「すっごく硬いんですけど、あのバン。反撃ウザいですし」
弾き返される弾と、開いた車両の後ろ扉から覗く敵の姿を眺めてバルメはため息にも似た声を漏らした。
自分達の車も防弾制だが、相手側もそうだと微かに苛立ちを覚える。攻撃の手を一旦止めた彼女に続いてクレアもマガジンの無駄だと、銃を下ろした。近距離からの射撃ならばショットガンでガラスくらいなら打ち破れるとは思うが、併走するにも未だに射撃の手を休めていない敵二人の存在が邪魔だ。
「キッチリふさいでやがるなぁ」
「うんうん、いいね、あの車欲しいなぁ。外見はあんまり良くないけど」
そう言いつつもクレアは打開策を思案する。あれをこのまま放っておけば奴らはココを狙うはず。そうなれば向こうははさみ撃ちされてしまうだろうことは目に見えていた。いくらヨナといえど捌ききるには難しいはずだ。
クレアが頭でそう考えていると、その考えを代弁するかのようにバルメが口を開いた。
「私たちが急がないと前方にいるココがはさみ撃ちになってしまいます!」
「そのつもりだろーよ」
そして、クレアが思いつかないでいた考えの続きを彼女は至極当然のことのようにさらりと言う。
「レーム。バンにぴったりくっつけてもらえます?」
「まじかよ」
「さっすがバルメ!」
バルメの要求にレームはやれやれと苦笑し、クレアは羨望の眼差しを彼女へと向けた。
確かにバンに乗り移ってバルメが邪魔者を排除してしまえばそれで終わり。普通の人ならばそんな危険な綱渡りはしないだろうが生憎彼女、いや我々は普通ではないので常識など通用しないに等しい。
クレアはもう自分のやることはなさそうだと判断したのか、銃から手を離そうとする。だが、次のバルメの言葉に慌ててそれを握り直すこととなる。
「クレア、私が乗り移ったらすぐにレームがあれと併走しますのでタイヤかエンジンの方をやっちゃってください」
運転席ではレームが何やら言っているが彼女はそれを無視してクレアの返答を待たずに屋根へとのぼっていく。
それが自分への信頼からきているものだと理解していなければ今頃自分は抗議していた所だろう。「嫌だ、無理」と言っていたら一体どうしていたのか。いや、きっとそう言ってもやらされるのだろうなと苦笑しながらクレアは前方座席へといそいそと移動する。
「ナイスドライブ頼むよレーム」
「ったくよォ…俺が一番しんどいじゃん」
不満を言いつつもレームは着実に前方車両へと近づいていった。
近づくにつれ段々と気分が高揚してくる。腕が疼く。早くこのトリガーを引いてしまいたい。目を閉じれば浮かぶスリップする敵車両。でもまだ足りない。車両だけではなく、人間もやれたらどんなにいいだろう。敵の頭に綺麗な紅を咲かせられたら。
全く持ってため息が出る。まだそんな狂人のような自分が残っていたのか。人はそんなに変われないという。本当にその通りだ。いつまでたっても自分は殺人兵器のようで。
「クレア」
突然声をかけられたことを驚いて、クレアは思わず声の主、レームに銃を向けそうになる。
「おいおい、アサルトライフルで撃ち抜かれたら死んじまうよ」
「あ…ご…ごめん…!」
彼女の考えているとことなど全部わかっていたとでも言いたげにレームは軽く頭に手を乗せた。
「バルメ、行ったぞ。準備しといてくんな」
「う…うん…!!了解。ごめん、ぼーっとしてて…」
何も言わずにそれ以上は黙っていてくれるレームに小さく感謝する。
今の自分はココの私兵。ココを守る為の存在。それでいいじゃないか。昔の自分なんか関係ない。あの人もそう言ってくれたのだから。
やがて銃撃音は止み、バルメが敵を片づけたのだと理解したクレアは彼女が車に戻ってきたのを確認してタイヤへと標準を合わせる。ガラス越しに見える運転手はひどく狼狽し、何かを叫んでいた。そして響く無慈悲な銃声。パンクした車両はバランスを崩してガードレールに突っ込んで大破する。
当然のことをしたかのようにクレアは煙を上げる車両には目もくれずに深く座席に腰掛けた。
「へへ、お疲れさん」
いつものように微笑んで視線を横へと向ける。先ほどまでの彼女はもうそこにはなかった。
「レームも運転ナイスだったよー」
すると、後部座席にいるバルメが何気なく疑問を投げかけてくる。
「しかし、今日のクレアは少しテンポが悪かったような…何かありました?」
「ん?んー…ちょっとだけ考えすぎちゃって」
本当のことは口には出さなかった。自分もいつの間にかココに似てきてしまっているようだとつい苦笑が漏れた。
その時クレアはふと大事なことを思い出す。先ほど尾行車を排除した時に左側車線に見えた新手らしき車両。記憶が正しければあれは“ボスホート6”。こんなめんどくさい部隊まで出動させるとは役人側も随分と必死なようだ。もしかするとミサイルでも持ち出してくるのではあるまいか。充分にあり得る。その予想が当たっているならば次に大破するのはココ達である確率がグッと上がってしまう。
「……ねぇ二人とも、ヨナ君ってミサイル何とかできるかな?」
クレアの言葉の意味を聞き返さずとも理解してしまった二人は一瞬黙り込んだ。そして無言でアクセルを強く踏む。とりあえずココの身が危ないことはわかったので急いで高速道路を抜けた。
だが、その刹那に鼓膜を揺さぶる轟音とフラッシュ。予想通りそれはミサイルの破裂した音と光で、ミサイルはココ達に当たることなく周囲に立ち並ぶ店を見事に破壊していた。
「すげぇなぁ、あの新入り」
「だね。向こうもわざわざ対戦車用のミサイル持ち出してくるなんて…あれ多分ジャベリンだよね。うん、ヨナ君やっぱやるなぁ!かっこいい!」
「ココを守るんです。あれくらいできてもらわないと」
口々にヨナのことについて語りながら、クレアはショットガンを手に取る。まだ敵は健在だ。ミサイルの形状からしてあれは“ジャベリンAWS”。次弾発射まで20秒といったところだろう。
すぐさま排除しようと車から身を乗り出そうとするとレームにそれを遮られた。
「必要ねぇよ。見てみな」
彼の指差す先を見ると、ヨナが銃を構えて発砲しようとしているところ。
それを見てクレアは直感的にもうこれで終わるなと思った。大人しく座席に戻った時、案の定ヨナの弾は敵を捉えて、その直後に車両は大爆発を起こす。
「終わったな」
「ココに怪我がなくてよかったです」
やっと終わったというのにクレアは何も言わずにただ静かに前方のココ達の乗った車両を見つめていた。
武器の嫌いな元少年兵。この先もしかしたら自分は彼と仲良くなれないかもしれないと思いながら。
ジュウジュウとタマゴの焼ける音がする。漂う香りも実に香ばしい。
「いやァ、ヨナ君。いやァ、ジャベリンを防ぎ切るたぁたいしたもんだ」
「見てなくても作れる。座ってて」
エプロンを着けて黙々と調理をしているヨナは鬱陶しそうにレームをちらりと見た。
仕事から戻った次の日、彼は恒例のタマゴ料理作りをやらされているのだ。ココとバルメ、レームにクレアそして自分の五人分。フライパンにはタマゴ焼きと思しきタマゴ料理が完成間近なのか、綺麗に整っている。
「ヘッヘヘ、どーしてタマゴ料理ばっか作らされてるのか…よく考えるこったぁな!」
つまみ食いをしながら去っていくレームの姿をちらりと横目で見て、ヨナは再度調理を続けた。
やっと出来上がり皿に料理をのせていく。見栄えは綺麗だ。
全員の皿に盛り終えた所でココは正面に座るヨナに微笑みながら言葉を紡ぐ。
「これが私の隊の入隊儀式だ。君は今日、軍・国家・組織・家族を一新したタマゴ君だ。頼もしい仲間を、歓迎するよヨナ」
そう言って皆「いただきます」と口に料理を運ぶ。
口一杯に広がる味に最初にリアクションしたのはレームだった。
「これ………不味ゥ!!」
「マッズウ」
「い…いろんな味がする…!!」
リアクションはそれぞれだったが共通して全員が思ったのは不味いということ。
バルメなど机に突っ伏して悶えている。
「どっどうしてこんな苦いタマゴ焼きを平然と食えるんだ?ヨナ君」
「苦い?私は辛い!!燃えるように辛い」
「私のは酸っぱいです!」
「私は…いろんな味がするんだけど…さっきは酸っぱくて、あ、今は苦い!」
謎のタマゴ焼き。しまいにはココには美味しく感じてきて、バルメは幻覚が見え始めてしまった。何だかんだで全員食べ終える頃には皆ヨナは厨房には立たせまいと強く思ったのだった。
食後、ヨナはふと甘い香りが漂ってくる厨房へと足を向ける。誰か使っているのだろうか。もう朝食は終わっているはずなのに。
「あ、クレア…」
名を呼ばれたクレアはヨナの存在に気づいて手を止める。
彼女の前にはカップケーキが並べられていた。彼女が作ったのだろう。甘い香りの正体はこれだったのかと、納得する。
「何してるの?」
「デザートだよ。せっかくヨナ君が新しく入隊してくれたことだし、作っちゃおうかなって」
そう言ってクレアはできたての温かいケーキをヨナの口へと入れた。
「美味しい?」
無言で頷かれる。表情の変化こそ乏しいが、瞳は輝いていたので安心する。
そしてケーキを乗せたトレイを持ち上げてクレアはココ達にも配りにいこうと厨房を後にしようとした。だがそれは背に投げかけられたヨナの声によって中断する。
「ねぇ、クレアはどうして兵をやってるの?」
率直な質問。ココについて回っている理由。どうして彼はそんなことを気にするのかむしろこちらが聞きたかった。
「気になるの?」
「クレアは何だか他の人と違う感じがしたから…」
自分に興味を持ってくれていたのか。それは嬉しいが生憎大した答えは返せそうにない。理由など実に単純なものだったから。
「ココさんと、世界を見るため、かな。あとは…」
狭かった檻からの脱却。視野を広げて世界を見る。最初の内はそうだった。もちろんそれは今でも変わってはいない。全ての国を回ってみたい。けれど今はもう一つだけ明確な理由が存在していた。
「君みたいな仲間と、ずっと一緒に笑いあってたいの」
「単純だよね」と言って笑うクレアが、ヨナにはひどく綺麗に見えた。武器を扱っているとは思えないほどに。それは一瞬でも彼の冷たくなった心を溶かす。
「だからさヨナ君。君も笑おうよ、ほらスマーイル!」
両の口角を人差し指でぐいと上げてみせる。ヨナはそれをただ見つめていた。それでも彼女は楽しそうに笑ってグリグリと彼の頭を撫でる。
そうしている内にケーキを存在を思い出したのか、クレアは慌てて再度トレイを持ち上げた。
「冷めちゃう前に配っちゃわないとね!あ、ヨナ君は新入りだから二個作ったんだよ。はい、もう一個どうぞ。それじゃあまた後でね!」
慌ただしく厨房を出て行くクレアの後ろ姿を見つめるヨナ。
やがて彼は手の中のケーキを口に運んで
微笑んだ。