それは今日みたいな依頼主から逃げるような慌ただしい仕事をした次の日のことでした。その日はお給料日だったのです。
使っていないからどんどん貯まっていくお金。
幼くて空虚なあの頃の私にはそれはあまりにも重い物で。
「よォ、クレア。何してんだ?金なんか見つめて」
「あ、エコー。これ…どう使ったらいいかわからなくて…」
自分の為にお金なんて使ったことないからどうしたらいいのかわからない。
「エコーはどうしてるの?」
「俺か?俺は女、酒…色々だ!!」
エコーはすごい。私には何もないのに。
これの為に動くことはあったけどそれは自分の為じゃなかったから。
「クレアは女なんだから自分を飾りゃいい」
「飾る…?」
「あぁ!メイクに服とか宝石だっていい!お前はいい女なんだからきっと最高になる」
そんなの言われたことない。でも何だろう…すごく嬉しい。
エコーと話してるとぽかぽかする。心があったかくなるの、不思議だな。
宝石とかはまだ早いけどお洋服なら買ってもいいかな。でもいいのかな…私がこんな楽しいことして…いいんだよね、ココさんだって言ってくれたもん。
「ありがと…エコー」
ここに来てから嬉しいことばかり。笑顔の作り方なんてとっくに忘れちゃったと思ってたのにな…
みんながいい人すぎるからだね、そう思うのは。最初の内はそんな優しさが…希望の光が痛かったけど今は心地いい。
「はは、やっぱクレアは笑ってる方がいいな!最高だぜ?」
それも全部エコー、あなたのおかげなんだよ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ急かさず私の心を溶かしていってくれたからなの。
「なんなら今から俺と買い物でも行くか?」
「ううん…やっぱり…このまま貯める」
「おいおい、いいのか?」
素敵な物に興味がないと言ったら嘘になる。
でもね、よく考えたらもっと私がこれを使ってしたいことがあった。
「貯めて貯めて…それで…“世界の橋”を買うの」
それは国と国を繋ぐ橋。全ての国を回れるくらい大きな…
ヨーロッパ以外にも国ってたくさんある。言語は話せるけど行ったことのない日本とか、中国とかアメリカ、カナダ、とにかくたくさん。
たくさん巡ってその地を走るんだ。今日の逃亡劇みたいに。その時は仕事じゃなくて観光として…
「“世界の橋”、ね…いいじゃねェか!!ビッグな夢だ!!」
全てを回るのなんて一体何年かかるかわからない。
だけど私はそれでもいいの。長ければ長いほどきっとそれだけ視野も広げられるだろうから。
いっそ終わりなんて来なければいいのに。
「その旅行には俺らも連れて行ってくれんのか?」
あ…そういえば考えてなかったなぁ…でもココさん達が来たいって…ううん、来てくれるって言うなら私はみんなと一緒に行きたい。
「う…うん…!!」
「そっかァ!!ならメンバーは俺とお前と?」
「えと…あとはココさんと…レームとバルメとワイリも」
小さな指を折りたたんでいってその数の意外に多いのに驚いた。
いつの間に…こんなに増えたんだろう…
こんなに…こんなに…
「そいつは楽しみだ!なら早く目的達成する為にキリキリ仕事すっか!!」
「…あんまり…急いで達成するのはやだな」
「何でだよ。早く行きたくねぇのか?」
違うの、違うんだよエコー。そうじゃないの。
それじゃつまらないから。“やりがい”って大事だよ。早く終わらせない方が長くみんなと一緒にいられるでしょ?それにやっとやりたいってこと見つけたから…大事にしていきたいんだ。
「クレア、変わったな」
変われた…のかな?でも私に感情を注いでくれたのはあなた…あなた達でしょう?
すこし月並みな言葉だとは思うけどみんなが“希望”を信じることの大きさを教えてくれた。
「よーしッ!!今日はお嬢に掛け合って豪華な飯にしてくれるよう直談判だ!!」
「え、え…?何で?今日特別な日…だった?」
「クレアが変わったことがわかった日だ!めでてぇさ。お嬢はクレアに甘いからなんとかなるだろ!!」
ほら、この優しさに
私はまた泣きたくなるんだ。
その日の夕食は見事に私の好きなものばかりでした。
知らなかった。
人って
嬉しくても泣きたくなるんだね。
「おーい、クレア。珍しいな、クレアが机で居眠りたァ…」
「フフ…こういう時はこの子はね、決まってエコーの夢を見てるんだよ」
「幸せそうでしょ?」と言ってクレアの柔らかな栗色の髪を愛しむように撫でて、ココは微笑む。
「懐いてたもんな、あいつに」
「懐くまでは大変だったよー。なかなか笑ってくれないんだもん」
「ヘッヘヘ、全くだ。まだ貯めてんのかね?給料」
「貯めてるよ。貯まってたら私に報告してくれるんだって」
それはまるでココの優しい束縛。金が貯まるまでは彼女は自分達の下を去ることはきっとない。
「そうすることがエコーとの約束なんだって!律儀だよね、夢まで見ちゃって…エコーのこと好きだったのかな」
「いやァ、そりゃないだろ」
「あ、やっぱり?でもこのことはルツには内緒にしといてあげないと!」
そう言ってやがて二人は彼女の背にソッと上着をかけて静かに部屋を出て行った。
彼女の夢もきっともうすぐ叶う。
皆と見る優しい未来と楽しい旅行が。
そして
“世界の橋”が“世界への希望の橋”へと名を変えるのも
きっとそう遠くない未来の話。