04
乾いた銃声音とは裏腹に、重苦しく金属と金属がぶつかる音が響く。
クレアはその場に無気力に座り込みながらどこか遠くの出来事のように、ただその音を聞いていた。

「聞いたかチナツよォあの音……サイレンサーなんぞ付けてバカが!」

小刻みに師匠の身体が震える。それはもちろん恐怖からくるものなどでは決してなく、彼の瞳は限りなく深い怒りの色で染められていった。

「シケた音混ぜんじゃねー!!俺の音楽をブチ壊すつもりかこの野郎!!空気読めねェジジイがッ!!引っ込んでろボケ!!栗毛女の方を出しやがれ!!あいつの方がいい音出すんだからよォ!」

「アァー?音楽だぁ?笑わせんな」

こめかみに血管を浮き出させながら激昂する彼に、レームは心底呆れたような目を向ける。

そんなものが音楽であるわけがない。少なくとも音楽にはこんなにも人の精神を抉るような効果はないはずだ。クレアがそのいい例。
そしてふつふつと彼にも怒りが沸いてくる。彼女をこんなにも追い詰めたオーケストラに無性に腹が立った。

「ボケてんのはお前のほうだぜ、忘れたか?仕事のやりすぎで。それとも無知なのか?銃撃戦なんてものは……屁のこき合いだ。音楽にはほど遠い恥ずべき行為!“世間の皆様お騒がせして申し訳ありません”と赤面しながらやるモンだろ。それにな…」

ほんの少しだけ声のトーンを落とす。一瞬だけクレアに目をやって、そして向き直った。

「お前らとクレアを一緒にするんじゃねぇよ」

そうして鉛玉を奴らに向けて放つ。それは心なしかいつもよりも重たく感じられた。

戦闘の方はレームに任せて、バルメは人形のように動かないクレアの肩を優しく引き寄せて頭を撫でた。

本当に久々に見た気がする。こんなに絶望に満ちていて、そして弱々しいクレアを見るのは。もう完全に昔のことなど忘れたものだと思っていた。けれどそれもただの思い過ごしにすぎなかったのか。こんなに苦しそうになってしまうまで気づけなかった自分が少し情けなく思えてくる。いや、彼女も必死に変わろうとしていた途中だっただけなのかもしれない。

「……バルメ」

銃声にかき消されてしまうほどの小さくか細い声。ぽたぽたと地に染みをいくつも作りながら、絞り出すようにクレアはバルメの名を呼んだ。

「何ですか?クレア」

「足…痛かっただろうに…ごめんね…」

一瞬言われたことの意味がわからずに、己の足へと視線を落とす。そこから溢れ出す鮮血を見て、彼女は納得すると同時に、思わず拍子抜けしてしまう。

先ほど足を怪我していたのにも関わらず、助けに少し走った時のことを言っているのだろう。自分がこんな状態なのに他人の心配をするのか、彼女は。やはりクレアはオーケストラと同じなどでは決してない。今自分が満足に動けたならば今すぐにでも奴らの首を掻き切ってやるのに。それができない歯がゆさから、バルメは軽く唇を噛んだ。

その時、服の裾を引っ張られる感覚に、我に返ってクレアへと意識を戻す。見れば、彼女は涙で濡れた顔をこちらへと向けていた。

「バルメは…優しいね。ううん…バルメだけじゃない…みんな…みんな優しい…」

自分でも脈絡のないことを言っている自覚はある。実際目の前のバルメは困惑の表情を浮かべているのだから。けれど、クレアは今のこの感情を言葉にしなければならない気がしたのだ。

オーケストラに追いつめられて初めてまわかったことがある。

ココに出会う前の自分はただの抜け殻だった。あの人から与えられた日常をただただ繰り返すだけの暗い日々。だから“昔の自分”など、元から存在しないに等しかったのだ。ココに手を差し伸べられたあの日から、“クレア”という人間は自我を持ち、構築されていったのだから。

それならば、チナツに“誰かを殺したくて殺したくてしかたない目”だと言われても、それが十数年をかけて作り上げた“クレア”という人格なのだから動揺などせずに、受け入れればいいだけなのではないのか。

実際他人を殺める行為は忌むべきことだと認識はしていても罪悪感はほとんどないし、嫌いなどではないのだから。仲間が危機に陥れば敵を殺してやりたいと思うし、武器だって本当に大好きだ。

ずっとずっと願い続けてきた。過去からの脱却、抜け殻のようだったあの頃とは違う道を進むことを。そして変わりたいと切望し、がむしゃらに努力した。けれど、それはきっともうとっくに。


「……クレア?」

心配そうなバルメに軽く微笑んで、クレアは立ち上がる。まだ少し震えてはいるが、しっかりと。

「間違ってなんかいなかった…私の進んできた道は…間違ってなんかいなかったんです」

暗い暗い道。けれど振り返れば仲間がいて、それだけで心は満たされていく。

殺し屋の二人を見て、過去を思い出さないと言ったら嘘になる。自分を抜け殻にして、鎖で縛り続けていたあの男の姿がチラついて仕方ない。それでもクレアは、もう二度とあんな醜態を皆の前に晒さない自信があった。

「もう、大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫。大丈夫だから…だから今からほんの少しだけ“昔の私”に戻ること、許してくださいね…?」

「どんな姿だろうとクレアはクレアですよ」

にこりと微笑む眼前の彼女。それはいつも通りの彼女で。何かが吹っ切れたのがわかる。彼女は何て強いのだろう。こんな少しの間で自分で考えて答えを導き出した。心底クレアはいい女だと思った。

そしてクレアは背負っていたリュックから銃を取り出す。レームが撃ち終わるのを見計らってから、彼女は静かに照準を合わせた。レームの方も、クレアを見て少し驚いたような表情を浮かべていたが、やがて優しく彼女の頭に手を乗せて後ろへと一歩下がった。

火を噴くライフル。オーケストラはそれを撃つクレアを見て、面白そうに笑う。

「そうだよその音だ!最高だぜ栗毛!!」

師匠の言葉には耳を貸さずに次々と弾を撃ち込んでいく。もはや迷いなど何もなかった。

「あの女…さっきとまるで動きが違う…しかも正確に頭狙ってくる。嫌な女なのだ」

盾から少し顔を覗かせればクレアと目が合う。その瞬間、怪しく彼女が笑ったような気がして、ゾッとした。それと同時にライフルの弾の切れる音。
今だと思い師匠がサブマシンガンを掲げるが次には、再びの銃声によってそれは遮られる。


「んだァ!?リロードくそ早ぇ…!!」

まるで永遠に弾を撃っているようにさえ見えた。だが、止まない銃撃などもちろんなくて、二回目の弾切れもすぐにやってくる。携行マガジンがもうないのか、クレアはライフルを地面へと投げ捨てた。

「へっ、死ね栗毛ぇぇ!!」

「師匠!!危ない!」

響く金属音。チナツがとっさに盾で彼を防いだが、盾の方は衝撃に耐えきれずに吹っ飛んでいく。眼前には尚も楽しそうに笑いながらハンドガンをこちらに向けているクレア。

「さっきの50口径だよ師匠」

「あいつ…それを片手で撃ちやがったってのか…!?」

あんぐりと口を開けて驚いている内にも、クレアは次弾を発射しようと構える。チナツはそんな師匠の服を強く引っ張った。

「そんなことよりココって奴が逃げちゃってるよ!!師匠!」

本来の目的を思い出したのか、師匠は我に返って目の前にいるクレアとレームを睨みつける。
彼女がこんな腕前だなんて聞いていない。全く持って使えない情報屋だ。

すると、レームも自分を睨み返してくる。

「ヘッヘヘ、気を付けろよ。イタチの最後っ屁すら出なくなったらお前、死ぬぜ」

「あ、じゃあ私がやっちゃってもいい!?」

「止めとけ止めとけ。クレアがやるほどの価値もねェよ、あいつらは」

好き勝手に言いまくる二人に沸いてくる怒り。だが、手元の銃に弾はない。なので無用の長物となったそれを二人目掛けて思い切り投げた。

「ウルセー!!死ね!!」

「そんな奴ら、ほっといて行こ。師匠!」

そうして二人は去っていく。クレア達もすぐにあとを追おうとバルメに肩を貸して走り出した。ショッピングモールを走りながら三人は顔を見合わせる。

「テンガロンをかぶった小娘が、イノシシ男を上手く制御しています!」

「バルメもそう思った?まるで武器管制システムだ。おまけにレーダーみたいに気を巡らせてるから鉄壁だ」

「うん。それってつまり…」

「「テンガロンのほうが能力的にヤバい」」

三人同時に同じことを言う。チナツの方がすごいことは重々承知している。だが、不思議と胸は高鳴った。そうして微笑んでいるとバルメに顔をのぞき込まれる。

「いつものクレアに戻ったみたいですね」

武器が好きで、戦闘になると瞳を輝かせる彼女。それは紛れもなく本当のクレアだ。

「しかしいいのか?このまま奴らとやり合えば、もしかしたらお前の過去…」

「知られてもいいよ。本当は今まで隠すことでもなかったし…今の私が私ですから」

その言葉に、バルメもレームも安心したような顔を作る。
そしてレームは前方から走ってくる車が自分達に追いつく前に、最後にクレアへと問いかけた。


「お前の名前は?」

「ふふ、私はクレア、クレアです」


暗かった日々に怯えるのはもう終わり。

それは光を見つけたことを意味し


そして同時に


“ネームレス”だった日々にも本当の意味で終わりを迎えた。


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