞こえやしねぇよ。後で言いな』

男女入り混じった賑やかな声。しかしクロシキンにはそれが悪魔の声のように聞こえる。向かいに座るココには今日一番の笑顔。もう片方のスナイパーの方も片づけられているのか。

「ラストだ。今、オマエの価値は紙キレ一枚」

ココは一言言って電話を切り、最後に未だ鳴っている携帯を通話ボタンを押して彼へと差し出した。

『あ、つながった、ココさん。ハインド押さえました。クロシキンの契約書、ですが……たった今、大佐の手を離れましたので』

決定的な一言。一言でもクロシキンを絶望させるには十分すぎる。これでもかというほど冷や汗を流している彼に、ココは軽快に指鉄砲を突きつけた。

「Bang!!」

瞬間、鳴り響く銃声。そしてクロシキンの頭には二つの風穴があく。一方はヨナの弾、もう一方は恐らくクレアの弾。別にクレアが撃つ必要はなかったのだろうが、彼女の性分がそれを許さなかったのだろう。

ヨナの手には行きに渡された予備の銃が握られている。ココに言われた意味を漸く理解した。彼女はこの展開を想像していたのか。銃を両方共取られた時の為にクレアに保険として狙撃銃を持たせたりもしていたし、末恐ろしいものだ。

「フフ、終わった終わった。帰ろ帰ろ」

明るい彼女の言葉を背に受け、一同はまるで何事もなかったかのように宿泊地へと戻っていったのだった。
















































「バルメとトージョは次の街で合流。明日の出発は9時だ。今日は皆よくやった。お疲れッ!!」

がたりと皆席を立つ。無事に仕事が終わったことに対する達成感というものはあまり感じられない。仕事をこなすことが普通と考えているからなのかもしれないが。

その中でヨナは席から立たず、やはり席から立たず隣で机に突っ伏しているクレアへと目をやった。声をかけようとしたが、レームによってそれは中断される。

「ヨオ。どうだったヨ?ボスの仕事は!」

「ケガさせた」

「作戦のウチだろ?ガキがンなこと気にしてんなっての。クレアもだぞ」

「うぅ…無理」

負のオーラを体から出しつつクレアは顔を上げてレームを見る。
後々考えてみたら自分がとんでもないことをしでかしてしまったのだと気づいてしまったのだ。照準を合わせるだけと言われたのを、動揺して危うくクロシキンを打ち抜いてしまいそうになったし、挙げ句にはヨナが撃ったのに、我慢しきれず自分も彼に勝手にとどめを刺してしまった。

動揺するなどらしくない。だがあの時ココから流れる血を見た瞬間にどうしようもなく心が乱れた。自分を形作る大切なものを傷つけられたような気がして、失ってしまうような気がして。とどめを刺す時だってあれほど憎しみを込めて撃ったのは久しぶりだった。何と情けない。

その時、突如として開く扉。三人が一斉に音のした方を見ると、そこには体中に包帯を巻きつけたココが立っていた。

「ヨナ、クレア、見てッ!!ミイラ!」

それを見て思わず吹き出すヨナとクレア。ミイラ女、ココはそれらを見て満足げにしている。

「ヤッタ!!ヨナを笑わせたッ!!コレは貴重だよ!!クレアもいい笑顔!!」

やがて色んな人に見せようとココは部屋の奥へとヨタヨタと歩いていってしまった。レームはにやにやとしながら暫くヨナをからかっていたが、やがてココを諫めようと彼も奥へと引っ込んでいく。その場にはヨナとクレアだけが残された。

尚も彼女は楽しそうに笑っている。その微笑みを見ていると、昼間浮かんだ疑問が再び脳裏に蘇ってきた。

「ねぇ、クレア」

呼びかけに応えてこちらを向き、不思議そうにするクレア。

「ココから聞いた。クレアは軍人じゃないって。…なら、クレアは前は何してたの?」

そんなに重い質問をしたつもりはない。けれど二人の間には一瞬の沈黙が落ちる。

「軍人ではなくて…こんな技術を持っているのが気になる?でもさ、そしたら大体予想はついてるんじゃありません?」

優しく微笑む彼女。けれどそれはひどく悲しそうで。
そんな顔をさせたいわけではなかった。ただ、純粋な興味からきていた質問だったはず。それに彼女が何をしていたかの予想などついていない。

何故時々話す時に敬語になるのか、何故ココについてくるようになったのか、聞きたいことはまだまだあったがそれは言葉にできずに消えていく。

クレアはそんな彼を見て申し訳なさそうに苦笑した。

「ふふ…ごめんね。困らせちゃったかな」

こっちが無神経な質問をしたのに謝る彼女。本当に心優しい人だ。似合わない、武器なんて。似合わない、あんな殺戮を楽しむ顔なんて。けれど、彼女からそれを取ったらきっと何も残らない。まだ日の浅いヨナでさえもわかるのだ。

だとしたら、クレアの幸せはどこにある。過激な仕事を遂行している時なのか。いや、そんなことはないだろう。皆と世界を巡ることが、笑いあっていることが幸せだと、この前彼女自身が言っていたではないか。
そこに過去のことなど必要ない。

「もういいよ。そこまで聞きたいことじゃない」

それ以上詮索はせずにヨナはクレアから視線を逸らした。彼女が望まないのだ。これ以上は不毛。

「そっか…ふふ…いい男になるよ、君は」

「何それ」

やがて、クレアは天井を仰ぐ。
ヨナに気を遣わせてしまった。年下に何をさせているんだと軽く笑いながら、大きく伸びをする。

自分の過去など、極一部の者しか知らない。ココやレーム、そしてバルメにキャスパーも知っている。別に隠すようなことでもないのだが、何となく、ただ何となく他の者には言えなかった。

一体自分はいつまでそれを隠し続けていくのだろう。いつかできるだろう愛する人にまでそれを隠すのか。いや、きっと存在などできやしないから心配は無用か。

目を閉じる。真っ暗になった世界。ここにいると明るすぎて、忘れてしまいそうになるが、自分は以前こんな世界にいた。隣には誰もいない。一人手探りで歩く日々。思い出すと恐ろしくなる。前までは恐怖よりも恍惚が勝っていたが、今では逆になった。おかしな話だがクレアにはそれが何より嬉しかった。

そして、静かに目を開ける。

明るくなった世界に、二、三度まばきして横を向く。

隣にはヨナ。

誰もいない世界は終わり。

クレアは何も言わず隣に座っているヨナを見て

不意に溢れそうになる涙を堪えるように

小さく

唇を噛んだ。


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