05
「よし!バルメ、トージョ入れ替われ」

「マップ!銃!無線!」

「クレア!AEK!ホテルに置きっぱなしだったぞ!」

「あ、ごめんなさい、ありがとう!」

「パンチ力強いぞ、デカい一撃に注意しろ!!」

「周波数!817……」

「お嬢とヨナ坊の位置」

「ワイリとルツの位置!」

「湾岸を走れ、湾岸!指示は俺が出す。はいはい行け、GOGO!」

忙しなく動き出すボルボの防弾車。レームとトージョ、そしてクレアは遠ざかるその車を眺めながら走り出した。

先ほどまで清々しいというか、楽しそうな表情だったクレアは今では不服そうに頬を膨らませている。何となく不機嫌の原因はわかっていたが、それでもレームとトージョはかまわずに目的地に向かって足を動かす。

「むぅ…私も車乗って戦いたかったです」

「「言うと思った」」

彼らの返答にクレアはますますしぼんだ風船のように弱々しくうなだれた。

完全に車のキャパがオーバーだったので、三人は先回りすることになったのだ。もちろんそれに彼女が納得などするはずがなく、状況が状況なので仕方がないが、不服そうに唇を尖らせるばかり。

「あ…いた!ココさん!」


そして前方に見えてくるヨナとココ。無事だったかと安堵した瞬間、辺り一面に轟くココ小隊の放った銃声と、オーケストラのそれ。それらを耳にして、戦闘が開始されたことを認識する。そのままオーケストラの方の車に目をやった時、クレアの瞳は今日一番輝くこととなるのだった。

「あれって…ネゲフ…!?ネゲフだよレーム、トージョ!!すごい…すっごいです!!」

キラキラと子供のように瞳を輝かせて、およそ子供らしくないものを見るクレア。そのくせ欲しい武器が手にはいると悲しそうにそれを見つめる。初めて見た時はその異常さに大層驚かされたものだ。

心なしかクレアの走る速度が少し上がったような気がする。このままだと自分から身一つで車につっこんでいきそうなので、レームもトージョもほぼ同時に首根っこを掴むように彼女の服を引っ張った。

振り返って彼女は笑う。その笑みはまるで「さすがにそこまではしないよ」とでも言いたそうだった。それでもネゲフを間近で見たいという思いは変わらない為、体はうずうずしている。

そんなクレアを見ながら呆れにも似たため息を一つついて、それからレームは悪巧みをする少年のような笑みを浮かべた。

「クレア、あれ撃ち落とせるか?」

彼の指差す先には今の今まで自分の心を鷲掴みにしていた師匠の持っているネゲフ。走りながら、しかも直線走行とはいえ動いている的を撃ち落とせというのか彼は。それが普通の人だったなら笑って無理だと答えるだろうが、生憎彼女はおよそ“普通”とはかけ離れている。

「ペナルティなしでいいなら」

「おっ!じゃあ外したら俺とデートってどうよ?」

「ふぇっ!?デート!?」

トージョの言葉にみるみる顔が熱くなる。冗談だとわかっているのにこういったことにいちいち反応するとは何と情けない。そういう方面の話題だけは本当に慣れない。ただ単に経験がないだけだからかもしれないが。

一呼吸置いて冷静さを取り戻し、クレアは手元のショットガンを構えた。スコープもないので完全に運だめしの射撃になってしまうだろうが。

こういう時、いつも頭の中で組み立てることがある。今回の的はあのネゲフだからそれが100点。それ以外は0点。ただの的当てのように考えながら引き金に手をかけるのだ。

だが心の底から遊びを楽しんでいるような感覚で撃っているわけではない。そこには確かに愛が込められているのだと彼女は言う。限りなく深い愛情が込められていると。

そして乾いた銃声音と共に、弾はネゲフを破壊することなく、師匠の顔ギリギリの所をかすめた。クレアの体は反動で少し後ろへとぐらつく。やはりここからでは難しかったか。久しぶりに的を外した気がする。

「おォ、惜しかったな」

こちらの空気は何とも軽いものだが、射撃されかけた師匠の方は見るだけで射殺されてしまいそうなほどの剣幕でこちらを睨んでいた。クレアを直視しているということは撃ったのは彼女だとわかっているのだろう。

「さすがのクレアでも無理だったか。って…ん?おいレーム、クレア、あれって…!」

激昂する師匠が何やらチナツに指示し、彼らの車が綺麗に車道を曲がってまた同じルートを走り始める。

しかしトージョが疑問に思ったのはもちろんそんなことではなくて、クレアより先に気づいたレームは、新しいタバコをくわえながら、自分の目を覆うような仕草を彼女にしてみせた。

「ヘッヘヘ、武器オタクのクレアは、見ない方がいいかもな」

そう言われると見たくなるのが人の性。クレアは目を凝らして、じっくりとオーケストラの車を見つめる。

そうして、車両のリアシートに固定されているモノを見つけた時、クレアはレームの言ったことを素直に聞かなかったことを後悔、いや、喜んだ。

「M2!重機関銃だ!!わぁ…一度見てみたかったんだよね間近で!!すごい!オーケストラすごいです!!」

ここまできたらもう誰にも彼女は止められない。二人が引き止めるよりも早く、クレアは飛び出していった。

「おいクレア!」

「平気だろ、ほっとけ。あそこはルツの射線に入ってる」

クレアがM2観察の為に立ち止まった位置はちょうどホテルの屋上から配置についているルツの射線内。きっと今頃ルツはいきなりスコープに入り込んだ彼女に心底驚いていることだろう。思わずトージョは苦笑すると同時にルツに同情してしまった。

「どんな威力なんだろあのM2…それをかわすウゴの運転も気になります…!」

人の心配などおかまいなしに大層楽しそうに独り言を呟くクレア。

その時、鳴り響く一際大きな轟音。オーケストラの車両から発せられたそれは、残酷な軌跡を描きながら、ココ達目掛けて飛んでいく。そうしてタイヤが地面を勢いよく擦る音が聞こえて、次の瞬間にはウゴの運転する車は前のめりになってその重たい車体を、綺麗に宙へ浮かせた。
そして肝心の弾は一発も車に当たることなく、まるで噴水のように海の中で破裂する。

訪れる沈黙。そう思ったらオーケストラ達はすぐに車から降りて物陰へと隠れていった。少し呆気に取られていたクレアは横切っていく彼らにハッとして柱に身を隠しながら銃を向ける。引き金に指をかけようとしたが、レームが自分の肩に手を置いて首を横にふったことでそれは中断された。

しかしなんということだ。全弾かわしきるとは。改めて己の仲間は強者揃いなのだと感じられる。それはオーケストラ達の方も痛感したらしく、海から上がったココ達に発砲しながら師匠は心底悔しそうに唇を噛んだ。

「やっぱり生きていやがった!ッてことは武器商人もまだだな!?」

瞬間海の方から飛んでくる銃弾。ヨナが放ったものだろう。それは正確に彼らをとらえることはなかったがチナツのテンガロンハットに真新しい空気穴を一つ作った。

チナツが拾おうと手を伸ばした時、感じる寒気。何か嫌な予感が体中を駆け抜けた。ここから一歩も動いてはならないと、脳が警鐘を鳴らす。

「しッ、師匠!!一歩も踏み出しちゃダメ!!いっ、一旦退いて出直そう!!イヤな予感がする!!」

チナツの必死の言葉も、今の彼に届くことはない。クレアはそんな二人の姿を、無気力な瞳で見つめていた。終幕へのカウントダウン、なんてそんなかっこいい言葉で締めくくるつもりはないけれど、きっともうすぐその時はくる。

「アァー!?帽子飛ばされたくらいでなんだッ!?いーかげんそのモーレツにジンクス気にするクセ直せ、チナツ」

「師匠!!」

そうして師匠が一歩踏み出した瞬間、響く銃声とそれに伴って飛んでくる銃弾。ルツの狙撃だ。師匠が彼の射線に出たことで、師匠の胸には傷が作られる。次は頭。そしたらその次は。

ルツが決定打を撃ち込む前に、クレアは柱から身を出して、数歩前に出てオーケストラに近づいていった。後ろでトージョの制止の声が聞こえたような気がしたが、それを気にしている場合ではない。そして、クレアが車道を挟んでチナツの向こう側に立った時、無慈悲な銃弾は師匠の頭を貫いた。

誰かと誰かが殺し合いを始めれば、どちらかが死ぬ。醜い生存競争。自然という言葉をどこまでもねじ曲げる行為。彼らも自分も、そうすることでしか生きていけないことが哀れに思えた。

「わァ、わァァ!!ウワァア、そんなッ、そんなッ!!」

頭を抱えながら涙を流すチナツ。殺し屋のくせに、随分と仲間に心酔していたものだと、感心する。それだけ信じていたのだろう、愛していたのだろう。自分とは違って。

「師匠あなたッウァッ!!あたしの人生メチャメチャにしておいて、こんな別れ方ってないでしょおッ!?」

何故叫ぶ。何故悲しむ。違う、こんなの違う。こんなの殺し屋じゃない。こんな殺し屋自分は知らない。

ぐるぐると回る思考の中、クレアは強く唇を噛み締めて叫び続けているチナツに銃口を向けた。ここからは自分の役目だ。これで師匠と同じように射線に出ても、きっとルツには殺せない。
それでもチナツはそんなクレアの存在にも気づかずに、無我夢中で声が潰れてしまうのではないかと思うほどの大声を上げ続けた。

「お前ら許さない!!皆殺しにしてやる!!すぐに!数日中に!!いや、数か月以内に!!……いや!!何年も何年も追い回してズタボロにしてから殺してやらァ!!」

ヨロヨロと彼女は師匠の亡骸の傍、射線へと踏み出す。けれどやはり、弾は飛んでこない。

それが普通なのだ。いくら異常な敵といえど、女を、しかも子供をルツが撃つことなどできるわけがない。優しい人だから。だから、異常な奴は異常な自分が撃つにふさわしい。もう終わりにしよう。

クレアはショットガンをかまえて、そして静かに引き金を引いた。だが、それは運悪くチナツがよろけたせいで何もない空間を貫いて消えていく。しまったと銃をかまえ直すよりも早く、チナツの深い憎しみに染められた瞳が自分を射抜いた。

もう平気だと思っていたはずなのに、いざ直視されると、ひどく心がざわつく。

「…栗毛女…あんたは一番許せない…!!あんただって同じなくせにッ!!」

クレア以外皆彼女の言葉の意味がわからずに困惑しだす。その中で、レームにココ、バルメはただ厳しい顔つきでチナツを睨んでいる。

ダメだ。これ以上言わせるな。早く、早く引き金を引かなければ。聞かれたくない、みんなに。

どれだけ願ったとしてもそれがチナツには届かない。チナツはこれ以上ないほど顔を怒りに歪めて、口を開いた。それと同時に、クレアも慌てて銃に指をかけ直す。


「あんただって殺し屋のくせにッ!!一緒のくせにッ!!何であんだけが今のうのうと生きているッ!!」


辺り一面に響き渡る怒号。


その声は皆にも届き

一瞬ひるんだクレアの放った弾は


虚しく空を切った。


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