09
暖かい日差しがちらちらと差し込む森の中。ごく自然にクレアは空を仰ぎ見る。木の上を確認してこぼれそうになる笑みを抑えながら。

自分の前ではココが何やら携帯を耳に当てながら話している。

「何を喋っている!?」

「本社と品物の受け取り場所を確認している」

これで本当にレーダーの取引をしてもクレアにとっては願ってもないことだが、そういうわけにもいかない。

そうして心の中で葛藤していた時、電話中のココが大きく手を振り上げた。

「バルメ!“殺さず静かに”!」

瞬間、風が吹き抜けたかのように木々の葉が揺れて瞬く間に精鋭二人組は上から登場したバルメとトージョによって拘束される。バサバサと散る葉を眺めながら、クレアは軽く笑った。

「縛っちゃれ!!あ、そっちの奴口もね。ウルサイから」

手際よく縛られていく彼ら。まるで台本が用意されていて、それの通りに事が運んでいるような気がしてくる。これだから彼女と旅をするのは止められない。ココと再会の抱擁を交わすバルメを見つめて、しみじみとそう思った。

「ヨッシャア!!みんなそろったね!!移動だよ!!」

この先の明確なエスケープルートなど決まっていない。ただ全員揃ったというだけ。それでもクレアは確かな何かを確信して、力強く歩き出した。
















































少し森を進んだ所で開けた場所に今はもう使われていないだろう時計工場を見つける。まさかこんな場所にまで伏兵がいるはずはない。とすれば休んだり、何か話し合ったりするのには最適だ。
一応念のためレームが安全確認に工場へと足を踏み入れる。

「おーい!CCAT社の連中だ。入ってOKだ!」

草むらから少し顔を覗かせるとそこには確かにCCAT社のルーがいた。彼らはとっくにイギリスへと帰還したはず、自分達を半ば生贄にして。

だがこの状況は大方予想はしていた。ミルドがああいったよく喋るキャリア気取りの奴らを相手に峠を越えるまで我慢していられるわけもない。何とも彼女らしい。

ニヤニヤとするココの隣に並んで中に入ると、昨日会った時とは対照的な暗い表情を浮かべて頭を抱えているカリー社長が目に入り込んできた。

「アラアラ社長ォ妙なトコで再会ですね!キグウですね!もうイギリスに到着しているころと思ってたんですが。フフ!」

机に足を投げ出してそう言うココは非常に楽しそうだ。昨日されたことを考えたら皮肉を言いたくなる気持ちはわかるが。

バルメの隣で彼女と同じように壁にもたれかかっていると、にこやかに笑いながらCCAT社不幸の原因が話しかけてくる。

「久しぶりぃ。クレアは昨日ぶりだけど」

「ミルド」

嫌な笑みを顔に張りつけたまま舐めるように彼女はクレアとバルメを交互に見た。

「私、アンタに興味あるんだぁ。バルメの生き方。そしてアンタが手にしたその攻撃力、叩きのめしたくなっちゃうんだ」

「私は、別に。何もっ」

そっけなく返事をしてそれきりバルメはミルドから視線を逸らす。それでも大層嬉しそうにして、今度はクレアに顔が近づいてくる。

「クレアにも興味あるんだよぉ?若いのにそんなにバカ強いの。気になって調べたって何にもわからないんだもん!」

「あはは、私には残すほどの記録なんてないですからね」

バルメが何か言いたげにこちらを見ていたが気づいていないふりをした。心配は無用なのだ。本当に自分には残すほどの記録など存在しないのだから。自分にそんな価値はない。全てをリセットしてここに来た。それ以前の“クレア”はクレアであってクレアではない。記録など残っていても邪魔なだけ。

やがて、両方の返答に満足したミルドは今にも飛び出していきそうな勢いでカリーの方に顔を向けた。

「社ァ長ーッ!!」

「ウルサイ!お前のせいでこうなったのだ、自重しろ!」

「自重できません!」

本当に痛そうに頭を抱えるカリー。ここまでくると少し可哀想に思えてくる。だがしかし自業自得とも言うべきか。そしてカリーは何か思いついたのか、改めてココに視線を戻した。

「少佐の“首輪”を殺しましたか?」

「いいえ。縛って放置して来ましたけど」

一人は身体だけではなく口にも。最後に見たクレアに向けられるあの瞳はきっと忘れられない。次何かの機会で会ってしまおうものなら恐らく問答無用で殺しにかかってくるだろう。

「こちらのはあのバカ女が斬ってしまった!!ここもいずれ追っ手が来るかもしれない!あの二人に外で斥候をさせてはどうか!?」

少しの間思案していたココだったが、やがてゆるりとその口には綺麗な弧が描かれた。何か思いついたのだろうか。何にせよ、あまりカリーらにとってはよくないことの気がする。

「バルメ、本当ゴメン、お願い!」

「ヨユウです」と一言言い残してバルメとミルドは廃工場を出て行った。本当に斥候をするつもりならば是非自分が行きたかったが恐らくそれだけではすまない気がしたのでクレアは大人しくガラスのはめられていない窓に肘をついて静かに二人の姿を眺める。いきなり戦闘を始める二人を楽しそうだと、純粋にそう思った。

「クレア」

不意に投げかけられた言葉にクレアはゆっくりと振り返る。そこにはルーが佇んでいた。彼とは昨日会ったは会ったがこうやって話すのは久しぶりだ。

「久しぶり、ルー」

「あぁ」

短くそう言い合っている内にも外の戦いは激化していく。それと同時にクレアの瞳も輝きを増していった。やはり近接戦は見ていて面白い。人はあんなにも身軽に動くことができるのかと感動するのだ。

「あの様子ならミルドが負ける。なら、バルメとお前ならどちらが強い」

「ふふ…それを私に聞きますか?んー、多分バルメだと思うよ。私は遠距離型だもの。ちょっとでも距離詰められたらそれだけで負ける!」

頭の中で自分が負けているビジョンが出来上がる。バルメは強い。身体的にも、精神的にも。そんな彼女に自分が勝てるわけがない。

「でも、模擬戦でもバルメとやり合うなんて嫌だなぁ」

やっと手に入れた大事なもの。たとえそれが遊びだったとしても傷つけあうことなどしたくない。昔一人失っている。まだ幼く、精神が不安定だったあの時期に、そしてそれが治りかけていた時に。ココも相当こたえていたようだが、クレアの比ではない。

こんな考えだといつか足元掬われるだろう。それは彼女自身わかっている。わかっているが、こんな感情が芽生えるまでになった自分に感激して考えを改めようとはしないのだ。

「もちろん、ルーとやり合うのも嫌だよ!ミルドとだってそう」

いつだってそうだ。とても親しくても、あまり親しくなくても、彼女は誰にでも同じように接する。だから彼女の笑顔に、人柄に惹かれる者も多いのだろう。ルーもその一人だと言ってもいい。もちろん恋愛感情というわけではなく普通に。もしカリー側とココ側が戦うことになったら、できることならクレアとは戦いたくはない。

だが、その性格は彼に言わせてみれば少し危険だった。性格が災いしていつか死んでしまうかもしれない。次ココ達に会った時に彼女がいない、そんなのはごめんだ。

彼女を見て、やがて口を開こうとした時「社ァ長ー!!」という一際快活な声によってそれは遮られた。

ミルドが戻ってきたのだ。バルメにこてんぱんにされても尚嬉しそうなのは新たな敵を見つけたからだろう。その彼女の様子を見て、ココは真面目な顔つきになる。

「戦闘準備!!」

ココの掛け声に、皆瞬時に武装する。ルーの隣にいるクレアもライフルを手に薄く笑っていた。

「我々が先に出て突破口を開きます。相手の数にもよりますが、制圧できるかもしれない。仕方なく“ひとつ貸し”ですよ」

「ほぉ。さすがの勇ましさですな!ヘクマティアル!」

「それでは!Bye!ミルド」

そうして皆工場を出て行く。クレアもその後に続いていたが、思い出したように振り返って柔和な笑みを三人に向けた。

「皆さんどうかご無事で!お互い元気でまた会いましょう!」

去っていくその後ろ姿。ミルドは机の上に寝転がりながら、そのどこか儚い背を見つめている。

「クレアってさぁ、空っぽだよね。私みたい」

埋まっているようで埋まっていない。彼女は正にそんな感じ。満たされていると思って蓋を開けてみれば空洞そのもの。だから厚い壁を破られてしまえばきっとクレアという存在は崩れる。それは優しき者に狂気を与えた代償のようで。彼女は別に悪くない。むしろ被害者だ。

「……」

ミルドの言葉を賛同も否定もせず、ただルーは外を「武装解除!!」というココの悪魔の言葉を聞くまで無気力に見つめていたのだった。


































































「みんなダーッシュ!!キリングフィールドからエスケープだぜィエー!!」

皆一斉に走り出す。まるで映画を思わせるような展開に、クレアは走りながら空を仰いで笑った。自分が笑うと同時に、前を走るヨナが声を上げて同じように笑う。

「アハハハ!」

気持ちはわかる。クレアも声を上げたい気分だから。

「どうかしたかね?ヨナ君」

「別に」

レームが話しかける頃にはもういつもの彼に戻っていて、それを少し残念だと思いながらもクレアは静かにヨナの話に耳を傾けていた。

「でも変な感じなんだ。戦場で一発も撃たなかったのははじめてだ」

ココと行動を共にするとそういうことはよくある。クレアも最初は戸惑ったものだ。

「よし!じゃあ、次は山ほど撃たせてやるぞ、ヨナ!!」

「わぁ、本当ですか!?」

「おいおい、クレアにじゃないっつの」

トージョのツッコミに皆が笑う。ココの言葉に思わず反応してしまった。これが冗談なのだとしても何故か次の仕事は弾の減りが尋常じゃなかったりするので不思議だ。

「やっぱり撃ちたかったか?」

そう言うトージョにクレアはしっかりと首を横に振る。

「ううん、今日は不思議とそう思わない。早く帰ってベッドに寝転がりたい気分!」

「ははッ!!俺もだ!」

わしゃわしゃとトージョに頭を撫でられながらクレアは満足げに微笑んだ。




中身が空っぽだって構わない。


そんなの外の壁を強くすれば誰にも破られはしないのだから。


ココ達と一緒にいれば満たされて壁も強固になっていく。


だから



彼女は武器商人と旅をする。


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