02
遠目に見える男と女。そいつらはたった今ココを襲撃した。つまりは殺し屋だ。クレアは二人の姿を少しだけ切なそうに見つめる。小さく唇を噛み締めて、黒い銃身を握りしめた。

「…やんなっちゃうなぁ本当に」

一言そう呟いて、クレアはテンガロンハットを被っている女の方に弾を発射する。だがいつもならやってくる手応えはやってこない。弾は遠くの壁に傷を穿ち、クレアの足元に空薬莢だけが虚しく転がった。

「むぅ…避けましたか、やるなぁ」

特に驚きもせずに、クレアは壁に身を潜める。テンガロンハットの女はバルメに発砲しながらも、クレアのいる物陰へと視線を寄越した。

「師匠!また一人増えたよ、けっこーめんどくさそうな奴!」

「あァ!?ンな奴引きずり出して脳天に音ぶち込んでやれチナツ!」

師匠の言葉にチナツは楽しげに笑った後、ココが隠れていたパラソルから出てくる。その姿をやはり銃で追いながら、クレアのいる壁を見た。

先ほどから撃ってきはするが、一向に姿を見せない。こちらの方向を見ずに、ただ銃口だけを覗かせて。それだけでも相当腕が立つ者なのだと思ったが、チナツが一番強く感じたのはそのことではなかった。

壁にいる得体の知れない者の放つ弾は正確に自分と師匠をとらえている。だが、自分達が弾を避けた先に一般人でもいたならばそいつは恐らく流れ弾で死ぬ。もしくは狙いを外せば同じように市民が死ぬ可能性が出てくるだろう。

自分達は殺し屋だ。そんなことになってもいちいち気にしやしないし、当たった方が悪い。しかし、こういった奴らは極力市民には当てないように配慮するものなのではないのか。そう考えると少し寒気がした。巻き込まない自信があるのか、あるいはそうまでして自分達に己を姿を晒したくはないのか。

今の今までココを守った少年がドバイに来た時に見つけた可愛らしい男の子だったことに機嫌を悪くしていたが、それが一瞬気にならなくなるほどに謎の壁のいる新手に興味が湧いた。

チナツは楽しそうに笑って、師匠が壁のあいつと応戦している内にごそごそとバッグの中から新しい銃を取り出す。名を“チナツキャノンスペシャル”

それをココ達に浴びせようとした瞬間、鳴り響くサイレン。警察だ。普通だったら警察が来たら焦って退却するか何かするがオーケストラはそんなことはしない。ただ死の演奏を叩き込んでやるだけ。

チナツは照準をパトカーへと変更して躊躇することなく引き金を引いた。発射された弾は見事にパトカーを捉えて盛大に爆発する。それはクレアを興奮させるには十分で、壁からほんの少しだけ覗いた瞳は子供のように無垢で、輝いていた。

そんな光景に言葉を失いながらも、ヨナはココの頭を低く下げる。

「頭引っ込めてて!」

チナツがパトカーの方に夢中になっている内にヨナは周囲に視線を泳がせて、クレアが裏にいるであろう壁に目を向けた。彼女がそこにいることはわかっている。だが、何故しっかり応戦にせずにずっとあそこにいるのか、それが理解できなかった。

「ココ、クレアがあそこにいるんだろ?どうしてバルメのフォローをしない、クレアが来たらあいつらに勝てる」

少しの間。いつもそうだ。クレアのことで何かを質問すれば、ココは答えにくそうにする。普通の質問のはずだ。なのに何故かいつもこうなってしまう。

やがてココは優しくヨナの頭を撫でた。それの意味するところは彼にも理解できる。こういう時は決まって答えをはぐらかされる時だ。

「誰にもね、クレアを責める権利なんてないんだよヨナ。そう、誰にも」

ますます意味がわからない。別にクレアのことを責めたつもりではない。一体彼女の言葉は何を意味しているというのだ。

そうこうしている内に、正面へと視線を戻せば、オーケストラの連中はチナツが弾丸で立てたパトカーに興奮していた。その間にこちらへと向かってくる影が一つ。

「ココ!」

「バルメ!」

「ケガはありませんか!?」

盾を持ったバルメと合流する。
再会を喜ぶ隙などなく、間髪入れずに飛んでくる弾の嵐。随分なマガジンの量だ。永遠に弾が尽きることはないようにさえ思えてくる。器用に盾を利用しながらバルメも彼らに弾丸を浴びせた。後方からはクレアの援護射撃もある。

そして、直接致命的な一撃を見舞うことはなかったが、弾丸の一つがオーケストラの片割れ、師匠の右腕をかすめた。

「いってーな!」

言いながらやはり彼は尚も休むことなくサブマシンガンを撃ちまくる。

「邪魔クセエなあの眼帯と後ろで撃って来やがる逃げ腰野郎!」

初めの内はバルメの盾はオーケストラの攻撃を防いでいたが、次の瞬間には嫌な音が辺りに響いてバルメの足から綺麗な鮮血が噴き出した。

「ッ痛イ!ぬける!この盾、弾が貫通する!」

「バルメ!!」

一旦彼女は銃撃を止めて、物陰へと隠れる。それと同時に、クレアの銃撃も途端に止んだ。

壁の裏側でクレアはどうすればよいかわからずにただ立ち尽くしていた。このまま隠れ続けていてもココ達を守りきれない。ならば残された選択肢は何か。そんなもの決まっている。だが、それが彼女にはできなかった。全てがフラッシュバックしてしまいそうで。

殺し屋を相手にする時はいつだって自分は狙撃で後方支援をしていた。標的に前に姿を現すことなど一切ない。だからこの感覚を長らく忘れてしまっていた。狂気じみたあの姿を。

だがそんな己の恐怖心と仲間の命を秤にかけた時、重たいのはどちらかと言ったらそんなことはわかりきっている。怯えている隙などありはしないのだ。ココを守らなければ。バルメが怪我をして、満足に動けるのは今は自分しかいないのだから。動け。

グッと強く拳を握りしめて、クレアは銃を握りしめた。出ていこうと身を乗り出したかけた時、目に突如映り込んだヨナは

驚く一同など全く気にせずにまるで殺し屋のような目で、オーケストラへと飛び出していった。


















































ヨナが飛び出していく少し前。彼らから離れた所でタバコをくわえながら戦況を眺める人影。

「なーにをヘマってんだ、バルメの奴!ヤな予感してたんだよね。聞こえるか?アルシロップショッピングモールで襲撃を受けてる」

特に驚きもせずに、いつものことだとレームはホテルにいる小隊の皆に状況報告を開始した。

「相手は殺し屋オーケストラ二人組。拳銃じゃラチがあかない。俺のいつものヤツ持ってきて、そうそうそれ」

めんどくさそうに大きな体を気だるげに動かしながら、レームは大きなため息をつく。

「ルツ、クレア!鐘楼にのぼれ、ワイリを連れてけ」

落ち着き払っていた彼だったが、無線から届けられた言葉に思わず方眉をピクリと跳ね上げた。

「あァ?クレアがヨナ君探しに行ったまま戻ってないだァ?じゃ、あの壁から撃ってたのはクレアか。てっきり警官隊の一人かと思ってたが…」

ずっと隠れて撃っていたので気になってはいたが、そういうことなら納得できる。それと同時に更にめんどくさいことになったと言わんばかりにレームは頭を軽くおさえた。

「…ったく。ん?クレアにこっち任せればいいって?ダメなんだよ、クレアにああいう奴らは…」

それきり彼は黙り込んで向こうの出方を窺う。

すると次の瞬間、隠れていたヨナが全速力でオーケストラへと突っ込んでいくのが目に入り込んだ。その背を追うように駆け出すクレアの姿も。
一瞬我が目を疑いそうになったがすぐに正気に戻って手近にあった縄に急いで且つ器用に仕掛けを作っていく。

そして、ヨナと師匠の雄叫びが混ざり合い全てを込める勢いで双方が弾を放とうとした瞬間に縄を引っ張った。

見事に引っかかったヨナをズルズルと回収していく。邪魔をされた彼の顔は当然の如く怒りで満たされていた。

「ヨナ君、一本釣りィ……」

飛んでくる蹴り。それを正面から受け止めながらも、レームはヨナから視線を外すことはなかった。相変わらずヨナの目は厳しいままだ。

「何するんだレーム!!あと少しで仕留められた」

「落ち着けよォ。どうした?いつもは紳士的な君が、今はまるでケモノのようだぜ。確かに仕留められただろーよ、だが君も死んでたね。殺し屋のノリに乗せられてんじゃねぇよ」

新しいタバコに火をつけて、レームは淡々とヨナに言葉を浴びせかける。

「邪魔されてムカつくか?俺はそれ以上にムカついてるぜ、少年兵の戦い方ってのは本当に頭にくる!いいか覚えろ。ウチは“殺し合い”なんてやらない」

次の言葉を発する時、ヨナにはレームの瞳が恐ろしく光って見えた。まるで全てを掌握しているような力強い瞳。

「やるとしたら一方的な“殺し”。捨て身の突撃が必要な状況は、訓練に訓練を重ねたテクニックで補え。そして忘れろ、少年兵を。それにな、俺が頭にきてんのはそれだけじゃあない」

そう言ってレームは先ほどまでヨナがいた方面へと指を指した。

ヨナがそちらへと目をやると、そこには怯えに染まりきった表情で力無く座り込んでいるクレアの姿。

「クレアッ…!?」

「行くな。あそこは丁度奴らの死角になってる、見つかりゃしねェよ。ヘタにこっちが動いたら気づかれちまう」

ヨナを止めようと無我夢中で飛び出していったクレア。だがヨナのあの目を見て、全てが瓦解した。殺し屋と同じようなケモノじみた目。それは彼女の心を抉るには十分すぎたのだ。

「偶然だった、そりゃわかってる。狙ってやったんだとしたら俺はヨナ君を殺したくなってたね」

「…何のことだ?」

わけがわからなかった。レームの言っていることも何故この短い時間の中で、クレアがあんな状態になったのかも全部。

だがこれだけはわかる。自分が彼女を苦しめる原因を作ったことだけは。

「あんまりよォ…あいつを苦しめないでやってくれ。あいつは悪かねェのさ、何にもな」

その言葉が、ヨナにはひどく痛々しく感じた。

そして同時にわけがわからない中でも思う。

きっと悪いのは彼女ではなく

そんな彼女を作り上げた

途方もなく大きな闇なのだと。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -