06
生きていく為だったとか、それしか道がなかったとか、今更そんな言い訳をする気なんてない。

暗い道に光を少しでも照らすことができたのなら、そこには無限に道が広がっていたことに気がつかなかった。自分自身に封をして、閉じこもって、それが普通だと思ってたんだ。けれど、それでいいと思っていたはずなのに送る毎日はどこか悲しくて。スタート地点に立つ前からフライングを嘆くなんて、とんだ笑い話だ。

けれどやっと、やっと踏み出せる。ココがそのきっかけをくれたから。
彼女達と世界を巡り、目に映るもの全てが光って見えて、気がついた時にはあれだけ洗い流しても残っていた手の血潮は綺麗に消えてなくなっていた。

殺し屋から転向して武器商人の私兵なんて一体どこが変わったんだと笑われるかもしれない。だけど、それは私にとっては


確かに“奇跡”だったんだ。











「クレアが…殺し屋…?」

反射的にチナツの言葉を口に出して、ヨナはクレアとココを交互に見た。他の者達も驚いてクレアを凝視している。

心から信じられないと言ったら嘘になる。あれだけ高い能力を有していながら若く、それでいて軍人ではなく、経歴不明など、何かあると思わない方がおかしい。彼女が本当に殺し屋だったというのなら、全て合点が行く。

もう一度視線をクレアに投げて、そしてココを見れば、彼女はいつもと変わらぬ笑顔のままゆっくりと口を開いた。

「君は…クレアを、オーケストラと同じだったんじゃないかと侮蔑するか?」

唐突な質問。だけれどそれは、クレアが本当にかつて殺し屋だったことを示唆している。

金で人を殺し、それを職業として生きていく者達。そんなもの、侮蔑の対象に決まっている。軍人の方がまだマシだと言っていい。でも、クレアを蔑むことができるかといったら答えは否だ。元、とはいえど彼女も殺し屋だった。あの柔和な笑顔の裏で、どれだけの血を体に浴びたのか、戦い好きの彼女を見ていれば容易に想像できる。だからといって、あの優しさが、笑顔が偽物のはずはないのだ。

「僕はクレアを侮蔑したりなんかしない。昔殺し屋だったからってクレアはクレアだ」

真っ直ぐに、ココを見据えてヨナはそう言った。
自分だけじゃない。きっと誰に聞いたとしても、同じように答えるはず。昔なんて関係ない。全てを払拭して、クレアは今ここにいるのだから。

ヨナの答えに満足したのか、ココは一層嬉しそうに口端を吊り上げて、今度はぐるりと辺りを見回した。

「ヨナならそう言ってくれるだろうと思ったよ!きっと他の皆もそう言うんだろうけど」

前方でチナツと対峙しているクレアに目を向ける。震えはしていないが、少なからず動揺しているであろうことは遠目からでも理解できた。

「あの子が本当のことを今まで黙ってたのはね、ヨナ達に拒絶されるのが怖かったからなんだよ」

昔、何度も何度も促した。隠していてもいつ知られるかもわからないのだと。バレてしまう日を恐れながら生活するよりも言った方がいいではないかと。

けれど彼女は頑として首を縦に振ることはなかった。「臆病でごめんなさい」と、いつも悲痛な笑顔で謝れたのをよく覚えている。どこまでも臆病な彼女。支えていなければ簡単に崩れてしまう。

「そう、クレアは臆病だから…私達の手助けが必要なんだ。ヨナ、手伝ってくれないかな?」

ココの言葉の深い意味まではわからなかったが、それでもヨナは力強く、頷いた。

それと同時に、鳴り響く銃声と破裂音。慌てて前を向けば、ルツに狙撃されたのだろう、小さな悲鳴と共にチナツの今まで持っていた武器が破壊され、彼女が地へと倒れ込む。その眼は相変わらず、深い憎しみの色を湛えて、クレアを睨みつけていた。

「殺し屋のくせにっ…!」

まるでうわごとのように何度も同じ言葉を繰り返す。殺し屋という忌むべき存在が生み出した悲しみの連鎖。もうやめたのに、それでも、こうして誰かに涙を流させてしまう。何て罪深い存在なのだろう、殺し屋は。

目に悲しみの色を宿しながら、クレアは地に伏せるチナツへと銃口を合わせた。

「私も…確かに殺し屋でした。殺し屋“ネームレス”なんて呼ばれていた時期が…」

誰もその殺し屋の姿を確認したことも、性別、歳、名前すらわからない。誰がそう言い始めたのかは定かではないが、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

“オーケストラ”に比べれば、随分と格好の悪い名前だ。気に入ってなどいたはずはない。もとよりどうでもよかったのだ。他人から何と言われようと、自分はただするべきことをするだけだった。

「でもね、違うんですよ。私とあなたは…あなたにはこの人がいた」

彼女の傍らの師匠の亡骸。チナツの隣にはいつだって彼がいた。けれど、自分は違う。おかしな名前で呼ばれるようになったことを笑い飛ばしてくれる人も、共に厳しい仕事を成し遂げる相手も、誰もいなかったのだから。

もし自分の隣にもそんな存在がいたならば、こんなにも心を病んでしまうほど大切な仲間がいたならば、もう少しあの頃でもまともでいられたのかもしれない。

「この人と楽しそうにしているあなたを見た時、私はあなたが羨ましいって…そう思ったんだ」


今となっては、そんなことを思った自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。そんな狂った仲間、自分には必要なかったから。

ほんの一瞬だけ、皆を見やる。そこにあったのは自分に対する不信感を露わにした瞳なんかじゃなくて、今までと変わらない、自分を仲間だと思ってくれている瞳だった。
嫌われると思っていた。自分は臆病だから、勝手にそうなると決めつけていた。思わず涙がこぼれそうになる。

「もう終わりにしましょう、チナツさん。あなたには、私の仲間はやらせない」

冷静に銃を向けるクレアとは裏腹に、チナツは先ほどよりも強い怒りを込めて彼女に掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。

「ふざけるなっ…!!お前らはあたしの全てを奪ったんだ!!お前らを全員殺すまであたしは死なない!一人一人殺していって…お前は最後に痛めつけて殺してやる!!」

彼女の怒号にひるんだ一瞬の隙、その瞬間にチナツは転がっていた拳銃と亡き師匠のネックレスを乱暴に掴んで、間髪入れずにクレアへと引き金を引いた。拳銃特有の軽い音が響いて、その弾丸はクレアの右腕をかすめる。

「…ッ!!」

かすめたと言っても傷は浅いというわけではなく、真新しい鮮血が彼女の腕から流れた。それでも、チナツを逃がすわけにはいかない。痛みをこらえて左手で反撃する。

だが、チナツの超人的な能力の前ではやはり弾は当たらず、後方から支援を始めたレームとトージョの射撃ですら、かわされる。やがて、彼女は完全にココ小隊の前から姿を消してしまった。

チナツがいなくなったことで緊張が解けてぐらつく体。地面と激突する前に、それは誰かによって遮断された。

「…ったく、無茶してんじゃねぇよ」

「トージョ…」

本当に心配そうに自分を支えてくれるトージョ。でもそれだけ。何故彼は何も聞いてこないのだろう。聞きたいことなんてたくさんあるはずなのに。

「……聞かないの?」

「聞かねぇよ。そんな顔させてまで知りたいことなんてねェ」

その言葉に軽く笑みを浮かべて、顔を横に向ければ慌ただしくバタバタと自分に駆け寄ってくる他の者達の足音。それと同時に聞こえてくるパトカーのサイレン。なんて騒がしいのだろう。そして、なんて心地よいのだろう。

やがて意識が重くなってくる。そしてもう一度視線を空へと移動させた時、クレアの意識はそこで途切れた。


















































どれくらい眠っていたのだろうか。気がついた時には己はベッドの上で、窓の外は漆黒の闇に包まれている。慌てて起き上がれば、そこにはココがさして強くもないワインを片手に、こちらを見ていた。

「お!やっと目が覚めた!」

「えっと…ココさん…?あれ、私…」

状況が読めなくて混乱する頭。いつの間に自分はこんな状態になったのか。

すると、困惑するクレアにゆっくりと近づいて、ココはいつもの笑みを彼女へと向ける。

「フフーフ、ほぼ半日くらいクレアはずっと寝てたんだよ」

「あ…そうだったんですか…ごめんなさい!何だか気が抜けちゃって…私が寝てる間に何かありましたか?」

「そりゃもう!!オーケストラに逃げられるわスケアクロウっていう変な男に絡まれるわで災難続き!」

少し大げさな身振り手振りを交えながら説明していたココだったが、やがて顔には少し真剣味を帯びてくる。

「クレアも起きたことだし、これから3日間“我慢比べ”をしようと思うんだけど、できる?」

“我慢比べ”。その言葉の意味は言われずともわかる。ココの話によると、レームは既に屋上に先にスタンバイしに行ったそうだ。

思わず拳を強く握りしめる。そして、ココに微笑みかける。

「できます。我慢は、得意ですから」

あの少女、チナツはある意味未来の自分の姿だった。もしかしたら自分も彼女のようになっていたかもしれない。だから、自分と同じであって同じではないのだ。

即ち、チナツを殺せば、過去の自分と完全に決別できるということ。利用するようで何となく気が引けたが、ココが用意してくれたこのチャンスを活かさない手はない。

クレアは勢いよくベッドから出て

そして、ココに軽く頭を下げ銃を担いで部屋を出て行った。


過去を

壊しに行くために。


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